09. Plus jeune soeur

花series Extra Shot


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高校生。今時の女の子は、ここまで大人びているものなのかな。
黒く長い髪がさらさらと音を立てる。華奢な顎に睫毛が色濃く縁取る瞳。チェリーのように赤く艶がかった唇。
どのパーツも文句の付けどころのないものだが、やはり、印象的なのは目だ。
大きく、そして意志の強さがハッキリみてとれる。ようは、気の強そうなとんでもない美人だということだ。
崎山雅はその女子高生の対面に座り、彼女が平らげるケーキを見ていた。
今、人気のカフェ。一つ一つの席の空間を広めにとっていて、ゆったり出来る。
イケメンのパティシエが作るケーキと、女の子が好きそうな清潔感とおしゃれと可愛さがミックスされた内装が人気の秘密か。
ケーキは知らないが、コーヒーは上質。焙煎された豆の香りが漂って、風味だけでも楽しめる。
その店内、ただでさえ目立つ雅とこの女子高生は画になるのか、チラチラと視線を感じた。
もともと雅は他人の視線を気にしない質ではあるが、この女子高生もどうも慣れているのか、さほど気にする様子もない。
だからとて、優越感に浸っている訳でもなさそうだ。雅はそこは好感が持てた。
「うん、やっぱり美味しい」
女子高生がにっこり笑った。笑うと、それなりに年相応に見えた。
「それは良かった。吉良涼子さん」
「今は、新藤」
「そうですね、失礼」
雅の詫びに、涼子はフフッと笑うだけだった。流石、兄弟。笑顔はそっくりだ。
兄である、吉良静に。
「今日はケーキをご馳走してくださるために、私に逢いに来られたんですか?」
そう言って、涼子は横の紅茶に口をつける。
メイクも何も施していないのに、陶器の様に白い肌にほんのり赤い頬。美人は指の先まで美人というが、艶やかな爪は手入れが施され綺麗だ。
これはさぞ、モテるだろうなと頭の片隅で下世話な事を考えた。
「特段、用事はなかったんですけどね。最近、どうかと思って」
「どう?弁護士さんって、そんな事もするの?大変ね」
「まぁ、一応、管財人でもあるんでね」
言って、雅はコーヒーに口をつけた。
心が援助した涼子の財産は、管財人として雅が管理している。とはいえ、涼子は新藤家の養女となっているので、本来であれば雅は必要はない。
だがどこから静の事が敵対組織に漏れ、それに合わせて涼子達の事が漏れるか分からないので、こうして定期的に内情を探るのも仕事だ。そのためにも管財人というのは、都合のいい役割だった。
内情を探るだけならば雅でなくても構わないのだが、新藤家の元へ弁護士だと挨拶に行ったのは崎山なので、否が応でも崎山が涼子達と接触することになっていた。
「学校は楽しいですか?」
「ええ、女子校だから、色々と面倒なことも多いけど」
「面倒?」
「崎山さん、女の子嫌いでしょ」
大きな目が、崎山を射抜く。普通の、健全な男ならば尻込みしてしまいそうな迫力。
だが崎山はそれに臆する事なく、フフッと笑った。
「どうして?」
「嫌いっていうか、眼中にない。存在否定?違うなー。草とかと同じなのかも」
「俺を観察しても、何も出ないよ」
「そうかしら?あたしみたいなのは嫌いじゃないでしょ?」
「…えらく、自信過剰なんだね。驚く」
「違う違う、媚びないからよ。ね、もう一個ケーキ食べていい?」
涼子がにっこり笑う。崎山は近くの店員に声をかけた。
現れた店員に、涼子がメニューの一つを指差した。
「媚びないねぇ」
「そう、甘い猫撫で声も出さない。上目遣いも、ボディタッチも、近過ぎる距離もない。崎山さんにフェロモンを出さない」
「君、お兄さんと全然違うんだね。驚いた」
「似てるって、よく言われるわよ」
女の子は不思議だ。くるくると変わる表情一つ一つの変化が大きい。
涼子がとびきりの美人だから、余計にそう思うのか。
「ね、それって外見だろ?中身は違うんじゃない?」
「ふふ…お兄ちゃんはダメよ。お人好しだもの。もし彼女が出来たとしても、あたしが認める子じゃないと譲らない。お兄ちゃんは虚勢を張っているけど、すごく脆いもの」
「そうなの?」
「そうよ。何でもダイナミックで行動的でそういう世界の人にも食ってかかるけど、中身はガラスだもの」
お待たせしましたという言葉とともに、シフォンケーキが涼子の前に置かれる。
涼子がそれを見て、フフッと笑う。ああ、ここは女子高生だなと雅は思った。
「崎山さんも、お兄ちゃんと似てるね」
「え?外見?」
「そうね、外見もまぁ系統は同じだけど、中身」
「ははっ。俺も、中身はガラス?」
崎山は思わず笑った。
「そうよ。あ、こんな事、弁護士さんに言っちゃ失礼ね。ごめんなさい。あたし、何でも思った事口にしちゃうの」
「いや、構わないよ。でも、思った事を口にするのは良くないよ。敵が多くなる」
「それは、言って分かる人間にだけよ。言っても無駄な人には言わないわ。そんな人は、そのまま気が付かずにいけばいいわ。あたしにそこまで面倒見る義理はないでしょ?」
言われて、崎山は口角をあげて笑った。その顔を見て、涼子はフフッと笑った。
「似てるでしょ、あたしたち」
「ん?」
「崎山さん、あたしと似てるって思ってるんだけど。言っても無駄な人間には言わない。白と黒しかない。グレーなんて受け付けない」
涼子のそれに、崎山は思わず声を出して笑った。
「君、本当にお兄さんと似てないね。お兄さんの前では良い妹?」
「だって、お兄ちゃんには嫌われたくないもの。そこは要領よくしないとね。でも、お兄ちゃんも根っこは一緒よ。白黒はっきりさせないと気が済まない」
こんなところに自分の女版が居たなんてなと、崎山は微苦笑した。
いつも周りから、オマエが女じゃなくて本当に良かったと言われるが、確かにこれはヒドいなと崎山は思った。
「ね、君、モテないでしょ」
「あら、唐突に失礼ね。自分がモテるかどうか、崎山さん興味ある?」
「いや、ないね」
「同じよ」
涼子は平らげたケーキプレートを隅によせ、紙ナフキンで口元を拭った。
ケーキの食べ方も綺麗だ。静も食事の仕方は綺麗だった。きっと、母親の躾が良かったんだろう。
「ね、どうして養女になったの?」
「うーん、そうね、お兄ちゃんの足枷になりたくなかったから」
「足枷?」
「だって、あたしが居たら、お兄ちゃんの休息なんてこないもの」
「休息ね」
「学校に行かすためにバイトして、就職してもあたしのために働くのよ。そんなものに喜びは感じてほしくないし、あたしの為に時間を無駄にしてほしくないわ」
「静さんがそれを無駄って思ってなくても?」
「あたしが無駄って思えば、無駄なのよ。あたしはお兄ちゃんの妹であって、子供ではないもの。例え世間のみんなが、静は涼子を幸せにすることに生き甲斐を感じているからそれでいいなんて言われても、あたしがそれを良しとはしないわ。今まで、どれだけ無駄なお金を闇に投資してきたのか。あれは、本当に無駄だわ」
「君も、やっぱり恨んでるの?」
「恨んでないわ。仕方がない事だもの。付け入る隙は与えちゃダメね、本当」
「…え?」
涼子の意外な答えに、崎山は目を丸くした。
「そんなもの恨んでも、過去は戻らないしパパも戻らないし、あの生活も戻らないのよ。恨むだけ無駄。疲れるわ」
「…ふ、あはは」
思わず声が漏れる。本当に、自分の女版だ。父親を亡くしているのに、その原因を恨むだけ無駄だと言う。
薄情と言われそうな話だが、崎山にはそれが嫌というほど理解出来、愉快だった。
「可笑しい?泣いて喚いて、恨んでいるわ!っていう方がいいのかしら」
「だって、静さんは嫌悪してるじゃないか」
「…お兄ちゃんは、人間嫌いなとこあるからね。それに、殴られ蹴られ。そんな事されれば、あたしもきっと恨んだわ。あたしは間接的に関わっただけで、お兄ちゃんみたいに直接的じゃないから」
「へぇ。本当に良い性格してるね」
「そうね、残念ながら、教師受けは悪いわ」
涼子はそう言うと、肩を竦めた。
「だろうね。俺もだ。ね、もし静さんが今もそういう連中に関わっているとしたらどうする?」
「…不思議じゃないわね」
「ん?」
「だって、いくら過払い金と慰謝料だとしても、額が莫大過ぎるわ。新藤のおじさまとおばさまは、おっとりしたところがあるから気が付いていないし、ママも全然分かってないけどね」
「身売りしたと?」
「あら、男でも身売り出来るのね。でも、それはないわね」
「どうして?」
「吉良静だからよ」
グッと涼子の目力が強くなった。
確かに、静は心に援助はされているが身売りをしたわけではない。それに、心も援助と引き換えに身体を寄越せと要求する様な、馬鹿馬鹿しいことはしていないのだ。
もしそういう条件ならば、静はその条件を頑として受け入れなかっただろう。例え、鬼塚組という巨大組織であろうが、静は牙を剥いたはずだ。
それが吉良静だと言われれば、納得するほどに静自身が確固たる自分を持っているのだ。
「ふふ、君、本当に楽しい。女の子と話して、こんなに楽しいのは初めてだ」
「そうね、あたしもよ。で、お兄ちゃんはそういう連中に関わってるの?」
「そうだよ」
「あら、あっさり言うのね。あたしがどこかに言ったりしないと思ったの?」
「どこに?」
「うーん、安直だけど警察とか」
崎山はそれに笑い、コーヒーを口にした。
「俺も、君も、言っても無駄な人間には言わないだろ?」
「ああ、ならあたしは無駄じゃないってことね。そうね、どこかに言ったりはしないわ」
「それなら安心した。静さんだけど危険はあるけど、危害を加えることはないよ。大事にされてる」
「そう、それなりに大きい組織ってことなのかしら?それとも、小さな組織?」
「そうだね」
「で、あなたもでしょ」
にっこり笑う顔は、どこか悪戯っ子のようだ。内情を知ったところで怯まないのは、兄と一緒。
「どうして?」
「雰囲気。あたし、弁護士はもう少し饒舌だと思うのよね、で、気遣いが出来ると」
「おかしいな。饒舌だと思ったんだけど?弁護士、俺には出来ない?」
「検事だって言ってくれた方が、まだ納得するわ」
「ああ、そういうことか」
「誰かを庇ったり、誰かを助けたりは柄じゃないでしょ。もし、助けるにしても、まぁ、言うなれば他人。自分に実質に関わりのない人間をだなんて、余程の事がない限りしないわね」
聡いところは女だからか。女は男よりも第六感が優れているらしい。
そこが、男が馬鹿だと言われる所以かもしれない。
「さすが、俺に似てるだけあって、よく分かってるね」
「でしょ?あたしもそうだもの」
「はい、これが本来の名刺」
崎山がテーブルに名刺を滑らすと、涼子はそれを手に取った。
「ああ、知ってるわ。新聞で読んだ事がある。大きいとこよね。ここの…社長さん?に逢えたりする?」
「社長?逢うって、怖くないの?」
「あたしが怖い男の人は、お兄ちゃんだけよ。他の男には全然。どれだけ獰猛な猛獣でも、あたしには何の刺激でもないもの」
「…ブラコンか?」
崎山が言うと、涼子はうーんと考える顔をした。
「ブラコンっていうのとは、また違うと思うんだけど。あ、でも変な感情じゃないわ。そんな、実の兄に欲情してるとかじゃないのよ。勘違いしないでね」
「ああ、分かるよ。愛情とか、普通よりも強いやつでしょ。俺もそうだから」
「そう?崎山さんは…お兄さん、違うわね。お姉さんが居るの?」
「妹だよ…」
「妹さんが居るの?でも崎山さんの妹さんは、あたしみたいに捻くれてはないでしょうね。兄弟で欠陥が出るのは、どちらかだけよ」
「欠陥ねぇ」
「欠陥でしょ、この性格」
「確かにね」
思わず、二人で笑う。欠陥と言わずして、何と言うのか。
分かっていて、改めようとしないところがまた、救いようがない。
「…ねぇ、あたし、お兄ちゃんに似てるのよ」
「…?」
顎の下で手を重ねて、テーブルに両肘を付く。普通の女がすれば高飛車な感じで嫌なスタイルだが、涼子は画になった。
美人は得だとよく言ったものだ。が、涼子が何を言いたいのか分からずに、雅は首を傾げた。
「ケーキ、食べて良い?」
「なんだ、胃袋まで似てるのか」
「何個まで?」
「好きなだけ食べれば?」
崎山の呆れた声に、涼子はフフッと笑った。麻衣が生きていれば、年齢は涼子より少し上くらいか。
どちらにしても、こんなヒドい性格ではなかっただろう。
それでも、今は亡き妹と同じ年頃の女の子とのおしゃべりは、どこか懐かしく楽しかった。