22. Udon

花series Extra Shot


- 2 -

「マジで野郎同士で入れると思ってなかった」
雨宮は大きなベッドに腰掛けて、部屋の中をぐるっと見渡した。
広い部屋にはどうしてここに?と首を傾げる真っ白のブランコが、これでもかと言わんばかりに存在感を醸し出している。
天井には晴れ渡る空をイメージしたような青空が描かれており、このむさ苦しい男二人にはなんとも不似合いだ。
「今ってなにこれ、青姦イメージして作ってんの?」
さすがの彪鷹もその部屋には驚いたようで、何か今時の流行が分からないとオヤジ臭いことを言っている。
「もう一個はSM部屋でしたもんね」
「SMはいいわー、痛いのはかなん。さて、シャワーでも浴びるか。一緒に入る?」
「いえ、俺、腹減ったんで何か食います」
「そう?残念やのー」
冗談なのか本気なのか分からないことを言いながら、彪鷹はスーツのジャケットをベッドに投げ捨ててバスルームに向かった。
申し訳程度の磨りガラスに、服を着たまま中の様子を見る彪鷹が見える。
何もかも丸見えっていうのも多いに問題ありだなと嘆息して、部屋に備えられた冷蔵庫に向かう。冷蔵庫の上のカウンターに置かれたメニューを見ながら、金額設定の高さに笑った。
「極道ばりのぼったくり」
ピラフやピザ、意外に色々とあるものだなと選んでいたが、部屋に持ってこられるのも困るなと冷蔵庫に並べられた菓子を数点引っ張りだした。
取るとカウントされて最後に請求がくるシステムらしく、引っ張りだした分だけカウンターが表示された。
「へぇ、便利」
雨宮はそれを気にすることなくビールも数本、引っ張りだすとようやく冷蔵庫を閉めた。
ベッドの横のソファに腰掛け、壁に掛けられたTVにリモコンを向ける。映し出された女の裸体に表情を変えることなくチャンネルを回してみたものの、面白そうなものは何も放送されていなかった。
AV見ながらの晩酌はどうもなと、雨宮はチャンネルを回し続けた。すると、海外アニメがやっていて、そこでチャンネルを止めた。

「そこはAVやろ、健全な若者は」
軽くシャワーを浴びたのか、思ったよりも早く出てきた彪鷹が、バスローブを羽織って立っていた。
開けた胸元から、相当、鍛えられているなと分かる。筋肉の付き方が心のそれとよく似ている。
顔が似てると、骨格まで似るものなのかなと漠然としたことを思った。
「ああいう演技って萎えるんすよねぇ」
「アホか、女は10人中10人、演技や。玄人も素人も、そこは大女優や」
「ですよねー」
「あっ!お前、柿ピーのピーナッツだけ食うってなによ?」
雨宮の向かいに腰を下ろして、雨宮が引っ張りだした菓子を漁りながら彪鷹が笑った。
「柿ピーの柿つうんすか?オレンジの。あれ、辛い」
「それとピーナツを食うんがええんやんけ。辛いんやったら、ナッツだけの買えや」
「たまに食べたいでしょ」
我儘めと軽く頭をこつかれ、並べられたビールをひとつ取るとプルを引っ張りあげた。プシュッと炭酸の抜ける音がして、それだけで喉が潤う錯覚に陥るのが不思議だ。
「ビールはなー」
「我儘言わないでください。ウイスキーの類はないんで」
「まだ何も言ってへんしー」
本当、何してるんだろ俺、と思いながら雨宮はピーナッツを口に放り込んだ。ラブホテルで彪鷹と二人で酒を飲み交わす。
何がどうなってこうなったと思うが、彪鷹のうどんが食べたいという突拍子もない提案が始まりだ。今更、どうしてなんて考えるほうが無意味だ。
「それ、刺青っすか?」
はだけたローブの隙間、右の腰あたりにそれらしい影が見え覗き込もうとすると、スケベとそれを隠された。
「意外っすね、そういうの入れてないと思ってた」
「今は入れてる奴のほうが少ないかもな。タトゥーだなんて横文字になっちゃって、昔ながらの彫り師も減ったやろ。レーザーとか機械で痛みなく入ってまうんやもんなー」
「背中一面っすか?」
「見たい?」
「っすね」
「じゃあ、シャワー浴びておいで」
「…は?」
刺青見るのに、なんでシャワーと雨宮が首を傾げると、彪鷹がフッと口角を上げて笑った。
「タダで見せれるわけないやろ」
「…あの、未確認情報なんで確認しときたいんですけど」
「はい、どうぞ」
「ゲイっすか?」
「いや、拘りはない」
この親にしてあの子ありというところか。男だろうと女だろうと、自分が良いと思えば生物上の性別に拘りはないと。
「マジ、呆れる。俺は無理っすよ、鷹千穗に殺されたくないし」
「鷹千穗?なんで鷹千穗が出てくんねん」
素っ恍けているのか、本気で分かっていないのか、鷹千穗は関係ないだろうと首を捻る彪鷹を見て雨宮は頭を振った。
「あのねぇ。分かってるんでしょ?鷹千穗の存在を知っている人間は誰でも、彪鷹さんとどうこうなりたいって奴は居ないと思いますよ?特に、俺は鷹千穗、死神の殺しの仕方を知ってるんでね」
「…死神ねぇ」
彪鷹はあっという間にビールを飲むと、もう一本取ってプルを引き上げた。
「それに、近場は面倒っすよ。おまけに野郎同士なんて非生産的でハイリスクノーリターンだし」
「お前、意外にリアリストなんやなぁ。じゃあ、お前の相手は近場やないと」
「俺?さぁ、どうっすかね」
雨宮はやはり表情も変えずにピーナッツを口にして、ビールを流し込んだ。
「鷹千穗とどうこうとか、あると思ってんの?」
「及川警視が鷹千穗を調べた始めた時に、釘刺しに行ったって聞きましたよ」
「そりゃあ、及川君らには知られたくないことだらけやもん。俺ら極道なんて」
「じゃあ、身内の俺には鷹千穗の出生、教えてくれるってことすか?」
そう言って彪鷹を見据えると、彪鷹はフッと笑って両手を広げた。
「あいつの何を知りたいねんな。なーんもない、ちょっと見た目が変わってる無口な子やないの」
見た目どころか、全部に置いて異質すぎるだろうがと彪鷹を睨んでビールを口に含んだ。
「俺、結構あいつと居るんですけど、あいつが喋ったの初めて聞きましたよ。表情が変わったのも初めて見たし、人間って感じたのも初めて。悪気はないっすけど、あいつ、本当に死神って思ってきたから」
「ふーん。ちゅうか、お前ってゲイとかに偏見あんの?」
「え?」
「ハイリスクノーリターン」
「いや、何も別に。俺に被害がなければ」
軽く牽制するとフッと笑われた。それが何だか馬鹿にされたような気がして、ムッとすると、また笑われた。
「急に連れ戻されて、急に若頭とかなった俺の気持ち汲んで慰めてやろうってないん?」
「いや、そういう慰め必要なら、いくらでもセッティングしますよ。選り取りみどりに揃えますから、マジで。それに、野郎がいいなら、俺じゃなくていいじゃないすか」
なんで敢えて俺。と、息を吐くと彪鷹がまだまだやなーと指を左右に振った。
「お前みたいな、男にどうこうされるとか想定外の奴を組み敷くのがええんやろ」
「変態っすね」
つうか、趣味が悪いわと雨宮は缶を握り潰して立ち上がった。このまま酒を飲み続けるのも気が乗らず、薄手のジャケットを脱いでソファに置いた。
「シャワー行くんで、寝ててください」
「お背中流しましょうか」
「冗談でしょ」
今日、数時間で分かったこと。彪鷹は心とは全く違うということ。容姿は似ているし、声色も似ている方だと思う。人の斜め上の行動をすることや言動も然り。
ただ、根っこが同じでも途中から正反対に分かれているようだ。右と左、それくらいに全然違う方向性の二人。
心がしないことを彪鷹がする。だが、彪鷹がしないことを心がする。心はこんな回りくどいやり方をしないだろうし、そもそも、こんな外出は好まない。妙なところで家好きで、籠る癖がある。
だが、彪鷹は何かにつけて外出をすることが多い。じっとしていられない性分なのか、落ち着きがないのか、一つのところに留まるのを嫌っているように感じる。
雨宮がバスルームに向かうと、出入り口の籠に無造作にスラックスが入れられていた。明日、シワシワのスラックスを履いて帰るつもりかと雨宮は壁にかかっていたハンガーを取って、それに掛けた。
磨りガラスの向こうでは、ベッドに移動した彪鷹が大画面TVでAV鑑賞をしている。
「ほんと、シュールだわ」
なんだこれと、一気に疲れが出るのを感じながら雨宮は服を脱ぎ捨て、無駄に広いバスルームに飛び込んだ。

広いバスタブに浸かってぼんやりしていたからか、思ったよりも長風呂だったらしく風呂を出ると広い部屋に女の甲高い喘ぎ声だけが響き、それを子守唄に彪鷹は眠ってしまっていた。
「うるせぇ女」
雨宮はTVを消すと、ほんのりと明るい部屋の照明を消してベッドヘッドのスタンドライトを点けた。キングサイズのベッドは彪鷹が転がっていてもまだまだ余裕があり、雨宮はその隣に腰掛けた。
明日はせっかくのオフだったのに、丸一日潰れそうだなと首を回した。と、彪鷹のローブが開け、逞しい胸板が顔を出しているのが視界に飛び込んできた。
そうだ、入れ墨。まさか入れているとは思わなかった。これもまた心とは違うところだなと、そっと腕を伸ばしてローブを指先で摘む。さっき一瞬見えたそれは、何かの模様に見えた。花のような、何か綺麗なもののような…。
ゆっくりとローブを持ち上げようとしたのだが、それは未遂に終わった。ぐるっと天地がひっくり返り、雨宮の身体は簡単にベッドに沈んだ。
「寝込み襲うなんて、ええ度胸しとるなぁ。さすが、俺の息子を殺てもうたろうって思うてるだけある」
両腕を頭の上で拘束され腹に膝を載せられる。じわじわと痛むそれに顔を歪めて、すいませんと謝罪を試みた。
「どんなの入れてるのかなと」
好奇心ですと素直に言うと、彪鷹が好奇心旺盛なんは足下掬われるでと笑って雨宮の唇に自分の唇を重ねた。
ぬるっと入り込んできた舌に、諦めたように舌を絡めるとじんわりと脳が痺れた。煙草と酒とが混じったキスは女のそれとはやはり違っていて、今更ながら男だよなとどこかで冷めた頭が思う。
くちゅっといやらしい音色が耳を犯すが、まさかこのまま本当にやるつもりじゃないだろうなと纏め上げられた手に力を入れると、それはあっさりと解けた。
「ん…、ちょ…」
自由になった手で彪鷹の固い身体を押すが、やはりビクともしない。少しの抵抗で動いてくれるとは思ってはいなかったが、やり合うつもりのない雨宮は、とりあえず彪鷹が飽きるまでキスに付き合うことにした。
上顎を舐められると不覚にもビクッと腰が震えた。それに気を良くした彪鷹が、舌先でいつまでも上顎を攻めてくる。歯列を舐められ、舌を絡め上顎を舐められ、ゆったりと脇腹を撫でられたとき、さすがに全力で彪鷹を押し退けた。
「じょう、だん…」
「お前、なんでジーンズ履いてんの?」
慌てる雨宮とは対照的に、彪鷹は普段と変わらぬ様子で雨宮のジーンズのベルトループに指を掛けた。
「ローブが1着しかないから…。つうか、マジでなに」
「夜這されたから」
「だから、すんませんって。溜まってるんすか」
「ノリ悪いで、雨宮…なんやっけ」
「或人」
「そうそう、或人」
彪鷹は雨宮の頬に口づけて、雨宮の隣にごろんと転がった。それに情けないかな、助かったと思った雨宮がいた。
「もしかして、相川さんとかにもこんなことしてるんすか」
「え、なんで相川。無理でしょ。俺、病気になりたあらへんし」
「いや、相川さん、病気じゃないですよ」
意外にも、遊び回っているわりにはというより、遊んでいるからこそセーファーセックスの見本のような男なので、そういう失敗はないといつも豪語している。極道のくせに月に一回は検査に通い、行為をする際は女の子の体調を確認して無理はさせない。
多分、相川のモテるところはこのマメさなんだろうと思う。3股4股は平気でするが、その間に肉体関係を持つことも最低一人という訳の分からないマイルールもあるらしい。
「相川さんって、案外、一番紳士かも」
「は?何言うてんねん、紳士が女の子見たらとりあえず携番ってなるか?ほんま、あいつのああいうとこ感心するわ」
まぁ、そうだなと彪鷹の言葉に同調する。
相川の記憶力のすごさは女子限定である。1cmの髪の変化も見逃さないのは、まさに恐れいったと言うところだ。
「そっかー、雨宮或人、あると、なんかカワイイなぁ。或人ねぇ」
「人の名前連呼しないでください」
「震えてたくせに」
悪ガキそのものの顔で雨宮の頬を突いてきたので、容赦なく手を叩くと痛い!と叫ばれたが無視した。
「明日、運転よろしくお願いします」
「は!?なんで俺!?」
「ここまで連れてきてやったんすから、帰りは交代でしょ、普通。うまいうどん食って、俺は後部座席で爆睡します」
雨宮はもそもそとベッドに潜り込むと、電気消してくださいとスタンドライトを指差した。
もうここまできたら遠慮はなしだ。
あれだけ運転させられて、さすがに疲労感はすごいし、腹が減ったというよりも眠りたいという方が勝る。どうせ明日はオフなのだから、帰りが夜中になっても何ら問題ない。
雨宮は、の話だ。
「はいはい、ほな寝ましょうかね」
彪鷹もさすがに諦めたのか、ベッドに潜り込むと背を向ける雨宮を後ろから抱きしめてきた。
「ちょっと!!」
「抱き枕になるか、力任せに引んむかれて快楽の坩堝。どっち選ぶ?」
「何、その究極の選択。罰ゲームっすか」
「或人の癒しパワー」
「あるわけねぇでしょ、人相悪いっていうのが第一印象なのに」
癒しよりも殺気を感じろと思いながら、足掻くだけ馬鹿馬鹿しく、足掻いて本当に引んむかれたらシャレにならないと雨宮は大人しく彪鷹の腕の中で目を瞑った。
「男の腕に抱きしめられてる感、半端ないんすけど」
「華奢な腕やのうてすまんなぁ」
離してくれればいいんですけど、その気はないんですねと次第に襲ってくる睡魔に身を任せ目を閉じる。ゆったりと睡魔に飲まれていく雨宮を見ながら、彪鷹はおやすみと呟いて、同じように目を閉じた。

それから昼を過ぎる頃まで寝て、二人は有名どころのうどん屋でうどんを食べ、本当に彪鷹の運転で関東まで戻ったのだった。