16. 狙撃

花series Extra Shot


青天の霹靂、手の舞い足の踏む所を知らず、棚から牡丹餅。
何でも良い。とりあえず、小躍りしそうなくらいに嬉しい。
目の前の、絶世の美女と呼んでもいいくらいに綺麗で可憐な女の子。
相川準一はテーブルの下で拳を握り、ガッツポーズを決める。
ファストフード店の奥、少し周りから見えない場所で相川はにやける顔を抑えきれずに唇を噛む。紛うことなきアホ面。
目の前の女の子は、今まで逢った事無いくらいに綺麗で…とりあえず、今まで縁がないような世界の子。
長い黒髪と芯の強そうなしっかりとした目。ピンク色の唇と陶器の様に白い肌。絶対すべすべ。
これはもう、日頃の行いの成果…。だったら良いのに…。
ところで、なぜ、相川がそんな美女と呼べる女の子とファストフード店でお茶なんて飲んでいるかというと…。
「えーっと、崎山の知り合いなんだよね」
「はい」
ニッコリ笑われて、嬉しい反面恐怖反面。素直に両手広げて喜べないとこはここだ。
だって、あの悪魔の申し子崎山の知り合いというか、紹介。そう!紹介なのだ。
有り得ないが、ある日、崎山に呼ばれて恐怖に戦きながら、熊、橘の背中に隠れて行ってみれば「紹介したい子が居るんだけど」なんて言われたら…。
これが他の誰かであれば、喜び勇んで二つ返事で行くと言うものの、崎山の紹介なんて絶対に熊とゴリラとマントヒヒみたいな女の子か、いっそ、元オトコノコとか…。
とりあえず、穴があればなんでもいいだろ?とか普通に言いそうな崎山の紹介が恐ろしい。と思いつつ、嫌と言えないのが長年かけて植え付けられた崎山恐怖政治。
遠慮したくても逃げ出したくても「行かさせていただきます」と言うしかない。
そして、約束の日に約束の場所に行ってみれば…まさかの美女。
間違いかと思って他所の席に座ったものの、非常に気になって怪しさ満点で覗き見ているとニッコリ笑われて「相川さん?」って言われたら…。
「相川です!」と叫んだ。年甲斐も無く。そして、今に至る訳だが…。
「えーっと、崎山の紹介って。あ、名前聞いてなかった。どーも、相川準一っすー。準ちゃんでも準くんでも、何でも呼んでね。因に携番教えてくれたら鬼電覚悟で」
グラスを合わせるにも、ファストフード店の質素なコップしかないのでそれに形だけコップを合わせる。
それに美女はフフッと笑った。それに釣られて笑ってしまう。
なんという可憐さ。何これ、何のサプライズ。
「よろしくお願いしますね。相川さん。崎山涼子です」
「………は?」
今、何つった?と笑顔が固まる。目の前の美女の後ろに、悪魔の申し子が見えて背筋が寒くなった。
こんな美女と話が出来るのなら、崎山の紹介だろうが何だろうがいいやと思っていたが、まさかのワードにそれが全て吹き飛んだ。
「待って、待て待て待て。ちょい待てー!!!何、崎山って!」
「兄は崎山雅です」
ひぃぃぃぃぃいいいいい!!!と声を上げなかった事を褒めてほしい。
美女が悪魔の申し子と血を分けた兄弟とか笑えない。本気で怖い。今すぐ帰りたい。
え!?逢わせたいって何!?まさかの生け贄なの!?
え!?生け贄って何!?どういう生け贄になるの!?これ!?
「嘘です」
「はぁ!?」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。何!?遊ばれてるの!?
「吉良涼子です」
「き、吉良?」
どこかで聞いた事ある名前だなと、整った眉を寄せる。
「きら?…キラ」
「兄は吉良静です」
尚更悪いわー!!!!ぎゃーっと頭を掻きむしりたくなる。
吉良静の妹、あの無精で何事にも感心なんて持たなかった組長である鬼塚心が、自ずから行動して手に入れた、あの吉良静。
そんなもん!!手なんか出せるか!!!!
「何なのよ、君。あ?静さんの…妹?」
「はい。高校3年生です」
ノックアウト。顎に下から突き上げられるアッパーが綺麗に決まった感じ。血反吐でも吐きそう。
そうか、だからこんなに肌がつやつや。若さ万歳。
「相川は病的なほどの女好きだけど、何の自分ルールか未成年には手を出さない主義らしいから安心しろ」
「は?」
「崎山さんが言ってました」
何、その、人のマイルール熟知。確かにそうだけど、そうだけど。
「でもさ、なくね?こんなさー。ってかさー、っぱねぇわ。君のランク」
「ランク?」
「崎山と組長と静さん。あと、その美貌」
「組長?」
言って、血の気がサーッと引く。
何かを話す時は、その蟻よりも小さい脳みそで考えてから話せって言ってるよな?と崎山に言い続けられて、早何年。
これ、絶対に言っちゃいけない事だろ、オイっと自分の突っ込みながら、必死にない頭をフル回転させて言葉を探す。
「く、組長って、あだ名の上司…とかね?」
えへへと笑いながら誤摩化してみたが、そんなものが通じる様な、今まで相手にしてきたような中学からグレて女売ってましたというタイプではない。
才色兼備というような、絶対に頭悪いはずがないような顔の女子高生。
頭の中身は高校生以下の相川の必死の言い訳を、そうなんだと一緒に流してくれるはずもなく。
「えっと、く、組ちゃん」
誰それ。自分へのツッコミ。もう、何でこんな馬鹿なんだろうと、生まれて初めて悲しくなった。
「慌てなくて、大丈夫ですよ。知ってますから」
「マジで!?」
天使ー!!ここに天使が居た!悪魔じゃなく、天使!
「え?知ってるって?」
「兄が色々と助けてもらって、良くしてもらっていると」
良く、ってどういう方面で?と言うほど、相川も馬鹿じゃない。グッと黙って、ヘラっと笑った。
困ったときは笑っとけ。
「あの、でもさー。何でー崎山…がさ。ってかさー、逢いたいって言ってるって」
「ええ。兄と一緒に居る方にはお逢いしときたかったから。成田さんにもお逢いしましたよ」
俺だけじゃないんかよ!とそんなことあるわけないのも分かっているけど、えーっと言いそうになる。
だからといって、実は、相川さんのこと見かけた事があってイイなって思ってたんですとか言われても、え?どこで見たの?とそっちが気になる。
相川が自分の日頃の行動を振り返ってみても、女子高生とニアミスする様な場所に訪れた覚えは無い。
ホームグラウンドは18歳未満立ち入りお断りな界隈ばかり。もし、女子高生と逢ったとしたら、それは女子高生イメクラという涼子に説明の出来ないような店の女の子くらいで…。
「静さんに逢えばいいのに」
俺なんかに時間裂かずにさーと少し不貞腐れてみる。
大当たりなのに、この辞退しなければならない何とも言えない煩わしさ!
わーっと叫びたいくらいにダメージっぱねぇ!!!
「兄はあたしと逢いたがってないと思うんで」
「そうなの?えー、そうかー?」
俺が兄なら、愛でるだけでも逢いたいと不埒な事を考える。
いや、でもこんな妹持ったら、たとえどんな人間が現われたとしても『お兄ちゃんは許しません!』と分からず屋の兄貴になること間違い無し。最終的に、お兄ちゃんにしときなさいみたいな、AVノリで…。
「兄はあたしが崎山さんとかと逢っているのを知りません」
「…っ!!!」
妄想が一気に遮断され、顎が外れそうになった。
マジかよ!!!何、この子、さりげに共犯にしてくれてるの!?秘密の共有とか絶対無理なのに!!!
青くなる相川に涼子はニッコリ微笑んだ。
「言わないで下さいね」
「…え、ちょっと」
その微笑みに見覚えがあって、思わず身震いする。
本当に吉良なの?その、言ってみろ、どうなるか分からないぞみたいな暗黒を含む微笑に見覚えがある相川は、冷めてしまったコーヒーをずずっと啜った。
「で、静さんの近くの人間には全員に逢うの?」
雨宮にも?高杉にも?
あれはやめとけ。あの二人はある意味、コミュ障だ。高杉なんて、話にならない。というか、会話が成立しない。
意気揚々と話をする時は、物騒な兵器の話をするときだけだ。それを、ニコニコ笑いながら聞く涼子と高杉の絵図なんてシュール過ぎる。
「全員に逢えれば一番いいんですけど。でも、相川さんに逢うのは、崎山さんがなかなか了解してくれなくて」
病原菌か、俺は。でも、分かるよ、うん。これが本当の、日頃の行いってやつだよね。
目の前に座る涼子は、周りに座る男共の視線を集めるほどの美貌だ。一般人とは思えないほどで、さすが吉良静の妹。
そして、これが所謂、高嶺の花。美人過ぎて、声が掛けれない。
涼子に良く似合う、純粋無垢を表すような白のセーターと引き締まった美脚ラインを際立たせるスキニーデニムのパンツ。
加えて、高校生らしいノンヒールのパンプスと若さのエキス100%の艶やかで綺麗な髪。
化粧もいらない陶器の様に白くシミ一つない肌と、マスカラなんて必要なさそうな長い睫毛と兄に良く似た芯の強そうな大きな瞳…。
これはもう、高嶺の花ってか、天の華。
「俺、病原菌だわー」
眩しさで目がチカチカする。存在だけで汚しそう。
「病原菌?やっぱり、ご病気なんですか?」
「は!?ちょっと、やっぱりってなに?」
「崎山さんが、相川は淋病か梅毒だからって」
「ちょっと!!!」
天然か!それとも馬鹿なのか、この子!?何をファストフード店で恐ろしい単語をサラリと言ってるの!
相川が慌てふためいて涼子の唇を手で塞ごうとしたとき、それを涼子が遮った。
「あたしに触ると、狙撃されますよ?」
「…え?」
狙撃ってなに?まさかと、恐る恐る、外に顔を向ける。
涼子達の座る席は店の2階。全面がガラス張りのそこは、賑やかな町を見下ろす形になっている。
その店の対面に聳えるビルの屋上。最近売り出したスマートフォンを持つ笑顔の女優の看板の脇にキラッと光る何かが見えて、腰が抜けそうになった。
「え?ちょっと、ちょっと待って、何?どういうこと?え?俺、殺されちゃうの?」
「大丈夫、私に触らなければ」
ニッコリ、何事もないように笑うけど、何、これ。どういう罰ゲーム?というか、崎山なら、触れる触れてないの前に、もういいやで相川を殺しかねない。
それほどに、日頃からただならぬ殺気を感じているのだ。
「あれは、スナイパー?え?誰?まさか、裏鬼塚?っていうか、何、何なの、君」
どうして俺に逢いたいとか言っちゃったのかな!?
「何事も経験だから、相川にも逢っておけですって」
「は?どういうこと?経験って…」
まさか、ヤラし…。
「接触していい人間とダメな人間。因に相川さんはダメな人間」
「……」
何、そのダメ人間代表みたいな。姫さま、あれがダメ人間ですよ、クソですと涼子に諭す崎山の姿が見えて来る。
狙撃手に狙われながら女子高生と対談って、ある意味すげぇぞ、オイ。
「君さ、お兄ちゃんと似てないって言われるだろ」
「あら?そうかしら」
にっこり天使の微笑みが、どう見ても崎山仕込みの策略家の微笑みに見える。これがもう、吉良静でなく崎山雅の血だ。
恐るべし、崎山雅…じゃなくて、涼子。
しかし、まさか崎山が静の妹とここまで親密な関係を築いているとは思わなかった。さすが、悪魔の申し子。
何でも自分の想いのまま。
この日、相川準一は日頃の行い云々よりも、崎山雅という人間について改めて警戒心を強く持つ様になった。