花の嵐

花series second2


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学校の体育館より少し大きい車庫は、そう呼ぶには大きく立派だが、中に収まっているプレミアが付きそうな高級車を思えば些か見劣りしそうな外観だ。
ショールームのように壁に強化ガラスを埋め込み、それをスポットで照らす。二階部分は屋敷に見合うように白い壁で囲み屋根は瓦。一見すると蔵のようにも見える。
普段使う車はその建物の地下駐車場に停め、一階は滅多に乗らない、もしかすると最後まで乗らないかもしれない心の車の展示場のようなものだ。
史上最高の娯楽。そう呼ぶに相応しい、愛でるだけの車達も多い。
成田はふーっと息を吐いて、その建物を見上げた。一般客相手のショールームという訳ではないので、建物を照らす灯りは非常灯だけのはずだ。
だが一階のショールームの奥に灯りが見え、成田は磨き上げられたガラス越しにそこを覗きながら入り口に向かって伸びる石畳の上を歩いた。
建物の少しだけ奥ばったところにある黒い鉄の扉の前に立ち、パンツのポケットからキーを取り出すと扉横のガラスのディスプレイに指を押し付けた。ピピッという音がして、そのディスプレイに9個の番号の配列が現れる。そこに暗証番号を入力して、その横の鍵穴に専用の特殊キーを差し込むとようやくロックが解除される。
何とも面倒極まりないが、これも致し方ないこと。このショールームにはまた別の顔があるのだ。それは同期の高杉が管理する、所謂、武器庫だ。
ショールームの奥、二重構造された建物は壁の奥に部屋がある。そこにどこの国に戦争に行くのかというような数の武器を眠らせていて、武器マニアで武器管理を担う高杉はそこに大抵居る。
高杉のための要塞のような車庫兼武器庫は、厳重なセキュリティの元、心の塒の傍らに鎮座しているのだ。
「雨宮?」
ガレージに声が響く。すると奥から声が聞こえ、そこへ向かうとガレージの奥にある事務所のドアが開いていた。
覗き込めば、数多くのモニターや危機が並ぶ部屋で雨宮がパソコンを弄っていた。
「お疲れ。あー、高杉は?」
「さぁ?奥じゃないですか?あの人、俺とは口きかないし」
「…もう」
どいつもこいつも。と、言いそうになる。
高杉の武器知識並びに戦術能力は、それを仕事にして海外に行けばいいのにというほどに優れ、ずば抜けている。海を渡れば日本の様な煩わしい法律も規約もないし、国家が関与していない特殊部隊すら存在する。
高杉には日本の、この小さな要塞でいつ使うか分からない武器を眺め収集するなんて、つまらなくして仕方が無いんじゃないかと思う。
だが、高杉には大事な部分が欠落していた。
海外で暗躍するにしても国内で暗躍するにしても、必要不可欠なコミニュケーション能力だ。
自分が興味、並びに関心がない人間とは口も利かない目も合わせないのダメっぷり。その徹底さは関心するほどに妥協がなく、揺るぎもないが仕事がし難くて仕方が無い。
成田や崎山等は同期というのもあって口を利くが、橘なんて何年も一緒に居てここ最近になってようやく相手にされるようになったという始末。それでも返事が稀にある程度という悲惨さ。
雨宮には興味が沸かないのか存在無視。もちろん崎山に一目置くようなこともしないので言うことも利かない。
とりあえず、大問題児だ。
「なんかあったんすか?」
雨宮が煙草を銜えながら、椅子に深く座って成田の方を見ずに言った。
とりあえずコイツも問題児なんだよなと思いながら、崎山の命令を利くのだからまだマシかと思う。
「成田さん?」
「あ?ああ、組長。組長がな、ちょい気ぃ付きかけなんよなぁ」
「ははっ…。野生の勘?」
「笑い事ちゃうし。どないしたもんやら」
「あー、明後日くらいには新聞に載りますから」
「は?なにが。お前が?」
「なんで。違いますよ。昨日解体屋と会ったんです」
目付きの悪い目で睨まれる。普通に見ているだけですと言われても、そうかと思えないほどに悪い目付き。
新聞の一面でも三面でも載ってても、納得しそうよ?とは言わずに成田も煙草を取り出した。
「作業入ったってこと?」
解体屋。名の通り、”解体”専門の連中だ。
だが鬼塚組組員でも裏鬼塚の人間でもない。その素性はやはり不明で、管轄は言わずと知れた崎山だ。
「まぁ、俺も作業に入ったっつーことしか、知らねぇですけど」
「どこの組?何かしたんか?」
「さぁ?解体屋は言われるがままだし、俺はご存知の通りバーテンなんでね」
雨宮はそう言って笑った。
裏から外れて前線から退いたお仕置きの状態を気に入らないというよりは、どこか楽しんでいるようだ。
そう思えば、目付きは相変わらず鋭いが表情は少しばかり柔らかくなった様な気がする。良い傾向と言うべきか否か。
「それ、なんや」
成田は雨宮が弄っているパソコンに目を向ける。
車のエンジンやコンピューターの扱いなら誰よりも優れていて、バラバラのエンジンを組み立てる技術も持っているものの、車から離れてしまうとそれはもう話にならないほどに使えない男に成り下がる。
コンピューターだって、エンジンに繋げてそれを調整するためならば抜きん出る才能を持ち合わせているのに、それが違うものに繋がればもうお手上げだ。
なので、今、雨宮が見ている画面も何だかよく分からない。
モニターだって何故か四つも五つもあるし、それぞれ画面に映し出されているものが違う。パスワード入力画面のものや、解読不可能の文字の羅列などだ。
「あれ?成田さん、初めてでしたっけ?これはね、このボタンをクリックしたら…」
首を傾げる成田を見て、雨宮がマウスを動かしボタンをクリックするとパッと画面が切り替わった。
少しの人通りと車の往来。見覚えのあえる駅の入り口。モニターが四分割になっていて、それぞれに様々な場所が映り成田は眉間に皺を寄せてモニターに顔を近付けた。
「は?え?…これ」
「そうそう。これがこの屋敷の最寄り駅で、これはその二個向こうの道路。あ、これは駅の横のコンビニ」
「え!?防犯カメラ!?」
「知らなかったんすか?橘さんがハッキングしたんっすよ。駅の防犯カメラのサーバーに、コンビニのサーバー。何でもデジタル管理ってのも、色々問題じゃね?って感じっすよねー」
橘がハッキング!?熊男、侮りがたし!!
「すげぇ…」
「まだまだあちこち、好きなとこ見れるからね。便利っすねぇ。最先端万歳ー」
感情のない棒読みで雨宮が言う。
何だそれ。気に入らないのか?
「え?盗撮なんて犯罪よ!みたいな反論しちゃう?プライバシーの何とか!!って大事にしてまうタイプ?」
「は?プライバシー侵害?諜報専門の俺にそれ言いますか。いや、別にプライバシーなんて、どーでもよくないすか?今は暴きたい放題でしょ。ただ、こんなんに掛かる魚ならつまんねぇなぁって思って」
「はぁ?俺は、こんなんに掛かる魚がええわ」
姿の見えない敵ほど息苦しく辛いものはない。いや、姿があってもなくても、余裕で構えておける敵なんて居ないのだ。
「早く、機嫌直らんかなぁ」
成田は息を吐いて、デスクに腰掛けた。

「お前はね、忍耐と敬う心を持て」
「あ?」
部屋に入ってきて開口一番言い放った静の言葉に、心は空を仰いだ。
「…あかん、意味分からん。なんや」
いきなり部屋に入って、訳の分からない事を胸を張って言われても困る。残念ながら、人よりも心情を慮るという能力に欠けているらしいので、静の言いたい事を汲み取ってやる事は不可能だ。
「敬え!」
ソファに座った心は目の前に仁王立ちする静をじっと見つめ、やはり分からないとそっぽを向いた。
「あー!もう!この馬鹿たれ!成田さんだよ!」
「はぁ?」
「お前さぁ、自分の性格の面倒くささ分かってんの?超俺様主義。どうせムカつくことあったり、思い通りにならねぇことあったら面倒くせぇって言って話してやらねぇんだろ!」
大正解。どこで見てたんだ?いや、成田がチクったか?と心は煙草を咥えて弄ぶ。それを静が取り上げた。
「お前さぁ、捨てられちゃうよ?組の人達に」
「捨てられたら、静が拾え」
「うち、大型猛獣飼育禁止なんで」
「なんやそれ」
真顔で言われても困る。いつから大型猛獣扱いだ。
「やて、あいつら何や隠しとる」
「…は?」
静は蛾眉を顰めて心を見下ろした。
何だ、ちょっと事情が違うじゃないかと心の隣に腰掛けてみる。もちろん煙草はテーブルに放り投げる。
心はそれを名残惜しそうに見て、諦めたようにソファに寝転がった。
じっと座ってられない病気かと呆れるが、今に始まったことではないので放っておいた。
「ね、隠してるって?」
「まんま。隠してる。絶対な」
「思い過ごしだろ?それか、お前に報告義務がないことかも?」
「ま、どーでもいいけど」
「うわっ!不貞腐れてるよ!コイツ!」
「ああ!?」
静には効果が一切ないが、とりあえず睨んでみせた。勿論、他の人間ならば震え上がりそうなそれを、静はふふっと笑って転がる心の膝を叩いた。
「いいじゃん、いいじゃん。別にさ、心に何かしてやろうって目論んで、隠しごとしてるとかじゃないんだから」
「何でそう言い切れんねん」
「みんな、ちゃんとお前のこと考えてるよってこと」
静はフフッと笑って、テーブルに投げた煙草を拾うと心の元に行ってその唇に咥えさせた。
「火、点けますか?」
「お前やったら煙草やのうて、俺の前髪焼きそう」
「そんな性悪なことしねぇ!」
ぱちっとその長い前髪を指で弾いて、舌を出す。
先ほどまでイライラしていたのが嘘のようになくなって、心は静の柔らかい髪を撫でた。
「じゃ、他のサービスしてもらおうか」
「は?」
心は徐に起き上がると煙草をテーブルに転がした。そして何をする気だと訝しむ静をひょいと米俵の様に抱えあげた。
「うわっ!ちょ!待て!!どこ行く気だ!?…あ!まさか!」
「風呂」
「いや!待て待て待て!アホ!バカ!嫌だ!」
「落とすぞ」
長身の心に抱え上げられると床が遥か遠くに見え、静は思わず心にしがみついた。
心はそれに気を良くして広い部屋の中、風呂に向かって歩く。
大きな屋敷は天井が高く、抱え上げられた静が天井に頭を打ちつけることはない。だが欄間は別で、天井に比べるとだいぶと低い位置にある。心は静が身体をぶつけないように身体を下げ、そのまま風呂場の格子戸を開けた。
「おい!ちょっと!!」
静は心がどんどん、浴場へ突き進むのでその硬い背中を叩いた。
「ちょ!止まれよ!」
「は?なんで」
いや、風呂に入るんだろ?静の認識が正しければ、風呂に入るには身に付けている衣服を脱ぐということをしなければいけないはずだ。
だが心はスーツのジャケットを脱いで、肌触りのいいシャツとスラックス姿。静もシャツとスラックス。店の格好のままだ。
「ま、それは今度」
今度ってなんだ!心はそう訳のわからないことを言いながら、担いでいた静を横抱きした。所謂、お姫様抱っこ。
ハッとして周りを見渡せば、天井も周りも見慣れた浴場。お湯の注がれる音も聞こえ、湿っぽさが頬を撫でた。
「ま、待って…ちょっと」
静はぎゅっと心のシャツを力一杯掴んだ。その静の必死さに心が口角を上げて、ニヤリと笑う。
年相応、よりもまだ幼く見えるほどに悪ガキの顔になった心に、静は青くなった。
「いやいやいやいや!待って!」
離すものか!と必死にシャツを掴む静の手を、持ち前の瞬発力と高い格闘能力で容易く外すと、静の身体はあっという間に宙に舞った。
バタバタと漫画の一コマのように手足をもがいても後の祭り。人間は、重力には逆らえないのだ。
静の軽い身体は、あっという間に檜で出来た浴槽に吸い込まれた。
派手な水飛沫があがり、だがダイブするには浅い浴槽で肘を打ち、静は顔を上げた。
「ぃ…ったー!!てめー!」
一人で大騒ぎの静を笑う心の腕を素早く掴んで、静はその腕を力一杯引き寄せた。
「うわっ!アホ!」
「うわ!!」
バランスを崩した心の身体が、まさか静の上に降ってきて、静も悲鳴を上げる。だがそれは響くことなくまた水に飲み込まれた。
「いってー!!」
お湯から這い出て声を上げたのは、意外にも心だ。静の上に降ってきた心は、静の頭に頭をぶつけるハメになった。
頭突き合いで負けたことのない心に悲鳴を上げさせた静は、けろっとして笑った。
「俺、めちゃ石頭なの」
「石頭のレベルか?コブんなるやろーが」
心はぶつけた場所を擦りながら、身体に纏わり付くシャツを脱いで、浴槽の外に放った。
「俺が悪いのか?悪いのはお前だ、馬鹿」
静も同じようにシャツを脱ぐ。
どうせ風呂に入るなら、服は脱いで入りたいものだ。服を着たままなんて、ただの罰ゲームだ。
すると静の柔腰に腕を回した心が、その白い肌に舌を這わした。
「うわっ…おい!」
「サービスしてくれんねやろ」
煙草に火を付けるサービスだよ!と我鳴りたかったが、そういう行為に不慣れな静はすぐに崩れて、心の肩にしがみついた。