04. Who are you?

花series Extra Shot


仁流会関西総本部。
年に一度、仁流会系列組の組長連中が集まり、総会という名のパーティーを行う。
この御時世、全国でも名のある組長連中が集まるパーティーに民間ホテルが会場を貸す訳もなく、最近では業務妨害や何だと色々と面倒な事になることが多い。だが風間組は、その会場をも兼ね備えたホテルを持っていた。
会場内は立食パーティーとなっており、ボーイやウエイトレスが忙しなく料理を運ぶ。不憫かな、その顔には別の緊張感も伺い見れる。
それもそうだろう。いかにも人相の悪い、見てくれから極道臭さを漂わした輩がウヨウヨしている。罷り間違えても、料理や酒をぶつける訳にはいかない。
どこの求人で釣られたのかは分からないが、高額のバイト料に飛びついたが運の尽きだ。そんな光景を会場の片隅で、一人静かに相馬は観察していた。
まだ若頭になって半年。それは、心が鬼塚組の組長になっても半年という事になる。
黒のストライプ生地のジャンニ・カンパーニャのスーツを身に纏い、来賓の人間の顔をチェックする。
仁流会が、一堂に会すのは稀にないことだ。顔を覚えておくのも何かの役に立つ。
「どないしはったん〜?」
急に掛けられた声にハッとして、相馬は声の方へ顔を向けた。自分に掛けられたのだろうか?
「迷子…やないよねぇ?」
やはり自分か…。相馬は、目の前に近付いてきた男を見た。
仕立ての良いスーツを着てはいるが、ノーネクタイ。セットされていない髪に、眠そうな顔。組関係者にしてはまるで浪人生のような出で立ちに、相馬は怪訝そうな顔を見せた。
だが、すぐににこやかに微笑んで見せる。
「迷子ではありませんよ…。初めて来たので、戸惑ってしまって」
「戸惑って…ぷっ…よお言うわぁ。なんもへん顔しもって、どこの狸か品定めしとったんやろ〜?」
男は、相馬の言葉にケタケタと笑った。
鼻に付く。何が?と聞かれれば、何もかも。含みを持たせる京弁も場を重んじない風貌も、初対面の人間に対する接し方も何もかもが鼻に付く。
「……」
「あ、今、ウザイとか思いはったやろ?あ、俺の見てくれも一瞥した時に、一瞬、怪訝な顔しはったよなぁ〜。あんはん、相当性格悪いやろ」
ケタケタ笑う男に、相馬の笑顔も引きつる。何だ、この男は…。
「あんはん、北斗やろ?」
男がいきなり自分の名前を呼び、相馬はぴくりと眉を顰める。
若頭になったといえどもこういう総会に顔を出したのは初めてで、自分の顔がそこまで知られているとは考えにくい。一体、この男は何故…。
「知らない方に名前で呼ばれるのは、あまり良い感じはしませんね」
相馬は嘆息しながら、男に言う。男はフフッと笑った。
「俺、御園斎門。ほら、もう知ったやん」
「名前だけね」
「名前知ってたら、知らん人やおへんやろ?せやな、あんはんやから教えたるわ。俺の家、寺やねん。俺は寺の息子。な、また情報得たやろ。せやから、もう知り合いや。斎門って呼んでくれてかまわんえ。俺は懐デカいさかいに、そへんちっさい事は気にへんさかい」
ニッコリ笑う御園に、相馬は相好を崩さず前を見据えた。
記憶力には自信がある。だがこんな男は見たこともないし、確実に初対面だ。今のところ利害はなさそうだし、御園 斎門だなんて作った様な名前も本名か些か怪しい。どこのチンピラか知らないが、相手にすると長そうだ。
相馬は長居は無用とばかりに、その場を立ち去ろうとした。
「心はんは?」
「……」
男の言葉に、思わず動きを止める。
まさか、男の口から心の名が出るとは。関西に居るときの知り合いか?なら合点納得もいく。
不躾さと不作法さは、まさに心のそれと変わらない。強いて言うならば、心は自ずから他人に話しかけたりしない事だろうか。
相馬は色々と考えを巡らせながらも、御園に悟られない様にポーカーフェイスを装った。
「鬼塚は会長の席に呼ばれていますよ。行かれたらいかがですか?」
どちらにせよ、長話は遠慮したい。この男、抜けてるように見えて人を観察している。
それに、間延びした話し方と独特な京弁のせいか、話しているだけで苛々する。
「早よう去ねって?あんはん、かいらしい人やね。そへん顔に出して」
「かいらしいって、可愛いってことですか?」
さすがの相馬も、御園の言葉に顔色が変わる。
生まれてこのかた、自慢ではないが可愛いなどという形容詞を使われた事はない。それは、幼い時からだ。
なのに、この年になって、見ず知らずの馴れ馴れしい基本的に受け付けない男に言われ、背筋がゾワッと粟立った。
「心はん若いんやろ〜?みんな、どへんな男来はるんか興味津々やて。あん人なんか機嫌悪うて」
男の言葉に、相馬は首を傾げた。
心を若いとしか知らないなら、知り合いではないのか?では、何のために話し掛けてきた?相馬は、相変わらず眠気眼の御園を見た。
バッチもつけていないようで、正体不明は変わらない。だが、北斗の名前や、心の名前を知っているなら間違いなく組関係だ。そもそもここにいる時点で組関係、それも幹部クラスの人間のはずだ。
「あん人とは、あの人という意味ですか?」
関西弁のそれとは違う言葉に、相馬は尋ねた。
「ああ、そやよ。あん人…鬼頭眞澄や」
「眞澄さん?」
鬼頭眞澄といえば鬼頭組若頭であり、心の従兄弟だ。何故、その名前がこの男の口から?
寺の息子と言っていたが、そうではないのはここにいる時点でそれは嘘だということだろう。なら、一体…?
「あ、こないな謎も解けへんの?あんはん、弁護士やろ〜?あきまへんえ、こないなちょろい謎解かんと。裁判負けてまうがな」
おいおい、そこまで知っているのか。相馬は思わず息を詰めた。
「私のことも、よくご存知なようで」
「そりゃあ噂になるやろ。会長代行の鬼塚組の組長は年端もいかん男やし、その右腕もこれまた若いガキや。しかも弁護士。口は立つけどまだまだやなぁ。つぶさんといてやぁ、鬼塚組」
「ご忠告感謝致します」
「アハハ!感謝なんかしてへんやん。そないな顔で言われたかて、何のありがたみもあらしまへん」
ケタケタと笑う御園を見て、相馬は心底殴りたくなった。だが、素性が知れない。
御園だなんて名前は、組長の名前にはないし若頭にも居なかった。鬼頭眞澄の名前を出したとはいえ、本当に鬼頭組の関係者かどうかは分からない。
なので、そんな浅慮な行動をするわけにはいかないのだ。
「降参なら言うておくれやす。教えたるによって」
男の勝ち誇った様な顔を見て、相馬はそれを鼻で笑った。
「鬼頭組は京都に軒を構えて居ます。あなたは京言葉だし、まだ襲名間もない鬼塚を知っていたどころか私の素性までご存じならば、鬼頭組の人間でしょう。鬼頭組の若頭の眞澄さんを“あん人”呼ばわりですから、眞澄さんに近い…」
「ヒントやりすぎたなぁ〜。でも、まだまだやなぁ」
「そうですね。まだ半年ですから…」
「半年あれば赤子の首も座って、お座りも出来そうやけど?あんさんの首は座っとるかいな?」
「御園」
低い、どこか甘みのある声が聞こえ、二人で振り返った。
そこには長身で、甘いマスクの男が立っていた。仕立ての良いスーツはアルマーニ。スーツに着られる事のない、筋肉が程よくついた身体。見てくれだけ見てみればホストにも見える。
甘いマスクに不似合いな切れ長の鋭い瞳は、心に良く似ていた。
「ああ…お帰りぃ。どやった?心はん。前は喧嘩にならはったやろ」
「あないなガキが勤まるんか。礼儀も何も知らん」
相馬の存在を気にすることなく、苛立ったように言い放つ男。
相馬は男の言葉に、何を馬鹿なことをと思った。
心に礼儀などある訳がない。唯我独尊で得手勝手な男だ。相手がどこの誰で、自分よりも力のある上の人間だろうが、それは変わらない。それが鬼塚 心だ。
「誰や」
ジロリ、鋭い眼光が北斗を捕らえた。その猛禽類を彷彿させる双眸をみると、益々、心に似ているなと思った。
「鬼塚組の北斗やで」
「相馬 北斗です」
未だに何処の馬の骨だか分からない正体不明の御園に紹介され、相馬は渋々頭を下げた。
「鬼頭眞澄や」
ああ、やはり、この男が眞澄。
人を威圧する様なオーラを醸し出す所も、心に似ている。
襲名式では、眞澄の父親で鬼頭組組長の鬼頭信次しか来ていなかったから初めて見るが、信次に全く似ていないところを見ると母親の久佐子に似ているのだろう。
久佐子は心の父親の妹だ。眞澄は、鬼塚の血を濃く引いているのだろう。
「お前、若頭ならアイツに礼儀作法叩き込まんか。オヤジも血迷うとる、あへんガキに」
「申し訳ありません。目上の方に対する接し方を知らない、非常識な男でして」
心を一切フォローしない相馬に、眞澄は顔を顰めた。
「何やお前、アイツけなしてどないすんねん」
「眞澄、北斗はかいらしいお人やで、何でも顔に出よるんよ。心はんのことも、かなんって」
御園は笑いながら、眞澄の肩に手を置いて話す。その慣れなれ過ぎる態度を見て、相馬は益々、男が分からなかった。
一体誰だ?まさか友人?
「今もなぁ、俺が何者かわからいでイライラしよるんよ。な、北斗」
「別にイライラしたりはしていません。あなたが眞澄さん…失礼、鬼頭氏と親密な関係だとは分かります。ただ、あなたの様に軽薄でおちゃらけた男が、どういう意図で私に話しかけてきたのかが分からず、不躾ながら腹立たしく思っているのです」
「軽薄でチャラいやて、可哀想やわぁ、俺」
「なるほどな、お前みたいなのが居てるさかい、アイツは好きにしてるんのか」
「特段、自由にさせてる覚えはありません。傲慢で得手勝手な男なので、迷惑この上ないのが本音です」
「アハハハハ!な、笑けるやろ、俺もああしてええ?」
「阿呆、ワシはあのガキみたいな無茶はせん」
「それで、あなたは?」
「しゃーないなぁ、教えたるわ。若頭補佐ゆーん?あれやねん、俺。よろしゅう仲良うしてなぁ」
ニヤリと笑う御園に、相馬の眉間に皺が寄る。
上下関係が絶対の極道の世界で、今、気の抜けきった顔で自分を見る男は若頭補佐だと名乗った。
若頭の相馬よりも下で、鬼頭組は会長代行である鬼塚組より下の地位の京都統括長にすぎない。ようは下なのだ。
なのにどうだろうこの対応。この振る舞い。
「鬼頭さん、あなたもこの男の躾をした方がいい」
「こいつはどこでもこの調子や」
そう言い捨てる眞澄に、相馬は嘆息した。そして相馬はそっと御園に近付くと、ゆっくり顔を近付けた。
「弟分の分際で兄貴分に嘗めた口きくな。今、お前を殺しても、うちは全く困らないんだぜ」
そう耳打ちすると、御園に満面の笑みを向けた。御園は一瞬、鋭い瞳を向けたが、すぐにヘラリと笑った。
「北斗は怒らすとかなんねぇ〜。一瞬、さぶいぼ立ったわ」
「お前、それよりあのガキんとこ行ったらどないや。そろそろ乱闘なんで」
「乱闘?どなたはんと、そないなんしはるん?あんはんか?」
「ちゃうわ、どあほう。明神や、万里や万里。こないだの会合のこと、根に持っとるんやろ」
「あれ?北斗は?」
二人が前を向くと居たはずの北斗は消え、同時にグラスの割れる音と多数の声が会場に響いた。
「始まった。乱闘」
「前代未聞やで、総会で乱闘なんて。万里はんも気の短いお人やさかいに。ああ、心はんのことまだ見てへんわ、俺」
「ガキやガキ。見るほどのもんやあらへん。鬼塚組潰すなら今や」
「おっかない事言わんといて、俺、北斗にこれ以上嫌われとうない」
「アイツ、お前によぉ似て腹黒そうやわ」
「俺は腹黒ないわ。あ、風間の親父はんキレそう」
「去ぬぞ、いらん火の粉が飛び火してきよるわ。親父怒らしたらかなん」
怒声と悲鳴が入り交じり、会場内は騒然としていた。
眞澄は野次馬根性丸出しの御園の手を引っ張り、会場の出入り口に歩を進めるが、御園はウサギの様に飛び跳ねて心の顔を見ようと必死だ。
「あ〜心はん見えた!は〜男前やねぇ。あんたによぉ似とるわ」
「似てへん。ただのガキや」
御園と眞澄は戯言を言い合いながら、会場を後にした…。