A past story of Masumi

花series spin-off


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御園 斎門は香の香りがする男だった。
鬼頭 眞澄は、その男をよく見かけた気がした。よく見かけたのか、眞澄が知らず知らずのうちに探していたのか、気がつけば見かけたのだ。
お寺さんの倅やて。眞澄と中学から一緒の萩原 匡輔が言ってた。あれが寺の息子?と、笑ったのを覚えている。
なるほど、座禅でも早朝から組んでいるのか、いつも眠たそうだ。だが、神に感謝感銘を受けているようには全く見えない。
どこか惚けた様な男で、いつも寝惚けている印象しかなかった。それでも、香の香りが自分を誘惑しているような、そんな錯覚を覚えた。

指定暴力団、仁流会鬼頭組。
仁流会京都統括長を歴任している組長、鬼頭 信次の息子の眞澄は、幼い頃から周りに恐れられていた。
鬼頭組に恐れをなしていたのか、眞澄自身に恐れをなしていたのか。眞澄は喜怒哀楽の怒が常にあるような男で、気分屋ならまだ良いが沸点の異常に低い人間だった。
だから、談笑していた相手をいきなり殴ったりするのだ。
本当はイライラしていたのかもしれない、眞澄を鬼頭の息子だということで、恐れ、媚び諂う人間の存在に。

「お前、また暴れたやろ。かなん男やわ」
教室で昼前に登校して来た眞澄に開口一番、匡輔は言った。匡輔はけたけた笑い、机に鞄を乱暴に置いた眞澄を見た。
どうやら、先日憂さ晴らしに起こした他校の生徒との喧嘩の事を言っている様だ。
匡輔はちょっと変わり者で、眞澄に恐れもなく媚びも売らなかった。家は酒造老舗で、代々酒造りに勤しむ。
匡輔もゆくゆくは家を継ぐのだろうか?
「極道になりたいんかな」
溢れる様に出てしまった眞澄の本音に、匡輔は苦笑した。
「眞澄は極道しか無理やわ、そないやって育てられたんや。俺が酒造るみたいにな。諦めぇ」
匡輔は他にやりたいことがあるのか、それを諦めたのか、まるで自分自身に言い聞かせる様に言った。
”極道しか無理”言われれば頷くしかないのだが、どこか納得がいかない。眞澄はモヤモヤした気分のまま教室を出た。
廊下に出たとき、香の香りが漂った。多分、眞澄以外は気がつかないほどの、微かな香り。
香りを辿ると、廊下で話し込む生徒の中に御園を見つけた。適当に相槌をうち、時に愛想笑い。
上辺だけの返事をしているのが、眞澄には分かった。何気に近付くと会話が聞こえて来て、眞澄は無意識に耳を澄ませた。
「斎門、行かんの?」
「堪忍して、俺は行かんえ。お寺さんあるさかいな」
「御園、付き合いワルッ」
御園 斎門は、芸者のような女の京弁だった。あそこまで癖の出た京弁を使う人間は若い者には珍しく、眞澄の耳に残った。
そしてその音色は、とても心地良いテノールだった。
御園はそんな眞澄の視線に気がつき、顔を向けた。そして、ゆっくり、緩やかに笑った。

雨だった。何日か、しつこいくらいに降り続く雨は、中途半端な降水量で傘を差すのも憚られた。
あの日から眞澄の頭には、御園のどこか含んだ様な微笑みがこびりついていた。
イライラした。何に対して、誰に対してイライラしているのかなんて眞澄には分からなかった。そのイライラを性欲に変えて吐き出しても、何も解消されずに眞澄は街を彷徨っていた。
誰か絡んではきてくれないか、だが、誰かを殴ったところで、この気持ちは変わるのだろうか?
三条の街は祝日ということもあって、カップルで賑わっていた。雨だというのに、鴨川も人が疎らに見える。
特に約束もしていなかったが、先月から所謂、セフレの関係の短大生のところにでも行こうかと考えていた。
学校のない日は時間を持て余す。ダラダラと一日を部屋で過ごす事もあるが、ここ何日かはそれが出来ない。
居ないはずの御園のあの香の香りが、漂って来るのだ。まるで麻薬の様に香る香りに戸惑いながら、休みの日を悶々と過ごす日々。
眞澄自身、何故、御園の香の香りが香るのか、何故、そこまで御園が気になるのか理解出来ぬまま、困惑していた。
そんな事を考えながらフッと道路の向こう側に視線を移し、その光景を見たとき眞澄の身体は道路に飛び出していた。
鳴らされるクラクション、ブレーキの音。全てが耳には入って来なかった。歩道に辿り着けば、周りの人間は眞澄を驚いた顔で見ていたが、眞澄はそんな通行人を掻き分け一人の男の手を掴んだ。
「え…」
腕を掴まれた男、御園は驚いた顔を見せた。それもそうだろう。今まで話した事なんて一度もない眞澄に、いきなり腕を掴まれたのだから。
御園の隣には和傘を差した舞妓風の女が居た。そして、女も驚いていた。
「斎門はん、お友達?」
舞妓が流れる様な京弁で御園に問いかけたが、眞澄は御園の手を引いて歩き出した。
「ちょ!!雛菊はん!堪忍!急用みたいやさかい、また!」
ただならぬ様子の二人に、雛菊と呼ばれた舞妓は戸惑いながらも、にこやかに微笑み手を振った。
どうしたいのか、どうして御園を捕まえたのかも分からない。でも、身体が勝手に動いてしまった。
眞澄はタクシーに手をあげると、御園を乱暴に押し込んだ。そして自分も乗り込むと、苛立った様に行き先を告げた。
御園は眞澄の掴んだ腕が痛むのか、手首を擦っていた。だが眞澄に何も言わなかった。
本物の御園の香の香りがした。
タクシーが停まったのは、眞澄が一人で暮らしているマンションの前だった。実家は極道という家業をしているせいで、危険がつきものだ。
何かあったときのためにというのは口実で、あの厳めしい家から離れたくて信次に買ってもらったのだ。
オートロックを解除して、エレベーターに乗り込む。タクシーを降りてからも、眞澄は御園の腕を掴んだまま離さなかった。
華奢な腕だった。だが、力を入れれば折れる様な華奢ではない。骨と筋肉。それも鍛えられた筋肉が骨を覆っていて、贅肉がほぼ無い腕。
眞澄は喉を鳴らして笑った。やはり、ただの坊主の倅ではなかったようだ。
角部屋にある部屋のドアの鍵を開け、引き摺る様に御園を中に連れて行く。御園は大した抵抗もせずに靴を脱ぎ、眞澄に引き摺られるまま部屋に入った。
4LDKの広い部屋には大した家具もなく、眞澄は奥の寝室のドアを開けるとベッドに御園を倒した。
「…広い部屋やねぇ」
ようやく口を開いた御園の言葉は、状況に不相応なものだった。
「わし、知っとるやろ?」
「鬼頭 眞澄はん。あんさんを知らん人間は、学校に居はらへんのやおへん?」
御園は起き上がりベッドの上で胡座をかくと、きょろきょろ部屋を見渡す。
部屋は八畳程の洋室。かなり広いが壁際にはクローゼットが埋め込まれている以外、家具が無く殺風景だった。
「他に知っとるやろ?」
「京都で有名な鬼頭組の倅さんやろ?他に何やおました?」
「お前のおなごは芸子か?」
「雛菊はんはお客はん。ほんま、堪忍してほしいわ。あんさん知らんかもしらんけど、俺、家がお寺はんやさかい、色々と付き合いあるんよね」
「眞澄」
「何やて?」
「眞澄や。あんさん言うな。眞澄って呼べ」
「せやね、呼び捨てにしてええんなら、そないさしてもらいます。で、眞澄は俺に何の用あって、家に招待してくれたん?」
眞澄はベッドに乗ると、そのまま上等な羽布団の上に御園の身体を押し倒した。
そして自分のベルトを外しジーンスのファスナーを降ろすと、中からペニスを取り出した。
「しゃぶれ」
「あんさんに、そっちの趣味あるって聞いたことないけどなぁ。まぁええけど…した事ないから下手やで?堪忍してや」
御園は腹筋を使って起き上がると、赤い舌を出して躊躇う事無く眞澄のペニスに舌を絡めた。
眞澄はどこか至福を感じた。きっと、御園を見た時から、ずっと、こうしたかったんだと思った。
御園が言った通り、御園の口淫は下手だった。だが、それでも眞澄のペニスは脈打ち、快感から先走りを吐き出し続けた。
苦みがあるのか青臭さからか御園の眉間に皺が寄ったが、眞澄は構う事無くゆっくり腰を動かしだした。
御園は歯を立てない様に、気をつけているようだった。眞澄は御園の柔らかな髪に指を絡め、息を飲んだ。
吐き出される欲望を残さず、御園の口内に押し入れる様に腰を動かす。眞澄は歯をくいしばり、それを楽しんだ。
ズルリとペニスを引き抜くと、御園の口を片手で押さえた。
「吐いたら殺す」
御園の目は笑っているように見えた。そして、ゆっくり喉仏が上下するのを見ると、眞澄は手を離した。
「マズ…」
部屋に漂う雄の香り。眞澄は上半身を起こした御園の肩を押すと馬乗りになった。
「お前は御仏に仕えてんのか?」
「せやね、一応跡取りやさかいに」
御園の双眸はどこか眠そうで、そのまま寝てしまいそうに見えた。
「坊主は禁欲らしいな」
「せやねぇ」
「斎門…ほんまにお寺みたいな名前やな」
「よお言われる。名前と名字反対ちゃうかとか」
「もう呼ばせんな」
「ん?」
「斎門って誰にも呼ばせんな。誰かが斎門って呼んだら、オマエを殺す」
「えらい…無理難題やねぇ」
「殺せんとでも思うてるんか?」
「思うてへんよ。眞澄の家の力あれば、坊主の子なんて殺すん朝飯前やろうなぁ。眞澄がやったかさえ分からん様に上手にしはるんやない?でも、親は斎門って呼ぶさかいに、どの道、俺は殺されてしまうんやろうねぇ」
御園はクスクス笑いながら、眞澄の頬を擦った。
「分かってんやろ」
「分かっとるよ、さっきみたいに舞妓はんに名前呼ばせたり、同級生やらに呼ばせんな言いはるんやろ?かいらしいお人やね」
眞澄は御園の手を払い除けると、目一杯、御園の頬を殴りつけた。御園は声一つあげず、切れた口の端を舌で舐めた。
「明日、五条の大塚いう男、()わしてこい」
「大塚ってどなたはん。()わすなんて無理なこと言わんといて」
些細な事で殴られたのにも関わらず、御園の目に怯えの色は見えなかった。
「出来なきゃ、お前を犯してやる。何の解しもせんと突っ込むさかいな」
「難儀やなぁ、俺、お寺の子やで?」
「こへんな腕して、何言うてんねん。何してる?ボクシングか?」
眞澄は御園の腕を掴んだ。服の上から掴むそれは、鋼の様に堅く鍛え上げられた腕だった。
「合気道と空手や。うちのお寺、道場やさかい」
「ほなやれ」
眞澄は御園に噛み付く様に口づけると、食らいつく様に咥内を侵した。御園の舌が動けないくらい、縦横無尽に御園の咥内を楽しむ。
御園は何の抵抗もせずに、眞澄のそれを楽しむ様に目を閉じていた。長らく咥内の味を楽しむと、ゆっくりと唇を離した。
二人の間に銀色の糸が、離れたくないとばかりに線を張る。御園の咥内は、精液と鉄の味がした。
「マズ」
「眞澄のん…飲んだ後やさかい、俺のせいやおへん」
少し息のあがった御園の上から降りると、眞澄はベッドから飛び降りた。
「さっき、眞澄を知らんお人なんか、おらへん言うたけど」
御園がゆっくり吐き出す様に話出したので、眞澄は振り返った。御園は高い天井から眞澄に目を移すと、いつもの眠そうな目とは違う強い瞳を眞澄に向けた。
「俺はそへん他人に興味持たへんから、ほんに眞澄ん事も知らんやった。やて、眞澄の事は聞いてん。どないな人かいなって思って」
「何が言いたいねん」
「だって、眞澄、俺をいっつも見てはったやん」