03. When is the birthday?

花series Extra Shot


「吉良、誕生日もうすぐだよな。何が欲しい?」
講義が終わり、昼食を取っている食堂で暁が徐に聞いてきた。何の前触れもなく突然言われ、静は暫し考えた。
「あ…俺、誕生日か」
暁に言われて、すっかり忘れていたと呟き静は笑った。
大多喜組に追われてるときは一日が働きづめで、24時間があっと言う間。一週間、1カ月をそれこそ猛スピードで過ごし、季節なんか気が付く頃には変わっていて楽しむ間なんてなかった。
だから誕生日だなんて、履歴書を書くときに一瞬止まるくらい忘れてしまう記念日だったのだ。
心に逢ってから生活は充実し、季節を楽しむゆとりも出来たものの、自分の誕生日なんて特段何かある訳じゃあるまいし忘れていたのだ。
「やっぱり忘れてたんだろ〜。そんな事だろうと思った」
困ったように笑う暁に、静は“ごめん”と謝った。
暁は毎年、静の誕生日にケーキや本など、受け取るには困らない程度の物をプレゼントだと言って贈ってくれた。
遠慮がちの静も、食べ物や本なら受け取り易いだろうという考えからだ。
だから、今回のようにリクエストを聞いてくることはなく、静は余計に驚いた。
借金の返済で毎日駆け回る静に“何が欲しい?”だなんて聞くのは愚かだと、暁は敢えてリクエストは聞いてこなかったのだ。
「で、何が欲しい?」
「いいよ〜そんなの」
「だめ。絶対に。誕生日までに考えとけよ」
“あ〜”なんて曖昧な返事をしながら、静の頭にフッと心の顔が過ぎった。
アイツの誕生日はいつなんだろう。
何だかんだと一緒に居るが、誕生日の話をしたことがない。あの傲慢で自分勝手な男が、自分の誕生日に何も要求をしてこない訳がないのだ。
静が自分の思い通りにならなければ、子供の様に不貞腐れて品格を疑うような行動をとる男だ。なのに、今の今まで誕生日だからと何かを要求された覚えがない。
「…何でだ」
考えれば考えるほど静は不思議でたまらなかった。

「鬼塚の誕生日ですか?」
講義が終わり、いつものようにカイエンで迎えに来た相馬に、静は疑問を投げかけた。
大学への送り迎えは、余程の用事がない限りは相馬の仕事だ。とは言え、大学の門先にカイエンやベンツを乗り付けられては、目立って仕方がない。
なので、大学の裏の少し路地に入った場所で待つように、相馬にはお願いをしていた。
「そう。あいつさ、誕生日に託けて何か要求してきそうじゃん。それが今までなかったからさぁ…」
「ありませんね」
ハンドルを握り前を見据えたまま、相馬は言いきった。
「へ?」
「誕生日だからと、何かを要求してはこないと思いますよ」
「なんで?ってか誕生日いつ?まさかやっぱり年齢詐称!?」
思わず運転席に身を乗り出してくる静に、相馬はクスクス笑った。
”まさか”という事は、どこかで心が自分よりも年上だと思っているのだろうか?確かにあの剛腹な男は、本当の年齢も疑わしいところがあるのかもしれない。
「年齢を誤魔化しているように、思いますか?」
相馬の言葉に、静は助手席に戻り嘆息した。
「ないね、あれで年上だったら余計に引くし。どんだけガキなんだって…で、誕生日いつなの?」
「さあ。いつでしたかね…フフッ」
何か意地悪されている気分になり、静は不貞腐れる様な顔を見せた。だが、相馬が静に意地悪をすることはない。
考えられることは一つ、心が口止めしているのだ。
口止めされていても静になら言いそうだが、相馬はきっと面白がって言わないのだ。
誕生日なんて隠すようなものじゃあるまい、まして年下なのも分かっていることだ。何を乙女のような事をしているのか。
とりあえず静は、口を割りそうにない相馬は諦める事にした。
相馬は部屋の前まで静を送ると、用事があるからとそのままどこかへ出掛けて行った。静は部屋の窓から駐車場から相馬のカイエンが出て行くのを確認すると、部屋を飛び出した。
特段、部屋を出てはいけないと言われてはいないものの、ビルの中をうろつく事を心はあまり良い顔をしない。
”部屋から一歩も出るな”と言いたいのだろうが、そうは言う事はなかった。
大学以外の外出を禁止しているので、ビルの中くらいは自由にさせるべきだという相馬の助言から、静はビルの中なら自由に出歩けた。
篭の鳥にするのも気は引けるようだが、外出を禁止していることからみれば、やはり篭の鳥だろう。
静は一階までエレベーターで降りると、誰も居ないフロアーを歩いた。そして、駐車場へ通じるドアを開いた。
中を覗くと、何台ものベンツと心のH2。さながら展示場のような場所を静は見渡した。
と、奥の方で人の気配を感じ、静は歩を進めた。
「みーっけ」
やはりと言うかべきか、奥に居た男は静が探していた目的の男だった。
目的の人物の後ろ姿に声を掛けると、目の前の男はあからさまにガックリと肩を落とした。
「また…なんでこないなとこ来はるんですか。組長は知ってるんですか」
目の前の成田は、ボンネットを閉めると静に向き直った。
「聞きたいことあって」
満面の笑顔を向けられ、嫌な予感のした成田は顔を顰めた。
「聞きたいこと…?」
「うん。あのさ、アイツの誕生日いつ?」
静の言葉に成田はきょとんとした顔を見せたが、次の瞬間にはハッとした表情を見せ、頭を振った。
「し、知りません!」
何て嘘の下手な。明らかに、知ってると言わんばかりの態度だ…。
静はあからさまに眉間に皺を寄せ、不機嫌さを露わにした。
鬼塚組に居るくらいだ。心を崇拝していて当たり前だろうが、気に入らない。
静は別に心の弱みを教えろだとか、心にとって不利益なことを聞いている訳じゃない。
誕生日だ、誕生日。年が知られて恥ずかしい乙女じゃあるまいし、組員までもが口を噤む理由が甚だ理解できない。
「年齢詐称してるの?やっぱ」
「はぁ?」
「だって、それしか考えらんねーし」
「ちゃいますよ〜」
「じゃあ言って」
「嫌です」
「……」
「なーにしてんの、成田…あ、静さん」
睨み合う二人に掛けられた声に振り返れば、成田と同じ舎弟仲間の相川が立っていた。
二人のただならぬ雰囲気に、相川が踵を返してその場から逃げようとしたが、静が素早くそのジャケットを掴んだ。
「相川さん、誕生日いつ?」
「え、誕生日?10月25日」
訳の分からないまま、素直に答える相川に静はニヤリと笑った。
「へぇ、10月か〜じゃあ、成田さんの知ってる?」
「え…コイツは1月1日!元旦生まれのめでたい奴!」
「元旦!それはめでたい!!じゃあさ、じゃあさ、アイツは?鬼塚心」
「え?組長?組長は確か…」
「相川!」
相川が言いかける前に、成田が相川の口を手で塞いだ。
「チッ、あとちょっとだったのに…」
静の舌打ちに二人が顔面蒼白になっていると、駐車場の入り口のシャッターがガラガラ開いた。
「あ、組長」
成田と相川が慌てて入り口に駆け寄り、頭を下げる。
本来なら、あちらこちらからわらわらと組員が出てくるのだが、静が居るために誰も出て来れずに居る事を静は知らない。
黒のE 550 AVANTGARDE Sの後ろ、同じ黒のCLS 63 AMGがゆっくり停車した。
相川がすかさずCLS 63 AMGの後ろのドアを開けると、タイを外し、胸元を覗かせた心が颯爽と降りたった。
「てめーはホストか」
静の心に投げつけた言葉に、成田も相川も凍り付く。
この世の中で心にこんな口を聞ける人間は、恐らく静以外いないだろう。大多喜組を長らく一人で相手をしていただけあって、見た目を裏切る威勢の良さだ。
「なんや。出迎えか、静」
静が駐車場に居る事に少し不満そうな顔をしたものの、形はどうあれ出迎えを受けた事に心の機嫌は良くなった。
「ちげーし。もういいや、お前に聞く。お前誕生日いつ」
静が心を見上げて溜め息と共に放った言葉に成田と相川、それに車を片付けて戻ってきた佐々木や他の組員が凍りついた。
「何でや…?」
心の顳かみがピクリと動き、関係のない成田達をそれこそ鬼のような目で睥睨した。
それに成田と相川が言ってないと否定するように、壊れた人形の如く頭を振った。
「知りてーから。大体、お前みたいに我が儘で傲慢知己な男が、誕生日に託つけて何かを要求しない訳がない。何だかんだで長いこと顔合わしてるけど、お前にそういう理由で要求を受けたことがない…。しかも相馬さんに聞いたら笑うだけで、口を割らない…何かある」
「相馬が笑うたぁ?!」
静の言葉に青筋を立てた心を見て、成田も相川や他の者も長居は無用とばかりに“せや、電話せなあかんかった”や“事務所に顔出す約束だった”等、わざとらしくその場から離れた。
「で?た、ん、じょう、び」
それを見送り、静は心を見据えてゆっくと言い放った。こうなればもう、心が言うまで自分も退くつもりはない。
そこまで頑固に言わないとなると、余計に聞きたくなるのが人間の性というものだ。
「知らん」
「はぁ?」
「あのどくされ相馬め、笑うたていうんがムカつく…だから昔から嫌いやねん」
心は苛ついた様に、近くに停めてあったSLR Roadsterにドカリと腰を下ろした。
「昔からって、どこが?」
「あの神経質そうな顔にピッタリの辛気くささと、理屈っぽいとこ」
「辛気くさくてで悪かったですね、私はあなたの無神経さが昔から嫌いです。そのSLR、今日来たばかりなんですから座らないでください」
遠くから聞こえる声に、静が身体を震わせた。
いつから聞いていたのだろう。というよりも、いつ戻って来たのだろう。静でさえ目の前の心に縋り付きたいくらい、不気味なほど妖艶な笑みを浮かべ相馬が近付いてきた。
とうの心は、何てことない顔をして相馬を見据えた。
「無神経でおらな、お前と組めるか」
「静さん、鬼塚の誕生日、教えて差し上げます」
相馬はニコリと微笑み、些か怯えて見える静に言った。
静はそれを聞いて”え?”と小さく声を漏らし、心を見た。
「相馬…」
「どうしてですか?あなたともあろう人間がまさか恥ずかしいんですか?たかだか誕生日」
「……」
「そんな訳がないですよね。あなたの様な鷹揚な性格の男が誕生日如き、何てことないですよね?申し訳ありません。私は神経質の様なので、あらぬ気を使ってしまい静さんの好奇心を旺盛にさせてしまいました。あなたの様に得手勝手すれば、こんな事にもならなかったのにねぇ」
ニッコリ微笑む相馬に、静はもう心の誕生日なんかどうでもよくなってきていた。成田達ではないが、何かしら理由をつけて立ち去りたいくらい居た堪れない…。
心においては饒舌な相馬に、もはや呆れ返ってしまっていた。どうやら、相馬は虫の居所が悪かったようだ。
「静さん…」
「は、はい!」
「彼の誕生日は…」
「三月三日や!」
相馬が言う前に、駐車場に心の声が響いた。
「…は?」
「やれやれ、私が言おうとしたのに、あなたはいつも私の言葉を遮りますね」
相馬はどこか上機嫌になり、静に“わかりました?”と満面の笑みで言った。
「三月…三日…」
「御雛祭りですよねぇ…女のコのお祝いの日ですよね」
相馬がにこやかに言うと、心は苛立ったようにタバコを銜え火を点けた。
この顔で、誕生日が女の子の祭典ひな祭り…。その事実に、静は笑いを堪えきれず吹き出した。
いつまでも笑いの止まらない静の顎を心が取り、息のかかる距離まで顔を近づけた。
「ひゃひゃ…わりぃ…だって…お前…!」
「我が儘で傲慢知己な男やからなぁ、俺は。次の誕生日はしっかり要望聞いてもらわなあかんな。…静」
ニヤリと犬歯を見せて凄艶な笑みを浮かべる心に、静の笑いは一瞬で消えた。

後から分かったのだが、成田や相川、相馬に至るまで心の誕生日の事は心に口止めされたのではなく自ずから口を閉ざしたのだ。
プライドの高い心の威厳を守ったのだろうが、相馬に散々嫌みを言われ自分で叫ぶと言う不条理な展開に、暫くの間、心は成田達への風当たりの強さが過去一番だったとか…。