A chocolate play

花series EVENT Valentine


「チョコプレイとかどないや」
帰宅早々、開口一番、眞澄の放った言葉に和室でテレビを観ながら煎餅を食べていた御園は、面食らったように驚いた。
遂に血迷ったかと思いながら、聞かなかったことにしようとテレビに視線を戻す。
「シカトすんなや!御園!」
御園の前にドカリと座り、ジャケットを脱ぎ捨てネクタイを緩める。確か、今日は店の巡回だったような。
壁に掛けられたカレンダーを見れば、もうすぐバレンタインデー。店で余計な情報でも仕入れたか。
「ハンガーにかけてぇな。皺になる」
御園は立ち上がり眞澄の脱ぎ捨てたジャケットを拾おうと手を伸ばしたが、その手を眞澄の大きな手に捕まれ、そのまま力一杯引っ張られた。
バランスを崩した身体を眞澄が受け止め、自身の膝に座らせた。
「チョコプレイ」
満面の笑みで言うが、内容が意味不明で御園はただ呆れた。
「チョコプレイって何なん。俺、チョコは口から食べたいわ」
そういうことにどちらかと言えば疎い御園は、眞澄の言うチョコプレイがどういうプレイなのか全く想像がつかない。
思い付いたのは、チョコをいつも眞澄を受け入れている窄まりに捩じ込まれるという、何とも受け入れがたい想像だ。
「お前…変態か」
眞澄が御園の想像していることが分かったのか、端正な顔を歪めて御園に問いかけるが、チョコプレイを連呼する眞澄のほうが変態だと御園は思った。
「どっちゃにしても俺は坊主やさかいな。バレンタインデーは関係あらしまへん」
「元坊主や。それに、仏教やなんや言うんはクリスマスやろうが」
「もう、何なん。チョコプレイ」
御園は座卓の上の煎餅に手を伸ばすと、それをバリバリと軽快な音を立てながら食べ始めた。どう考えても歓迎出来ないプレイに決まっている。それに真剣に取り合うなんて時間の無駄だ。
「うちのケツ持ちしてる店のソープがやるんやと、チョコプレイ。ネエちゃんにチョコ塗りたくって客に舐めさすんやて」
活き活きとした顔で説明をする眞澄の頭を、御園はバチンと叩いた。
「いってーな!」
「あほう!何で俺がチョコ塗りまくられて、ねぶり回されなあかんねん!それにあんはん、甘いの苦手やろ!」
塗りたくられて甘いのは食べれないと放置されるだなんて、想像するだけで身の毛のよだつ…。
そもそもありとあらゆるところを舐め回されるのもごめんだ。ありとあらゆる所にチョコを塗りまくられ舐め回される。どんな拷問だ。
「超苦いチョコ。あれならイケるわ」
「そんな問題やあらしまへん。チョコプレイどしたかったら、お店に行きはったらええやへんの」
眞澄の上から退こうと身体を捩っても、御園の細い腰に回された眞澄の腕の力は弱まることはない。退くことを許さないということだ。
御園は諦めて、煎餅を齧った。
「御園、何回言うたらわかんねん。ワシはおなごは抱かん。お前がええて」
少し低くなった眞澄の声に、御園は地雷を踏んだかと心の中で舌打ちした。店の巡回など女が多い場所に行くとき、眞澄は御園を絶対に連れて行かない。
眞澄は御園が女と話をすることを酷く嫌うのだ。それと同じように眞澄に他所で誰かと遊んでこいと御園が言うことも酷く嫌い、言えば最後、指一本動かなくなるまで身体を拓かされる。
「俺も、俺も眞澄がええ。でも、身体にチョコ塗られても楽しあらへん。食べ物粗末にどしたらバチ当たる。何やったら、あんたのご自慢の息子にチョコ塗ろうか?俺は甘いの好きやさかいね、問題あらへんよ」
にっこり笑えば、眞澄の眉間に皺が寄った。それ見てみろ。身体にチョコ塗りたくられる自分だなんて、想像するだけで萎えるわ。
御園は笑顔のまま心の中で悪態づいた。
「チョコバナナやね」
「下品か!もうええわ。チョコプレイは諦めるわ」
「さよか、残念ー」
眞澄の言葉に、御園は安堵した。大体が言い出したら聞かない気質だが、今回はどうにか聞く気になったらしい。
「おい御園、ちゃんと手作りして、当日寄越せよ」
眞澄は煙草を銜え、灰皿を手繰り寄せた。大の大人の男、痩身とはいえ子供や女のような軽さのない御園を膝に置いて何が楽しいのか、だが御園も眞澄のここは嫌いではない。
筋肉のある胸元に頭を置いて力強く脈動する心臓の音を聞くのが好きなのだ。自分も大概だなと呆れて笑う。
「眞澄、バレンタインデーはサプライズやで」
手作り指定で寄越せよという命令、らしいと言えばらしいが毎年毎年作らされる方の身になってほしい。甘い物が嫌いな人間にあげる甘い物ほど面倒くさいものはない。
何をどう頑張ってみても、チョコはチョコなのだ。甘さ控えめだろうがビターだろうがブラックだろうが何だろうが、チョコはやっぱりチョコで、甘いのだ。
丹精込めて作って渡しても、まだ甘いだなんて言われたら殺意すら覚える。
それでも全て一人で平らげる辺りは可愛らしいが、そんな男のために朝から台所を占領する自分も、益々この男にやられているなと逞しい胸板に頭を擦り付けながら思った。