01. Kitten

花series Extra Shot


明かり一つ付いていない部屋。黒を基調としてるせいで暗闇が際立ち、慣れた瞳でも周りが分からないような中、影が動いた。部屋の主、鬼塚 心だ。
まだ明け方にもならない丑三つ時、ふっと目が覚めてしまった。基本、眠りは深い方ではない。
物音一つで起きるくらいに過敏にならなければ、襲撃された時に瞬時に動けなくなる。
眠気眼のまま殺されるなど、良い笑いものだ。
心は煙草でも…と身を起こそうとしたが、懐に抱き寄せている存在が身を捩ったため、すぐに身体をベッドに沈めた。
こうしてベッドに一緒に寝るまでは、案外大変だ。
眠くて仕方ないくせに、易々とベッドに入ってなるものかと散々憎まれ口を叩き、挙げ句、差し出した心の手に噛み付く始末。
本当に年上かと疑いたくなる様な行動は、毎度の事で、流石に馴れてしまった。
だが、毛を逆立てて威嚇する猫の様なそれは、一旦、眠りについてしまうと不安からか恐怖からか子猫のように心に擦り付いてくる。
それをギュッと抱き締めると、それの香りが鼻腔を擽る。心のやんちゃな子猫、吉良 静。
長い睫毛が時折震えるのが、暗闇でも随分と慣れた瞳なら分かる。
スヤスヤと規則正しい呼吸をしながら警戒もなく眠る姿は、お腹を無防備に曝した子猫にも見える。
心は肘をついて上体を起こすと、ぐっすり眠る静の唇にそっと自身のそれを重ねる。
軽いキスを交わすように何回か繰り返し、少し考えた後に唇の代わりに舌で静の唇を舐めあげた。
ミルクを舐める様に数回ペロリと舐めると、くすぐったいのか静が軽く顔を背けた。
暗闇の中、静の少し開いた唇がてらてらと濡れている。
「ヤバ…エロ…」
起きているときはキス一つするにも、まさに命懸け。今のように舌で唇を舐めようものなら、間違いなく舌に噛みつかれるだろう。
見た目はまさに女の子の様な中性的な容姿にも関わらず、中身は随分と勇ましく気高い。
プライドも高く、そこが同性にキスをされることを心底拒んでいる様に思える。
例え相手が極道の頂点に君臨する心だとしても、それは変わらない。
相手がどんな地位にいようが、力を誇示しようが、静にしてみれば関係がないのだ。
人間と人間。極端に言えばそう。
だから心に対して平然と、尚且つそれが当たり前のように新聞を投げつけたり、馬鹿だ何だと暴言を浴びせてくる。
借金をチャラにし母親の面倒を看て、挙げ句、妹の将来までを約束する生活を送るように手配しても、静は心を信用しないし、見え見えの御礼や媚を売ったりしない。
だが、心とて、見返りを求めていた訳ではない。
そんな事で態度を一変しようものなら無理矢理犯して、飽きれば投資した分を取り返すために働いてもらうだけの事。だが、静は絶対そうはならないと心は確信していた。
その辺に居る、何とか心に近寄ろうとする人間とは違う。
心の周りは男も女も心に対して、羨望の眼差しを向けていた。若い上に、絶対の権力と地位と財力。
それを全て兼ね備えている心に、女は言われるがまま脚を開き、男は恥も外聞も投げ捨てて心に跪いた。
そんな人間ばかり見てきた心には、静がそれらとは違う人種だというのは、はっきり分かった。
「…ん…う〜」
魘されるような声をあげ、眉間に皺を寄せ心に擦り寄る。
静はここに来てからよく眠るようになったものの、魘される事が多々あった。それほど苦しめられてきたのだろう。
心はゆっくりと静の頭を撫で、静を抱えてる腕に力を入れた。
「大丈夫や…ここにおる」
そっと耳元で囁くと肩に力の入った静の身体から、すーっと強張りが抜けていく。
「寝とる時は素直やのに…」
心はふと、スヤスヤ眠る静の唇に目が止まる。
落ち着いたのか、少し開いた口から果実の様に赤い舌が覗いて見える。
悪戯心の芽生えた心は、徐にそこへ自身の指を突っ込んだ。急に入り込んできた異物に、静の眉間に皺が寄る。
そんな静にお構いなく咥内を縦横無尽に貪り、ディープキスの様に指を舌に絡めた。
「ん…ん…う〜」
唸り声の様な静の吐息と、濡れた舌と指が絡むクチュクチュという音が室内に響く。
艶美なまでの静の姿に、心は思わず息を呑んだ。
そっと顔を近付け、無防備に曝された白い首に吸い付こうとした時、静の咥内を貪っていた指に激痛が走る。
「…い…たたたたた」
口の中の不快な物を捕まえるごとく、静が心の指に噛みついたのだ。
引き抜こうとしたが、思いの外強く噛みついていてなかなか外れない。
顎を掴めば外れるだろうが、そんな事をすれば間違いなく痛みで静が目を覚まし、この説明のし難い状況に烈火の如く怒り狂うのは目に見えて明らかだ。
「いっ…」
夢の中で何かを噛みきろうとしているのか、噛みつかれた歯を左右に動かされ、流石にこのまま噛みきられそうな事態に焦りを覚える。
心は徐に、仰向けになった静のシャツの裾から自由の利く方の手を入れ、腰の当たりをツッと指の腹で撫でる。
「いて…」
くすぐったさと驚きからか、指を噛む力が増した。
ようは口を開けさせればいいんだと、絹のような肌を踊るように撫でながら、静の慎ましやかに飾られた小さな果実を指で弾いた。
「…はっ」
指に噛み付いたまま、静の身体がビクリと震える。
その反応に気を良くして、心は上着を捲り上げ指で果実に舌を這わす。
「…ん」
眠る中、あらぬ刺激に静の口の力が弱まり、心はゆっくり指を引き抜いた。
指を見るとくっきり歯形がつき、歯形の痕は少し鬱血していた。
「ったく…」
鬱血した指に、鼓動を打つたびに鈍い痛みが走る。その指を宥めるように舐め、心は呑気に眠る静を見た。
乱された服の隙間から白い肌が覗く。これ以上続けると間違いなく静は目覚めるだろうし、自分も歯止めがきかなくなるのは明らかだった。
「早く抱かせろって…」
熱を冷ますように、心はゆっくり目を閉じた。

翌朝、何も知らない静は大学に行き、心は事務所に行く用意をしていた。
事務所に行くだけなのでタイはせず、オーダーメードのスーツを着てソファーに寝転がり相馬を待った。
タバコを銜えたところで、相馬が部屋に入ってきた。
「おはようございます」
「ああ…」
気怠そうに挨拶をする心の向かいに、相馬が腰掛ける。
心とは違い、堅苦しいまでにタイをきっちり締めて、オーダーメイドのスーツを見事なまでに着こなしている。
よく肩が凝らないものだと、心はそれを鼻で笑った。
「今日は高城建設からオファーが来てます。会われますか?多分、北の土地の件かと…あと、最近、上新会が妙な動き…」
言いながら止まる相馬を不思議に思い、心は相馬の方に視線を移す。
「…何や。上新会がどないした」
「あなたこそ、その指はどうされたんですか」
相馬の目は、何気に身体の上に置かれた心の左手に釘付けだった。
「…指ぃ?…あ」
今の今まで忘れていた静に噛みつかれた指は、くっきりと鬱血した痕と歯形が残っていた。
どれだけ強く噛まれたのかと自身でもツッコみたくなる痕は、誰がどう見ても明らかに歯形だった。
「…あなた、私が弁護士だということお忘れですか」
相馬の顳かみがピクリとしている。相当ご立腹の様で、心は少し呆気にとられた。
心同様、他人に感心を持たない相馬が、誤解とはいえ心が静を襲ったと思って憤慨しているのだから。
「同性でもレイプは傷害罪に問えるのを、ご存じですか?」
「何もしてへんし…」
「してないのに歯形…。は〜ん、あなたはその指は自分で噛んだとでも?あなたには自虐の趣味でもありましたか?それともそうしなければいけない状況だったんですか?」
まるで刑事の尋問のように矢継ぎ早に質問を投げつけ、相馬はニヤリとほくそ笑む。
「ああ、あれでしたら、その歯形の型をとって、貴方の歯形と照合しましょうか?」
トドメとばかりに相馬はそう言って、心の前で不敵な笑みを浮かべた。
そんな相馬を見て、心は大きく嘆息した。思い出すとジンジンと痛み出す指。
明らかに被害者はこちらでは無いかと思いながら、目の前で被告人に罪状を述べる裁判官の如く、先程から、傷害罪に問われた場合、どれくらいの懲役をくらうのか懇切丁寧に力説する相馬を盗み見た。
どうやら、今日は相馬の虫の居所が悪かったらしい。
「…どいつもこいつも」
“たまらんわぁ…”と、疲れたように心は声を上げた。