19. Joyeux Noël

花series Extra Shot


店のディスプレイや商品ががらりと彩りを変える季節。クリスマスだ!と、どこか浮き足立つ人が増えるのも不思議な感じ。
八百万の神という訳ではないが、この日ばかりは誰も彼もがメリークリスマス。大人も子供も、メリークリスマス。
Cachetteはフランス語で隠れ処という意味だ。その名を名乗るだけあって、派手な宣伝はしない。フライヤーも作らないし、雑誌の取材も断っている。なのに稼働率はかなり高い。
ワンショットの値段も、リーズナブルなものから彪鷹のような通の人間のためのものまで。知る人ぞ知るCachetteは、口コミが口コミを呼んだ店だ。雑誌の取材や派手な宣伝よりも、一番確実な方法。
店の雰囲気からスタッフの対応の善し悪し。だが、何よりも大きいのが酒の種類。滅多にお目にかかれないような、銘酒が揃っているというところ。酒好きにはたまらないそれ。

オープン前の店内は営業中と違い店内の照明も明るく、ゆったりした気分になるジャズも今はない。その店の中央で、静は自分の身の丈ほどのツリーを前に一つ息をついた。
手に握られた雪だるまのオーナメント。電飾をぐるぐる巻いて、雪にみせた綿を乗せて…。
「で、こいつはどこに置けば良いわけ?」
静は一人、呟いた。
出勤早々に早瀬に飾りつけを言われたものの、やればやるほどに何だかセンスがないなと思う。achetteは夕方から朝までの営業だ。
そろそろオープンの準備に取りかからないといけないのに、なんだかしっくりこないのはなぜだろう?というか、ツリーなんていつぶり?
「吉良、お前、なにツリーと睨めっこ?」
背中にかけられた言葉に振り返れば、雨宮がワイシャツに黒のパンツ姿で立っていた。目付きが鋭く、雰囲気もどこか刺々しい。骨のラインが綺麗な高い鼻と、少し薄めの唇。
静と同じ猫っ毛は、艶やかな黒色だ。少し染めればまた違うのかな?と思うが、染めれば違う怪しさが出てきそうだ。
カウンターでニコリともしないバーテンダーは、女の客に人気がある。雨宮の醸し出す危ない感じが良いとかなんとか。
早瀬にそれを聞いたときは、女心はよく分からないなと思った。
「俺、センスないよね」
「あ?ツリーにセンスとかあんのか?」
「分かんないけど、何か…」
「ふーん、いいんじゃね?適当で」
「…ちぇ」
言う相手を間違えたと、静は唇を尖らした。

雨宮の言う通りに飾り付けもそこそこにしたころ、店がオープンした。今日は金曜日。一番、稼働率が激しくなる日だ。メリークリスマス!とあちらこちらで聞かれる日は、これ以上だとか。
静はカウンターの奥の調理場に入ると、横田の差し出したフルーツを切り始めた。Cachetteは、サラダやその季節の旬の食材を使った軽い料理を出す。
雨宮はカウンターでサーブをするが、静は基本的に中でしか動かない。カウンターがどうしてもという時は出ることも稀にあるが、雨宮が気が気でないというので極力出ないようにしている。
バーテンダーでもない静は十分なサーブは出来ない。何より、作れるカクテルが知れてある。
練習しようかと考えたが、雨宮が作るカクテルはまさに”美”だ。そんな芸術的なカクテル等を見せられると、やめとこうと思う。
「吉良、雨宮さんと暮らしてるって本当?」
「…は?」
ぐたぐた考える静に芝浦が声をかけてきたが内容が内容なだけに、間の抜けた返事になった。
芝浦はパティシエだ。酒に合うチーズやクラッカーを使い、食べるのが勿体ないようなデザートを作る。女性客が多いのも、芝浦のデザートのおかげでもある。
そんな芝浦は物腰の柔らかい男で中性的な顔をしていた。頼りなさげに笑うところが、どこか可愛らしい。その芝浦の質問が…。
「あ、雨宮さんと…?」
暮らしてる…っていえば暮らしてる。あの莫大な鬼塚邸の離れと、本家。あれって、一緒にって言って良い規模なんだろか?
どちらかといえば、三軒隣に雨宮が居るくらいのレベル。
「帰りも一緒、来るのも一緒。付き合ってるの?」
「あ?」
「…ん?」
何言い出してんだ?もし、静が女ならばその発想も納得できる。だが男同士で付き合ってるとは、どういう発想だ。
確かに雨宮とは付き合って居ないが、心とは付き合っている。心は男なので、ここは男同士。まあ、そんな軽い言葉で済むような間柄ではないが、付き合っているのは事実。
そして雨宮は護衛という名目で静と行動を共にしている。どこへ行くにもだ。だからとて、仲が良い親友でなくそうなるのが理解できない。なぜに付き合ってるって?
「あ、大丈夫だよ。俺、そういうの寛容だから」
芝浦は何も言い出さない静がゲイだとバレた!と焦っていると勘違いして慌てて擁護した。
「いやいや…」
「吉良」
違うと続けようとしたときに雨宮の呼ぶ声がした。見れば身体半分だけ厨房に入った雨宮が、指で来いと合図している。
「初め来たときから、彼は吉良に熱心だったもんね」
フフッと意味ありげに笑われても困る。
熱心になるに決まっている。雨宮は崎山に言われての護衛だったのだ。ヘマをするわけにいかない、仕事だった。一回、ヘマしているだけに…。
「芝浦さん、雨宮さんは…」
「吉良っ!」
ドスの利いた声に厨房の中が凍り付く。芝浦は蒼い顔をして、早く行けと促してきた。静は何だかどうでも良くなり、芝浦にフルーツナイフを渡した。
性格が似てきた気がする。ちょっとしたことなら、どうでもよくなるとこ。誰にとは言わないが…。
しかし、雨宮が表に出てこいとは珍しいことを言う。どうしたんだ?と思いながらカウンターに顔を出すと、雨宮が顎で合図した。何だと合図した方を見て、ぎょっとした。
「毎度!」
照明を落とした席。以前は彪鷹がよく座っていた席に、見覚えのある男が座っていた。にっかり、満面の笑顔でひらひら手なんて振ってみせる。
「…た、田中」
「いや、秋山やし」
それは、秋山威乃だった。雨宮が機嫌が悪いのも当然だ。彪鷹と結託して静と雨宮を拉致した一味だからだ。
ようは、一回ヘマした要因…。
「な、何してんだよ」
「飲みに来た」
「いやいや、お前、関西に住んでるだろうが」
「龍大が、組の集まり…モガッ」
言い終わる前にお喋りなその口を、乱暴に手で塞いだ。
「お前、相当、バカだな」
「ああ?」
何が?なんて言わんばかりの顔だが、バカだ。コイツは絶対にバカだと思った。
Cachetteはただのバーだ。実は鬼塚組が経営に絡んでるなんてことは誰も、従業員でさえも知らない。早瀬の経営する、真っ当で真っ白な店だと誰もが信じている。
第一、この御時世に経営に組が絡んでるなんて、表に出してもプラスになることは少ない…のに!!!
「組とかなんとか物騒なこと、サラッと言うんじゃねぇよ」
顔を近づけて、相好を崩さずに言った。まるで挨拶でもするように、あくまで冷静に。
「…あ、言うたらあかんの?」
「あ、か、ん、の!」
「けったいななぁ。」
頭が痛い。関西人はバカばっかりかと失礼極まりないことまで考える。
とりあえず、静の周りでは常識人と呼べる関西人は居ない。
「久々の再会やで、相手してぇや。あの兄ちゃん、ものそー俺のこと睨みよんねん」
威乃はちらり、雨宮の方を見て拗ねた様に言うが、いや、それ当然だろうと思いながら静はカウンターを指で叩いた。
「何飲むの」
「ソフトドリンクってある?龍大が飲むと喧しいねん」
「はぁ?グレープフルーツジュースとかしかねぇぞ」
バーに来ておいてソフトドリンクとは何事か。静はとりあえず、カウンターの下にある冷蔵庫からグレープフルーツを出して絞り出した。
「なあなあ。キララはあの戦国武将とほんまに付きおうてんの?」
「…あ?」
グレープフルーツを搾る手が止まる。戦国武将なんかと付き合った覚えはないし、そもそも出会った覚えもない。
なんだ、戦国武将と考えて思い浮かんだのが…。
「…心か?」
「せや。あれ、生まれてくる時代間違うた、戦国武将やで。なんやっけ、どっかのお城で焼け死んだ侍」
いやいや、それ織田信長だろ。それ、本能寺だろ。関西じゃねーか!
「えー、あーっと、なぁ、敵は本能寺にありって知ってる?」
「ほんのう?煩悩?」
お前の煩悩どうにかしやがれ。
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギスは?」
「あはははは!!!めっちゃせっかちー!!ホトトギス、ええ迷惑やし!!」
「はは。そうだな…で、心がなに。会いたいのか」
歴史が嫌いなのか、勉強が嫌いなのか、それとも馬鹿なのか。
突き詰めても仕方がないので、静は話題を変えながら出来上がったグレープフルーツジュースを威乃に差し出した。
「お、美味そーってか、あんた、なに言うてんの。死んでもあの世でも逢いたあらへんで、あいつには。ちゃうやん、付き合うてるん?」
「まあ、…うん」
今日は変な質問が多い日だなと思いながら、何気に店内を見回す。何だか内容が内容だけに、居心地が悪い。照れというか、何と言うか。
「なあ、あいつ、好きやなんや言いよる?」
「あ"?」
「想像つかんのよね。好きやなんや言いよるんがー。殺てまうぞとか、埋めてまうぞ、沈めてまうぞなら分かるんやけど」
いや、確かにそうだけど…。否定出来ないだけに、どうにもならないけど。
「なに、じゃあ、お前は言うの?」
「言うよ、龍大のこと大好きやもん」
知らねぇよと呆れる。素直でストレートで恥じらいなし。関西人は…というより、それが秋山威乃。そんな感じ。
「キララ、言わんの?」
「キララはやめろ、久々に呼ばれるとイラッとする」
「え?イラち?ほな、キキララ?」
「殴るぞ」
「ちゃうちゃう、しばくぞやて」
関西弁講座を受けた覚えはない。どんどんペースが狂う。あー、もう無理、オマエ無理!と言って、雨宮に代われればラクなのに、そうもいかない。
「お前さぁ、まさか、心がそういうこと言うかだけ聞きに来たのか?お前、帰れば?」
「えー!今来たばっかりやんか!何それ!!ひどない!?キララとはめっちゃ仲良し思うてたのにー!!」
ぎゃーぎゃー喚く威乃を見ながら、やっぱり、関西人とは合わないと再認識した静だった。