花となれ

花series second1


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お見舞いってこんなんだったっけ?
静の戸惑いを他所に、雨宮の行動に馴れているのか成田はケーキにかぶりついた。
「食えよ、吉良」
何してんだよと言わんばかりの顔で言われ、ああ…と箱の中を覗く。
そこに見えたのはサクサクのシュー皮を使用し、バニラビーンズを使ったカスタードクリームと純生クリーム、更には赤すぐりジャムをサンドしたトルテ。
うわ!食べ難そうな上に手掴かみかよ!と思いながらも、それをまるで赤ん坊でも触るくらいの弱い力で触れる。
だが静の慎重さを嘲笑うように、サンドされた中身がグニュッと周りから出てきた。
「あー」
何だか気分が落ち込む。こんな高いケーキ、どうせならフォークなどきちんとした”道具”を使って食べたかったものだ。
萎える気持ちそのままに、指に付いたクリームを舐める。
「あ、うま」
さすがと言うべきかなんと言うべきか、バニラビーンズの甘い香りととろける様なクリーム。それをしつこくさせないジャムの酸味。
形はパティシエに申し訳ないほどに見るも無惨だが、思わず感嘆するほどの味。
「オマエ、顔、変」
ケーキの美味しさに感動している静に雨宮が言う。それに静はクリームまみれの指を舐めながら、うるせーと言い返した。
「まぁ、解雇で済んで良かったやん。崎山がぶちギレんかっただけマシやろ」
成田が手に付いたチョコを舐めながら言うが、解雇で済んでって、普通は”解雇”をその程度で済んで良かったなんて事は言わない。
じゃあ、解雇以上の事ってどんな事なの?と反対に恐怖を覚えた。
「死ねばって言われたんすよ」
「愛情表現下手な子やから」
「見かけ倒しか、てめぇって言われたし」
「…愛情愛情」
どんな歪んだ性格、それ。ってか、愛情な訳ないだろ。
雨宮の言葉にどんどん小声になる成田を、二人でじーっと見つめる。
「いや、ほんと、雨宮の事を思って言うてんねんで。えーっと、死なんで良かったな、見かけよりも…か、か弱いんやから気をつけろよみたいなん。ほれ、何とかの裏返し」
どんな奥底に隠された言葉の裏返し?もしそれが本当ならば性格よりも、人間性を疑うわ。
というよりも目つきが鋭く、明らかに喧嘩で潰したと思われる拳を持つ雨宮のどこをどう見たら”か弱く”なるのか。
「それ、人としてダメじゃないっすかね?」
雨宮も同じ事を思っていた様で、そう言うとケーキをパクリ。口に放り込んだ。
「とりあえず、裏から放り出されて吉良専属になったから、よろしくお願いしまー」
雨宮は指先に付いたクリームを舐める。そんな簡単な言い回し?よろしくって、そんなノリ?
「お前抜けていけんの?チーム」
「チームって。あれがチームなら、チームワーク最悪っしょ。ま、俺一人が抜けたとこで、何ら変わんねぇっすよ」
雨宮はククッと笑った。
「…残った面子、最悪」
「崎山率いるだから、みんな性格難ありなの」
「いや、あれはあれでいいとこあるんやで、表現下手やねん。優しいこと言うんが照れ臭いねん」
いや、あれは包み隠さず現した本性だろ。ってかどんだけ取り繕っても、暴君ここにありなんだよね。
崎山のサドッぷりを知る雨宮は、力説する成田に冷ややかな視線を送った。
「とりあえず、臨時総会には出れそうっすかね?」
「あー、総会なぁ。間に合うやろ」
「じゃあ、伝えときます。ほら、吉良行くぞ」
ケーキを食べ終え、箱を片付けている静の頭を雨宮が軽くこついた。
「おいっ」
それに成田が慌てた声をあげた。
「…なに」
雨宮と静が不思議そうな顔で成田を見た。いや、なにじゃなくて。
「静さんに、なんちゅーことを」
「はぁ?何言ってるんすか。俺は組員じゃないんっすよ。なのになんでコイツに気ぃ使わないといけないんすか?それに吉良もこのほうがいいんすよ。見た目、麗しいお姫さんは、とんだ暴れん坊だしね」
「お姫さんってなんだよっ」
「ほらな」
ククッと笑う雨宮。
静は立ち上がると椅子を片付け、成田の方を向いて背を正した。その静を成田が口をあんぐり開けて見上げた。
「は…?どない、しはり…ましたん」
「俺、実はよく分からないんだけど、すいませんでした」
いやいや、何が?成田の方が余計に意味が分からないとばかりに、固まる。
「俺のせいでって思ったけど、それって違うだろって崎山さんに言われて…」
シュンッとする静に、先ほどまで必死にフォローしていた成田と雨宮は、崎山は一体、何を言ったんだと目を合わせた。
「心にも相馬さんにも迷惑かけたし…。何か、極道をただ嫌いで…。でも、俺を助けてくれたのも極道で…」
「……」
「俺がちゃんと警戒して、ちゃんとしてたら良かったんだ。俺がいつまでも意固地になるから、結局、成田さんを危険に曝して」
「お前、何が言いたいの?」
「雨宮っ!!」
チームで一番、崎山に近いのが雨宮だ。明け透けなく言葉を発するところは、そっくりだ。
裏鬼塚に居る者の人間性に問題があるのは事実。そして、それを取り繕ったり修正したり指導する者は居ない。
ようは裏鬼塚は問題児だらけで、更生不可能軍団と言っても過言ではない。
そして誰にも指導されず修正されず、己の意思のまま突き進んできた見本第一号が雨宮だ。
「だって、分かります?分かんないでしょ?つうかオマエ、いつもならそんなまどろっこしいこと言わねーだろ?ハッキリ言えよ」
「あー!もー!!やかましい!黙れ!雨宮!!」
違う病気で俺の入院を延ばすつもりかと、成田は雨宮を手で追い払う仕草をみせた。
「そうだな。うん。あの…俺にも責任があるから、やっぱり謝らせてほしい」
静は拳を握り俯いた。
何か出来た?と言われて、出来る事がないのを改めて思い知った。でも、自分を助けるために成田は暴行を受けた。
これは事実だ。静が居なければ、なかったことだ。
「…いや、ちゃいますやん」
「いいんじゃないんっすかね?吉良がちょっと責任感じてるんなら、謝らせてスッキリさせたら。え?まさか、お前、指詰めんの?」
「そっち!?」
成田は思わずベッドの上に立ち上がった。
謝るって仁義な謝り方!?ヤクザなごめんなさい!?悪いことをしたら、ごめんなさいを言いましょうじゃなく、悪いことをしたら指を詰めましょう!?
それは相手が極道だから、極道ルールに則るってこと!?
「雨宮さん、俺こそ組員じゃないんだけど」
何を言い出すんだと言わんばかりに、呆れ顔の静が雨宮を見た。
「普通の謝罪だから」
ベッドの上であたふたする成田に静が言うと、成田は胸を撫で下ろした。
静が成田のせいで指を詰めただなんて事になれば、生きたままミンチにされて東京湾の魚の餌だ。何のために生還したのか、全く意味が分からなくなる。
「…成田さん」
「あ、はい」
成田は渋々、静に向き合いベッドの上で正座する。
「本当に、すいませんでした!!で、ありがとうございました!!」
廊下にまで響かんばかりの声を上げながら、バッと頭を下げる静。
なんて男らしい。その見た目からは想像できない男らしさと潔さ。
気持ちがいいくらいに真っ直ぐだと成田は思った。そして、心が選んだのが静で良かったと、改めて思った。

「いいね、男だね。吉良は」
雨宮はロビーを歩きながら、静に頭を下げられ卒倒しそうになっていた成田の顔を思い出し、笑う。
「なんで?悪いことは悪いって認めないと、反省なんて出来ないじゃん」
「いやいや、それはお前だけだろ。今はガキでも悪いことは悪いって認めないって聞くぜ?俺らみたいな日陰者には、お前は眩しい限りだ」
ケタケタ笑う雨宮を見ると何だか馬鹿にされた気分だが、雨宮が静を本気で馬鹿にしていないことが分かる。
不器用な人間の集まり。日陰者じゃなく、ただ不器用。
「あ、俺、cachette行きたい」
駐車場に着いた瞬間、静が言った。
「は?cachette?なんで」
「だって、俺も雨宮さんも無断欠勤じゃんか!オーナーに謝りに行かないと!」
律儀さは武士並みだなと、雨宮は小さく笑った。
律儀で真っ直ぐで、迷いも濁りもない。心が惚れるのも無理はないかと、一人納得した。
「真っ直ぐ男らしい吉良には言いにくいんだけど」
「なに?」
「あそこ、店長は早瀬さんだけど、オーナーは別なんだぜ。つうか、オーナーは崎山さんだったりするからな」
「…え?」
大きな目が更に大きくなる。
無理もないかと笑いながら、雨宮は乗ってきたAudi TT RS Coupeにキーレスを向けた。
伝説のマシン「アウディ・スポーツ・クワトロS1」に搭載されていた5気筒エンジンの復活という、クワトロ社が手掛けたハイパフォーマンスマシン。
目の醒める様なブルーメタリックは、雨宮によく似合っていた。
「あの店、鬼塚組の店で経営者は崎山さん。まあ、殆ど表に立つ早瀬さんが仕切ってるけどね」
「…それって」
まさか、思いたくないけど…。
「あー、お前が…あの店に行ったのは崎山さんの計画。お前はあの人の掌で、ゴロゴロ転がってただけ」
ククッと笑い、車に乗り込む雨宮。
あー、そうなんだー。と思いながら、艶のある瞳とその下に並んだ二つのホクロを思い出す。
恐るべし、崎山 雅。口に出さず項垂れながら、静は助手席に乗り込んだ。
「落ち込むんじゃねーよ。人を嵌めるのなんか、あの人の専売特許なんだから」
「俺、嵌められたの!!?」
「…あ」
そうなるか。部屋を追い出しておいて、結局、管理下に置かれてたのだ。嵌めるというか…なんというか。
「嵌めるってか…。危険が及ばないようにな」
結果、危険が及んだけど。実際、あの人が何を考えてるのかなんて、誰にも分からないんだけど。
「…そう」
「微妙な気分とは思うけど、崎山さんを恨むなよ」
「うん、それはないよ。恨んだりしない」
確かにポンと放り出され、あとはお元気でさようならと本当にされてたとして。
彪鷹ではなく、本当に敵対する組が静を拐ったなら、静は今ここには居なかっただろう。
それは確かだ。
「ま、俺なら恨むけどな」
「雨宮さん…」
ククッと笑う雨宮に、冷やかな視線を送る。時々、雨宮が分からない。
静はもしかしなくても、あまり対人運は良くないらしいと一人納得し、嘆息した。

驚くほど平和だった。特別な事はしていない。学校と心の住むビルの往復。
毎日がそれだけだが、今までの日々を考えれば平和そのもの。
目紛しく周りが一変した、あの日々が嘘のように平穏な日々。
心は本当に忙しいらしく、もうずっと逢っていないと言っても過言ではない。だが、全く姿を見ないという訳ではない。
たまに夜中に目覚めると、ソファに心が生き倒れていることがある。
それを見付けては運んで…なんてことは出来ないので、ラグを掛けてやる。
心のことはそうして顔を見ているが、相馬なんか全く顔を見てないし彪鷹も同じ様に見ていない。
雨宮は外部者だから知りませんの一点張りで、今、組で何がどうなっているのか全く教えてはくれない。
だが今の静は多分、大多喜組と関わる前。両親と妹と幸せに暮らしていたあの日のように、日々が充実している。
大学に朝から行ける。講義に休むことなく出れる。暁と昼食が取れる。
これが大学生か!と大学五年目にして実感する。
ボディガードと豪語した雨宮の行き帰りの送迎があるものの、帰ってから勉強も出来るし平和だ。
ただ、不幸グセがついてるからか、落ち着かないけど。