花の嵐

花series second2


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「よぉ…」
仕事が終わり、裏口から出た静を向かえたのは伝説の人、ではなく雨宮だった。
「あれ?橘さんは?」
「仕事。俺と交代。何か変わった事なかったか?」
「何か…。特にないけど雨宮さん目当てのお客さん、相手したよ」
「は?俺?」
雨宮は首を傾げながら運転席に乗り込むと、スロットルを回した。重低音のエンジン音が静かな夜の街に響く。
静は助手席に乗ると、ポケットから名刺を取り出した。
「えーっと、進藤まさおさん」
雨宮はその名刺を受け取ると、裏と表を何度か見てサンバイザーに差し入れた。
「何か言ってたか?」
「怪しい人じゃないよ。星さんのファン?お客さんなんだって。でもお酒がスゴく好きで、雨宮さんとお酒の話したいんだけど、いつも逢えないなーって」
「ふーん」
短い返事には、どこか疑心が混じっているように見えた。誰でも彼でも悪人じゃないぞと言いたかったが、裏世界に浸ってしまうとそうなってしまうのか。それは少し悲しいことだと感じた。
「ねぇ、雨宮さんって星さんって人に逢ったことある?」
「は?あるに決まってるだろ」
「ええ!?なんで!?俺、知らない!!」
「俺も星もバーテンダーだもん」
何それ、どう関係あるの…。ぽかーんとする静に、雨宮はぷっと笑った。
「酒とか新しいのを早瀬さんが入手してきたりすると、試飲したりするんだよ。あいつ、酒に詳しいっていっても嗜好が偏ってるから」
「そうなんだ、ふーん。そういえば、進藤さんが星さんって綺麗な人って言ってたなぁ」
「綺麗?ああ、元ホストだから顔はいいんじゃね?あいつ目当ての客も多いし」
「え!?元ホストなの??」
「らしいぜ。俺もあんまり詳しく知らねぇけど、女に刺されて辞めたらしいぜ」
「ちょ、っと…」
それは要らぬ情報。まだ見ぬ星のイメージがガラッと変わった瞬間だ。
「変な奴だけど…っ!!」
キーっと耳を劈く音と身体が前にのめり出す感覚。急ブレーキをかけた雨宮は、咄嗟に静の身体を片手で押さえた。
「この、ヘタクソが!」
前を見ると、大きなワゴンが割り込んできていた。急な車線変更をしてきたせいで、雨宮は急ブレーキを踏んだのだ。
黒いワゴン車の後部座席から顔を出した男は、品のない男だった。痛みきった髪が風に靡いていて、静に向けて中指を立ててきた。
「雨宮さん、道、変えよう」
嫌な予感がすると、静が雨宮の服の袖を引っ張った。
「クソガキが」
雨宮がバックミラーを見ながら、チッと舌打ちをした。それに静がハッとして周りを見ると、三車線の真ん中を走る雨宮たちの車の左右を同じような車に挟み込まれていた。
そして後ろを見ると、やはり同じようなワゴン車が居て、雨宮たちは囲まれた形になっていたのだ。
「え?ちょっと…なに、」
「最近、外車狙いのチーマーが増えてんだよ。やべぇな」
右にも左にも、いうなれば強制的に前の車の後を付いて走るしかなく、雨宮は爪を噛んだ。
まさか静を乗せている今、こんな連中に絡まれるとは。そもそも本当に外車狙いのただのチーマーなのか。
組が微妙な時期であるからこそ、それだけではないような予感に雨宮は苛立って窓を開けた。
「おい!退け!!」
雨宮が叫ぶと並列する車の窓ガラスが開いて、やはり品のない男が顔を出した。口と鼻にピアスをして、下品な笑みを浮かべ雨宮達に向かって中指を立ててきた。
「黙ってついてこい!ボケが!!」
男はただ、それだけ言う。これはとっとと話をつけるか誰か呼ぶかと思っていると、車がすーっと停まった。
見渡せば薄暗い工場地帯に連れてこられたようで、雨宮は頭を掻いてハンドルを叩いた。
「あー、もう、クソッ!!おい、出てくんなよ。隙を見てこれ運転して逃げろ」
「え!?やだよ!」
「るっせぇ!!言うとおりにしろ!」
雨宮はそう怒鳴ると車を降りた。それが合図の様にワゴンからぞろぞろと男たちが降りてくる。
男達は全員が同じ刺繍の入った黒い服を着ていて、それに雨宮はふんっと鼻を鳴らした。
「何か用か?」
思ってもみない目つきの悪い長身な男が出てきたからか、男達は一瞬、怯んだ様に一歩下がった。だが気負けしてどうすると、リーダー格らしき男が雨宮の前に立った。
「何か用じゃねぇよ、てめぇ、人のケツ煽ってきやがって!俺等がブラックカースって分かってんのか!」
「…はぁ?」
一昔前の因縁をつけられ、雨宮は呆れた声を出した。煽るもなにも、前に割り込んできたのはそっちだろと。
それにしたって、何、そのネーミングセンス。雨宮はどっと疲れが出た気がして、ボンネットに腰を下ろした。
「で、どうしろっての?」
「土下座して謝れ」
「はぁ?マジかよ」
何、それ。ギャグ?と聞きたい返答に笑いを堪える。別に土下座くらいしてもいいが、それで済まないんだろうなと。さて、どうしたものかと思案する。
「どうすっかなー」
「ああ?どうもこーもねぇよ!ボケが!!」
「じゃあ、俺が土下座したら帰ってくれるわけ?」
「ああ?そうはいかねぇなぁ。やっぱ、謝りゃいいってもんじゃねぇしなぁ。何でも詫びっていうのは形がないといけねぇだろ」
そうなるよなと、雨宮はふーっと息を吐いた。別に車くらいくれてやる。自分のではない組の持ち物だ。
もちろんGPS搭載済みなので、持ち去られたとしても追跡して乗り込んで二度とこんな事をしようと思わないようにしてやるのも親切だ。
如何に無力で無謀な行いをしていたのか、懇切丁寧に教えるボランティアもたまにはいいかもしれない。
「お、なぁ、助手席に乗ってるの、上等なもんじゃん」
一人の男が助手席の静を舐めるように見て、下衆な笑みを零す。それを雨宮は横目で見て、やっぱこうなるよなと空を見上げた。
「あれと、車、置いていけば見逃してやるぜ?」
「いや、あれ、男だけど」
「男でもいいって奴は居るんだよ」
人の性嗜好にケチをつけるつもりはないが、あれが誰で誰のものなのかを考えてほしい。雨宮は大きく嘆息すると、頭を振った。
「車だけでいいだろ。欲出すと、あとが面倒だぜ?」
「ああ?舐めてんのか、てめぇ」
「俺は穏便に済まそうって言ってるんじゃん」
「ふざけんじゃねぇ!この人数見て、もの言えや!!」
リーダー格の男の隣に居た男が雨宮の胸倉を掴んできて、周りが一気に騒ぎ出す。それに雨宮はつくづく呆れた。
普段、”本物”を内偵したりしているせいか、こういう人間に対して恐怖よりも可笑しさがこみ上げる。所詮、小物だ。
「ちょっと、落ち着けよ」
雨宮が淡々としてるせいか、男は苛立ったように雨宮を殴りつけた。さすがに喧嘩だけは数多くしてきたのか、拳はそれなりに重く、雨宮の身体はボンネットに叩きつけられた。
「ってぇ…」
「殺して埋めんぞ!こら!!!」
ふっと鉄パイプを掲げるのが視界の端に見え身体を翻して避けようとした、だがその男の身体に見事な飛び蹴りが入った。
「あー!!!お前ー!!」
声を上げたのは雨宮だ。その飛び蹴りの犯人は静だったからだ。
雨宮が危ないと車から飛び出して天井に登ると、そこから飛び蹴り。顔に似合わず勇ましいその姿に、そこに居た全員が声を失った。
そうだ、すっかり忘れていたが吉良静は足癖が悪く、気に入らないことがあるとテーブルを蹴飛ばすような男だった。心の相手が出来るのだから、それくらいないと困るのかもしれないが、今、その時じゃない…。
「何、人が穏便に済まそうとしてるのに、お前は…」
「なんで?穏便ってなに?これって因縁じゃねぇか。大体あんたらが割り込みしてきて、こっちは急ブレーキ踏んでヤバかったんだ。謝るのは、お前らだろ!」
正論、吉良静は曲がったことが大嫌い。まさにこれ。
誰であろうが間違ったことは間違っていると、堂々と言う。外見に違って、誰よりも男らしい男なのだ。
とはいえ、やはり今はその時じゃない。
「吉良、」
「それに何で殴った?暴力で何でも解決出来ると思ってんなよ!」
ちょっと待て。雨宮は思わず静の腕を引っ張ったが、時、すでに遅し。リーダー格の男はわなわなと震えて、血管が浮き出ている。
そりゃ自分よりも小柄で見た目が女のように愛らしい静に、こうも物怖じすることなく正論を言われれば頭にくるだろう。
だが静は自分の放った言動のせいで殴られるかもしれないと憂懼することなく、というよりも心を相手にしているせいで恐怖の感覚が麻痺してるんじゃないかとも思うが、全く怯むことはない。
そうだ、静は心に逢う前から一人で大多喜組を相手に戦ってきたんだ。チーマー程度の迫力に負けるわけないかと、雨宮は笑った。
「殺されてぇみたいだな」
「ほら!そういうの、すぐ言うだろ!」
「ちょっと、お前、黙れ」
話がややこしさを増すと、雨宮は静の口を手で塞いだ。しかし続けざまに反論され、相手の怒りは頂点だ。
これはどうやって逃げるかと辺りを見回したその時、けたたましいクラクションが突如鳴り響き、後ろのほうに居た男がくぐもった声を出して次々倒れていく。
「な、何だ!」
リーダー格の男は慌てて仲間を掻き分け、後ろの方へ向かうのを雨宮と静は首を伸ばして見た。新たなトラブルか?と思ったが、男達の慌てようがそうではないのを物語っていた。
どうやら全員が思ってもいなかったことが起こっているようだ。
「な、何だ、なに!!」
顔を腫らせた男が、地を這うようにして転がるように逃げてきた。雨宮と静は本格的にこれはヤバイと車に乗り込もうとした、そして助手席のドアを開けようとしたが、それを長い足が阻んだ。
「え…」
「吉良!」
雨宮が慌ててボンネットを滑って静の元に駆け寄る。
今まで相手にしていた男達とは違う、品のあるスーツに甘い香水の匂い。足を辿っていて、雨宮も静も声を失った。
「き、鬼頭眞澄!」
静の身体が強張ったのが雨宮にも分かった。もしかすると静が唯一、恐怖を覚える男なのかもしれない。
だが、なぜこの男がここに…。
「何で、あんたが」
雨宮が静を自分の後ろにやって前に出ると、サングラスをした眞澄は口角を上げて笑った。
「お前は相変わらず、それの子守か。あいつも過保護すぎやろう、ほんに。それでこないな連中に息巻かれて、子守も大変やのぉ」
雨宮達に因縁をつけてきていた男達は、慌てて車に乗り込んで逃げようとしたりと大騒ぎだ。
眞澄はそれを見て、物騒な地域やなと鼻を鳴らした。
「俺、子守りが専門なんで。何ならいつでも出張しますよ?つうか、鬼塚組の島に居るって事は、何か用があるからっつうことですよね?」
「減らず口を。ほんで、助けた礼はなしか。まぁええわ。こっち乗れ」
眞澄は顎で呼んだが、静が隙あらば雨宮の車に乗り込もうとしているのを見て、その腕を掴んだ。
「うわ!離せよ!!」
「あいつの趣味もたいがいやのぉ、ほんま。ええから来い」
ずるずると引き摺られるその姿は、まさに人攫いだ。雨宮は何が起こっているのか整理がつかず、恐らく眞澄の手下であろう”本物”に制裁を加えられているチーマーを横目に眞澄たちの後を追った。

Bentley Continental GT Speed。一族揃って本当に車好きだと思う。そして、眞澄と心の車の趣味は似ている。本当は兄弟なんじゃないのかと思うほどに、色々と似すぎてきる二人だ。
「良い車だなぁ」
呟いて辺りを見渡したが、側近の御園の姿はない。どうやら籠の鳥で飼い殺しているのは今も健在らしい。
本当、人のこと言えた義理じゃないだろうと雨宮は思った。
促されるままに車の後部座席に乗り込むと、すっかり不貞腐れた静が運転席の眞澄を睨み付けていた。まるで尻尾を膨らました猫のようだ。雨宮はその隣に座ると、さて、と肩を竦めた。
「どうして関東に居るんすか?ってか、俺ら、まさか見張られてた?」
「たまたまや。人聞きの悪いこと言うな」
「どーだか。で、今度はあんたが俺らを拉致るの?」
そんな暇な事するかと、眞澄は笑った。
「久々に、あれと話しよう思うてな」
「あれ?組長?じゃあ、俺とか吉良じゃなくて、それこそ相馬さんとかに話しつければいいっしょ。今のこの状況知れば、組長の機嫌が最上級に悪くなりますよ」
「あほやなぁ、お前。それが楽しいんやろうが」
悪趣味…と雨宮と静が思ったことは言うまでもない。
眞澄はゆっくりと車を発進させると、大通りに出る。眞澄と心の違いはハンドルを自ら握る事か。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには弾除けの車が2台。前方にもそれらしいのが数台居る。なかなか厳重な警備だ。
「まさか、そう、なんですか?」
「あ?ふん、お前、あれだけが頂点と思ってんのか。うちと、あとは明神や」
「へぇ、そうなんですか」
「なに?あれって。明神って誰?」
静が雨宮の袖を引っ張る。自分だけ話が見えないのが気に入らないようだが、説明するのも面倒だと雨宮はそっぽを向いた。
「なんや。お前、ほんまに何も知らんのか。明神ちゅうんは、大阪統括長明神組の若頭や」
「え、だって、大阪は風間組でしょ?」
「あれは仁流会会長」
雨宮がうるさいとばかりに静を押し退けて、運転席に首を伸ばす。その背中を静に叩かれたが、それも無視だ。
「そのことで、組長に逢うんですか?先に相馬さんに逢ってつうのはなしですか?」
「あらへんなぁ」
眞澄が笑って、そう断言した。これは取り付く島もないなと、雨宮は携帯を取り出した。
「もしもし、雨宮です。すいません、ちょっとゴタってます」
雨宮はそう簡潔に話をして携帯を切った。それを見て、眞澄はふっと笑った。
「相馬か」
「崎山さんっす」
「ああ、あの神経質そな小奇麗な顔のなぁ。あいつのせいで、未だに通院してる奴居るなぁ」
「それは、そっちがあの人の逆鱗に触れたからでしょ。あの人の唯一のブレーキを壊すからっすよ。つうか、屋敷に組長は居ませんよ。会社、行ってくれます?イースフロント」
「なんや、屋敷やあらへんのか」
眞澄は舌打ちして、ハンドルを切った。