見合い

花series spin-off


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眞澄は縁側の廊下をずかずかと乱暴に歩き、ある部屋の前に立ち止まると声を掛ける事なく障子を開けた。
乱暴に開けたことで障子が軋んだが、それを気にする事なく部屋に入ると、中で優雅に茶を啜る婦人を睨みつけるようにして見た。
眞澄の苛立ちぶりを感じても、それを気にする様子もなくチラッと横目で見るだけで婦人は何も言わず息を吐いた。
猫のような切れ長の目にかかる長い睫毛。どこか京美人を彷彿とさせるような婦人は紫陽花色の着物を着て、艶やかな黒髪を綺麗に結い上げていた。
婦人は茶を茶受けに置くと長身の眞澄を見上げ、その形の良い蛾眉を顰めた。
「何や、あんたは相変わらず作法のない子やな」
「どないなことか、説明せぇ」
眞澄は婦人の言葉を無視して腰を下ろすと、サングラスの奥の殺意を隠す事なく婦人に向ける。それを呆れたような顔で見ると、婦人は大袈裟に嘆息した。
眞澄の威圧にも物怖じもしないこの婦人こそが、眞澄の母、鬼頭久佐子である。
「あんた、何でこんなとこにおるん?ちゃんと言われた通り、行ったんやろうね」
「ワシはどないなことか、説明せぇ言うとるんや」
「短気な子やなぁ、あんたは。ほんま、どないもならせぇへんな」
久佐子は漆の煙草ケースから煙草を一本取り出すと、赤い紅の引かれた唇に挟んで火を点けた。
「見合いは見合いや。あんたもええ年やねんし、頃合いやないの」
「あないな不細工な女、お断りじゃ」
「はぁ?あんな気立てのええ女、他には居やせぇへんで。比留間はんが是非に言うて持って来た、ええ話を」
「比留間?ハッ、うちに娘放り込んで、盃貰おうちゅう魂胆か。ボンクラが」
眞澄は胡座をかいて、後ろ手に両手をつくと久佐子の言葉を鼻で笑った。
「あそこは貿易が強いさかいね。それに、極道もんかていつまでも大手振っておれる思うとったらあかんよ。あんたみたいに力だけで行く極道は、潰れる時代なんやし」
「じゃかましいわ!!くそババア!!ワシは結婚なんかせん言うてるやろうが!」
「誰にもの言うてんねん!眞澄!!お前で鬼頭潰すつもりか!」
バンッと座卓を叩いて眞澄を睨みつけたが、眞澄はそれに臆する事なく反対にそれを足蹴にした。
「世継ぎ欲しけりゃ、我が生めや!俺は俺んやり方で行く言うとるんじゃ!!訳分からん組と盃交わしたとこで、何のメリットがあるんじゃ!!」
「あんたが要らん言うんやったら、この縁談、斎門に持っていくで!」
「ああ!?殺すぞ!クソババぁ!!」
今にも殴り合いの喧嘩でも起こしそうな勢いの二人は、まるで親の仇でも見るかのように睨み合った。すると、その部屋の奥の襖がスッと開いた。
二人が鬼の形相で見ると、そこには眞澄の父、信次が呆れた顔をして立っていた。
「屋敷中に響き渡っとるがな。何を言い合っとるんや」
和服を着て、まるで枯れ木のような痩せた身体で眞澄とは似ても似つかない信次は、二人を一瞥すると襖を閉め座布団に腰を下ろした。
久佐子は煙草を灰皿に押し付けると、スッと背を正し、眞澄を睨むように見る。今にも一触即発の雰囲気に、信次は嘆息した。
「今日は比留間んとこん娘と、見合いや言うてへんかったか」
「それを、この子、帰って来てもうてるんです」
「見合いやて知っとったら、行かんかったわ」
「何や、お前、言うてへんかったんか」
信次はそれはあかんやろうと、眉を上げた。気難しい眞澄の性格を一番理解しているのに、どうしてこう強引な手段に出るのか。
だが、その強引なところは久佐子の性格であり、やはりそこは親子だと信次は思った。
「大体、頃合いや言うんやったら、明神とこかてせやろうが」
「明神?万里か?あの子は決まった子がおるいうやないの。でも、まだまだせんやろうねぇ。明神会長も何やいうても万里が可愛てしゃーないみたいやないの」
「大体、心も明神も自由でやっとるときに、何で俺だけ貧乏くじ引かんなならんのじゃ」
「心は子供やないの!!」
「代紋背負ってる時点で、ガキなわけあらへんやろうが!!」
「こんな時だけ極道出すんやないわ!!」
ぎゃーぎゃー言い合う親子を横目に、信次は久佐子の煙草を一本取ると咥えた。こうなると自分が入っても無駄だと、長年の付き合いから分かっているのだ。
眞澄にここまで言えるのは、多分、久佐子くらいだろうと思う。鬼塚の血を濃く引く眞澄は見た目だけで人を威圧する。その存在感に、あと数年もすれば自分は否が応でも世代交代を迫られるのだろうと畏怖する。
それを見据えて、久佐子は眞澄の世継ぎを欲するのだ。この世界で何よりも恐ろしいのは、やはり女だなと思う。亭主よりも息子、そして、血。
種を残したい本能は、雄よりも雌の方が強いのではないだろうかと考える。強く、強靭な血…。
「賑やかやねぇ」
我鳴り合うそれを打ち破る声はどこか気怠げで、こちらも萎えてしまうような声だった。襖を開けたのは眞澄の側近である、御園斎門だ。
今の今まで母親に殴り掛からん勢いだった眞澄が、フッと肩の力を落とし舌打ちをした。高校の同級生だという御園に何故か眞澄は強く依存していて、組に入る時も御園を組に入れ側近として置くならばというのが条件だった。
その御園が由緒ある寺の跡取り息子であるという事を知ったときは、大反対したものだ。だが一度決めると何が何でもそれを通すのが眞澄だ。
結果、一歩間違えれば警察沙汰になりかねんやり方で、御園を攫ってきたのだ。
「斎門、あんたからもこのアホに言うたって」
久佐子は大きく息を吐くと煙草を咥え、髪を整えた。
極道とはほど遠い優しい顔つきをした御園は眞澄を一瞥すると、その隣に腰を下ろした。
「今日は見合いやってんねぇ」
御園がふふっと笑うと、眞澄が鬼の形相で御園を睨みつけた。こんな飄々としていて、眞澄の凄味が利かないのだから不思議な男だ。
「あんたも知ってるやろう、比留間の娘。あないええ子、なかなかおらんで」
「せやねぇ。年も若いし、ええかもしらんけど、でもどないやろうか」
「なんやの、あんたも反対なん」
久佐子がムッとした顔で御園を見たが、御園は頭を振った。
「いや、見合いもええやろうし比留間はんのとこのお嬢はんも、かいらしいお人やで」
御園がそう言うと、眞澄が顔色を変えた。だが御園はそれに気付いているのかいないのか、気にする素振りもみせずに言葉を続けた。
「せやけどねぇ。こん人、我が侭やさかいにねぇ。落ち着きもあらへんし、まだまだ遊ぶやろうし。そないな人に比留間はんの娘はんはどうやろうか」
「どういうことやの」
「浮気して泣かしてしもたら、それこそ比留間との関係が悪くなってまうってことや」
それは一理あると、我が息子ながら思うところがあるのか、久佐子は押し黙った。
「ほな、あんたが比留間んとこの子と逢うたらええやないの」
「おい!ババア!」
「いやいや、俺はあかんて。眞澄を差し置いてそないなこと出来ひんし、比留間はんのとこってキリスト教徒やろ?極道にそら関係ないとしても、俺とは無理やわ」
御園は、ねぇと笑った。確かに宗教観の違いというのは後々、面倒な事になる。久佐子は紫煙を細く吐き出して、その苛立ちを抑えた。
「まぁ、そういうことや。ええ加減、ワシにアホな話持ってくるんはやめぇ」
眞澄は御園の腕を掴むと立ち上がり、部屋を出て行った。信次は眉尻を下げてそれを見送り、久佐子を盗み見た。わなわなと怒りで震えているのが分かる。
してやられたというかなんというか…。だが、こればかりはどうしようもないことだ。

信次と久佐子は恋愛結婚ではない。二人が結婚した頃は信次はまだ若頭という地位に居て、信次の父であり眞澄の祖父が組長であった。
その父である前組長と、すでに組を継いでいた鬼塚清一郎には親交があり、その伝手で信次と清一郎も仲が良かった。そこで久佐子に出逢ったのだ。
信次は一目惚れであったが、まだ大学生であった久佐子は極道とは無縁の生活を送っていて、信次はその想いを告げる気はなかった。
だが、その信次の想いを悟った清一郎は、菓子折りでも贈るかの如く簡単に久佐子を信次の元へ嫁がせた。その結婚もあって、鬼頭組は鬼塚組との兄弟盃を交わす事になったのだ。
これも一種の政略結婚だなと信次は思う。結果、久佐子が居る事で鬼塚組は鬼頭組の弟分となってしまい、鬼塚組の前へ出ることが出来なくなってしまった。
眞澄のこともそうだ。清一郎が急死してしまい、跡継ぎの居なかった鬼塚組の勢力も落ちると思われたのに、心の登場だ。
心は鬼塚組でもその出生は疑われ、実子でないとの見方も多かったが、紛れもない清一郎の子であると早いうちから言ったのは誰でもない、久佐子だったのだ。
心を初めて見たときの久佐子の顔は、まるで幽霊でも見たかのような狼狽えぶりだった。そう、久佐子は言葉にせずに、心が清一郎の実子だということを悟ったのだ。
結果、やはり鬼頭組は鬼塚組の2番手で留まる事しか出来ないでいた。
信次は時折、思う事がある。久佐子は自分の人生とどう思っているのか。
好きでもない男の元へやられ、いつまでの2番手の位置で居る現状に甘んじていないのは眞澄への言動で良く分かる。それを聞いて思う事は、自分と結婚して後悔しない日はあるのかということだ。
清一郎が急死した時も涙一つ見せなかった久佐子は、兄をどう思っていたのか。
鬼塚の血が色濃く出ている我が子を見て、何を見ているのか。
「ほんま、あの子は…」
久佐子は苛立つように言って、息を吐いた。
「眞澄はまだ、勉強せんとあかんことがぎょうさんあるんやし、急かしてもろくなことにならへん。比留間んとことってなると、風間のオヤジにも話せなあかんさかいな」
「あんたは、そうやって眞澄を甘やかすから!」
「甘やかしたはるわけやあらへんけど、こないだ、心とのいざこざのこともあるしな」
勝手に動いて自爆したあの事件は、心が大事にしないでいてくれたので首が繋がったようなもの。風間も心が大事にしないもので、動きようがなく眞澄へ灸を据える形で終わったのだ。
組としてはあの件があった分、大きな動きはしたくないのが本音だ。
信次は自分に極道としての裁量がないことは、重々承知していた。なら、この組を今の地位のまま眞澄に引き渡すために、荒波を立てぬようにしておくのが利口だと考えている。
大きくするにも今のご時世、極道は少しの行動で首を絞める事となるのだ。ましてや仁流会から弾き出されたら、どうなるのか分からない。
「とにもかくにも、眞澄も頭に血が昇ったらなんをしでかすんか分からんさかい、あんまり過ぎた真似せんことや」
釘を刺して言うと、久佐子は何も言わずに立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
ああいうとこ、そっくりやなと眉尻を下げる。
小さい頃から眞澄は久佐子に厳しく育てられた。甘える事を許されず、常に強くいることを求められた。
それは、自分のようにならないためだろうかと訝しんでしまうが、それも分かる気がする。
信次も思うのだ。鬼塚の血を濃く引いてくれてよかったと…。

「あんた、久佐子はんにあへんな口利いたらあかんえ」
帰りの車の中、後部座席で京の街を眺める眞澄に御園が言うと、眞澄は返事をすることなく舌打ちをした。
「あのババア、何回ワシを嵌めたら気が済むんじゃ」
「まぁ、今回は久佐子はんも悪いけど、あへん怒鳴りつけたりせんようにせな」
「今にも掴み掛かってこん勢いやったんは、ババアじゃ」
ほんまに、この子にしてあの親やわと御園は眉尻を下げた。久佐子ももう少し上手い事、眞澄を扱ってもらわないととばっちりを受けるのはこっちなのにと息を吐く。
ふと、人ごみの中、小さい子供を肩車する父親の姿が目に入った。その子供の隣では母親らしき女性が笑みを零して、大はしゃぎの我が子をそれこそ菩薩のような目で見ていた。
「あんたは、甘え下手やさかいねぇ」
「ああ!?」
「まぁ、それがかいらしいトコでもあるんやけどな」
フフッと笑うと、眞澄は訳が分からないという表情を見せたが、御園はそれ以上は何も言わずに眞澄の手をギュッと握って車窓からの景色を楽しんだ。