暗かった。薄暗いとかではなく、闇だ。
その闇の中、右も左も分からずに立ち止まり、周りをぼんやり見渡して息を吐く。
見渡したところで光はない。ぎゅっと闇に押し潰されそうな気がして、呼吸が苦しくなり無意識に喉を摩った。
ふと自分の足元に視線を落とした。だが、やはり足は見えない。
その足元も見えない暗闇に薄ら寒さを覚えた次の瞬間、突然、音を立てて地面が割れ、抗うことも出来ずに底なしの穴に落ちた。
そこでビクッと身体が震え、目が覚めた。
「……夢か」
呟いて、一瞬、ここがどこなのか分からずに瞠目して、そうだったと、その場所を認識して身体を起こした。
耳を澄ませばシャワーの音がする。雨宮は首を鳴らして、情事のあとの気怠さを拭った。
ふと、首元に触れてみる。喉が渇いているから呼吸が苦しく感じたのだろうか。
徐にベッドから出て、小さな簡易冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。冷えたそれを一気に飲み、渇いた喉を潤した。
ああいう夢ばっかり見るのも、そろそろ疲れてきたなと思う。夢見が悪いほど日常に疲弊しているのかと考えたが、疲弊するような仕事は最近はしていない。
そもそも、仕事絡みで疲弊することは肉体的にあっても、精神的にはない。内偵で人を騙すことに罪悪感も感じないし、心が痛むこともない。
なら、どうしてだろうと思っていると、シャワーの音が止んだので雨宮は足を向けた。
「俺も入るわ」
声を掛けると、短い返事だけが聞こえた。そしてドアが開いて、雨宮と入れ替わるようにしてバスルームを出て行った。
可愛げがないなと眉を上げ、シャワーを一気に浴びる。熱いお湯が気持ちが良い。
ふと、顔を右に向けると大きな鏡があった。その鏡に映る自分をぼんやりと眺める。
この顔を雨宮は知っていた。自分ではない全く同じこの顔を。
雨宮は双子だった。
双子というのは不思議な生き物で、ハイテクノロジーを用いても解明出来ない超常現象を引き起こせる。
例えばだが、片方が怪我をしたら、もう片方の身体の同じ場所に痣が浮かんできたり。
例えば、片方が苦しんでいたら、もう片方はそれを逸早く察知し助けに行く。
それくらい双子というのは絆が強い。元々は一つの卵が分裂したのだから、いうなれば二人で一つがセットみたいなものだ。
雨宮は双子だった…。だがそれは過去の話。
今、その片方は居ない。それが身体のパーツがないような、そんな虚無感がいつまでも消えずに雨宮を襲うのだ。
だから、命を捨てる覚悟で心に挑んだのだ。心を殺せば、この虚無感は消えると考えて。
だが未だに心を殺せていないので、虚無感は雨宮に重くのしかかったままだ。重く、深く、心の奥底にまで。
「……」
雨宮は居なくなった双子の片割れの名前を小さく呼んだ。だが、返事はない。
鏡の中の自分は、一人だ。雨宮はそこにシャワーを当てた。
タオルを腰に巻いてバスルームを出ると、帰り支度をしていることに気がついた。もうそんな時間かと、雨宮も脱ぎ散らかした服を着始めた。
「たまに…消えたくなる」
言ってみて、息を吐いた。そうだ、消えたくなる。
身体が欠けた虚無感に苛まれ、切なさに押し潰されそうになってどうしようも出来なくなるのだ。
すると、何もかも忘れてやり直せば、見上げた空の色は違うのではないかと考えてしまう。
「消えて、やり直すとか今更か」
自虐的に笑うと、向こうからも笑う声が聞こえた。
そうだな、今更だよな…と雨宮は身なりを整えると車のキーを手にした。
「先に出るわ」
やはり短い返事がきた。雨宮と居るときは無口だなと思う。雨宮自身も饒舌ではないので沈黙が長く続くこともあるが、嫌いではない。
雨宮はベッドに座るそこに近づいて、まだ濡れた髪を撫でた。
「風邪ひくんじゃね?」
まぁ、自分もだけど。
きゅっと手を握られて、少しだけ引き寄せられる。それに素直に呼ばれてみると、軽く口付けられた。
珍しく優しいなと思う。弱ってるからかとそれを受けながら、やはり消えたいと思った。