21. 人畜有害

花series Single Shot


サラサラの毛質に滑り込ます様に指を絡ませれば、ピクリと小さな身体が揺れる。
それが愛おしく、また指を滑り込ませて円を描く様にすると、くすぐったいのか身体を捩ってみせる。
小さな口元に指先を持って行けば、警戒心も薄れたのかそろそろと舌を出しペロリと舐めた。
ザラついた舌が指に絡み、ぴちゃっぴちゃ音を立てる。
「ヤべ…」
その仕草に顔が歪む。眠たいのか瞳を閉じたまま一心不乱に指に舌を絡ませるそれに、思わず溜め息が漏れた。
キングサイズのベッドに転がり愛おしむ様に見つめると、大きな瞳が開き目が合った。
「うわ…」
「何やそれは」
ムードぶち壊しの声が部屋に響き、大きな瞳が更に大きく見開かれた。そして、声の主に毛を逆立てる。
「ちょっ…!ビビってるじゃん。静かにしろよなぁ」
「何やそれはって、聞いとるねん」
部屋の入り口に立つ心は、額に筋を浮かべてベッドで戯れる静とそれを睨みつける。
静はそれを抱き上げると、落ち着かせる様に身体を撫でた。
「見てわかるだろ、猫だ猫、子猫だぜー。超可愛いだろ」
「猫なんは見たら分かる。何でそないなもんがここにおんのか、聞いてるんじゃ」
「拾った。ここの前で鳴いてたから。ペット不可物件とか言うなよ」
静の胸の中でゴロゴロと喉を鳴らす、黒い小さな子猫。静は子猫の額に鼻を擦り付け、心に見せた事のない表情で猫に語りかけていた。
「怖い男だねー。ってかヤベぇ可愛さだろ?」
「捨ててこい」
「はぁ!?この雨の中?バッカじゃねーの!?鬼畜か、オマエは」
「俺は極道じゃ」
「ヤダヤダ、人畜有害」
静は心の睨みに怯む事なく、舌を出して威嚇する。だが心は入り口から微動だにせずに、静と子猫を睨みつけた。
「邪魔ですよ、中に入らないんですか?」
入り口を塞ぐ心に背後から声がした。相馬だ。
大きな身体で入り口に突っ立つ心の背中を軽く押してみるが、一向に心は動こうとしない。
相馬は心の横を通り中に入ると、ベッドの上で戯れる静と子猫を見て微笑を浮かべ心を顧みた。
「ああ、子猫」
「何や」
「いえ、可愛いですね、拾ったんですか?」
「あ、相馬さん!コイツ可愛いでしょ!?もう、すげーやべーし。ってかひでーのはコイツ!捨ててこいとか言うんだぜ!?極道は小動物にも極道かよ!」
静は心を指差して、相馬に訴えかける。
生後二ヶ月くらいだろうか。子猫はすっかり静に気を許して、腕の中でお腹を向けてゴロゴロ耐える事なく喉を鳴らし続けていた。
相馬はその子猫の柔らかなお腹を指でくすぐって、心を見てまた微笑を浮かべる。
「可愛いですよ?柔らかいし。撫でてみては?」
てまうぞ、相馬」
「うわっ!何それ!?オマエねぇ、子猫に青筋立てるのオマエくらいだぞ、この鬼畜!」
静は先程から好き勝手に心を罵るが、やはり心は入り口から微動だにしない。
相馬はクスクス笑いながら、子猫を撫でていた。
「ほら、可愛いぞ」
静は子猫を抱いたままベッドから降りると、入り口で飾り物の様に仁王立ちする心に近づいた。
「…っ!こっち来んな!」
「はぁ?何言ってんの?見ろって、この愛くるしい顔」
「阿呆!それ以上近寄んな!!!はっ!…ハクション!!!!!」
「は?」
子猫を抱いたまま、今度は静が固まった。入り口に微動だにしていなかった心は、今はくしゃみを連発している。
まさか…。
「アレルギーなんですよ」
笑いを堪えながら、相馬が静に言った。
「うそ!!!!」
風に乗って猫の毛が心の居る方へ飛ぶのか、心のくしゃみは止まる事がない。
その様子に、静は唖然としてしまった。
結局、その日は心はホテルへ宿泊し、翌日は大掃除。子猫は、無類の動物好きの成田が引き取っていった。
「鬼塚組の組長が、猫アレルギーなんてヘボ過ぎ」
「……」
暫くの間、子猫を飼えなかった静は、何かことあるごとに心をそれで責めたとか。