「相馬さんってさ、彼女居ないの？」
仕事休みの心の元に書類を届けに来た相馬に、ベッドに寝転がりパソコンを弄っていた静が徐に聞いた。
一体、急に何を聞くのかと相馬は笑顔で首を傾げた。
「だってさ、見て、この綺麗顔ランキング。絶対に俺、相馬さんの方がイケてると思うけど」
部屋で暇な静のために、学校の論文でも必要だろうと心が与えたMac Bookは大いに活躍しているようだが、いらぬ話題まで提供しているようで相馬は長嘆した。
相馬のプライベートを日頃聞いてこない心でさえ、相馬の弱味でも掴もうとしているのか、澄ました顔で聞き耳を立てているようだ。
「ね、相馬さん？」
押し黙る相馬に、静がこれは何かあると察したのか興味津々という顔で相馬に笑顔を向ける。
これはこれで、案外相馬には不利な状況だ。
「ああ。お付き合いしている人ですね。それは、綺麗顔？ランキングでしょう？どうして私のお付き合いしている人に関係があるのですか？」
綺麗な顔ランキングを見て、どうして自分に付き合っている人間が居る話に繋がるのか、相馬は理解出来ずに静に聞いた。
「居るの！？」
一瞬にして静の顔が煌いた。心に至っては、もう書類など読んでいないように思えた。
段々と分の悪くなってきた相馬は、それでもポーカーフェイスを保ちながら静に笑顔を向ける。
「いえ、綺麗顔から、どうしてそういう質問になるのかと」
「だってさ、相馬さんみたいな綺麗な顔の人、誰も放っておかないでしょう」
そういう自分は大層綺麗な顔をしているとは思うが、顔の事を気にしている静にそんな事を言って臍を曲げられでもすれば、心からの理不尽な八つ当たりが自分にくることは一目瞭然で、相馬はにこやかに微笑むことで言葉を飲み込んだ。
「相馬は顔がええだけで、腹黒いからやろ無理やろ」
静が相馬を褒め称えるのが気に入らないのか、ソファで書類に目を通してた心が書類から目を離さずに横やりを入れて来た。
「お前は性格が全部顔に出てるよ」
心の言葉に相馬ではなく、静が一言言い放つ。
本当に、静に敵う者は誰一人居ないのではないのだろうか。頼もしい味方に、相馬はほくそ笑んだ。
「静さん、私はこんな男の下で働いてるのですよ。女性にそんな時間を掛ける手間も暇も労力も、残念ながら残っていません」
にこやかに、それでも含みを持たせて相馬は言い放つ。
それを聞いた心はちらりと相馬を見ると、自分は聞いていないとばかりに書類をパラパラ捲り出した。
「やっぱりコイツのせいか。本当、相馬さんもコイツが居たら、彼女も作れないじゃん」
静はそう言って相馬の肩を持ってはくれるが、相馬が静の親友の暁に手を出していると知れば、静は怒り狂うのではないのだろうか。
静がどんな状態であっても、離れずに力になってくれた親友だ。
それを正体を偽ったまま近づいていることを、暁は静に言ってはいないようだ。
「コイツ、見た目から何もかんも神経質そうで気難しい男に見えるから、女も寄ってこんねん。だから、コイツに女が出来ひんのは俺のせいやない」
心が書類に目を通し終わったのか、テーブルに書類の束を投げ捨てながら言い捨てるように言った。
「そうですね、仕事を全くしない上司を持つと、部下は大変なんですよ。会社を潰す訳にはいきませんから、神経質に仕事を見る責任がありますからね。出来の悪い上司を持つと大変です」
心が投げ捨てた書類を丁寧に纏めながら、相馬は心を見ずにサラリと言った。
「口開いたら嫌味や。こんな男と付きおうてたら、女の胃に穴が開く」
「そうですね、貴方のような図太さがなければ無理でしょうね」
微笑を浮かべたまま、さらりと嫌味を言う相馬を獰猛な目つきで心が睨みつけた。
暫しの沈黙。お互い、ジッと見合って動かない。静はそれを、呆れ顔で眺めていた。
次の瞬間、二人の間で、けたたましいゴングが鳴った…ような気がした。
「こないな図太さがなかったら、お前と一緒に仕事は出来ん」
「おや、自覚はないと思っていましたが、図太く無神経で傲慢知己だというのには自覚がおありだったんですね」
「傲慢知己やない。言いたい事言うてるだけや。大体、無神経はお前もそうや。お前の下に就く成田達なんか、お前のその胡散臭い笑顔の下に何かあるっていっつもビクついてるやんけ」
「胡散臭いとは失礼な。貴方と付き合うようになって、胡散臭さが移ったんですよ。それに傲慢知己ではなく言いたい事を言うという社会人らしからぬ言葉です。まぁ、確かにそうですね。あなたはいつも言いたい事を好きなだけ言う、子供の癇癪にも似た行動をよくしますものね」
「お前は結局俺の事を卑下した分析して、ストレス発散か？可哀想にな。でも、俺はそないな胡散臭い笑顔はせん」
「卑下？違いますよ。侮蔑です。会社の看板を背負っているくせに、いつでもどこでも仏頂面で、付き添う私が肩身の狭い思いをする…」
「ストップ！！！！！！！！！！！」
ヒートアップする一方の言い合いに、静の声が割り込んだ。
この二人、ああいえばこう言うの典型的なパターンで、終わる様子が一向にない。
折れたら終わりとでも思っているのか、”そうですね”で終われば簡単なのに、どこまでも子供の意地の張り合いに見えてくる。
見る人が見れば、犬猿の仲に見えるのではないだろうか？
あれで、鬼塚組を仕切る組長と若頭なのだから、組がバランスを保っているのも些か奇跡に近いものがある。
”喧嘩するほど仲がいい”とは言うが、これはただの意地の張り合いだ。あまりにもくだらない。
どうしてここまで話が飛躍するのか、不思議で仕方が無い。
こんな二人の間で働く成田達は本当に不憫だと、静は一人思った。
「もう…俺が変なこと言って悪かったよ」
「なぜ？静さんは何も悪くはないでしょう」
「せや、悪いんはコイツや」
そう言って、またくだらない終わりの見えない言い合いが始まり、静は呆然とした。
静の振った話題のせいで、くだらない言い合いが始まったので、静からすれば発端の自分が謝罪すれば丸く納まると思っていた。
が、あろうことか、その静が謝ったことで再び言い合いが始まってしまった。
それでもどこか楽しそうな二人に、これが二人のコミュニケーションなんだろうと、静はベッドから降りるとカウンターキッチンに向かった。
冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し、コップに注ぐ。
その間も、止むことなく二人の言い合いは続いていた。
「…本当、相馬さんと付き合う人って苦労しそう」
静は自分がよく知る人物が、相馬とそういう関係になっていることなど夢にも思わずに、まだ知らぬ相馬の恋人に不憫さを抱いた。