「相馬!相馬!」
一際大きな声が学内に響き、相馬 北斗は振り返った。振り返った先には、血相を変えた友人が居た。
足が縺れんばかりに慌てた様子で走って来る姿は、ただ事ではない。相馬はそれを冷静に見ていた。
「どうした?」
友人は相馬の元へ辿り着くと、息を切らし膝に手をついた。
学内を走り回って、自分を捜していたのか?相馬はそこまで緊急を要する用事があるのかと、友人の息が整うのをただ待った。
「オマエ、司法修習行かないのか!?」
友人の言葉に、相馬はそのことかと肩を竦めた。
相馬は難関で有名な国立大学の法学部に、席を置いていた。成績は申し分ないもので、学内きっての最優秀生だった。
何となしで受けた択一試験に易々と受かってしまい、気が付けば司法試験合格。勿論、最年少記録更新だ。
なので、あとは司法修習を受けて法曹家になるべく道を進むだけ…だったのだが、人生何があるのか分からないから楽しいものだ。
相馬はフフッと笑った。
「卒業したら、友人の家業を手伝うんだよ」
「家業?何してるんだ?…ってか、考え直せよ。院への慰留だって言われてるだろ?」
「まぁね…」
確かに、院に残っても良いなとも思った。海外で弁護士の資格を得るのも良いし、裁判官への道も悪くはないかもしれないと思った。
だが、どれもこれもそこまで魅力的ではなかった。
相馬のレジュメの完璧さは、教授会での題材に使われた事さえある。院にあがって教授になるべきだと言われた時も、それもいいかもしれないと少し考えた。
だが、やはりそこまで魅力ではなかった。
司法試験にもすぐに合格してしまったし、研究題材も、どれもこれも相馬からすればチープなものでつまらなかった。
ゼミは相馬に太刀打ち出来る人間は教授でさえも居なかったし、向かうとこ敵無しというやつだ。
結局、どれもこれも”良いかな”止まりだった。
「相馬、大城教授が話したいって探してたぞ」
すれ違い様に、別の友人に声をかけられ相馬は手を挙げた。
「見てみろ、学内パニックだろ」
隣に居る友人に言われて、相馬はまたフフッと笑った。
生きているのか死んでいるのかさえ連絡がないので分からない男は、ある日突然帰って来た。
父親に”鬼塚組組長が亡くなった”と聞かされた時、酷く気持ちが昂った。
もしかしたら、生きていれば帰って来るかもしれない。そう思った。
そして、相馬の目論み通り、男は相馬の前に帰って来た。
昔よりも傲慢知己で得手勝手さが窺えたが、相馬は心の底から何かを見つけれた嬉しさを覚えた。
案の定、男は相馬を組に誘って来た。数年前の、普段の会話の流れから出た口約束に乗っ取って。
その男、佐野 心。基、鬼塚 心は世界で唯一、相馬の人生を左右する男だった。
そして、相馬のつまらない現実を、味のあるものに変える男だった。
唯我独尊という言葉がガッチリ当て嵌まる男は、これから相馬を苛つかせ憤慨させるであろう。
だが、この魅力のない今の現実に比べれば、対比する価値もないくらいに魅力的な未来だった。
「そういえば、知ってるか?あの鬼塚組の組長、死んだらしいぜ。これから仁流会は跡目争いでモメるって、TVで言ってたけど、ああいう連中を裁くためにはオマエみたいな優秀な男が必要なのにね。相馬検事ってどうよ?」
その裁かれる方になると言えば、友人はどういう顔をするだろう。
鬼塚組の顧問弁護士をしている相馬の父親は、先代が亡くなればお役御免とばかりに鬼塚組の顧問弁護士を辞めると言った。その反対に、相馬が組に入るかもしれないから司法修習には行かないと言った。
幸か不幸か相馬のやることにさほど口の出さない両親は、やはり、”あら、そう”なんて悠長な返事をした。息子が”ヤクザ”になるかもしれないと言っているのに、この反応。
やっぱり自分が人よりも少し変わっているのは、この両親の血を受け継いでいるからだと思った。
「その家業、司法修習が終わるまで待ってもらえば?」
「二年も?明日、いや、5分も待てないような人間なんだ」
「それ、人としてどうなの?」
友人は眉を顰めた。
人としてか。人としては欠点しか無いな。
まかり間違えても、褒められる様なところは草の根分けて探しても、皆無だ。
残念なことに、人としては最低最悪の人間だ。
「カリスマ性はあるね」
「カリスマぁ?オマエがそれ言うの?どんな人間よ、それ」
「史上最低。一生、ああいう人間にはなるまいと思う様な、傲慢知己で得手勝手な唯我独尊男だよ」
相馬の言葉に、友人は呆気にとられたような顔を見せた。