Youthful folly

空series spin-off


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バイト先で、ゴミ捨てに裏口に出てついでに一服してる俺の前には、顔を茹でタコみたいに真っ赤にした女の子。
裏口から一直線の角の方では、数人の女の子の連れらしき子達が応援団よろしく状況を伺っとる。
仕事疲れで疲労感に固まる身体。腰を捻った瞬間に”秋山さん!”なんて呼ばれたもんやから、思わず腰が外れかけた。
嫌やなぁ、日頃の習慣。先コーかと思ったわ。ってか、こんな場所におるわけないけど。ってか俺は非喫煙者やから、手に握られてるんは缶コーヒーなんやけどな。
「あの…」
俺、仕事戻ってええかな?言いかけた。
俺の手の中に握られていたホットの缶コーヒーはもう空になってて、しかも冷気に晒されて缶自体が冷たい。
店の制服だけの出で立ちの、薄着の俺の身体も凍えそう。やのに、いつまでもいつまでも目の前の女の子は何も話さぬままガタガタ震えてもうて、何や、俺が悪い事しとる気分や。
すいません、マジで風邪引く。いや、これお互い風邪引く。何これ、嫌がらせ?
「あのー…」
「あの!!!!ずっと気になってました!良かったら受け取ってください!!!」
溜め息ついて、もう店戻るでと言いかけた俺の目の前にガバッと出されたキレーにラッピングされた箱。
赤いキラキラした箱に金のリボン。小ぶりだが、上品な箱。
あー、うん、綺麗ですね。え?何ですか?これ。俺、今日は誕生日ちゃうで。
「…あの?」
そもそもで申し訳ないけど、あんた誰?同じ学校では無いやろう。こんなタイプの子が通えるような学校やない。
やけど、俺の名字を知っとる。自他共に認める鳥脳やけど、このラッピングされた包装紙並みに真っ赤な顔の彼女に見覚えはない。
「あの、今日、バレンタインです」
「ああ!!!」
言われてビックリ。そして納得。そうか、バレンタインか!!
残念ながらイベントごとにさほど関心も興味もない俺は、今日、2月14日が何の日か、そもそも今日が2月14日ってことすら綺麗さっぱり忘れ去ってた。
「ここのお店に何回か来て。一回連絡先交換してもらって」
俺にですか!?思わず言いかけたが、俺はこういう男やった。来る者拒まず、去る者追わず。
つうか、顔すら覚えてないって最低かよ。つうか、それで告ってくるのもどうなのよ。
「秋山さん、付き合ってる人、おるんですか?」
うるうる涙目で見上げてくる。いやいや反則やーん、女ってば何かあったらこれ。上目遣いの涙目。
うん、可愛い。連絡先交換したくらいやもん。俺もええなって思うたから交換したんやわ。
そんな彼女からの告白。小さぁて可愛くて、ああ、俺にも春が来たとか以前なら思うてたかも。以前ならな!!
「あー、うん、おる」
それでも負けるかと、俺は頷いた。俺には鬼嫁ならぬ、鬼カノがおる。
でっかい育ち盛りのそりゃぁもう、イケメンの鬼カノ。こんなん貰って帰った日には、どないな目遭うか。
だから、上目遣いやろうが全裸で迫られ様が何され様が、俺は負ける訳いかんのや。
「…受け取るんもダメですか?」
イヤイヤ、オマエ反対考えろ。彼氏が見知らぬ女から本命チョコ貰うたって意気揚揚と帰って来たら、笑顔で迎えれるんか。
鼻の下伸ばして、それ食ってたら、後ろからグサッといきたい気分ならんか?俺のはそれで済まん。俺は平和がええ。
「俺のん…めっちゃ独占欲の塊やから。怒らしたないねん」
怖いからとは言わず。俺の女とも言わず。
360度どっから見てもあれは男前な男や。イケメン。それをちょっと自慢に思う俺もアイタタ。
「そうなんですね、そんな好きなんですね」
「ごめんやで。とにかくまた店来て。客としては歓迎やから」
俺は笑顔で必死に頭下げて、内心では勝った!とガッツポーズをして店に戻った。

「お疲れしたー」
休日の忙しさは半端無く、疲労感いっぱいの身体を引き摺り店を出る。そこから大通りに出ると、見覚えのあるフルスモベンツが停まってた。
俺の姿を発見したんか、運転席が開いてスーツ姿の男が出て来た。
「あー。梶原さん」
「お疲れさん。威乃さん。龍大さんが手離せんから代わりに拉致りに来ましてん」
やめて、あんたが言うと洒落に聞こえん。それに、天下の風間組の若頭補佐をパシらせるな。バカ龍大。
「俺、一人で帰れるんに。龍大がいっつも迎えに来よんねん。一人で帰るで?」
「我侭言わんといてください。何やったらさっきの女の子の事、龍大さんに報告してもええんですよ?」
「あ!!あんた見とったんか!」
「モテますねー。ちょっと煙草買いに行ったらね」
クスクス笑うけど、このオッサン。あえてオッサン言わしてもらうけど、侮りがたし。
俺は諦めて車に大人しく乗り込んだ。

車で数十分。あっという間に龍大のマンション。
俺、こんな送迎されとったら絶対メタボなるわ。それでなくても、龍大にええもん食わされてんのに。
「ほな、ここで」
梶原さんが運転席の窓を開けて顔を出す。左ハンドルのそこに回って低い位置にある梶原さんの顔をじとっと見ると、梶原さんは首を傾げた。
「梶原さん、性格悪いんやな。よぉ分かったわ」
「そんな訳ないやないですか。紳士言うてください」
紳士のヤクザなんか聞いた事あらへんわ。俺はベーッと舌を出して、とりあえず送迎の礼だけ言うとマンションのエントランスを潜った。
オートロックを解除して中に入り込む。俺がエレベーターに乗り込むと同時に、梶原さんの車は発進した。
「ただいまー」
ドアを開けると、モアッとしたチョコの香りが俺に襲いかかって来た。
まさかまさかと俺は慌てて靴を脱いで、部屋にあがりリビングに一直線に向かう。
リビングのドアを開けると、更なるチョコの香り。部屋がチョコ。そんな表現がピッタリ。甘い!!!!
「あ、おかえり」
「何、してんの?」
龍大のでっかい手には、綺麗に焼き上がったチョコレートケーキ。
これ知ってる。ガトーショコラ。いや、ちゃう。そこやない。
「何…してんの」
「今日、バレンタインやろ」
ああ、知ってますよ!何時間か前に知ったけどね!!!
やけど、そこやのうて!!!
「まさか、オマエ作ったん?」
その顔で?いや、顔は関係ないけど!関係ないけど、オマエはどんだけ容姿を裏切る事しよるねん!
「初めてやけど、なかなか上手い事出来たわ。飯食うやろ?」
初めてやなかったらドン引きでしたよ、龍大くん。スパダリってお前のこと言うんちゃうの。
俺の疲労も知ってか知らずか、龍大の向かうテーブルに目を向ければ鍋が準備万端で用意されている。
チョコにぶっ殺されてわからんけど、この微かな匂い、豆乳鍋や…。
「うまそ…」
男は胃袋から掴め言うけど、俺はがっつり掴まれとるよなぁ。
「オマエ…ほんまによぉ出来た嫁」
怒らしたら怖いけどとは口には出さず、ベッドでは嫁やないけどとか笑われへんリアルも口には出さず。
やけど龍大が意図してしてるかは分からんけど、胃袋掴めは成功してる。俺の胃袋はがっつり龍大色に染め上げられて、もう他の料理を受け付けん。
三浦さんの賄いでさえ、何やもの足りんようになってる時点でアイタタ。

「うわ!めっちゃウマい!」
鍋の前にケーキをつまみ食いしたら、ウマいのなんの!
程よい甘さと、程よいほろ苦さのハーモニーっていうん?いや、ハーモニーって何よ。グルメリポーターにはなられんな、俺。
「そりゃ良かったわ。ほな、聞かしてもらおうか」
「ん?何を?」
豆乳鍋を食べようとした俺に、龍大が得意の片眉あげて話しかける。
感想言うたで。ウマい。あかん?あ、豆乳鍋の感想なら待ってぇな、俺まだ食ってない。
「連絡先、交換したんやろ?」
「……ん!?」
「バレてへんと思うたか?威乃が女にチョコ貰うてるん目撃したんは、梶原の舎弟。梶原は甘いから内緒にしたろう思うたんか知らんけど、その舎弟がちゃんと俺に連絡くれてるねん」
頬杖をつきながら、凄みのある視線を送る龍大に俺の笑顔は引きつった。
若気の至りやん…。お前に逢う前の話でしょ?そんな過去の話でネチネチネチネチ言うなや!って言いたくても、恐ろしゅうて言えんかった。
ってか、ちゃんと断ったのにそこは全然評価してくれんと、俺も覚えてへんような過去の事で責められるとか納得いかん!
ってか、何やねん!!今日は恋人達が愛を囁き合うだか、告白し合うとか甘い甘いチョコの日やないんかい!!!
バレンタインデーなんか、大嫌いや!!!!!!!