花の嵐

花series second2


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「鬼塚は…。はー、中国語わかる?通訳いない?喋りにくいな」
自分の日本語がどこまで正確なのか分からない。ストレスを感じるなと相馬を見たが、相馬は月笙を見るだけでその顔に肩を竦めた。
月笙は諦めたように頭を掻いて、一つ一つ、言葉を選びながら話し始めた。
「来生の部下…名前は知らないよ。それが連絡してきたって。動き出した、一人、今ここって。監視されてたね、多分。あれは王暁が来生に直接言われてやったことで、俺はそこまで」
関わっていないという日本語がすぐに出ずに、仕方なく手を振って見せた。
「あの趣味の良い写真は?」
「写真?あれは来生に命令されて撮っていただけで、意味も必要性も知らない」
よく撮れてたでしょ?と両手の人差し指と親指をかざす様にして見せた。指で作ったフレームに相馬を入れたが、ニコリともしない。退屈な男だなと月笙は息を吐いた。
「仁流会の人間として接触してきた奴は居たのか?」
月笙が少し表情を歪めた。そして首を傾げると相馬が中国語で同じ質問をしてきた。滑らかな発音で月笙は思わず笑った。
「話せるなら中国語で会話してよ。日本語は完璧じゃないんだ」
「日本語で」
中国語で喋る月笙の言葉を理解しての答えだ。意地悪だなぁと月笙は手を挙げておどけて見せた。
「仁流会の人間は知らない。俺らは最終窓口。来生が誰と、どこで、直接何をしていたのかは知らない。香港マフィアは日本にも拠点があるだろ?そこを叩いたらどうだ。拠点は鬼塚に教えた」
「もう叩き潰しましたよ。跡形もなく。得るものがないのであなたに聞いているのですけどね」
「すべて?」
返事のない相馬に月笙は思わず声を出して笑った。
「戦争になるぞ、香港マフィアに手を出して」
「仕掛けてきたのはあちらだ」
「うんうん、对的。さすが、噂に違わず…」
月笙は後ろの崎山に視線を向けて、にっこりと笑った。
「ところで相談なんだがお前たちには…裏、で動く人間がいるそうだな」
「だからどうした」
「世界で暗躍するThanatosを飼う気はないか」
「飼う?どういう意味だ?」
「Thanatosが長年継承されているというのは知っているか?」
「そこまで知る術がない。そもそも日本へThanatosが来たのは初めてだろ?」
月笙は返事を笑みで返した。
「詳しくは話せないが王暁を拾って、身体能力の高さと中国語が話せることにある組織が目を付けた。Thanatosを継承する者が長年見つからずにいて…Thanatosも後継者を作るのには年齢がギリギリだったから。それに王暁は記憶も綺麗さっぱり失っていた。更に好都合」
「その組織がThanatosを作っているのか?」
「その組織はThanatosに…人、良いのが居れば紹介してくれっていう話を出されてただけだ。組織からすればThanatosに恩が売れればいい。そもそもThanatosは闇だ。誰も何も知らない。ただずっと居る。途切れることなくThanatosは生きていて、誰がいつ初めのThanatosなのかも知られていない。組織なのか何のかも知られてはいない。ただ、後継者を探しているというのは聞いていた。恩を売れば、Thanatosと繋がりを持ちたい組織は多い」
「雨宮戒人…何だっけ、王暁、Thanatos、何でもいいけど彼にThanatosを調べさせればよかったんじゃないの?中に入ったなら」
崎山が後ろから言うが月笙は首を振った。
「王暁は今でこそThanatosだが、素人だ。それにThanatosの内部事情が全く分からないということは、それだけ知られたくないことがあるということ。おかしな動きは即、死に繋がる。それにこっちも壊滅させられる」
「秘密結社かよ。ね、あんたにもThanatosは何も話さないの?」
月笙は目を伏せて寂しい笑みを浮かべた。
「拾った時に記憶はないが、慣れ親しんだ言葉ではないことはわかっていたと思う。でも言っている意味は分かるし話せる。混乱してた。その上…”秘密結社”に行けだなんてね」
そう自虐的に笑って月笙は頬杖を付き、酷い話だよねと中国語で言った。
「Thanatosでいるのであれば、内部の事情は話せない。恋人にも家族にも誰にもね。だから、俺も何も聞かされていない。ただ、Thanatosから殺しの術を全て教わった王暁の最後の試験は、師を殺すことだったっていうのは聞いたよ」
「それじゃあ反対に師に殺されることもあるだろう?」
「もちろん。継承は生半可なものじゃない。Thanatosの名前を名乗るんだ。そして、次の継承が現れるまで人を殺し続ける。easyじゃないし正気じゃない…crazyだ」
月笙は自嘲気味に笑った。そう、正気じゃないんだ。Thanatosである間は、一生、素性も名前も理由も知らないターゲットを、ただ殺す。
その意味も考えず、自分の存在価値も考えず、ただ殺す。殺してこいという依頼に疑問は持ってはいけないし、拒否も出来ない。答えは”Yes”だけ。
Thanatosは正気ではできないし、そんなものを今の時代も生み続けすことが常軌を逸脱している。だが、一度なかへ入ってしまえば逃れることは出来ない。
「そもそも、この御時世に殺し屋なんているの?」
崎山が呆れを含ませて言うと月笙は声を上げて笑った。
「だから日本はだめなんだ。お前たちの世界でもあるだろう?緩い生活に甘んじて、小さな仕事で小金を稼いで満足する。今に極道なんてレアな生き物になる。だが世界は違う。国によっては未だに毎日が戦場のところもある。Thanatosはマフィアや悪人を殺すだけじゃない。そういう国家権力者だって殺す。だから、継承され続ける。地球規模で平和になってくれないと、Thanatosは永久にいなくならない」
「後悔しているのか?」
相馬は真っ直ぐに月笙を見て言った。月笙の瞳が僅かに揺れたのを相馬は見逃さなかった。
「どちらにしても地獄さ」
そっぽを向いて顎を撫でた腕の袖からケロイドの肌が見える。相馬がそれを隠しもせずに凝視すると、月笙は眉を上げた。
そして両腕の袖を捲ると、顔の前に掲げて見せた。
「組織の紋章を入れるんだったか?古い習わしだな」
「日本人も入れてるだろ、小指飛ばす方がどうかしてると思うね」
「それも古い習わしだな。今時、入れ墨を背中一面に入れてる極道なんて古い人間だ。指だってな」
相馬は掌を月笙に見せて、それからケロイドの腕を指で撫でた。
「未だに引き攣れて痛いんだろう。うちの若頭をライフルで撃ち抜いたそうだが、これが原因で標準が定まらないのか?そういえば今は極道を辞めるのも、バイトを辞めるみたいに簡単に辞めれるから緊張感がないって嘆く奴らもいるけど…」
グッと腕を握られ月笙は思わず反対の手で相馬の手を掴もうとしたが、それを腕を掴む手とは逆の手で遮られ、机に押し付けられた。
「簡単に辞めそうな人間を入れるからそうなる。人を見る目がないんだと俺は思うんだ。お前の真意は何だ」
月笙はグッと奥歯を噛み締めた。相馬は両手をパッと離すと椅子に背を預けて長い脚を組んだ。月笙は腕を撫でながら相馬を睨むように見たが、次には大きく息を吐いた。
「命を…狙われている」
「お前が?」
「王暁だ」
「Thanatosだろ、やり返せばいいじゃない」
崎山は何を言ってるんだと笑いながら言ったが、そうだThanatosだ。命を狙うのは専門外なのだから、狙われることだって許容範囲のはずだ。
「確かにそうだが…」
月笙はどこか歯切れの悪い言い方で指を噛んだ。
「Thanatosは三人いる」
独り言のように呟いた相馬に月笙は打たれたように顔を上げた。
「腹の中を全部出さないと、こっちもお前らをどうするか検討しかねる」
「知ってるのか」
「知る訳ないだろ、ただこっちもそれなりに情報を得れる術があるってことだ。あくまでも噂レベルの話だけど、その様子じゃあ本当なんだな」
「我认输了…降参だ。さすがというか…。そう、Thanatosは3人いた」
過去形のそれに相馬が目を細めると月笙は指を振った。
「ここまで聞いたらもう、あとはないぞ。Thanatosの中枢近くの話になる。Thanatosは三本の矢のように3人が継承する。その師もそれぞれ3人だ。王暁は第三のThanatosに継承を受けている」
「ね、もしかしてそれってランク?」
「その通り。王暁が継承された第三のThanatosは3人の中で一番弱い」
「3人いたとは?」
答えを焦るなとばかりに月笙は掌を相馬に見せて言葉を遮った。
「Thanatosが3人いるのは互いに監視し合う意味も持つ。もししくじったり正体がばれそうになれば2人のThanatosが殺しにくる。だから実は歴代のThanatos達、王暁の師達だが、最後まで3人残るのは非常に稀なケースだった」
「稀だと?」
「そう、稀。まぁ、王暁達がThanatosを継承したということは全員死んだってことなんだけど、王暁の師の時代は平和だったのかもな。3人が継承まで生きてるんだから」
「ね、それ、もし誰か一人でも死んだら師が居ないんだから継承出来ないんじゃないの?」
「Thanatosだって不意な事故や病には打ち勝てないときがあるだろ?だから師は代わりがいる。稀に、継承して殺されることを快く思わないThanatosもいる。そりゃそうだ。ひたすら人を殺し続けて持つ力の術をすべて教えて弟子に殺されるなんて、誰でも受け入れられないだろ?」
月笙は頬杖をついて腹の底から息を吐いた。
「王暁は第三のThanatosだけど、第二のThanatosはもうこの世にはいない。仕事に失敗してね、王暁が殺した。窓口とともにね」
窓口と言われ相馬は月笙を見た。すると月笙は頷いて自分を指差した。
「本当はThanatosの組織なのか何のか分からないところから窓口も用意されるんだけど、王暁の場合はThanatosになる条件として俺を指名してくれちゃったもんで。第三のThanatosだけど、腕前は第一のThanatosと遜色ないんだよな。まぁ、どういう経緯で俺を窓口にしたのかは教えてくれないんだけど…」
「Thanatos同志殺し合えよ」
内輪揉めは懲り懲りだと崎山は舌を鳴らした。
「そのThanatosの掟は分かった。それでThanatosの掟のためだけか?」
「賞金がかけられた。王暁に」
映画かよと崎山が悪態をつくが、月笙も大きく頷いた。
「王暁は俺に教えてくれないけど、継承の時に多分、何かを得てる。それを取り返しに第一のThanatosが殺しにくる。こんな裏切りは初めてなんだろうな。探し方が尋常じゃない。それにThanatosの名を継承するにはThanatosとの契りが必要で、歴代のThanatosの亡骸はある墓地に埋葬されている」
「ね、それってさ、もしかして次のThanatosには雨宮戒人の死体が必要ってこと?」
「そうだ。組織を壊滅させたときに俺も王暁も死んだとされているが、信用、いや、信じられていなかった。結局、今回、動いたことで生存が明らかになった。だから賞金もかけられた」
「追っ手が来るから仲間に入れては、どうなの?」
崎山が呆れて言ったが、確かにここまでの騒動を起こしておいて、どの面下げて言ってるんだというところだが一戦交えて分かったことがある。それは鬼塚組ならThanatosの刺客に勝てるということだ。しかも、それは鬼塚心だけではなくThanatosに近いレベルの人間がゴロゴロいるということだ。
「仲間に入れてくれなくてもいい、双子を…王暁を片割れに返したかっただけだ。俺は王暁をThanatosにするために助けたわけでも生かしたわけでもない」
月笙の顔から笑みが消え強い視線で相馬を見た。
「荒れ果てた海で引き上げたときには顔に傷を負って身体も凍傷寸前、大量の水を飲んでいて生きているのも不思議だった。何かしても死ぬとは思ったが、もしかしたらと助けたんだ。腕にヤクの痕もあって普通ではないのは分かったが、俺の腕を掴んだ。俺が助けて、俺がThanatosにしたんだ…。俺はそんなこと望んでなかったのに…」
最後は中国語で消え入るような声だった。相馬は逡巡して崎山に視線を送ったが、崎山は小さく頭を振った。まぁ、そうだろうなと相馬は眉を上げた。
「懸賞を懸けられたThanatosだけを引き取れと?」
「俺はいいんだ。組織の残党がいるわけじゃない。ファミリーが追ってきてるようだけど、俺の価値なんて知れてる。窓口としてThanatosに見つかったとしても、窓口は所詮、窓口だ」
「お前がいなけりゃ、王暁は言うことを聞かないんじゃないのか?」
「それは言って聞かせる」
「ね、本気?俺、あれの片割れを知ってるけど、簡単に聞き入れるような性格じゃないけど?それとも世界の殺し屋は聞き入れの良い子っていうの?」
崎山が鼻で笑うと月笙はおどける様な顔を見せた。崎山の言う通りということか。
「王暁を一人でうちに残せば死神が王暁を殺すけどそれでもいいのか?」
「なに?」
「王暁はThanatos、殺し屋として暗躍していたかもしれないが、うちの死神はちょっと常軌を逸しているんでね。人ならぬものとまでは言わないが、強さと凶暴さはブレーキを掛けられた状態で今は止まっている。そのブレーキを壊したのがお前たちだ」
相馬は指をパチンと鳴らした。
「今回の件で手を組んだだろう」
納得いかないという顔をして月笙は唇を尖らせた。腕を突き刺して怒りは沈んだんじゃないのか。だから襲撃でも手を組んであまつさえ、二人一組での行動もした。
王暁から聞いたところでは動きが良く、一人でずっと戦闘してきた王暁が一瞬でも邪魔と感じないレベルだったと聞いた。喋ることはなかったが、もともと口がきけないようで誰とも会話もしていなかったので、王暁だから喋らないというわけでもなかったようだったのに…。
「それはブレーキに言われたからな。腕を刺したくらいじゃ死神の怒りは収まらない。うちの死神は名の通り死神だ。殺すと決めたら絶対に狩る」
「鬼塚にそこまでの忠誠心があるとは聞いていない」
相馬は月笙が食い入るように言ってくるそれを鼻で笑った。
「鬼塚への忠誠心はない。ゼロ、いやマイナスだ。下手したら恨んでいるかもしれない。いいか、死神のブレーキは鬼塚じゃない。鬼塚の親だよ」
鬼塚の親と聞いて月笙がハッとした顔を見せた。
「佐野、彪鷹…」
「だから王暁を殺して次に殺されるとしたら、お前だ」
彪鷹を撃ち抜いて、殺しかけた。未遂とはいえ死神の怒りは相当だということか。
「なるほど…愉快だな」
「組の内部で殺し合いが繰り広げられるのは看過できない。だが…」
相馬は眉尻を下げて息を吐いた。
「鬼塚が王暁もお前の事も気に入っている。あれは自分を殺そうとした相手でも強ければ仲間に入れたがるきらいがある。私から言わせてもらえばcrazyだけど、決めるのはあれだ。なので、私がすることはお前ら二人に来生と関りを持っていたマフィアを洗いざらい吐いてもらう。もちろん、その第一のThanatosについて知っていることもな」
月笙は暫く逡巡していた。恐らく相馬の言葉を整理していたのだろう。そしてすぐにパッと表情を明るくして頷いた。
「第一のThanatosについて知っていることはない。Thanatosは互いの素性を知らないし、顔も知らない。第二のThanatosも指令が出たから顔を知ったくらいだ。まぁ、知っていることは話すよ、ただ、条件がある」
条件というフレーズに崎山が身体を震わせた。自分の立場が分かってるのかと目を細めた。
「簡単だ、知っていることは話すけど…中国語で会話してくれない?いい加減、頭から煙出そうだ」
言った月笙は疲れたとテーブルに突っ伏した。