花の嵐

花series second2


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「で?爆弾の種類は?」
彪鷹に問われ、相馬は思考を戻した。そして、それは…と口にしかけたとき、ドアがノックされ高杉が入ってきた。
タイミング良く、という絶妙さだ。高杉は軽く頭を下げるとドアを閉めた。
「分かったのか?」
相馬が声をかけると、高杉は片方の口の端だけを上げてみせた。
「Composition C-4。形はね。でも、実際は軍用プラスチック爆弾のなり損ないですねぇ」
高杉はそう説明すると手に持った書類を掲げた。
「なり損ないっていうかC-4もどきってやつですねぇ。火薬も減らしてるし、発火装置も自前。笑えるのがコードまで銅線むき出しの雑な作り」
「せやから、まだ被害が少なかった?」
彪鷹は高杉がテーブルに置いた書類を眺めた。火薬の種類から量から、その形状の図面までが詳細に書かれてある。
さすが武器マニア。短時間でよくもここまで分かるものだと関心した。
「被害は少なくありません。舎弟は1人死にましたし、5人が重体です。指や鼓膜を失った者も居ますし、佐々木も入院してますから」
相馬はそう言って、厳しい顔をしながら息を吐いた。心は相変わらず椅子に深く腰掛け天井に昇る吐き出した煙を眺め、ぼんやりとしているようにしか見えない。
すると何かを思いついたのか、ゆっくり上体を起こすと足を下ろし、デスクの上の灰皿に煙草を押し潰した。
「…高杉ぃ、C-4ってことはや、どこかで起爆スイッチを押したアホがおるってことか」
心はそう言いながらニヤリと犬歯を見せて笑い、高杉もそれと同じ様に笑った。
それを見た相馬は逡巡し、そして指を鳴らした。
「高杉、橘に付近一帯の防犯カメラの精査。成田には宅配業者の調査。何もかも吹き飛んでるけど、あの時間の前後に配達してきた業者をあたれば、伝票が回収出来るだろう?」
「了解」
高杉は軽く頭を下げて、部屋を出た。そして面白くなってきたと生き生きとした顔をして、長い廊下を闊歩しだした。
「まぁ、伝票が見つかったところで、ご丁寧に我がの住所書いとりゃせんわ。そこは期待薄やけど、橘の防犯カメラやな」
彪鷹は、うーんと伸びをしながら言った。確かに伝票は出てきたらラッキーくらいのものだ。
だが防犯カメラは違う。昨今では警察でさえも、それ頼みなところがあるし、それが確証となるときも多くある。人の見た聞いたより確実な、動かぬ証拠。
少しずつ、この無謀な挑戦を犯した者へ近付いている高揚感から、相馬は笑みを零した。
「まぁ、どっちにしても派手な挑戦状ってことには変わりないし、お前は大人しいしとれよ」
「そんなどこの誰がやったんか分からんようなもんに、動きようがあらへんやろ」
心は呆れたように言った。だが、ほんの僅かなことでも、何かを感じ取り動き出すのが心だ。
この襲撃があの写真と関係がないわけではない。むしろ繋がっていると考えるべきことだろう。
ならば些細なきっかけで心が動き出してもおかしくはない。いつまでも隠し通せるほど、甘い男ではないということだ。
「彪鷹さん、ちょっと来週の会合の件で、少しよろしいですか?」
「え?俺がまた行くん?」
「この男に行かせてもいいんですが…」
「どうせ、明神やら眞澄も来るんやろ。モメてもよけりゃ行くけど」
心は喉を鳴らして笑い、相馬を見上げた。相馬は、ほらね、という顔をして彪鷹に笑みを見せる。
「とのことですので、彪鷹さんにお願いしたいんです」
「へーへ、さいですか」
彪鷹は渋々立ちあがると、相馬と共に隣の部屋へ移動をした。
そこは立派な応接セットとビクリともしなさそうな見事な書棚があり、壁には見覚えのある絵画が飾られていて彪鷹はそれを見て指を鳴らした。
「あ、これ知ってるわ。お前の趣味?」
「いえ。それは上納金の一部みたいなものですね。ここはよく客人を迎えるので、一つのアクセントとして飾ってるんですけど。私はあまり好きではありませんね」
相馬はソファに腰かけると、ゆっくりと足を組んだ。
「ま、俺も絵は分からんけどね」
言いながら、相馬の向かいのソファに転がろうと思ったが一人掛け用が隣同士に並べられたそこは、彪鷹の長い身体には狭く、仕方なく普通に腰かけることにした。
「カウントダウンが始まっています」
「は?何の?」
「及川の元に送られている写真ですが、カウントダウンが始まった写真が送られるようになってきました」
「え?またあいつ来たん?」
「いえ、来てません。そう報告を受けました」
「…ああ、そうなん?」
内通者を飼ってるというわけかと、彪鷹は恐れ入ったと笑った。
「カウントダウン。今日のこと?」
「いえ、あのカウントダウンに意味があるとすれば、今日ではありません」
へーと言いながら、彪鷹は煙草に火を点けた。
こういう派手な襲撃は先代のとき以来だなと、昔を思い出した。
平和ボケした国内で、ここだけが死ぬか生きるかの物好きな生き方をしている。まったく物好きだよなと自嘲した。
「うちの愚息には、まだ死んでもうては困るってな。まぁ…俺も担いだ神輿の主が2度もおらんようになるんは、目覚めが悪いなぁ」
「カウントダウンに意味があるとすれば、もうずぐそこ、という話になります。この爆発もそうですが、彪鷹さんも気をつけていただきたい」
「あ?俺?俺は別に」
「あなたに死なれると、鷹千穗さんの鎖が外れますよ」
「はは、そりゃ死んでも死にきれんか。で、お前はどこやと思うてるわけ?」
「それは私にもわかりかねます」
相馬はそう言って、目を細めた。
自分の中で確たるものになるまでは、口にしないつもりか。全く検討がつかないわけでもあるまいし、少しでも情報を共有しようっていう気はないわけだ。
喰えない男だと彪鷹はわざとらしく唇を尖らせて、拗ねた顔をした。
「お前、本当に性格悪いよな」
「失礼ですね、言う相手を選んでるだけですよ。ここかもしれないと曖昧な情報を渡すと、彪鷹さんがそこへ乗り込む可能性があるじゃないですか。親子で待てが出来ないですものね」
俺は犬か!と思いつつ、確かに白黒ハッキリ今直ぐにつけたいのは、彪鷹も心も似たところ。だがそれが男ってものだろう。
「ま、俺は俺で洗わせてもらうから、お前はあのアホの首に鎖付けて見張っとれ」
彪鷹は冗談のつもりで言ったが、相馬は当然でしょうと真剣な顔で返した。

「駅前、コンビニ、本屋。あと、そこの、それ」
屋敷のガレージ兼高杉の武器庫となる場所の事務所で、橘は熊の様な手を器用に使いながらキーを叩く。その隣でモニターを覗き込む成田は、タブレットで地図を見ながら橘に指示を出していた。
数台のモニターが映し出すのは、爆発物が運ばれたであろう時間の数時間前の近辺の防犯カメラの映像。駅前からビルまでの道のりにあるコンビニや書店の防犯カメラに、ビル周辺に仕掛けられた防犯カメラ。情報もありすぎると辛いなと、成田はモニターを観ながら思った。
立地条件も良いビル周辺は、平日の昼時ともなると人通りも多く車通りも多い。鬼塚組の関連施設だと知らない一般人も多く、警戒する事なく周りを歩いているのが日常のようなものだ。
「どんな箱やったんやろ、それ分かったら、もうちょい絞れたのにな」
「高杉は、そんな大きな箱じゃないはずだって言ってたよ」
橘も映像を操作しながら目を凝らすが、さして怪しい人物は居ない。普段となんら変わりない様に見えた。
「止めろ!!」
「ぎゃん!!!」
ドンッと背後から背もたれを蹴られ、橘が犬が鳴いた様な声を上げた。もちろん背もたれを蹴り上げたのは、二人の様子を後ろで観ていた崎山だ。
「なんやねん」
「そこ、3番モニター、アップしろ!」
「え、えええ、」
橘が慌てて操作すると、崎山は巨体の橘を押し退けた。
何事だと成田もモニターを見るが、二人の男がトラックから荷を降ろしているところで何も妙なところはない。ビルに荷物を運んでくる運送業者で、成田も見た事がある。だが崎山はモニターを食い入る様に見ると、指でそれを叩いた。
「ね、これクリアにしてよ」
「え、ああ、あ、えー、はい」
落ち着け、橘。そう言いたいほどに橘が挙動不審になりつつある。ここで失敗したら、殺されるぞ!と橘を見守った。
「クリア…これが限界…だよ?」
俺の技術のせいじゃないからねと付け足したいようだが、そんなことはもう崎山にはどうでもいいようだった。モニターを凝視する崎山の眼光は鋭く光り、その怒りが滲み出ていた。
「どないした」
「この、クソ野郎…」
崎山が口汚くなるときは、相当頭にきているときだ。橘はしれーっと崎山からゆっくりと距離を置く。相川が居ない今は、八つ当たりされるのは間違いなく自分だと思っているようだ。
「相川呼べ」
え?八つ当たりするために?と冗談を言える状態じゃないなと、成田はスマホをポケットから取り出した。

舘石はトラックに今日運ぶ自分の担当エリアの荷物を積み込み、手に持った伝票とその数を確認していた。
高校を卒業して、そのまま学校斡旋でこの会社に入社した舘石は、自分ひとりで気ままに出来るドライバーという仕事を気に入っていた。
たまにイレギュラーなことに対応しなければいけないときもあるが、それ以外は好きな時に休憩をして好きな時に動ける。時間を作りたいときは午前中に運べるものは運んでしまって、午後に時間を作ることも可能なのだ。
初めは時間の調整がうまくいかず1日中走り回ることもあったが、ここ最近はかなり時間の調整ができるようになってきた。
「じゃあ、行ってきます」
配車担当に声をかけて、事務所の横にある自販機でコーヒーを買う。日課のようなこれをしてハンドルを握ると、舘石の1日が始まる。
舘石が担当するのはオフィス事務所ばかりだ。個配はほぼ担当せず、企業相手というのは結構ありがたい。
訪ねて行っても留守ということもなく、帰ってすぐに再配達を申し込まれることもない。エリア替えで一番怖いのは個配担当にされたときだなと、先輩がぼやいていたがまさにその通りだろう。
会社を出て一つ目の信号を右に曲がり、そのすぐ先で見えてきた信号で停まる。一軒目はどこだったかなと思っていると、反対車線に停まった車に目を見張った。
「うわ、S63 AMG 4MATICじゃん。カネモってマジでいるんだ」
限定台数42台の2500万円の最上級高級車。あんな富裕層のためだけに造られた外車にお目にかかれるとは、今日は何かいい事があるかもしれないと思いながら青になった信号に合わせてアクセルを踏み込む。するとその車とすれ違って、何気にサイドミラーを見ると何故かUターンをしてトラックの後ろにピッタリくっついてきたのが見えた。
「あれ?あー、マジ?やべぇ、見すぎたかも」
思わずガン見してしまったが、あの車、フルスモークだった。そうだ、ああいう車を入手出来るのは富裕層ばかりではない。
人の生き血を吸って、弱味に付け込むことを生業にしている者たち。しかも資金集めが難しくなった今でも、羽振り良く活動できるだけの力のある大きな組織。
「いや、たまたま。たまたま」
舘石は空笑いをしながら、だが、アクセルを踏む足に力が籠った。どうしよう。上司に電話、先輩に電話。と思っていると、ファンっと高いクラクションが鳴った。
ハッとして隣を見ると、S63 AMG 4MATICがピッタリ横並びになっていたのだ。
「うわ!」
思わず声が上がる。たまたまなんかじゃなかった!と後悔しても遅く、開くなと思っていたウィンドウがゆっくりと開いた。
左ハンドルの車。運転席に座っていたのは、若く、だが、恐ろしいまでに目つきの悪い男だった。男は人差し指で来いとジェスチャーをしてみせる。舘石はそれに頷くしかなかった。

車は今は使われていない工場の門を潜る。その門はやはりそれと分かる男たちが門番よろしく立っていて、2台の車を招き入れると地獄の門を閉めるようにゆっくりと閉めた。
大きな工場の建物の中まで入ると、前を行く車がゆっくり停まる。舘石もそれに合わせてブレーキを踏んだ。
心臓が早鐘を打つ。心臓が悪い人間なら、心臓発作で死んでもおかしくない。幸い舘石は健康優良児なので脂汗を掻くくらいで済んではいるが、このままどうなるのかと思うとショック死くらい出来そうだ。
ゆっくりと助手席のドアが開き、スーツ姿の男が現れた。ハンドルを握る男とは違い、どこか軽く見えた。だが、その出で立ちは舘石の友人たちの中に居る、ちょっとヤンチャな連中とは比べ物にならないほどの本物ぶりだ。
舘石はどうしていいのか分からずにいたが、男が手招きしたので渋々、運転席のドアを開いた。そして降りようとして、身体が動かずずり落ちかけた。シートベルトを外していなかったのだ。
どこまでテンパってるんだと自嘲して、もうここまで来たら腹を括ろうと大きく深呼吸した。
「ごめーん、仕事中。お、でっかいなー、お前」
降りてすぐ、馬鹿みたいに軽い調子で言う男に拍子抜けした。サングラスを外した男は、埃っぽいだのなんだの文句を言って、トラックの後ろに貼られたドライバー指名の書かれたプレートを見て首を傾げた。
「なーなー、これ、舘石なんて読むん?」
「あ、千虎 ゆきとらです」
「マジで!つよそ!!っぱねぇ名前だな。あ、俺、相川ね。よろしく」
サッと出された手に、おずおずと手を出して握り、ただの軽い男ではないことを思い知る。その潰れた拳と硬い掌。全てがそれを物語っていたからだ。
「あの、何か…」
いちゃもんを付けられるのではないような、そんな雰囲気に舘石はどうにか声を絞り出した。
「ゆっきーさぁ、昨日さ、ここに荷物運んだでしょ?」
相川はスマホで地図を映し出すと、舘石の目の前にそれを出した。舘石はそこに映し出された住所に、ああ、と頷いた。
「ここは俺のルートなんで、ほぼ毎日。あ、でも今日は荷物ないですけど」
「うんうん、そうでしょうそうでしょう。荷物、止めてるからね」
「あ、はぁ…そうですか」
としか言いようがなく、舘石は頭を掻いた。次の瞬間、殺気を感じ、ハッとした。シュッと風を切る音と顎に鋭い痛み。寸でのところで避けた拍子にバランスを崩して、館石は2、3歩後ろへ下がった。
「なかなかの瞬発力」
相川はぷっと笑って、握った拳を解し始めた。
「ちょ、ちょっと待って!なに!?」
顎がひりひりと痛む。触ると、ぬるっと滑る感触。手を見れば、鮮明な血が付いていた。相川の拳は、風だけでなく、館石の顎も切り裂いていたのだ。
「あれ?パンピーなの?」
「ぱ、パンピーって、当たり前じゃん!何!?意味分かんねぇ!」
「あれれー?雨宮ぁ、何か違うー!」
相川が叫ぶと車から雨宮が降りてきた。ハンドルを握っていたあの男だと、真打ち登場に館石は身構える。
「だから、違うって言ったっしょ。ば…」
「あ!今、俺のこと馬鹿って言う感じ!?そんなんで止めたよね!?ねぇ!?」
「ちょっと黙って。えーっと、館石さん?悪いね。この男、知ってる?」
雨宮は我鳴る相川を押し退けると、写真を一枚掲げた。荒い画像。何かを拡大したものをプリントアウトしたような、その写真に写る男に館石は見覚えがあった。
「あ、3日でバッくれたオッサン」
「バッくれた?」
「そうそう、横乗り…、バイトで入った人間は横乗りっていって隣に乗っけて研修受けさせるんだけど、このオッサン3日で飛んだ。ま、端っからやる気なさそうだったけど…。今日は連絡なしだし、ケータイ繋がんないって所長がキレてたもん」
「他に、なにか覚えてねぇ?」
「他に?」
館石はうーんと唸って、靄がかかりかけた記憶を必死に呼び起こす。
横乗りほど面倒くさいものはない。年が近い相手ならまだしも、相手の男は館石よりも10は上に見えた。会話らしい会話も出来ず、だが館石の対応が原因で仕事を辞められるのは後味が悪い。そのために必死に相手をした覚えがある。
「あんまり、喋んない人だったし、俺もそんな喋んないし…。仕事の仕方教えたりくらいしか」
「容姿は?」
「年はー、ここんなかで一番上になるんじゃない?あ、腕に派手なケロイド痕があった」
「ケロイド?」
「火傷っぽいけどね。まぁ、あんまジロジロ見ていいもんじゃないし、袖口から見えたくらいで、すぐ隠しちゃった」
「へぇ…。そいつ、名前は?」
「佐野」
「え?」
「佐野 心」