本当に君は僕を困らせる

- J'ai un gros problème -

花series spin-off


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桜庭暁は大学の中庭のベンチに寝転がり、今にも閉じてしまいそうな瞼をどうにかこじ開けながら、もうこのまま寝てもいいかもと思っていた。
麗らかな春の陽気…とは呼べぬ、何もしていなくてもじんわりと汗を掻きそうな夏真っ盛り。 蝉が、けたたましい目覚ましと互角の勝負をしそうなほどにミンミンと鳴き喚いている。
そして空は突き抜ける様に青く、高い位置に居る太陽はじりじりとアスファルトを焦がしていた。
ここで寝ると身体を壊すなと思いながら、それでも襲い来る眠気には勝てそうにない。
この大学の中庭は建て方が悪かったのか良かったのか、猛暑であろうが常に建物が作り出す日陰のカーテンで覆われ、陽の当たる場所とは5度ほどの気温差がある。だがそれは同時に冬でも日陰のカーテンで覆われているということで、ここを通らなければならない学生にはかなりの極寒地獄である。
暁も晴れて院生になり、ただの学生とは違い好きな文学の研究に打ち込めると思ったが、助手として就いた充磐教授に馬車馬の様に働かされ、研究に没頭というよりも教授の世話に没頭の日々。プライベートの用事から、自分の研究の下調べ。そりゃ、学生の仕事ですからしますよと思いながらも、他の教授の助手に入った同級生との忙しさの差に疲弊する。
いや、多分、明らかな人手不足だと思う。充磐は手がかかるというか、扱い辛いというか、とにかく勝手の分からない男だった。
充磐 花桜みついわ かのん教授は、ちょっと引いてしまうほどに可愛らしい名前をしているが、その名前に不適格なほどに鬼である。その鬼の様な所業のせいかは分からないが、他の教授も生徒も彼を雷帝と呼ぶ。
30代半ばでチェコ文学のエキスパートと称賛され、数多くの翻訳も手がけるが、気難しい上に辛辣で容赦のない言葉の暴力を誰彼構わず浴びせるものだから、助手になりたい物好きはほぼ居ない。
事実、暁が来る前には助手が1か月も続かないのがほぼ当たり前というから、驚きだ。
そして、助手だけではなく生徒までもがその元を逃げ出す。充磐ゼミは真性Mでも根をあげると言われるほどに、鬼門というか地獄なのだ。
とりあえず、顔合わせの初めての授業で8割が脱落する。特に何の授業もなく挨拶だけで8割も減るのだから、よっぽどだろう。理由は簡単。論文提出期日が他のゼミよりも早く、そして期日を1日でも過ぎれば受け取らない。
更には授業はチェコ語で行っていくので、3ヶ月で理解出来る自信がない者は他のゼミへ転身することをお勧めするというのとと、教授になって浅い年月ではあるがA判定を出したことは皆無で、これからも出すつもりもないという事を胸を張って言われるのだから学生にすれば衝撃だ。
何て意地の悪い…と思うかもしれないが、暁は即物的で分かりやすいなと思って好感が持てた。
端からキツイし容赦はしないから止めておけと忠告してくれるのだから、親切じゃないかと思ったのだ。
もちろん、チェコ語をマスターするのに三ヶ月は無謀だった。だが、マスター出来てようが出来てなかろうが知った事ではないと、充磐は三ヶ月目にはチェコ語オンリーの授業を開催したし、月一にはレポート提出を課題として提示してきた。
まさに、鬼だ。暁は雷帝と呼ばれる真の意味を知った。
だが、何とか充磐ゼミで過去一番の優秀な生徒になることも出来たし、そのせいか否か、他の教授からの評価も高くなった。それは、充磐ゼミの生き残りだからというのもあるらしいのだから、ここは感謝するべきなのだろうか。
しかし、論文はB判定だった。
やりやがったなとは思ったが、このB判定も過去一番の成績というのだから、喜んでいいのか悪いのか。
「家帰って寝よ」
充磐の研究発表の資料作りに、ここ2週間、昼夜も分からないほど働き詰めた。お供はやはり暁以上に物好きと呼ばれる、一年上の先輩の日比 りらが行ってくれたので助かった。
とにかく、身体が動くうちに動こう!と起き上がるために手を伸ばすと、その手をやんわり掴まれ、わっ!と声を上げてしまった。
寝転ぶ暁の頭の方から伸びる手は、暁の手首を掴んでいる。暁は恐る恐る顎を上げて、その手の先を見て、まさかの光景に驚いて今度はベンチから落ちた。
「いったー」
腰を少しぶつけ、声が出た。その暁のあまり見ることのない、アクシデントにクスッと笑う声。見上げれば逆光にはなっているが、その目は優しげに細められているのだろう。
「相馬、さん」
見られたくない光景だったが、その原因は相馬にあるので少し口を尖らした。
「すいません、大丈夫ですか?近付いたら、急に手を上げるものですから」
「…起きようと思って」
暁はようやく立ち上がり、ジーンズの埃を落とした。だが、相馬の顔が見れずに、足元に目を落とした。
「なんで…?」
なぜここに相馬が居るのだろう。眠すぎて夢でも見ているのかと思ったが、夢ではないのは先ほどベンチから落ちたときの痛みで分かった。
なら人違いかと言えば、こんなにも整った顔をした男を暁は他には知らない。間違いなく本人だ。
そもそも来るなら来ると、一言だけでも行って欲しかった。暁はここのところずっと、充磐の研究のために大学に泊まり込んでいたのだ。そのせいで見た目より機能重視のひどい格好に拍車がかかっているし、顔も疲れが出たひどい顔をしているだろう。
色々ひどい状態なのに、直す余裕もないまま問答無用でいきなりステージに立たされた歌手の気分だ。
「えっと、お久しぶりです…」
電話ではよく話すが、会うのは久々だ。それが恥ずかしいやら、くすぐったいやら、何とも言えない気持ちになって訳も分からず頭を下げた。
「逢いたくなかった?」
「え!?そんなっ、」
誤解させたと慌てて頭を上げると、相馬がフッと笑って暁の頬を撫でた。
「ようやく顔を上げてくれた。顔、見たかったんですよ」
「あ…の、俺も…です」
ぎゅーっと切ないような悲しいような泣きたい気持ちになって、暁は唇を噛んだ。
「そんな顔、しちゃダメでしょ?今日はこれから予定は?」
「え?ないです。ちょっとバタついてて、ようやく休みで」
「それは良かった。じゃあ、荷物取ってきてください。車、停めてるんで」
相馬のそれに、暁はどこへ?なんて事も聞かずに慌てて鞄を取りに行った。
雷帝が居ないのに慌てふためいて学部内を走る暁にどうしたと周りが驚いて声を掛けてきたが、返事もそこそこに大学を飛び出した。
大学から少し行ったところにあるコンビニに、相馬のカイエンは停まっていた。暁はその助手席の窓を軽く叩いて、ドアを開けた。
「待たせちゃって」
「待ってませんよ」
どこか楽しげな相馬の隣に乗って、暁も顔を綻ばせた。
もう、格好がどうこうとか、そんな事ははるか遠くに飛んでいて、今は相馬と二人の空間を全身で堪能する。
何を話そうと、色んな話が頭に浮かんでなかなか一つに絞れなかった。
「そうそう、後ろの袋、取ってもらえますか?」
「後ろ?」
後部座席を覗けば、分厚い何かが入った袋があった。それを手を伸ばして取る。
結構、重くて固いなと思いながら相馬の顔を見ると、差し上げます。と言われた。何を?と袋を開けて中身を出し、暁は息を呑んだ。
「こ、こ、これ!」
「君の部屋にあった本で、その巻だけなかったので」
「え!?み、見つけたんですか!?」
まさに鼻息荒く、暁は何度も相馬と本を交互に見返した。まさか、あり得ない。暁は息を呑んだ。
暁の手にあるのは、チェコのある小説家の書いた長編小説である。ある陰謀により国外追放となった青年の苦悩と復讐、そして再起を綴った本だ。
ちょうどアロイス・イラーセクがF・L・ヴィェクを出版した時期と重なってしまい、さほど有名にはならなかったが暁は細かい心理描写や情景の描写に惹かれ、すっかりこの本の虜になっていた。
だが何しろ古い本である。チェコ国内でも売れた本でもなかったので、原本を探すのに苦労していた。さらに古書なので劣化が激しいものが多く、ようやく見つけた美品は驚くような値がつけられていることがしばしばある。
それでもどうにか状態がよく値もそこそこの物をなんとかかき集めたのだが、全6巻の本の間、4巻が抜け落ちていたのだ。
それが今、暁の手元にある。状態もかなり良いもので、暁の持つこのシリーズの中で一番の美品かもしれない。
「こ、れ」
「知り合いに書物を扱う人間が居ましてね、国外の古書を扱っているんですが、聞いてみればそれだけ残っていると言われたので譲っていただいたんです」
「ゆ、ずってって…これ、あの、高いものなんですよ」
「そうですね。チェコ文学に限らず、歴史的な価値が付加価値としてつきますから、値はあがるかもしれませんね」
「だって、でも、」
「要らないとは言わないでくださいね」
「いや、それは…」
言えませんと、宝物を抱くように本をギュッと抱きしめた。
「気に入ってもらえたのならよかった」
相馬はその姿を答えと捉えたのか、柔らかく笑った。
「あの、でも、やっぱり高価なものなので、ただで貰うってわけには…」
「そうですね」
相馬はそう言うだろうなと思ったという顔をして、暁を見た。そこで初めて暁は、周りの景色が違うことに気が付いた。
「え、あの、どこ行くんですか?」
「その本を差し上げるかわりに、付き合ってもらおうかと思いまして」
「え、どこへ」
「ずっと長い間、休暇というのを取れなかったんですけど、たまには上司に働いてもらおうと休暇をとったんです」
「休暇、ですか」
「ええ、それで君もちょうどオフだというし、付き合ってもらえたらと思いまして。予定、大丈夫ですか?」
「予定は何もなかったんですけど、俺でいいんですか?」
「君がいいんです」
相馬は嬉しそうにそう言って、暁の頬を撫でた。

高級スポーツメーカー、ポルシェ。その最高峰で生まれたポルシェ初のSUVのCayenne turbo Sはその馬力からは想像がつかないほどに快適な乗り心地である。
連日連夜、雷帝にこき使われ、心身ともに疲れ果てた暁の酷使された身体には最高級のベッドだ。
何とか気を付けてはいたものの、その脅威的な睡魔に敵うわけもなく、気が付けば夢の中へダイブしていた。

ゆらゆらと身体が揺れる。車の振動ではないことは明らかで、暁はその揺れに重い瞼を開けた。
「おやすみのとこ申し訳ないですが、そろそろ着きますから」
ぼんやりとした輪郭しか見えない。声も遠くに聞こえて、すぐにまた眠りにつきそうになる。
今、自分がどこに居るのか、何をしているのか思い出すには色々と記憶が曖昧だ。研究資料、あと何枚だったかなと過去にトリップして、頭のなかは様々な国の言葉が舞う。そして、ハッと気が付いた。
「相馬さん!!」
ガバッと起き上って声を上げると、運転席の相馬もさすがに驚いたのかビクッと身体を震わせた。
「びっくりした…」
「…え、あれ?見えない」
視界がクリアにならない。それどころか、ぼんやりとしか前が見えない。
いつの間にか倒されたシートを戻しながら目を擦っていると、相馬がどうぞと何かを差し出した。
それに顔を近づけてみて眼鏡だと分かると、そうか、眼鏡をしていないのかと視界がぼやける原因に納得して眼鏡を受け取った。
「ごめんなさい。寝ちゃった」
「構いませんよ、疲れていたんですね。死んでいるかのように眠っているんで、心配になりました」
「ろくに寝てなかったんで」
「ところで、雷帝に殺されるって、今の研究は雷帝が出てくるんですか?」
「……え」

それからほどなくして整備された山道を抜け、そこだけぽっかりと空いた場所に車は滑り込む。
そこは竹林の中にポツンと建てられた旅館だった。大自然に囲まれ、周りには何もない。
ひんやりとした自然の風が吹き、遠くで水の音が聞こえる。空を見上げると、大きな鳥が悠々と空を舞っていた。
「すごい」
「行きましょうか」
「あ、はい。あの、すごいですね、ここ」
眠っていたので、ここがどこなのかさっぱり分からないが腕時計の時間を見て、かなり長時間走ったというのだけは分かった。
「気に入っていただけました?」
「はい!」
まさにサプライズ続きだ。
相馬と旅館に入れば、着物を着た上品な女が二人を迎えた。女優と言われても納得するほどに、透き通るような白い肌をした綺麗な女だった。
「お久ぶりです、相馬さん、お連れの方も疲れはったでしょう」
「あ、はい。えっと、桜庭です」
「ご丁寧におおきに。女将の桜月さつきです。ほな、部屋にご案内しますね」
京都弁だと暁は思いながら、相馬と二人で桜月の後に続く。長い廊下の窓から見える林の隙間から、大きな川が見えた。あれが水の音の正体だ。
遠くからでも見える清流は暁の居る場所からもはっきり分かるほどに透き通った色をしていて、沈みかけた陽が川に映し出され、まるで宝石を散りばめたかのように輝いてみえた。
「こちらです」
桜月が他の客室からだいぶと離れた奥まった場所の部屋の襖を開けると、そこには窓一面、まるで絵画のような絶景が広がっていた。
ぽっかりと山が口を開けたようにみえるそこは、木々の青々しさと、夕日でオレンジに染まる空が2色のコントラストを生み出す、まさに自然の芸術。
「すご…」
「お気に召してもろたみたいで良かったどすなぁ、相馬はん。ほな、お夕食までもう少し時間ありますさかい、ゆっくり中庭でも散歩してきはったらどうどす?」
「ああ、ありがとう」
桜月は頭を下げると、部屋を出ていった。だが暁はそれに気が付くことなく、その絶景に目を輝かせていた。
「すごい、相馬さん!」
「ここね、うちの会社の保養施設なんだけど、あまり使ってなくてね」
「え!?もったいない!!」
「はは、そうだね。でも、君と来れたし、また来たいって思ってもらえたらいいんだけど?」
「もちろんです!」
きっとここから見る景色は春夏秋冬、様々な顔を持つに違いない。暁はこの自然でしか生み出すことの出来ない絶景に感嘆した。
そんな暁を後ろからギュッと抱きしめ、相馬が息を吐いた。
「逢いたかった」
切なげな声で囁かれるように言われ、暁は唇を噛んだ。ゆっくりと腰に回った相馬の腕を外して、身体を反転させる。
そして、今日逢ってから初めて相馬ときちんと向き合って、暁も息を吐いた。
「俺も、逢いたかったです」
言葉にすると、ぎゅーっと胸を締め付けられた。
逢いたくて、逢いたくて、こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、相馬を好きで仕方がないと、その想いは日に日に強くなった。
だが逢いたいと思っているのは自分だけかもしれないと、なかなか言葉に出来なくて辛い時もあった。でも、そう思っているのは自分だけじゃないと分かった途端、逢いたかったという気持ちが一気に溢れてきて、暁は何度も逢いたかったと繰り返した。その暁の唇に、相馬がゆっくりと唇を重ねた。

「わぁ…」
暁は思わず声を漏らした。
目の前に並べられた豪華絢爛な料理の数々。湯豆腐に近江牛のステーキ。新鮮さがその輝きから分かる刺身の盛り合わせと、鱧の澄まし汁。
ここ数日、睡眠も取れてなかったが食事も摂れてないことを思い出した暁の胃袋は、その不満を言うかのように鳴った。
「あらあら、お腹が早う食べたい言うてますなぁ」
「すいません」
「いややわぁ。謝らんといておくれやす。それだけ期待されたら、うちも嬉しいさかいに。ほな、また下げにきますさかい、ごゆっくり」
桜月は丁寧に頭を下げると、部屋を出ていった。
「さて、暁君もお待ちかねだし、いただきましょうか」
相馬の言葉に暁は強く頷いた。

暁は食事にうるさいほうではない。どちらかといえば無関心で、研究に没頭しているときは1日1食なんてざらだ。
それを栄養補助食品で適当に済ませてしまうことも多く、その身長にしては細い身体をしていると思う。インスタントラーメンが何日も続いても特に何も思うこともないし、味の好みもうるさいほうではない。
だが、今、人生でそれが如何に損をしていることかということを暁は思い知らされていた。
人として生まれたからには人だけが出来る調理という技を使い、美味しい物を更に美味しくして味わうということをするべきだと強く思うほどに、そのすべてが絶品だった。
「俺、鱧って初めてです」
「おや、そうなんですか?」
「うん。TVでよく、舌が蕩けるって言うでしょ?あんなの嘘でしょって思ってたけど、本当だった」
「ふふ、そうですか」
相馬は目を細めて、切子グラスに注がれた酒を嗜んだ。
食は細いが胃袋というのは都合のいいもので、妙味に合わせた美食を心ゆくまで堪能した。全ての食事を終えたときには、胃はぱんぱんに膨れ上がっていたが、それを辛いとは思わなかった。
「美味しかったですね」
相馬が満足げな暁の顔を見て柔らかく笑う。それに暁は大きく頷いた。
それから相馬の晩酌に少し付き合いながら何度か軽い口づけを交わして、暁は目を覚ますために風呂に入り、二人して桜月の用意した浴衣に着替えた。
青磁色の浴衣は肌の色の白い相馬を艶っぽく魅せ、思わず顔を赤くしてしまった。身体付きがしっかししているから、相馬はモデルように着物を着こなす。その点、暁はというと…。
「俺、背はあるけど、姿勢が悪い」
浴衣などの着物は姿勢が一番大事だと思う。姿勢を良くしないとなと思っても、それは思ったその時だけで直ぐに背が曲がってしまう。
「姿勢ですか。でも手足が長いんで、様になってますよ。姿勢も意識して過ごせば、直ぐに直ります」
「そうかなー」
「背があると、こういう古い作りの建物の場合は頭を下げないといけない場所も多いですから、どうしても背が曲がってしまいますよね」
気にする暁にフォローを入れ、相馬は子供にするように暁の頭を撫でた。
「ところで申し訳ないのですが、少し時間を頂いてもいいですか?ちょっと仕事が入ってしまって、すぐ終わりますから」
「あ、大丈夫です。俺、相馬さんがくれた本、読む…」
「じゃあ、布団でゆっくりして読んで下さい。私はこっちで仕事を片付けてしまいますね」
大変だなーと思いつつ、相馬がくれた本を読みたい気持ちも強かったのも事実。何と言っても、真ん中が抜けた状態で物語を読み、更には結末まで知ってしまっているので、中間に何が起こっているのか分からずにエンドマークがついてしまった消化不良。一体、物語の半ばに何が起こったのかと読むたびに思っていたが、今日、その謎が解けると思うと高揚感が拭えない。
布団が敷かれた寝室には、少し大きな丸いフロアライトが仄かな灯りを灯していた。灯りがほんのりと柔らかいのは、その照明に和紙が貼られているからだ。
天井からはフロアライトとよく似た形をしたペンダントライトがぶら下がっている。暁は敢えて、それを付けずに布団に転がった。
ふかふかの布団に寝転がり、ゆっくりとページを捲る。ふわっと古い本の匂いがして、暁はそこに顔を近づけた。
かなりの年月の経っている本に真新しいインクの香りはなく、独特の古紙の匂いがする。海外の本なので、日本の古書とはまた違う匂いだ。
「それにしても綺麗だな」
暁はページを数ページ捲ってみて、その状態の良さに驚く。こんな状態で保管されていたなんて、ラッキーな本だなと思う。しかも、有名作家でもないどちらかといえばマイナー。
チェコ本国では僅かでも知られている名前かもしれないが、間違いなく日本国内では無名の作家だ。入荷したところでぞんざいに扱われていてもおかしくないのに…。
「よし」
暁は思わず入ってしまう力を抜くように声を出して、ゆっくりとページを捲った。