4. 二度と逢いたくない

花series Single Shot


あ〜暑い。暑い思うたら殊更暑いけど、暑いときは涼しいこと考えろなんか俺から言わしてもろたら不可能。
ジリジリと、肌が焦げるくらいの灼熱の太陽。御天道さんは容赦なく俺の身体を焼きよる。
ステーキの気持ち、今ならよぉ分かる。
「クソ…」
言うてはみるけど、何ら変わりはない。
俺、秋山威乃は脱水症状起こしかけてる身体を引き摺って、ジリジリ照りつける太陽の下、フラフラなりながら歩いてた。
実際、暑さだけのフラフラやない。昨日、派手に暴れて、ちょっとヤラれてもうた。
俺もまだまだや思うたけど、謂れ無い喧嘩は不意打ちが多い。
今回もハルにやられた奴らが、仕返しに俺んとこ来た。何でやねん!とツッコむ間もなく、綺麗に鉄パイプで背中殴られた。
背後からいきなりドカン!どんだけ卑怯者やねん。
得物振り回すなんかアホみたいなことしくさって、結局みんな相手する羽目なった。
背中殴られてブチ切れの俺に、勝てる奴はおらん。ザマーミロ。
で、今日朝起きたら背中激痛。休もう思ったのに、ばばあに放り出された。
くそばばあ!
「くそ…ハル殺す」
イライラしながら歩いとったら、俺の老人のようにフラフラの身体が路地から飛び出してきた黒い塊に跳ね飛ばされた。
「あだっ!」
見事に飛ばされた俺は、ガキみたいに尻餅ついてスッ転んだ。マヌケすぎる…。
「どこに目つけとんじゃ!このクソッタレがぁ!」
怒りに任せて怒鳴って顔を上げて…俺、数秒前の俺に黙れと言いたい。
何事も確認、計画的に。今時、どこぞの金貸しのCMでも言うてるし。
俺とぶつかった男は、白いシャツにジーンズ姿。
ぶつかった俺に悪びれる事なく、人殺せそうなほど鋭い目で俺を見下ろしとった。
俺が引いたんはそこやない。真っ白の、柄一つ無いシャツは赤いしぶきで真っ赤やった。
それがデザインやないことは、右手に握られた日本刀から滴る新鮮な血が物語っとる。
さも、今やってきましたと言わんばかりで、体中の血の気が一気に引いた。
クソ暑いのに、体温が下がったんか寒気が走る。ゴクリ…、息をのんだ。
「来い」
ソイツはそう言うと俺の首を猫みたいに掴み、立ち上がらせると腕を掴んで走り出した。
「ちょ!ちょお待てや!!離せや!」
チビの俺とは違い、長身のそいつとのリーチ差はデカい。半ば引き摺られる様に走って、俺、半泣き。
視界の端に見える日本刀は、俺の血も吸いたいとばかりにギラギラ光ってる。
ここは大阪でも、ヤーさんのビルがよおさんある街で、そいつの醸し出す香りはまさしく闇の匂い。
今、抗争してきましたと言わんばかりの成り立ちは、俺の寿命を縮ました。
「離せや!」
言うた俺に合図するみたいに、パンッと乾いた音が背後に響いた。
「待たんか!!!クソガキャア!」
怒声と乾いた音。
振り返ると、赤や黒のスーツの明らかに裏の人間って一目で分かる奴らが、俺らに向けて黒い塊向けてた。
「…チャカやんけー!!!!!ふざけんなぁぁぁぁああ!!!!お前!俺、巻き沿いか!!!!」
自然と足も速なる。多分一生に一度あるかないかやろ、チャカ向けられるなんか。
「死にたくなかったら、早く走れ」
息切らすことなく、顔色一つ変えずに至極冷静に男は言うた。それがやけに冷静やから、大した事ないんやと錯覚してまいそうなる。
でも、あの塊から飛ぶ鉛の玉は、当たれば命無くなる可能性は多いにある。”モデルガンやねーん!”なんか、ある訳ない。
あの聞いた事ない乾いた音は、間違いなく本物。銃刀法違反やでなんか、法なんか糞食らえの奴らに通用する訳がない。

こないに走ったんいつぶり?体育の授業もまともに受けん俺が、全力疾走でひたすら走った。
肩でゼェゼェ息して、頭クラクラする。酸欠…うまく空気も吸えんくて、昨日殴られた背中は血が集まって痛いとか、そない簡単な言葉じゃ片付かんツラさ。
逃げて逃げて逃げて、全然知らんビルの屋上。俺は大の字で地面に転がってた。
俺を巻き込んだ奴は涼しい顔で日本刀についた血を拭い、ギラギラ光る刀を鞘に納めてた。
端からここに来るつもりやったんか、大きいボストンバッグが置いてあって、そいつは中からタオルと水の入ったペットボトル出して、血塗れのシャツを脱ぎ捨てると頭から水をジャバジャバかけた。
さっきは気ぃ付かんかったけど、えらいイケメンや。ちょっとびっくりした。
それに恐ろしいくらい鍛えられた身体。おまけにコイツ、相当若い。
「お前。鉄砲玉やろ。チンピラ」
「チンピラ?違う」
まぁ、見た目はチンピラには見えんけど、罷り間違えてもお前に喧嘩は売らんわ。殺されて、南港沈められそうや。
「あの辺、翼往会よくおうかいの事務所やんなぁ…まさか、お前…」
「さぁ、知らねぇなぁ」
スッ惚けやがって。ほな、その血はなんやねん。
「男挙げて代紋掲げてとか、今流行らんやろ」
「だな…」
「ってかさぁ…堅気は巻き込まんのんが、ヤクザなんちゃうん?」
「お前が転がってるから」
俺はゴミか…。
「最低やお前…」
俺の声が聞こえてへんのか、そいつはタバコを銜えると優雅に吸い出した。
なあ…追われてるんちゃうん?と突っ込みたい気持ちを抑えて、落ち着いてきた身体をゆっくり起こす。
「吸うか?」
「いらんわ阿呆!俺は非喫煙者や!」
「粋がってる様に見えるのに、違うのか」
そないな理由で、誰でも彼でも煙草吸うと思うなよ。
「なぁ…俺、あんたといつまでおらなあかんの?もうええやん」
あまりお近づきにはなりたくない。ヤー公なんかと絡んだら、どえらい目遭う。
それこそ、ろくでもない人生に拍車かかるやん。
「まだ。あいつ等が彷徨いてるし、もうすぐ御上来るから我慢しろ」
「お前、こっちの人間やないやろ?人様の土地で悪さすんなや」
人様の土地で暴れたらあかんって知らんの?
どこの鉄砲玉か知らんけど、こないな奴、鉄砲玉には俺なら使わん。
「来たばっかり…これは俺に対する嫌がらせ」
「組で嫌われてんやろ!分かるわー!その東京弁!人、見下しとるみたいやもん!お前の顔は余計に!しかも、お前態度デカそうやしな!!!」
えげつないくらい、自己中や。
何の説明もなく、俺をチャカの的にされる様な逃走に巻き込んで、悪びれた風もなく、彼処におった俺が悪いとばかりの顔。
何しか、その東京弁好かんわ。身体がむず痒うなってくる。
「…どうでもいい」
「は?」
「今回の襲撃は、邪魔者を始末するのに手っ取り早かったし」
「花火挙げて散ったら元も子もないって、おかん言うてんで」
花火はあの、打ち上がった瞬間がええねん。
散る瞬間は儚くて、お前もこないな真似して、若いのんに早々南港の海沈められて魚の餌になるんやわ。
「それで終わったら、それまでの男」
ソイツのニヤリと笑った顔が、脳みそ鷲掴みにされたくらいゾクッとした。
何?この自信満々。俺は死なんとでも思ってるんか?
あかん、コイツ……絶対友達おらんで。
「…来たな」
ウーッとけたたましい音を鳴らして、パトが走る音が聞こえる。
音からしたら、だいぶ台数が来てる。
「お前はあともう少し、此処にいろ」
ソイツはそう言うと、カバンを肩に下げて出入り口と反対の柵に近づく。
「どこ行くねん!」
「帰る」
そいつは柵を乗り越えると、あろうことか飛び降りた。
何や!ここ何階や思ってんねん!死なんのんちゃうんか!
投身自殺は中身出てもうて身体中の骨くだけ散って、中途半端に終わったら死ねんで地獄の苦しみ。
そないな真似するなら、海の藻くずになるほうがマシやんけ!!!
すぐさま柵に近づくと、そいつは向かいの少し低いビルの屋上におった。あろうことか飛び移ったんや。
ジャッキー・チェンか、お前は。
「待てや!お前名前なんやねん!新聞載ったら笑ったるから言えや!」
叫んだ俺に振り返ったそいつは一言、『しん』と言って屋上からビル内に入った。
「…名字なんやねん」
結局、俺は売却されたビルにおったから、そないな所からお巡りがウヨウヨしている中に出て行ける訳もなく、夕方の暗くなる時間まで其処におる事を余儀なくされた。
アイツ…次逢ったら殺す。
次の日、俺は学校に着くや否や、屋上で呑気にタバコを噴かすハルをサッカーボールよろしく、蹴り上げた。
突然に、俺とハルの殴り合いの喧嘩が始まり、彰信は悲鳴を挙げた。程なく、殴り合う事に飽きた俺らは屋上に二人、大の字で転がっていた。
「そう言えば、お前昨日なんで休んでん」
「あ?お前のとばっちり受けて、暴れたから怠かってん」
まさかヤー公にチャカ向けられて、知らん奴と逃げてましたなんて言える訳がない。
そんなん言うたら、またどやされる。
「じゃあ、昨日の事件、威乃知らんの?」
未だに涙目の彰信が、何気に会話に入ってきた。ヘタレめ。
「何が?」
翼往会よくおうかい、潰されてんで」
「え!?」
ガバッと起き上がると、背中に激痛。あかん、変にハルと暴れたから悪化した。
「翼往会って…」
アイツが昨日、襲撃した?
指定暴力団翼往会はあの辺を縄張りにしてて、仁流会風間組と敵対する菊水組の直参や。
仁流会は規模も資金も何もかも、半端ない。この暴対法がある御時世で、脈々と成長を続ける組織や。
その点、菊水組は第一、第二、第三団体と下部団体組ばっかり作って売春や高利貸し、追い込みの汚い仕事をそいつ等にやらせて、セコいシノギに精を出して資金を集めてる。堅気も何も関係あらへん。
正直、あの辺に住む俺からしたら、ありがたくないヤーさんや。
「聞いてるん?威乃?」
「翼往会に出入りしてる先輩、昨日事務所おったみたいやけど、エグかったらしいで」
ハルも起き上がり、煙草に火を点ける。紫煙がユラユラ風に舞うけど、段々と陽が高なってきて暑なってきた。
「先輩ってあれ?藤岡先輩?俺等にMDMA売りつけようとした?あいつ、翼往会におったん?」
「せやせや、お前に押し売りして、キレたお前がボコボコにしたあの人。チンピラにもなりきれんと、相変わらずガキにそういうん売りつけてるわ」
「アイツ…殺しとくんやった」
「でな、たまたま売りさばくクスリ取りに行ったら襲撃来て、事務所におった奴一気にザクッ」
ハルが、まるで侍のように腕を振り下ろした。
「ザクって?」
意味の分からん様子の彰信が、ハルに聞く。
「ザクッやん。そいつ、日本刀持ってたんやて。入ってすぐ藤岡さん蹴飛ばして、前におったチンピラ切って出てきた幹部の人の腕切り落として、そりゃもうエグかったって。あの人、吐いた言うてたもん。目の前に切られた腕は転がってくるわ、血飛沫は顔に飛ぶわで。で、どんどん中入ってさ、会長の横溝啓介の首、一気に跳ねたらしいで」
聞いた彰信は、その場を想像したようで、真っ青。
俺もその場に居たら、普通ではおれんやろうな。
「なぁ…そいつってどんな奴?」
「え?若かったみたいやで。一瞬、組にみかじめ料払ってる店子のホストかと思ったらしいわ。ってか一人で行くんやから、アホやでアホ。侍やあるまいし刀振り回してなぁ。でも、ヤク中かも。そいつ、ずっと顔に笑み浮かべてたらしいで。藤岡さんポリ来る前に事務所からとんずらしたらしいけど。そりゃそうよな、下手に残ってたら会長死んでんのに、何でお前生きてんねん!って南港沈められるよなー」
いや、ハル。そいつはヤク中やない。俺は昨日、一緒にマラソンしたんや。
その会長さんや幹部の血で塗れた男と。”シン”…二度と逢いたくない…。そう思った、ある夏の日。