花の嵐

花series second2


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右や左に走り我武者羅に走り体力も限界になったころ、目に入った公園に二人で入った。
ぜぇぜぇ息切れする静とは対照的に、そこまで息切れのない鷹千穗は今度は静の手を引くと公園の中のベンチに静を座らせた。
見た目、体力もないような華奢な男に見えるのに、どうしてこうみんな見た目を裏切るのかなぁと静は自分の体力のなさに辟易した。
体力もないし強さもない、男として何かつまらないと思っていると鷹千穗に手を引っ張られた。
「ま、待って、まって…」
まだ動けないよと顔を上げると、鷹千穗が入口の自動販売機を指差していた。
「あ、ああ、欲しい?」
喉乾いたよねと静はジーンズのポケットから財布を取り出すと、鷹千穗に渡した。
「…え?買えるよね?」
失礼な質問だが、鷹千穗が自販機で何かを買うのが想像がつかない。極端に言えばお金とかも似合わないし、浮世離れしているのだ。
案の定、鷹千穗は静の質問にただ黙って受け取った財布を眺めていた。
「ですよね…」
そこはそうでないとねと、静は立ち上がると自動販売機の前に立った。
「ここに、お金入れて?」
小銭を渡すと、鷹千穗はそれを不思議そうに見て、言われるがまま小銭を投入した。チャリンと飲み込まれる穴を覗き込む様は可愛い。
「どれがいい?好きなの選んで、ボタンを押して?」
ほらっと促すと、鷹千穗は自動販売機を穴があくほど見つめた。
カルチャーショックなんだろうなぁ、多分。こう、未知との遭遇みたいな感じ?いつものスタイルからしたら、江戸時代くらいからタイムスリップしてきた人とかでも違和感がないもんな。
そんなことを考えていると、鷹千穗は散々悩んだ挙句コーラのボタンを押した。
「え!?」
思わず声を上げた。飲んだことあるのか炭酸!と思ったが、自販機は知らなくても、さすがに飲んだことくらいはあるだろうと静はミネラルウォーターを選んだ。
キャップをあけてミネラルウォーターを飲む静の真似をして鷹千穗も同じように開けたが、炭酸が一気に吐き出されるシュッという音に鷹千穗が目を見開いた。
「……」
いや、ちょっと待って、飲んだことないだろ、これ。大丈夫か?
じっと鷹千穗を観察していると、恐る恐る口を付け意を決するかのように一気に飲むと、そりゃそうだろうと思った通り噎せ返った。
「ちょ…!ゆっくり飲んで!」
無謀かよ!と鷹千穗の背中を摩ると、今度は目を輝かせてコーラを口に含む。どうやらお気に召したらしいが、本当に普段、何を食べて何を飲んでいるんだ。
というか彪鷹さん、どういう育て方してるんだろうと疑問しか浮かばない。
「はー、しかし、ここどこだ」
静はスマホを取り出すと、地図アプリを呼び出した。持ちたてのスマホはあまり慣れておらず、何が何やらまだわかっていない。
多分、こうだよなぁと弄っていると、静たちの側に車が急停止した。
その車を見て、げっ!と静は声を上げた。暗いところでも分かる、鮮やかなブルーのボディ。
運転席のドアが開く音がして雨宮が現れたが、怒髪衝天しているその表情は静を後退りさせた。
「こ…の、ボケ!!!!」
静と鷹千穗に向かいながら怒鳴る雨宮に、静はごめんなさい!と声を上げたが、雨宮の怒りは収まらず静の額を指で弾いた。
「痛い!!」
「何を無茶してくれてだ!?お前はバカか!死神連れ出すとか、正気か!!」
「だって、彪鷹さんに逢いたいじゃんか!」
「だからってな!!!」
雨宮は大きく嘆息すると、スマホを取り出した。
「よく、場所がわかったね」
「スマホ持ってりゃ、どこにいるかくらいすぐ分かるわ!」
かなり苛立ってるのか、吐き捨てるように言われ静は自分のスマホを見た。
えー、このスマホってそんなことまでわかっちゃうの?確かにそれで助かったものの、だが腑に落ちない気分だ。
雨宮はどこかに電話を掛け、只管、息を吐いていた。鷹千穗は相変わらず、コーラを少しづつ飲んでは炭酸の刺激に目を丸くしている。
何だかシュールな絵面だなと思いながら二人を見ていると、電話を終えた雨宮が行くぞと言った。
「え、どこに?」
「病院。ここまで来たなら、もう行くしかねぇし。組長も来させろって言ってるしな」
「あ、そうなんだ…。あ、あのさー」
「なんだよ!?もうどこも行かねぇぞ!」
鬼の形相で言われ、慌てて首を振る。
「いや、そうじゃなくて。さっき、変な二人組に絡まれてね」
「ああ!?」
それ見たことか!と言わんばかりの雨宮に、そうだけどーと唇を尖らす。だがまさか、いきなりそんなことになるだなんて思わないじゃないか。
「まぁ、その…俺のことも知ってたんだけど、名前を名乗ったんだよ、その人」
「お前を知ってたのか?それに、名前って?」
「そう、佐野ですって」
静がその名を口にした瞬間、雨宮の顔つきが変わり、静の腕を掴むと後部座席に放り込んだ。そしてコーラを飲む鷹千穗の腕を掴んで車に押し込もうとした瞬間、鷹千穗が微動だにしなくなった。
静が顔を出すと、二人して公園の反対側の入り口を見ている。何だと見ると、数人の男が鉄パイプやバットを持って立っていた。
「死神、お前、得物持ってる?」
雨宮が鷹千穗を見ずに尋ねたが、それに返答があるわけもなく雨宮は静のミネラルウォーターをそっと手にした。
「おい、運転席に回ってエンジン掛けとけ。何かあったら、すぐに車で逃げろ。俺らに構わずに、今度こそ」
「え!?やだ!」
「退っ引きならねぇ状態なんだよ、マジで言うこと聞け。で、応援呼んでこい」
抑揚のない声でそう告げられ、静は慌てて運転席に回った。エンジンだけ掛けてハンドルを握った瞬間、雨宮は後部座席のドアを閉めた。
「死神がいるならいいかなって思ったけど、素手はいくらなんでもねぇよなぁ…」
鷹千穗はゆっくりと男たちに向かって歩き出す。雨宮はそれに続くようにして、一緒にやるのは初めてだなと呟いた。
静はその二人の後ろ姿を見ながら、早鐘を打つ心臓のあたりをぎゅっと握った。
前回、雨宮と静を襲って来た連中とは似てるようで、違う。本格的にそういうことをしてきた、得物の扱いに慣れている連中だなと感じた。
形ばかりの悪ではなく、それなりに場数を踏んで来た人間。それも、組織に収まらずに動く一番厄介な連中。
「愚連隊か…」
雨宮が笑うと、男たちは一気にきた。雨宮はすぐにペットボトルの水を相手に振り掛けると、それに怯んだのを鷹千穗が見逃すわけもなく、手に持っていた木刀を奪うと手加減なしで横っ腹に差し込んだ。
男は吐瀉物を撒き散らしながら倒れ、雨宮はその背中を踏みつけると目の前に立っていた男の喉に拳を突き入れた。
男は喉を押さえながら後ろ手に下がり、雨宮は男が手放したバットを手にするとニヤリと笑った。
「お前らがどれだけ粋がっても、場数慣れしてるのは俺らの方が上ってこった」
雨宮はそう言うと、木刀を振り下ろしてきた男の腕を躊躇うことなくフルスイングで殴った。
骨の折れる音と断末魔の悲鳴が公園に響き、うるさいと思ったのかは分からないが、鷹千穗が男の背中を打った。

「すごい、やばい、あれ」
公園の優勢すぎる乱闘を見ながら、静は息を呑んだ。
強い。それも、尋常ではない強さだ。
すると、ダンッと運転席側の窓が叩かれ、静は思わず悲鳴をあげた。見ると、フードを被ったさっきの男だった。
車を覗き込んできているが、顔が見えない。
「うわ!!!」
咄嗟にアクセルを踏むかと思ったが、車の前方には佐野と名乗った男が立っていた。このままでは佐野を轢いてしまう。
佐野はにっこりと笑って、静の出方をじっと見ているようだった。
どうしようと躊躇っていると、フードの男が何かに気が付いて後ろを見たその瞬間、ガードした腕ごとボンネットに蹴り飛ばされた。
「さ、崎山さん!?」
それは、全身黒づくめのスタイルの崎山だった。崎山は静にも鷹千穗たちにも目もくれずに、フードの男だけを見ていた。
そしてボンネットで一回転して立ち上がったフードの男は、すぐにファイティングポーズを取った。だが崎山も同じようにボンネットに飛び乗り、それと同時に男の腕目掛けて上段蹴りをして二人して地面に転がった。
次の瞬間には弾き合うようにして離れ、お互いが相手を観察していた。静は息を呑むその状況から、目を離せずにいた。
「な、んだこれ、すご…」
フードの男は腰元からサバイバルナイフを取り出し、崎山に見せつけるようにして上体を低くして今にも飛びかからんとしている。
すると崎山はそれを見て口角をあげると、指に引っ掛けるようにして鋭利な刃物を出した。くるっと器用に回して、人差し指と中指の間から刃物を覗かせる。
人差し指を穴に入れて見せるそれは、ワンピースティックパトルアステカナイフという元陸軍特殊部隊によって設計されたナイフだ。
睨み合う二人の後ろで、佐野は腕を組んで微笑みを浮かべていた。まるで勝算が分かっているようだった。
まさか、崎山でも敵わないのが分かっているのか?だが崎山はすぐに何かに気がつくと、車の助手席側に走って来た。
静が慌ててロックを外すと、崎山が乗り込んで来るやいなや、出せと叫んだ。
「ええええ!?」
「早くアクセル!!」
静はどうにでもなれとアクセルを踏むと、もう前方には佐野たちはおらず、続いて浴びせられたのは銃弾の嵐だった。
「うわああああああ!!」
「走れ!突っ走れ!!」
細い道を突き抜けながら走っていると、リアガラスが砕け散った。銃弾が当たったのだ。
目の前に見えた大通りに、クラクションを押しっぱなしで飛び出す。ブレーキやクラクションの音が聞こえたが、構わずハンドルを切ってアクセルを踏んだ。
「4丁目の公園に死神と雨宮がいる!今、銃撃食らってる!!」
隣で崎山が電話をしながらハンドルを横から掴んでくると、強引に右に切った。引っ張られた静はコントロールを失わないように、アクセルを抜いてギアを下げた。
サイドミラーを見ると、そのサイドミラーが吹っ飛ばされた。
「さ、崎山さん!!!」
「うるせぇ!前見て走れ!!」
「無理!!無理!!前!!」
前方は信号待ちの車の列だ。このままでは突っ込むと、静はハンドルを切った。
また細い路地に入り込み、とにかく人が通ることがないようにとだけ祈りながら、アクセルは目一杯踏んだ。
ガリっとボディが擦れる音がしたが、そんなこと構ってられないと唇を噛んだ。
「きた、そこだ!!」
崎山が静の腕を叩いて前方を指差した。そこにはライフル銃を持った高杉が立っていて、どこか楽しそうな表情でそれを構えた。
「左に避けろ!」
言われ、静はブレーキを踏んでハンドルを左に切った。すると高杉は後ろにいた車に向かって数発、銃弾を打ち込むと車は近くにあったコインパーキングの精算機を薙ぎ倒し、その反動で横転し火花を出しながら滑ると高杉の目の前で止まった。
「good job」
高杉はそう言って笑ったが、静は全身汗だくで耳鳴りが消えなかった。

「廃車だな、あれ」
病院のロビーで缶コーヒーをもらった静は、虚ろな目で雨宮を見上げた。
あれからすぐ佐々木たちが雨宮たちを回収し、鷹千穗にやられて動けなくなった男を回収し、残りの男たちは佐々木が敢えて泳がすことを提案したので深追いは避けた。
フードの男と佐野は行方知れずで、どこに逃げたのかさえも分かっていない。
「ごめん」
「いいよ、俺のんじゃねぇし。吉良も大活躍だったな」
ふざけて言っているのかどうかは分からないが、雨宮のそれを聞いて静は大きく息を吐いて項垂れた。
「大活躍どころじゃないし。寿命縮んだ、マジで。崎山さんは隣で怒鳴るし、後ろから狙撃されるし、さすがに非現実的すぎて…」
「いや、崎山さんに怒鳴られながら、あれをこなしたお前ってやっぱすげぇし」
「そんな励まし嬉しくない。それよりさ、俺、捕まるんじゃないの?道交法違反とか」
信号無視に一方通行も逆走したし、スピードも…。それこそ、危険運転レベルの所業だ。大したドライブテクニックもないのに、事故らなかったことはまさに奇跡。
「おいおい、鬼塚組だぞ?そんなヘマするとでも?」
「いや、でもTVとかでよく観るじゃん?防犯カメラの映像とか」
「あんなん、もう消えてねぇし。舐めんなよ、鬼塚組」
雨宮がニヤリと笑う。なら良かったと思うあたり、感覚が狂ってきているのを静は気が付いていない。
しかしハリウッド映画じゃあるまいし、日本の一般道で銃撃されながらのカーチェイスをまさか自分がすることになるなんて、夢にも思わなかった。
「しかし、あれだな、お前らずっと付けられてたのか?」
「え、わかんない。俺は気が付いてないけど、もしかしたら鷹千穗さんが気が付いてたのかも」
「死神が気が付いてないわけねぇしな…」
雨宮は静の向かいのソファに腰を下ろすと、疲れたと背凭れに腕を広げて頭を後ろに倒した。
それ、同感と思っていると廊下の向こう側に気配を感じ目を向け、心だと呟くと雨宮が頭を戻した。
「派手にやったみたいやな」
現れた心は静の隣に座ると愉快そうに笑った。そういう顔に見慣れてない雨宮は蛾眉を顰めた。
「あー、車、ごめん」
とりあえず、そこは謝っておかないとと頭を下げた。
「廃車か?」
「っすね。あちこちに銃弾ぶち込まれてるし、吉良も擦りまくりだし」
雨宮の言葉に更に小さくなる。銃弾はともかく、擦ったのは未熟な静のせいだ。逃げるのに精一杯だったとはいえ、綺麗なブルーカラーに銀と黒のコントラストを刻み込んでしまった。
「ええやろ。俺のんやないし」
「え?違うの?」
「俺は選んだ覚えない」
いや、選んだじゃん。一回、乗ったじゃん。忘れてるんじゃんとは言えず、雨宮は苦笑いをして視線を外した。
それに気が付いた静は、お前のなんじゃんと息を吐いた。
「あ、彪鷹さんは!?」
「まだ、手術終わらん。あー、お前になら鷹千穗も話すかもな」
心は立ち上がると静に一緒に来るように促したが、いや、鷹千穗が話すって何…と雨宮と二人で顔を合わせた。