花の嵐

花series second2


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弾は雨宮の顔の横を抜け、池に飛沫を立てた。それが2、3発続き、静は身体が震えた。
「ね、何か言ってよ。飼い犬に手を噛まれるなんて、やってらんねぇ。駄犬かよ、クソ野郎」
崎山は、今度は雨宮の身体へと照準を移したのが静でも分かった。待ってと声を出そうとしたものの、恐怖で声が出なかった。
鷹千穗に助けを求めようとしたが、鷹千穗は刀を納め、二人の様子を傍観しているだけだった。
「だんまりか」
崎山が引き金を引こうとした瞬間、静が恐怖を振り払うように声を上げて雨宮の前に立った。
「待って!!!」
「…何の真似?退いてよ」
「待って、変だよ!雨宮さんが内通者って、崎山さんだって思ってないでしょ!話聞いてやって!」
「組長の、だからって俺が撃たないとでも思ってるの?ね、退いて」
静は頭を振った。静の後ろの雨宮はまるで抜け殻のように放心している。こんな雨宮は初めてで、静はただ頭を振った。
「退け!!!」
「いやだ!!!」
崎山が苛立って銃を静に向けた瞬間、その銃口を大きな手がそっと握った。
「二人とも、一度、落ち着こうか」
その場に不似合いな柔らかな声だった。長身の身体を少し曲げて佐々木はにっこりと笑うと崎山の手から銃を取り、後ろの舎弟にそれを渡した。
「残念なことに男は逃げたよ、車が迎えに来ててねぇ」
佐々木はそっと静に近づくと、後ろの雨宮を覗き込んだ。
「雨宮、君らしくないじゃない?どうしたんだ?」
「……」
雨宮は顔面蒼白だった。髪をぐしゃぐしゃにして何度も何かを呟いていた。
「…です」
だが何とか発した絞り出すような声に、そこに居た全員が首を傾げた。
「何?今、なんて?」
佐々木がそこへしゃがむと、雨宮が目を大きく見開いて首を振った。そして今にも泣き出しそうな、苦しそうな表情で佐々木を見るとやっとの思いで声を上げた。
「そんなはず、あるわけねぇのに…。でも、あれは…あれは俺の双子の弟だっ…!」
雨宮はそう言って、ぼろっと涙を零した。だが、そこに居た全員は言葉を失った。
しかし、静は男の顔を見た時に覚えた違和感が一気になくなった。そうだ、少し感じは違うがあれは雨宮の顔だ。
なぜ、フードの男の口元しか見ていないのに、いつもすぐにそれがフードの男だと分かったのか。
なぜ、心を襲った男がフードの男だと分かったのか。
それは、いつも顔を合わせている雨宮と口元がまったく同じだったからだ。

とにかく外に居ても仕方がないと屋敷の中に戻り、以前に鷹千穗と心がやり合った部屋に集まった。とはいえ、それは全員ではなく鷹千穗はもちろん居ない。
部屋に戻って何やら話をすると分かると、鷹千穗は自分の離れに引っ込んでしまった。
なので部屋に居るのは佐々木と崎山、そして相川。それに静と雨宮だ。
静は座るのもやっとのような雨宮の隣でその身体を支え、崎山はその雨宮を睨みつけるように見ていた。
その中央に佐々木が胡座をかいて座っているが、静はこの佐々木とはほぼ面識がないので人柄が掴めずに居た。
鬼塚組は極道らしさがない人間の集まりだ。そしてこの佐々木はその中でもやはり、らしくない男だった。
長身だが痩身すぎる身体。何なら静でも勝てそうだ。だが、あの崎山を言葉一つで止めた。それは崎山が佐々木に一目置いているという証明でもあった。
「で、君の弟って…。僕の記憶が正しければ、亡くなったんじゃなかった?」
佐々木は細い目を更に細めて、記憶違いじゃないよねぇと崎山を見た。崎山は佐々木に頷いて、雨宮は大きく息を吐いて頷いた。
「ということは、君が知らないだけで生きていたってこと?」
雨宮はまた頷いた。それに崎山は鼻で笑った。
「ね、それを、はい、そうですかって信じれると思ってるの?お前、弟の仇討ちって言って組長のこと襲撃してきたんだよ?」
「俺も…、信じれないけど…。でも、あれは戒人だった」
そして雨宮は、何でと自問するように繰り返した。まだ混乱しているようで、頭の整理がついていないという感じだった。
「残念だなぁ、僕は見てないんだよねぇ。崎山は見た?似てた?」
「分かんないよ、じっくり見たわけじゃないし顔に派手な刺青入れてるし」
「雨宮さんでした」
そこに静が声を上げると、崎山が横目で睨んだ。静はその視線を見ないようにして佐々木を凝視した。
「俺は多分、一番あの男と会ってると思うんです。あいつはいつもフードを目深に被ってた。だけど、あいつっていうのがすぐに分かったんです。それがどうしてなんだろうって引っかかってたんだけど、今日、顔を見て分かったんだ」
静は隣の雨宮を見た。雨宮も静を見たが、その目には困惑の色が浮かんでいた。だが静はそんな雨宮の顔を見て、改めて確信した。
「俺が見たあの男の顔は、雨宮さんそのものだって。少し雰囲気は違うけど、顔に刺青も入ってるけど口元も目元も輪郭も、全部のパーツが雨宮さんだった」
きっぱりと言う静の言葉に雨宮の瞳が揺れた。まるで泣いてしまいそうな、そんな儚さが見えて静は唇をキュッと結んだ。
「双子って聞いてたけど、一卵性なの?」
「…はい」
佐々木の問いかけにそう答え、雨宮はようやく姿勢を正すと拳を強く握って全員の顔を見ると、頭を下げた。
「見苦しい真似をして、すんませんでした。全部、話します」
雨宮はそう言うと頭を上げた。
「フードの男…あれは俺の双子の弟です。吉良の言う通り、間違いない。名前は雨宮戒人。一卵性双生児で昔はオーバーに言えばコピーみたいな、違いが一切ない双子でした。黒子があるとかねぇとか、そういうもねぇから親でも間違ったみたいで」
「え、でもさ、でもさ、あいつ、お前のこと気が付いてなくね?なんか、超スルーみたいな」
相川が疑問を投げかけてきたが、確かに戒人は雨宮を見ても表情一つ変えなかった。雨宮に気が付いてなかったわけではないはずだ。
「答えとしてはお前が戒人と繋がってる内通者、若しくは戒人がお前を覚えていない。まぁ、この場合、有力なのは前者だよね」
崎山はそう言うが、雨宮が内通者であるわけがないと静は唇を唇を噛んだ。そうあるはずでないと信じていても、その証拠が何一つないのだ。
「確かに、内通者じゃねぇっていう証明は出来ないんで…」
「僕は、戒人君が亡くなった訳を知らないんだけど、崎山は聞いてる?」
佐々木が崎山を見ると、崎山は小さく首を振った。雨宮はふと目を伏せると、ゆっくりと語り始めた。
「俺の両親は二人とも医者で、俺とは違って慈善活動に熱心で…。ケニア、アフガニスタン、リベリア…世界各国を周って病気に苦しむガキ治療したり、内紛で爆撃受けた奴を治療したり。そういうことばっかしてる人らで…。それでも俺と戒人が生まれた頃は、さすがにガキ連れて世界周るわけ行かねぇし、しかも双子だしっていうんで日本で大人しく病院勤めなんかしてたんすよね。でも、俺と戒人は物心ついた頃には中国に居て。そういう活動してた人ってコミュニティが出来ちゃってて、仲間が世界で頑張ってるのに自分たちは日本で平和に暮らしてていいのかみたいな、謎の葛藤が生まれるんすよね。それで中国の山間部にある貧しい村の留守児童のガキとかの健康状態を診に行ったり…」
「留守児童って何?鍵っ子みたいなの?」
崎山と離れ、空気を読まない相川が手を上げ発言すると崎山が鬼の形相で睨みつけた。相川はギョッとしたが、だって分かんないじゃんと呟いた。
「貧しい農村の大人は、金を村で稼げないから親が出稼ぎに出るんっすよ。その間、子供は農村でじーさんばーさんと暮らすか兄弟で暮らすとかなんで、教育も健康状態も問題になってるんすよ。まぁ、そんな留守児童とかストリートチルドレンを保護してる施設に治療に周ったり。そんな活動をしてたある日、何日も大雨が続いた日があって、その雨のせいで以前に留守児童を診に行った山で土砂崩れが起こったって。両親は俺と戒人を人に預けて、救助に同行したんすよね。軍は動かないつうから、山間部を少し下ったとこにある救助隊の連中と山に登ったのが浅はかだったんすよね…。土砂に飲まれて救助隊諸共、二次被害。軍が動いたのは3日後で、崩れた村の人間と救助隊と一緒に両親は死体で見つかったんすよ」
雨宮の知られざる生い立ちに静は息を飲んだ。自分のことを語らない雨宮は、一度でも両親の話はしなかった。
まさか、そんな形で亡くなっていたとは…。
「で、俺と戒人は日本に帰って祖父母に育てられて、二人でそこそこの進学校に入れたんすけど戒人は俺と違って”流す”ってことが出来ねぇ奴で。祖父は寡黙な人だったけど、祖母が何かにつけて父親と俺らを比較するんすよね。父親と同じ学校に行ったんだけど、成績のこととか色々。もともと慈善活動に熱心なのは母親だったみたいで、母親と知り合ってから父親が変わったとかなんとか。親父、一人息子だったんすよね。それだったから余計に腹立たしかったのかも。分かんないっすけど。戒人は祖母の小言に耐えれなくなって、だんだんと家に寄り付かなくなって悪い連中と連むようになったんすよね。そんなある日、俺、すげぇガラの悪い奴に呼び止められて。今日もあるから買えよって。何を言ってんだって思ったけど、すぐに戒人と勘違いしてるってわかって、そいつの言う通り買ってみたんすよね」
「その頃からそういうのに長けてたんだね、お前」
崎山が言うと、雨宮は首を傾げた。
「どうだろ?分かんねぇけど。まぁ、それで買ってみたら、ヤクだったんすよね」
「え!?そんなの分かっちゃうの!?マジやばくね!?」
「言ったでしょ、進学校に通ってたって。私立の良いとこだから物理室でも薬品は揃ってる。そこに忍び込んでね…」
すげぇなぁと相川はただただ関心していた。それは静も同じだった。
「俺、戒人がそんなヤバイことしてるなんて想像もつかなくて、祖父母にバレるかもって思ってた時に祖父が倒れたんすよね。脳梗塞で一気にあの世。それで葬式ってなって…。そん時に、俺と戒人に宛てた祖父からの手紙が出てきたんすよ。自分は不器用な人間で、孫に対して良い祖父とは言い難い人間だったけど、海外の貧困地域に行って人を救うという仕事をしている息子と嫁のことは誇りに思っている。口下手で取っ付き難い男ですまないって。でも、俺たちのことを遺してくれた息子たちには感謝している。日に日に成長していく俺たちを見るのが、本当に幸せだったってね。それを読んで戒人は心、入れ替えようとしたんすよね」
「入れ替える?」
「悪い仲間と手ぇ切って、俺と祖母とちゃんとした生活をするってこと。祖母は祖父が亡くなって元気失くして、俺らへの小言も言わなくなっちゃってたし。でも祖父が遺した言葉で祖母も変わった感じで、俺らの好物を頑張って作ってくれたりとか。だから尚更、戒人は手ぇ切ろうって思ったみたいなんだけど、最後にって言われた仕事が拙かった」
「仕事?」
崎山が蛾眉を顰めた。
「俺らと手ぇ切りたいならってやつっす。運び屋みたいなやつだけど、一緒にやった奴が下手こいて失敗しちゃって。戒人はヤク打たれて監禁されてたんだけど、隙ついて家に逃げ帰ってきて。でも、戒人を監禁してた奴らが俺のとこに来て戒人の下手した仕事の分の金を寄越せって。俺はサツに垂れ込むぞって言ったんだけど、戒人はそれ知って姿消したんすよ。まさか捕まったのかって死にものぐるいで探して見つけた時は、もうボロボロ。戒人、自分からそいつらのとこに戻って仕事やってたみたいで…。それで俺、戒人連れて逃げたんすよね。冬だったのに、あいつ海見たいって。祖父が釣り好きで、小さい頃は一緒に釣りに行ってたんすよ。全然喋んない祖父の真似して糸落として…。だから海って結構好きで。でも、あいつ…俺にも祖母にも迷惑かけるの嫌だけど、もうあいつらの仕事するのも嫌だって。ヤク打たれるのも辛いって言って、俺の目の前で海に飛び込んだんすよ」
「海、に…?」
静は自分の声が震えたのが分かった。フラッシュバックのようにずぶ濡れの父親の姿が脳裏に蘇り、慌てて目を瞑って頭を振った。
「その年はいつもの年よりも寒い冬で、その日は軽く雪まで降ってるわ時化ってるわで戒人は見つからず。結局、そのままずっと死体は見つからなかった。でも俺は戒人が海に飛び込んだのも上がってこなかったのも見てるしってことで、戒人は書類上、死亡ってことになったんすよね。そしたら戒人が死んだことで祖母は一気に滅入って、後追うように倒れて死んで俺だけが残っちゃった。まぁ、ちょっと不幸な身の上話ってことかもしれないけど、俺は納得しなかった」
途端、雨宮の視線が一気に強いものに変わった。
「戒人が死なないといけない理由なんてないし、ガキにあんな仕事させるなんてどうかしてる。何としても調べてやるって。あの頃はガキが気軽にヤクで商売出来る時代じゃないし、絶対に裏にヤクザが絡んでるんだって思って」
「それで、鬼塚組だと?」
佐々木は顎を撫でて、うーんと唸った。
「俺、今ほど調査能力あったわけじゃなかったし。ガキだったから手っ取り早くいこうって、戒人を使ってた奴を捕まえて。それに仁流会は佐渡組は占めてたときはクスリも女もやりたい放題してたし、当たりだって思ったんすよね」
「ね、でもそれさ、ガキのすることじゃねぇだろ」
崎山が呆れたように言った。それに雨宮は宙を仰いで笑った。
「だって、やるしか俺の生きる意味ってなかったんすよ。祖父も死んで祖母も死んで戒人も死んで、俺、保険金っていう莫大な資金援助が出来たんすよ。みんなが戒人の仇を取れって言ってんだってそん時は思ってたから、金に物言わせて何でも出来る時代でしょ。ガキでも。まぁ、俺もそん時は腕がある訳じゃないから、すげぇやられたけど…。で、そいつが、鬼塚組の三次団体で深川組ってとこのチンピラだったんですよ」
「深川組…かぁ」
相川が懐かしい名前じゃんと笑った。
「そう、先代の時分の話で、今の組長が6代目襲名と同時に切られてるとこっすよ。って言っても先代のときから切られてるような組で、名前だけのチンピラ集団。でもガキで組関係に詳しくない俺からすれば、鬼塚組が戒人を殺したって思うには十分な情報だったんすよ」
「お前の話は分かったけど、だからって戒人との繋がりがない証拠にはならないよね?」
崎山は佐々木を見たが、佐々木も仕方がないとばかりに肩を竦めた。
「とりあえず、若頭に報告して判断を仰ぐ。裏の連中なら俺の判断だけでもいいけど、お前の場合はもう裏っていうよりもほぼ表側だし」
「そうだねぇ。とりあえず静さんの護衛は当分、相川が対応してくれる?」
佐々木が言うと、相川は問題ないよと頷いた。
「雨宮、お前は謹慎。離れの自宅から出るなよ。出たら殺すからな」
え!?と静は声を上げたが、雨宮は反論することなく頷いた。

自室に戻った静は、どうしても納得がいかなかった。過去に何があったのかは分かったが、だからと言って雨宮が戒人と結託して鬼塚組を潰す意図が分からない。
そもそも、雨宮が裏鬼塚に所属していたのは、戒人の仇を取るためだった。だが、戒人が生きているのであれば仇を取るというのがそもそもおかしな話だ。
とはいえ、初めからこれが目的だったとしたらどうだ。
戒人が死んだ仇を取るのではなく、戒人をそういう連中の使いっ走りに使った深川組への仇?いや、それでも根拠としては弱い。
相手は仁流会だ。万が一、計画がバレれば間違いなく跡形もなく消される危険性があるし、計画が上手くいく可能性の方が低い。
では、仁流会を潰すために神童と企てたこととすれば?何年も内偵をして、全てを把握したところで動き出したとしたら?
そんなこと絶対にないと、果たして言えるだろうか。だがそうなるとおかしな点が出てくる。
嘘か本当かは分からないが、神童は心を襲撃したことに憤慨していることだ。
更には、自分の計画ではないとまで言っていた。
それを踏まえて神童の言葉をすべて信じるとしたら、戒人を動かす者が他に居るということだ。一体、それは…。
「全然わかんね」
散々考えてはみたものの、内情を全て知っているわけではない静は早々に白旗を上げた。パズルのピースを埋めるには、ピースが不足し過ぎている。
静はベッドに寝転がるとすぐに起き上がり、マットレスの下に手を突っ込んだ。
そしてそこに隠してあったスマホを取り出すと電源を付けてみる。メッセージなどは一切入っていない。
あの連絡を最後に神童からは連絡がなくなってしまった。こちらからは連絡が付けれないスマホは、ただの無機質な機械に過ぎない。
だがこうして連絡がないところを見ると、実は神童も静に構っているどころではないのかもしれない。静はスマホの電源を落とすと、そのまま目を閉じた。
人が生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、極道の世界を間近に感じる。鷹千穗と戒人の白兵戦はまさに命を賭した戦いだった。
そして、自分に向けられた銃口。銃を向けられたのは初めてではないが、脅すためではないそれは初めてだった。
これが、心達の世界…。静は改めてその闇の深さを知った気がした。

ゆさゆさと揺られている感じがして、煩わしさに手を振ると何かを弾いたような気がした。それで初めて、あ、寝てたんだと薄っすら目を開けて飛び起きた。
静の眠るベッドに上がり、静を揺すっていたのは崎山だったのだ。見ると、崎山の白い手が僅かに赤く染まっている。どうやら弾いたのは崎山の手だったようだ。
「えええ!?わ、わ、ご、ごめんなさい!!」
一気に目が覚め、驚きと困惑を抱えたまま飛び起きた。どうやらあのまま寝てしまったようで、窓の外は薄暗いが日が昇りかけているようだ。
しかしなぜ、崎山がここに!?と慌てていると、指先にスマホが当たった。静はそれをソッと布団の中に潜らせた。
「あの、」
「ね、雨宮を知らない?」
「へ?雨宮さん?」
雨宮さんは離れの家に居るんでしょ?と、思わず雨宮の離れの方角を見る。すると崎山は肩を落とした。
「その様子だと、やっぱ知らないよね」
崎山は舌を鳴らしてスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
「あ、雨宮さんがいなくなったんですか!?」
静が崎山の手を掴むと、崎山はそれを振り払って口元に指を立てた。
「あ、俺。やっぱどこにも居ないから、手配出して。疑惑掛かってんの分かってんのに動き出したんだから、決定ってことで」
崎山はそう言うと通話を終え、部屋から出て行こうとした。だが静はその崎山の手を引いて、ベッドに引き倒した。
「い、今のどういうこと!?」
「意外、ベッドに倒すとか、男らしいとこあるじゃない」
崎山の言葉に一瞬、我に返る。崎山の手を掴んでベッドに引き倒し、その上に跨るというシチュエーションは男らしいとこかもしれないが。
「じゃなくて!どういうこと!?手配って」
「だって、俺、言ったじゃない。出たら殺すって。雨宮はずっと俺の下で動いてきた人間なんだから、俺がどういう性格の人間かって熟知してるんだよ?」
「え?」
「俺が殺すって言えば、殺すの。なのに、あいつ勝手に姿を消したんだよね。これ、どういうことか分かる?」
「だ、だって、雨宮さんだってすげぇ困惑してたじゃん!いきなり死んだって思ってた兄弟が、あんな形で現れたら驚くでしょ!?何か理由があるんだ!」
静は思わず掴んでいた崎山の手首に力を入れた。崎山はそれに顔を顰めたが、静は気が付かずに続ける。
「手配って何!?雨宮さんを捕まえて、どうしようっていうんだよ!崎山さん、自分の性格を雨宮さんが熟知してるって言ったけど、じゃあ崎山さんは!?崎山さんだって雨宮さんのこと、どういう人間か熟知してるんじゃないの!?」
崎山は苛立ったように静の手を払うと、静目掛けて蹴りを入れてきた。だが静は咄嗟に足を上げて、それを受けた。
「は、はは…」
崎山は思わず声を出して笑った。
「さすが、足グセが悪いって言われるだけある。しかも反射神経が異常に高い」
崎山は静を押し退けるとベッドから起き上がり、乱れたスーツを正した。
「雨宮の性格を熟知してるから、手配掛けるんだよ。今の雨宮なんて、仁流会から見つからないようにする術をいくらでも知ってるわけ。弟の仇って言って組長を襲撃してきた浅はかなガキの雨宮とは桁違いに育ってんの。あいつがグルじゃないとしても、確証がないと信じれないし信じちゃいけないの」
「どうして、だって、雨宮さんは…」
「ね、たった一つの小さな石ころにだって足元を掬われるんだよ。それが俺ら極道なの」
崎山はそう言うと、静の頬を軽く叩いた。そして部屋を出て行った。
「そんなの、仲間を信じれないんじゃ、どんな世界に生きてたって生き延びれるわけないじゃねぇかっ!」
静の叫びは誰も居ない部屋に虚しく響いた。