10. 罪と罰と焼き肉

花series Extra Shot


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「焼き肉、食べたあれへん?」
そんな成田の一言に相川は”ええ!?”と声を上げた。
仕事終わり、事務所のガレージで何気ない会話の途中。煙草を吸って寛いで、さぁ帰ろうかという時のこと。
会話が途切れたところに今までそんな素振りも、そもそも食べ物の話もしてなかったのにいきなり焼き肉。
いや、俺、今日デートなんだけど?と言おうとしたら、”あ、俺も食べたい”なんて橘が言った。
熊が喋るな!!
「え?今日、もう上がり?俺ら三人で焼き肉とかって、ちょっとあれじゃない?」
あれって何?という顔で見られて、ボキャブラリーの少ない相川は言い淀む。
あれってあれじゃない。男三人、というか熊と人間?チンピラ三人?何でもいいけど、決して美味い飯じゃないよね。
ムードなんて微塵もないし、顔だって何年付き合わせた面?飯なんていつでもよくね?そんな、あれ。
ってか、今日はダメ。今日、この日のために、どれだけの努力と時間と金を注ぎ込んできたか!!!
血の滲む様な日々は、今日、ハメるためでしょうが!!!
「焼き肉なの?」
一人、昂る相川の後ろから声がして振り返り、ぎょっとした。
出た、悪魔の申し子、崎山雅。なんて思っていたとしても、口には出せない。
口に出したら最後、明日の朝陽は拝めない。
その相川曰く”悪魔の申し子”崎山の後ろには、目つきの鋭い長身の雨宮が、まるでボディーガードの様に立っていた。
鬼塚組の秘密組織、裏鬼塚。その一人、雨宮或人。
裏鬼塚だなんて誰が言い出したのかは知らないが、もうそのネーミングでがっつり活動している。
裏というのは何でもタブーだ。サイトに始まり、AV、情報、世界。裏なんてつけば、名前だけで怪しさ満点。
そんな中で、一番のタブーなんじゃないかと思うのが裏鬼塚。ただでさえ、裏世界のトップに君臨する仁流会のNo.2鬼塚組。
その裏なんて、開けてはいけないパンドラの箱みたいなもの。
そのパンドラの箱の一番のタブー要因はといえば、長が崎山ということか。
喧嘩なんて、僕、頭脳派なんですなんて顔をしていて、がっつり肉体派。しかも、手加減を知らない悪魔。
骨を折るだけならまだしも、生涯、後遺症に悩まされそうな関節潰しは欠かさないなんて常軌を逸しているとしか思えない。
これを悪魔の申し子と呼ばずして、何と呼ぶ。
「おう、崎山、お帰り。何か、肉食いたなってん。肉。行こうや」
その崎山に、唯一、何の防御も防具もなしに挑める関西馬鹿。関西人はフレンドリーっていうよりは、怖いもの知らずなんじゃないだろうか。
一番、人が良さそうな顔で、一番、情熱的な男は、存在が凶器の組長である鬼塚心の側近だ。
神経がおかしい。そうとしか思えない。
「…行く?」
崎山が雨宮を振り返る。
え?もう行く事決定ですか?今、俺デートなんで帰りますとか言ったら、やっぱり無茶苦茶罵られて、俺、また泣くんだろうな。
それか、この隣の熊が吐くか…。また入院するか…。
「奢りっすか?」
「いいよ、今日は頑張ったし」
「なら行きます」
雨宮の言葉で、全員が行く事が決定した様なもの。
あ、これで俺の七瀬ちゃんとの恋路も、幕を下ろすのか…。
電話して、言い訳する時間も猶予もくれないよね。だって、崎山雅だもん。
そう思い、相川は一人、嘆息した。

仁流会鬼塚組、幹部ご一行様おいでなさいました。
なんて物騒な事を言う訳もなく、スーツ姿の崎山と相川と橘。そして、作業着姿の成田とジーンズにTシャツの雨宮。
どういう繋がりなんだ?というような5人が火の点けられた網を囲む。
大型チェーン店。雨宮と崎山と成田の並びの前に、橘と相川。
熊と座るのは、お一人様限定。むさ苦しさは半端ない。
炭火の熱気と、店の熱気と、熊の熱気に殺されそうだ。
「今って、こういうので頼むんだ?」
橘がテーブルに備え付けられた機械を指差す。
何でもハイテク化。そのうち、店員もロボットとかになりそうだなと思う。
「いらっしゃいませ、お先にお飲物いかがですか?」
にっこり、笑顔の素敵な店員が現れる。”大貫”と書かれたネームプレートを見ながら年齢を推測して、これは犯罪だと諦める。だが、彼女の視線は真っ直ぐ、崎山だ。
ちょっと、どこがいいの?そんな顔だけの奴。あれの中身を知らないから、そんな羨望の眼差しで見れるんだ。
やめとけ、あれは人の姿をした悪魔だ。
「生4つ、あと烏龍茶。橘、オマエ、運転ね」
崎山は橘に確認もせずに、というより有無を言わさず決めると、店員の大貫ちゃんに言い放った。
ううう、やはり鬼畜。悪魔。
「あー、崎山…俺、運転?」
焼き肉にはビールだよな。さすがにちょっと意見があるのか、橘が崎山に恐る恐る尋ねる。
ビビり過ぎ。見かけ倒しも、ここまで来ると腹立たしい。崎山じゃなくても、虐めたくなる。
人でも食ってそうな熊の容貌のくせに。
「なに?」
不満でもあるのか?そんな風に言いたげな漆黒の目が、橘を射抜く。今にも眼力だけで橘を殺めそうだ。
それに橘は震え上がって、頭を振った。
いやいやいや、どんだけオマエのが力あるの?いっそ伸し掛れ。
ぐわーっといけ!!タックル決めて、叩き潰せ!!!
思っていても、誰一人出来ないのが崎山の恐ろしさを証明している。
未だにガクガク震える橘。震えるな!!!こっちまでガタガタ揺れる!!!!
「揺れんな!ボケ!!!」
思わずその背中をバシッと叩いた。ご、ごめんと、か細い声がする。
その橘を、崎山は、本性を知らない人間ならば誰もが見惚れそうな満面の笑みを浮かべて見た。
「橘、人一倍食べるでしょ。だから飲んじゃダメ」
食べるから飲むななんて、どんな横暴だ。
まぁ、でも誰かがそうして運転を名乗り出なければ、飲酒で検挙なんてされてしまえばシャレにならない。
ってか、ここで一番の下っ端は雨宮じゃね?雨宮が飲まなければいいんじゃね?と、橘が言える訳もなく、熊の様にでかい身体を縮こませて頷く。
戦えー!!!橘!!!
「そういえばさ、最近、あの店どんなん?」
「ああ、あれはまぁまぁ使えるかも」
「…あの店って?」
他愛無い会話、まるで会社の集まりで営業先の話をしているようだが、中身は上納金を納めれるかどうかなんて物騒極まりない話。
橘も相川も表側の人間なので、回収や鬼塚組の経営している店の見回りが主な仕事だ。
同じ会派に居ても、規模が莫大だと同じ仕事をすることはあまりない。なので、こういう食事会が情報交換の場所になる。
崎山はフロント企業にかかりっきりだし、成田に関して言えば表にも裏にも顔を出さない、肩書きはメカニック。
名前だけは耳触りは良いが、心の周辺をうろうろしているので、生業は一番危険かもしれない。
雨宮に関して言えば、謎だ。たまに全く関係ない組の連中と、その組の組員面して一緒に居たりするのでこちらが驚く。
人よりも目立つ風貌をしているくせに、潜入が得意でしれっと内偵する組に入り込んだりしている。
何よりも驚くのが、裏鬼塚に所属することになった経緯が心への襲撃の失敗からということか。
よく考えれば、一番怖いもの知らずかもしれない。
そして、自分の命を狙うそんな男を側に置く心は、変わっているというよりも頭がおかしいんじゃないかと思う。
そんな事を思いながら、相川はほどよく焼けたカルビを口に入れた。
ジュウジュウと焼ける肉。滴る油。ウザッたいくらいの煙と咽せる様な匂い。焼き肉って、これがいいなと思う。
雨宮はさすがに良く気の回る男で、焼き役に徹している。下っ端だと、一応は心得ているらしい。
焼きながら、いい感じの焼き具合の肉を口に放り込むあたりはさすがだ。抜け目なし。
そして橘の皿には、とりあえず腹に入れば何でもいいんだろ?と言わんばかりに、容赦なく肉を載せて行く。
あとの人間は自分で取るだろうと、触れてこない。オマエは鍋将軍ならぬ、焼き肉将軍かなんてくだらないことを思う。
その雨宮の隣の崎山なんて、成田が笑って喋っている間にその皿から肉をかっ攫っていっている。
ハイエナか、オマエは。
どうやら、猫舌らしい。
喋るのに夢中な成田が放置した皿の肉が、程よい冷め具合なんだろう。
自分のところで冷ませばいいものを、自分の皿のタレに油がプカプカ浮くのが気に入らないらしい。
見た目同様、神経質。潔癖。
成田は皿からちょこちょこ肉が攫われているのに気が付きもせず、せっせと網から焼き上がった肉を皿に取っている。なんて不憫。
雨宮がフッと何かに気が付いたのか、網の端で焼かれていた南瓜を崎山の皿に載せた。
崎山がムッとした顔で雨宮を見ると、何かを耳打ちしている。崎山の見た目が見た目だけに、何だかドキリとしてしまう光景。
いや、ドキドキとかすること事態おかしいんだけど、何か、おっとか思ってしまう。
雨宮は目つきは悪いが、悔しいかな、かなり端正な顔つきだ。そして、崎山の中性的な顔。
そういえば、崎山と雨宮は二人で行動していることが多いもんな。あれ?まさかねぇ。
「相川、飲む?」
ジッと見ていたのを気が付かれたのか、崎山がジョッキを指差した。
見た目を裏切る酒豪め。オマエ、それ何杯目だ。
「俺、あれにする、チューハイ。ライム」
ビールばっかりいい加減しんどい。焼き肉に欠かせない白飯を食いながらビールで、腹に蓄積されていく物を感じる。
重たい。腹が。内臓が。
「酎ハイ?」
フンッと崎山が鼻で笑った感じがした。感じ、あくまでも感じ。
だが!!崎山のここ!!!ここは問題!!
なまじ、中性的な顔をしているだけに、人を小馬鹿にしている様に見える時がある。
そう見えるだけかもしれないが、崎山の場合は本当に小馬鹿にしている時があるので侮れない。
大体、酎ハイの何が悪い!くそー、俺だってなー!俺だって、日本酒とか飲みたいわ!焼酎とか!でも、弱いんだよ!!
ボクサー時代に一切、アルコール類は飲まなかった。
世界を獲る!!目指せチャンピオン!!なんて躍起になって、食事制限もして身体に害のあるものは一切、受け入れなかった。
それが仇となったとは言わないが、酒の類いはどうにもならない。グルグル、回ってくるのだ。地球が。地面が。俺が。
「おまったせしましたー!!」
賑やかな店内で、元気のいい声とともに店員が酒を持って来る。
野郎だ。何だ、ちくしょー。
どんっと、コーラや冷酒やハイボールが注がれたグラスが、空になったグラスと入れ替えらていく。
あれ?なんでコーラ?
ちらり、橘を見れば、ピッチャーで烏龍茶を飲んでいる。橘が持てば、ピッチャーもただのコップだ。マグカップだ。恐ろしい。
じゃあ雨宮か?と思ってみれば、ハイボールを頼んでいた。
あれ?崎山?と思えば、こいつは日本酒だ。なんでと思って見ていれば、崎山が成田を肘でついていた。
それに気が付いた成田に、崎山が何かを耳打ちしている。あれ?あれれ?
「成田、もうギブか?酒」
何気に詮索してみた。こいつも酒豪なはずだ。
お子様コーラを飲むなんて、身体の具合でも悪いのか。
「あ?ちゃうねん。俺、酒の間にこれ入れな、悪酔いすんねん」
な、……なんですと?そんなもん知ってるのって、彼女とかくらいじゃね?
俺だってお前とは付き合いは長いが、そんなこと初耳だ。知らなかった。それを崎山が?
ここはあの崎山というのが、一番のキーワードだ。
あれ?もしかして雨宮だって、あれはきっと、”野菜食べてないでしょ”みたいなやつだろ。
あんなの、合コンの女の子が男にやる手じゃねーか。さりげない気遣いに男は弱い!
ということは、雨宮が崎山を???
でも、崎山は成田を????
あれ、あれれれれ?まさかのトライアングルー!?
「おい」
途端、低い獣の様な唸り声がした。ハッと前を向けば、冷酒を持った崎山が鋭い眼光をこちらに向けていた。
綺麗な顔ほど、凄めば恐ろしい。整いすぎている顔は、一睨みされるだけで背中に震えが走る。
崎山の本性を知っているからかもしれないが、背筋が寒くなる。
「な、何?」
「脳内、だだ漏れなんだよ、オマエはさ」
「…ん?」
「橘」
「え?ん?何?」
青くなる相川の隣で、橘は黙々と肉を消化して行く。もはや、獣が獣を食らっているようだ。
「まだ食べれるよね?一番、いいやつ食べて良いよ、どんどん食べな」
にっこり崎山が笑う。それにただならぬ企みを感じて、慌てた。
「さ、…崎山?」
「オマエの、奢りだよね?相川。さ、俺は飲もう。雨宮も飲んでね」
笑う崎山に、成田はどうした?なんて暢気に聞いていた。
一体、どこから脳内だだ漏れ???え???奢り!!!!?
バッと隣の橘を見れば、備え付けられた機械で馬鹿正直に一番ランクの高い肉を、信じられない数を打ち込んでいた。
熊ー!!!!!!!

肉食獣橘の喰らった肉と、その次に大食感の成田の喰らった肉。更に、雨宮と崎山の酒豪コンビの飲み干した酒。
その量は何の大会?と言わんばかりの量で。
相川は会計で、目が飛び出そうになった。焼き肉屋で男5人で叩き出す売り上げじゃねーだろ!!と。
もちろん、そんな大金の持ち合わせがあるわけのない相川はカードを切る羽目になり、渋々、カードを差し出した。
請求はいつ頃だと考えながら店を出た途端、後ろから崎山に飛び蹴りを食らわされた。
構えも何も、それこそ何の心構えもなかった相川は乗って来たベンツ GL550 AMGのボンネットまで身体が吹っ飛んだ。

後日、雨宮にどこから脳内だだ漏れだったの!?と問いつめれば、あれは崎山さんしか気が付かないんじゃないですか?と言われ、相川は涙を浮かべた。
相川は全治一週間の怪我を負い、その怪我とともに一つ学習した。
悪魔の申し子崎山雅は、人の心が読める…。