3. キライキライも好きのうち

花series Single Shot


けたたましく鳴る目覚ましを、ベッドの中から手を伸ばし静はスイッチを切った。時刻はAM6:00。ゴソゴソと動いてみるが、何故か身体が動かない。
寝起きの気怠げななか確認すれば、静の身体は隣に眠る心にガッチリホールドされていた。
昨日は静が眠る時刻には、心は帰宅してこなかった。関西から風間組の人間が来たとかで、帰りが遅くなると成田が伝えに来た。いつ帰ったのか分からないが夢見心地の中、しっかり抱き締められたのを覚えている。
「抱き枕かよ…俺は」
しっかり眠る顔は、力強い眉と彫りの深い精悍な顔つきで、やはり文句のつけどころがない。
「…ムカつく」
男らしい顔つきとは心のことだろう。相馬はどちらかというと綺麗な部類だし、暁はモデル顔負けの容姿だが、柔らかさがある。
心にあるのは鋭さだ。静には、皆無と言っても過言ではないアイテムだ。
静は心の腕を解いてベッドから起き上がった。するとすかさず心の腕が静の細い腰に巻き付いた。
「朝か…」
問うてはいるが、瞼が重いようで開く気配はない。心は低血圧のようで寝起きが悪い。
「まだ寝とけ。朝飯作ってくるから…出来たら起こしたるで」
からかうように関西弁を使うと、心が下手糞と小さく笑った。

最近、時間の有り余る静は、料理をするようになった。幸い料理は嫌いではないし、この部屋には誰が使うんだというくらい立派なシステムキッチンがあった。
なのに、それの横にある立派な冷蔵庫は以前は見事に酒しかなかった。それもそのはず。心が料理などする訳もないし、して欲しいとも思わない。似合わないのは一目瞭然だ。
食材は毎週注文したものが送られてくるし、足りないものは成田達が調達してきてくれる。
静は顔を洗い歯を磨くと、コンロの鍋の蓋を開けた。中には里芋の煮っころがし。
「ん?アイツ、食いやがったな」
昨日、味を染み込ます為に寝かしていたのだが明らかに数が少ない。心のつまみ食いはよくある事だ。
静は冷蔵庫からレタスとトマト、鮭と卵を取り出した。そして、手際よく調理を開始していく。
料理は始めてみると面白いもので、要領さえ掴めば同時に何種類も調理する事が出来るようになる。
飲食店でバイトをしていたおかげか、手慣れたものになるのに時間がかからなかった。味噌汁を作りテーブルに並べる頃には匂いに釣られて、眠気眼の心が起きてきた。
「おはよう」
「…ん…おはよ」
声をかけるが覚醒しきらない様子でテレビをつける。
眠ければ後で食べればいいものを心はこうして静の作る朝食を必ず静と一緒に食べる。律儀なのか何なのか。
「ほら、飯出来たんだからシャンとしろ」
母親が叱るように言うと、静はご飯をよそって心の前に置いた。
「…いただきます」
「おあがり」
料理を作って楽しいのは、食べる相手が居ることだ。不摂生な心の体調をそれなりに気にして、栄養バランスを考えて料理を作るのは面白い。
「お前つまみ食いしただろ、里芋」
食事の最中、静が里芋を口に頬張りながら言った。
「あ?ああ、昨日帰ってから腹減ってん」
「昨日外食したんじゃねぇの?」
「酒飲んでたから、そない食うてない」
これだ…。心は静と違って食に無頓着だ。食べなくても案外平気で居れるらしく、放っておけば酒だけで過ごすので気が気ではないと成田が嘆いていた。
しかし味には生意気にも五月蝿。味噌を変えただけで文句を言うし、失敗した部類に入らない程度の味付けさえ的確に言い当ててくる。
一番鬱陶しいタイプだ。
「お前、何残してんの」
次々皿を平らげていくくせに、心の皿には真っ赤なトマトが残っている。
「腹いっぱい」
ボソッと呟く心に静が何かを察したように不適に笑った。
「お前ぇ…苦手なの?」
「ちゃう、嫌いなんや」
苦手は負けた気でもするのか、嫌いも苦手も変わらないではないか。こんな所でも、負けを認めないあたりが心らしいと言えば、心らしい。
「苦手なのかぁ…」
「嫌いなんや」
「キライキライも好きのうち…はい」
静は満面の笑みでトマトを箸で掴むと、心の口元に運んだ。
「苦手は克服しないとね」
「静、お前」
「毎日毎日朝昼晩、トマト料理してやってもいいんだぜ?」
ニヤリッと笑う静に心の瞳が鋭くなったが、そんな威嚇をしても静は何とも思わない。完璧と言わんばかりの心の苦手を知れて、静は楽しくて仕方がないのだ。
トマトを苦手なのは親友の暁も一緒で、口の中に入れた時の柔らかい触感とあの瑞々しい味が苦手らしい。心もその口だろう。
「クソッ…」
心はそう吐き捨てると静の差し出したトマトをパクリと食べた。眉間に深い皺が寄る。相当苦手な様で、小さく咽せているあたりが可笑しくて静は笑った。
「笑うな」
それを見た心がギロリと睨みつけるが静はクスクス笑いながら、心の頭を軽く撫でた。
「よく出来ました」
静が誉めても心は不貞腐れたままだった。それから何日か新鮮なトマトが食卓に並び心を苦しめた……。