05. A past story of Takeyuki

花series Each opening


そうだ死のう。

武将たけゆきはその大きな身体を丸めて、シミだらけで所々タイルの剥がれた薄汚い床に散らばるカロリーメイトの滓ををジッと見た。時は深夜というに相応しく、橘を覆う闇は深い。
ふと視線を移せば、今にも崩れ落ちそうな柵が目に入った。そうだ、あれを越せば。そう思い立った橘は、巨体をどうにか起こすとのろのろと柵に近付いた。
橘が居るのは廃墟となったビルの屋上だった。昼間にこのビルに逃げ込み、何年も使われていないオフィスで日中を過ごした。
夜になり、辺りが静かになった頃に屋上に這い出たが、繁華街の裏通りにあるそのビルは何だか自分がそこにたった一人取り残されているような空虚感に襲われた。ピンクや黄色のネオンライトの光を見ながら、これからをどうするか考えてみたが何度考えてみても四方八方塞がりな状態。
「はー」
疲れたと吐き出したため息は、橘を余計に惨めにした。橘はポケットに入れていたカロリーメイトを取り出したが、いつのまにか身体の下敷きにしていたようでそれは粉々になっていた。やはり、惨めだと思った。
「結局、俺ってこうか」
橘はそれを食べようとせずに、封を開けると薄汚れた床にバラ蒔いた。うどの大木。昔っから、子供の頃からそう言われて虐められてきた。いや、虐めた覚えは無いと皆、口々に言うかもしれない。
無邪気な顔で笑う子供は、大人よりも浅はかで残酷なのだ。うどの大木は何個、ランドセルを持てる?と自分達のランドセルを投げつけてきて、下校時には5個も6個もランドセルを持って歩いた。大きいせいで、見下ろす視線が生意気だと蹴られて跪かされたこともある。
中学や高校は身体が大きいからという理由で入りたくもない柔道やレスリングに無理矢理入部させられ、日々の練習の辛さから胃潰瘍になった。だが、辞めれる訳もなかった。
大学も気が付けばアメリカンフットボール部だった。人に言われるがままだと言えばそうかもしれないが、逆らえば酷い目に遭うと、いつまでも幼い時の事を思い出しては従っていたのだ。
虐めは虐められた側が虐めだと思えば、虐めである。それを証拠に、幼い時のトラウマが原因で橘は図体ばかりが大きな”チキン”になっていたのだから。
「そうだ、死のう」
いつかはこの人生にも光が見えるかと思ったが、どうもそれはないらしい。
橘はゆったりとした歩調で、屋上を囲むあまり意味があるとは思えない高さの柵まで行くと、それを握った。ギシギシとすごい音で鳴く。
下を覗けば、ちょうど隣のビルとの境界部分になっていてゴミと何故かポリタンクが放置されていた。人が一人、通れるか否か。ここから落ちれば…。
「死ねないねぇ」
そうだよねぇ。と言いかけてギョッとした。橘しか居ないと思っていた屋上に、橘以外の誰の声。
まさか、見つかったのか!?と振り向くと、そこに人の姿はなく。え?まさか、まさか…出た?と辺りをキョロキョロして、思わず悲鳴を上げかけた。橘より3mくらい離れた、橘が掴む柵の上に人が立っていたのだ。
「ひっ!!!!」
やっぱり、悲鳴を上げた。出た!!出たよー!!と、その場に尻餅をつくと、柵の上に器用に立つ男は音もなく床に飛びおり、少し震える橘を見下ろした。
綺麗な男だった。中性的という男に、初めて逢った。風に揺れる黒髪と、黒い宝石の様に艶のある瞳。その下に仲良く並ぶ黒子が印象的で、少し尖った唇が可愛らしい。
白いカッターシャツに黒いネクタイ。黒のスラックス。これで黒のジャケットでも着てれば、それは、まるで…。
「葬式…?」
まだ死んでないのに。これからなのに、もう葬式?お迎えの前に式?
「ね?馬鹿なの?アホなの?」
「いや、あははは」
言われ慣れた言葉も、男が言うと突き刺さるほどに痛む胸。心底そう思っていますと清々しいまでに顔に表しているせいか、その綺麗な顔のせいか。
「ね、死ぬならさ、隣のビルの屋上にしてくれる?」
「え…」
今更、移動して投身自殺とか、この男が現れたことで心がポッキリ折れてるのに無理でしょう。ビルから飛ぶとか、勢いがないと無理だ。
「このビルさ、廃墟じゃないんだよね。うちの会社のビル」
「そ、そうなんですか。すいません。勝手に」
入り込んで死のうとしまして…と言うべきかどうか。というよりも自分よりもだいぶと年下、下手したら学生みたいな男にいつまでもへたり込みながら敬語を使うのも馬鹿馬鹿しいと、橘は腰を上げようとした。と、その肩に、まるでレンガでもぶつけられたような痛みが走って、ぎゃ!と悲鳴を上げた。
「ね、立たないで。あんた、デカイよね?俺さ、見下ろされるの嫌いなの」
「ちょ…」
そりゃないでしょ…と思いつつ、肩にめり込む踵の痛みにただひたすら頷いた。男はそれに満足したのか、足をゆっくりと肩から下ろした。
「死ぬの?」
「いや、もう、いいです」
「そうなの?案外、簡単だね。本気で死ぬ気あったの?まぁいいや。ね、2階のフロアのドア、壊した?」
何だか酷い事をサラリと言われた気がしたが、どう繕っても仕方が無い。そして橘は首を振った。
「それは俺じゃない…です」
「じゃあ、誰」
というか、あんた誰。と思ったが、もう何でもいいやと橘はスーツの内ポケットから名刺を1枚取り出した。
「きっと、コイツ等」
男はそれを手に取ると、近くのビルが放つネオンライトに向けた。そのせいで、男の横顔がはっきりと映った。
本当に綺麗な男だなぁ。浮世離れした感じのする、花魁?いやいや、でも、妙にエロい。
「ね、あんたさ、堅気じゃないの?」
「堅気…ですよ」
「じゃあ、何で三和興産の名刺持ってるの?ヤクザだよ?」
「付き合ってた…カノジョが」
「あんたと?物好きな」
いや、黙れ、おい。何だ、コイツはと頭を掻く。
「確かに、物好きだって…その通りだし、騙されてたし」
「へぇ、やっぱり」
ぐうの音も出ない。なんだろう、この違和感。自殺しようとしていた人間と鉢合わせした場合の対応って、どういうのだっけ?
とりあえず絶対にこうじゃないはず。自分ならばまず自殺を止める。間違っても隣のビルに移って、そっちでやってくれなんて言わない。
そして、どうしたのかと悩みか愚痴くらい聞くだろう。多分、これが普通だと思う。
「で、騙されたって?」
「え?ああ…彼女の叔父さんが人に騙されて、それは冤罪だからって、ちょっと…」
「なに」
「コンピューターに侵入を」
「は?何、あんた、オタク?」
違うわ!と叫ぶのにも疲れて、橘はまた名刺を取り出した。それを男に渡すと、男は感嘆の声をあげた。
「武将?完全なる名前負けだね。ふーん、コンピュータープログラマー。しかも、大手って。ね、ここさ、コンピューターセキュリティーソフトとか作ってるよね?国内に止まらず、世界へのシェア拡大してるとかだっけ?」
「一応、そう」
「へぇ、ハッキングのプロ?」
「ハッキングっていうか、セキュリティソフトとか作るにあたって、自分でハッキングとか侵入とかウイルスとか送りこんだりして、それを突破出来るか調べてるうちに…」
「詳しくなりすぎたと」
まぁ、言うなればそうですけど。
「侵入ってどこに?」
「…えっと、その…警視庁」
「また、急にきたか、そこ」
男はくつくつ笑いながら、橘の差し出した名刺で自分を仰いだ。
「驚いたけど、冤罪の調書を取り出してほしいって言われて」
「誰の?」
「誰?」
「誰のが欲しいって、その叔父さんを救いたいと願う女は言った訳?」
「え?名前のこと?えーっと、須縄山すのやま京介。変わった苗字で覚えてるよ」
「ね。2年前にさ、北関東で起きた暴力団同士の抗争知ってる?一般市民まで巻き込んで、町中で戦争さながらの銃撃戦」
「ああ、知ってるよ」
連日連夜、マスメディアを賑わした事件。すぐに犯人は捕まったし、巻き込まれたという一般市民も軽傷で済んだという抗争。
物騒だなぁとネットニュースを見ながら思ったものだ。
「その実行犯が三和興産若頭、真野京介。本名は須縄山。その冤罪の叔父さん、須縄山京介だよ」
「…え?えー!!!!!」
男の言い放った思いもよらぬ真実に、いつの間にかネオンの消えた闇に橘の声が突き抜けた。
「え、そんな、だって。ってことは、え?」
「その女さ、股座にタトゥーなかった?」
「…え、あの、」
「あったんだ」
言い難そうに顔を赤らめる橘を、男は笑う。何だか下半身を見られた様な気分になって、思わず目を逸らした。
「ね、覚えといた方がいいよ、えーっと、橘君。股座に模様のある女はヤクザの女ってね」
な、なんと!!!橘の頭の中でぐちゃぐちゃだったパスルが一気に合致して行く。
付き合い出して直ぐに、彼女は橘の仕事にやたらと興味を持ち出した。ウイルスにかかったとPCを持ってきては、橘に処理を頼んだ。
あれは腕調べだったということか?そして使えると思ったから、叔父さん”須縄山”の登場ということか?
「え?まさか、梨々香が須縄山の?」
「さぁね。ね、あんたさ、警視庁の中、入れたの?」
男は橘の前にしゃがみ込み、橘の顔を覗き込んできた。飲み込まれそうな目力に思わず尻を付いた。
「は、入れたけど」
「あれ?じゃあ、何で追われてる訳?」
「俺は須縄山の調書だけって思ったのに、須縄山を取り調べた刑事の名前とか登録ナンバーとか、何か要求がおかしな方向にいったから」
「逃げちゃったの?」
「梨々香は居ないし、変な男に囲まれるし」
「でもさ、侵入したPCは男の手にあるんだよね?じゃあ、いつでも入れちゃったりする?」
「いや、ロックかけてきたから。ロックナンバー入力間違えたら一気にウイルスが流れてそのPCはダメになる仕組み。どうせハッキングだって、警察はすぐに気が付くもの。2度目はすぐには入れないよ」
「でも、入る自信はある?」
「何だよ、もう」
いい加減、意味の分からない質問は腹が立つ。
須縄山の正体が三和興産の若頭ということは、捕まれば確実にどうにかされる。利用するだけ利用して海に捨てられてぶよぶよの水死体になるか、切り刻まれて一生、行方不明者のままか。
「はぁー。ヤバいヤバい」
なんてことになったんだと、橘は頭を抱えた。
「ね、あんたさ、もう会社にも家にも戻れないでしょ。三和興産に命狙われてる訳でしょ?それで自殺しようとしてたんだよね?俺、邪魔しちゃったってことだ」
「そう、だけど」
実際、会社は解雇されたばかりだ。逃げてすぐに会社に梨々香が性的暴行を受けたと告発文を持って現われ、その見た目のせいで速攻、解雇通告を受けた。男達から命からがら逃げた翌日の話だ。
そこからはまるで1日1時間くらいしかないような時間の感覚で、逃げることに必死になった。そして、ここに辿り着いたわけだが…。
「両親は?あと兄弟」
「え?両親は姉貴夫婦と一緒にロス」
「は?」
「姉貴の旦那が外資系の会社に勤めてて。で、ロス栄転なったんだ。両親も元々、外国暮らししてたから一緒に。親戚とかも海外に住んでる人ばっかりで、日本に居るのは俺くらいなんだ」
「だからデカイの?」
「いや、生粋の日本人ですけど」
というか、それが今どう関係あるの?
「ま、いっか。ロスなら手も出せないだろうし。ね、ロスまで逃げる?三和興産から」
「だって、それしかないじゃない。騙された俺が悪いんだもん」
「警視庁にハッキングまでして?」
「そうだけど」
「三和興産、片付けてやってもいいよ?」
「え!?」
「その代わり、俺のお願い聞いてくれる?」
ニッコリ、赤い唇が弧を描いた。ここで、イヤ結構です。大丈夫。ロスに行くんでと言えば良かったのに、なぜか橘は小さく頷いていた。
橘は英語が話せない。というか大の苦手だ。
両親が海外生活をしていたのは、姉が幼い時で橘が生まれる時にはもう日本へ帰国していた。なので外国生まれの姉にはミドルネームがあるが、橘にはそれはない。
そして5歳まで海外で過ごした姉は、日本語よりも英語が得意だった。とどのつまり、そんな言葉の分からない国へ行くよりは、一個のお願いを聞いて三和興産との繋がりを切ってもらって、また再就職でもすればいいということだ。
「え?でも、どうやって?」
ヤクザ相手に喧嘩出来るような、強い男には見えないけど。どちらかというと華奢で蹴飛ばされたらひゅんっと飛びそうな…。
「目には目を、歯には歯を、拳には拳をってね」
「え?意味が、本気で分からないよ」
何を言ってるの?本当に。三和興産はヤクザだよって言ったの、キミじゃん。と言いたいくらい意味不明な言葉に目を丸くする。
「あ、ごめん、俺、崎山雅。名刺ー、ないわ。手、出して」
「へ?」
出してと言われて、素直に応じる自分もどうかと思う。崎山と名乗った男は橘の大きな手を見て、熊だなと笑い、どこからともなくペンを取り出すとそこに文字を書き出した。
「はい、名刺」
いや、馬鹿だろ。消えるじゃんと言いたかったが、そう言う前に震えが来た。手の甲に書かれた文字の羅列が、橘の身体を震えさせていたのだ。
「え。ちょっと、え?お、鬼塚組って何?ちょっと」
その場を去ろうとする崎山を、橘が慌てて立ち上がり追いかける。途中、足が縺れて転びそうになるのを何とか堪えて、必死に後を追った。
そこに書かれていたのは鬼塚組崎山雅という、男同様に綺麗な文字。鬼塚組って、あの鬼塚組!?
「さ、崎山さん、鬼塚組って、本当に??」
「あ、久志、良い物拾った」
「は!?」
手を振る向こうに目をやれば、屋上の出入り口に目付きの悪い男が一人。橘は思わず、そうしてもどうしようもないくせに身体を丸めて小さく見せた。
「ええもんって、熊やんけ。ちゅーか、勝手に行くな」
「ドアは全部開いてたし、気配もなかったから大丈夫。いいじゃん、この巨体が屋上から降るよりはさ」
「はぁ?屋上から降る?ちゅうか、エエ加減連絡入れんと、山瀬さんに怒られんぞ。何やねん、そいつ」
男は関西弁だった。作業着姿で一見すれば、どこかの工場か何かの作業員のように見える。男は煙草を燻らしながら、大きな橘を見てプッと吹き出した。
「ほんまにデカ」
近寄って、改めて橘の大きさを知って笑った顔は親しみが持てる顔だった。少なくとも、崎山のように辛辣な言葉を吐く様なタイプではないように思えた。
「連絡入れるからさ。ね、三和興産、片付けに行かない?」
「は?」
「ちょっと、崎山さん、あんた一体!?」
「大丈夫だよ。ドアの修理代請求ついでに、三和興産には消えてもらうだけだから。あそこはね、うちにとっても害だから」
ドアの修理代高っ!!それに害って!それ、俺に関係ないでしょう?言おうにも、至極楽しそうな満面の笑みで言われても困る。
何だか入り込んではいけない道に入りこんでいるような気がして、橘は四方八方どころか蟻の子一匹出る隙もない固められているような気がして仕方が無かった。

そして、崎山と久志と呼ばれた男は1時間もしないうちに”THE 極道”みたいな連中を集めてきた。それを見て、嗚呼、本当に極道なんだなぁと再認識して将来を悲観した橘だった。
何の前触れも接点もない”鬼塚組”からの襲撃は三和興産も思いもよらない事だった様で、その襲撃はものの30分程度で片がついた。
事務所の前で見張りを言われた橘は、そのドアの隙間から垣間みた惨状に嘔吐した。その中で表情一つ変えずに自分よりも恰幅の良い男の腕を捩じ曲げて折る崎山は、まさに花魁等ではなく夜叉そのもの。
あれは人間の姿をした悪魔だよと言われた方が、安心するようなその姿に橘は一人涙した。捕獲されたかもしれないと。

襲撃も終わり、一通りの事が片付いた後に橘は崎山に呼び出されてカフェに来ていた。襲撃後に”またね”と笑った悪魔は、言葉通り橘を呼び出したのだ。
ガタガタと椅子が、机が、地震でもないのに揺れるのは橘の震えだ。あまりの挙動不審ぶりに、店員も不審そうな顔を見せる。
いっそ通報でもしてくれて警察に捕まって、ハッキングも明るみに出て懲役とかで服役した方が平和かもしれないなんて考えた。
「獄中は三和興産の幹部連中や他の組員でいっぱいだよ」
「へ!?」
橘の心の中を、まるで千里眼でも持っているかの様に言い当てた男は、橘の前に座ると長い足を組んでみせた。
「仕事長引いて。待たせたな」
「いや、あの大丈夫です」
「ね、いつからうち来る?」
「はぁ?」
「だって、そうでしょ」
え?意味が分からないです。そうでしょって、当たり前みたいに言われても、皆目検討もつかないくらいに話が飛躍していますけど。
「うちさ、今、内部で二派に分かれて揉めてるんだよね」
いや、知らないし、聞きたくもない内部事情をこんなカフェで世間話みたいにしないでください。言いたくても言えず、代わりに滝の様な汗が滴り落ちる。
「あの、」
「老舗極道っていうの、もう流行らないんだよね。金も稼げないと意味が無いのに、暴対法で日々過ごし難くなってきてて金も稼ぎにくい。でもさ、いつまでもイタチごっこしてても埒が明かないでしょ?」
「え?でも、俺は…」
「極道に限らずさ、今はIT使えてなんぼでしょ。俺はある程度出来るんだけど、俺一人じゃ手が足りないの」
「お、俺に何を?」
「顧客管理のデーター化と、機密情報の調査。あとは内部管理」
「内部管理?」
「言ったろ?揉めてるって」
崎山は運ばれてきたアイスコーヒーを口にした。橘はハーッと息を吐いて、頭を掻いた。
「俺の上司はね、そういうハイテク機器を一切扱えない人なの。スイッチ入れるだけでも一苦労」
フフッと柔らかく笑うものだから、余程、信頼しているんだなと思った。ふと、橘は自分はどうだっただろうと思った。
大手企業に勤めていて、上司は自分のキャリアを誇らしげに話していたりしたが、尊敬とか、まして信頼なんてなかった。
「あの、一緒に居た関西弁の人は?」
「久志?ああ、あれもダメ。アホだもん」
「そ、そうなの」
「こないだも、車のサイトだかなんだか見てて、どんどんクリックしていくから海外エロサイトに飛ばされてさ。ご丁寧にウイルス召還して、PCのフォルダ画像丸ごと陰部に変換してくれて。あれは極刑だね」
「ああ、よくあるよね。偽サイト。普通はそこまでいかないけど…素直だね」
「アホなんだよ。あ、あれは俺と同期。で、いつから来れる」
「せ、選択権とか」
「ね、お前もアホなの?」
思わずそのまま後ろにひっくり返りそうになるほどに、その笑顔は恐ろしく、橘は直ぐさま”今直ぐに”と馬鹿な事を口走った。
橘武将。鬼塚組に入ることとなった、言うなれば崎山に平伏した瞬間だった。