Unhappy Christmas

空series EVENT


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12月。この時期になると街中は一斉に宗教の違いもフル無視して、いつからか盛んになったクリスマスを盛大に祝う如く彩られ、それとともに人々も高揚する様に活気づく。
だが街の活気とは裏腹に気温は下がる一方。気温はどんどん下がるがガススタのバイトを寒いからと休むわけにはいかずに、無理やり身体を動かして寒さを凌いでいたものの限界。
感覚のなくなった手をストーブに付ける勢いで近づけ暖を取る。そしてじんわり手が熱くなってくるのを感じながら、悴む手を動かして煙草を銜えた。
「ハル!!」
従業員休憩室に慌ただしく入って来たバイト仲間の三島を、名取春一はジロリ、睨む。いつも静かに入れ、騒々しくするなと言っているのに学習能力のない男はやはり乱暴にドアを開けた。
「てめぇ…」
「大変!!オマエ、何したの!?」
語彙力のないアホめ。舌打ちしながら、銜えたままの煙草に火を点ける。唇に当たった指は、まだ氷のように冷たかった。
しかし、どうして自分の周りはこうもアホばっかりなんだと、悪友の秋山威乃を思い出す。主語が無く思ったまま、その時聞きたい事、言いたい事をダイレクトに言ってくるのがアホの特徴かとさえ思える。
「聞いてる??なぁ、俺、オマエを呼んで来いって言われてんけど!」
「はぁ?誰に?見るからにエロい女子大生とかの呼び出しやないと、俺、行けへん」
ようやくストーブに近づけ、ようやく煙草にありつけたのに、どうしてまた極寒の外へ出なければいけないのか。それ相応の見返りが無ければ絶対に動かないとばかりに、古びたパイプ椅子に深く腰掛けた。
「何、そのAVネタ。ちゃうって。ヤー公が呼んでる」
「あ?」

最近、一気に増加し始めたセルフのガソリンスタンド。そんな中、ハルの居るガススタは昔ながらのサービス精神をモットーに何とか生き残っている。
ガソリンの異常なまでの値上がり。エコをブームに電気自動車やハイブリット車などが世間を賑わし、最近では無駄に維持費のかかる車を手放す者も多い。
電車があればどこへでも行ける日本。わざわざ車検だなんだと、訳の分からない名目で税金という名の徴収に合うのが納得がいかないのも共感出来る。
だがそんな中、維持費も割高、税金もマックス。こんな御時世に何考えてんの?と言いたくなる白のSLS AMGがガススタのど真ん中に停められてて、顔を顰める。
自分を呼び出したヤー公は絶対にこの車の持ち主だ。そして、こんな御時世だというのに羽振りの良い、儲かっている組だ。そう確信を持ちながら、ハルはSLS AMGに近寄ると中を覗いた。
中は無人。ツーシーターの車内。革張りのシートはスポーツタイプで、コクピットは航空機のイメージで作り上げられているのが特徴だ。
「ガルウィングってのがなぁ」
左ハンドルのSLS AMGは天下無敵のガルウィング。隣との間隔のない駐車場なんかに入れてしまうと、自分が出れないという笑い話にもならない状態に陥る。天井の低い駐車場もまた然り。
「気に入ったか?」
中を覗いていると、後ろから声が掛けられ振り向く。上等なスーツに身を包み、髪を後ろに撫で上げた男はハルと視線が合うとニッコリ笑った。
年はかなり上だ。如何にもの装いで、誰が見ても極道ですという雰囲気。だがハルには全く見覚えのない男だった。
「あんた、どちらさん?」
悪さはがっつりして来たが、ガキの境界線は弁えているつもりだ。どこまで入り込んでいいのか、どっから入り込むと戻れなくなるのか。
弁えていたつもりだが、たまに道を誤ることがある。殆どが修正が利くそれだが、今回のこれはどうだろうか。
「俺、入ったあかんとこでも入った?」
ハルがチェッと舌打ちしながら言うと、男は返事をするかのごとくフフッと笑った。やはり、入り込んだようだ。
どこで?いつ?残念ながら過去を振り返らない主義のハルからすれば、昨日の事も遠い昔のこと。思い出せる訳が無かった。
「名取春一くん?そのピアス、そうやんな?」
男は自分の耳を触りながら、ハルの耳にズラリと並ぶピアスを見た。
「何なん、顔も知らんと来たん?」
リサーチ済みで来てるかと思ったのに。もしかして逃げる隙は幾らでもあったんじゃないのか?馬鹿正直に出てくるんじゃなかったなーと思っても、後の祭り。男は目の前だ。
「一緒に来てくれへん?」
「はーい。って言うと思ってるん?」
何、その下手な誘い。思わずハハハッと笑った。
「クリスマスパーティにご招待やで」
「クリスマスは明日やで」
明日は神の子と崇め奉られているイエス・キリストの降誕祭。今日はその前日、日本の君主の誕生日だ。今日より明日からの方が盛り上がるのも、いささか滑稽な話だ。だがどちらにせよ、クリスマスパーティに招待されるような覚えもない。
何が狙いだ?一体誰だ?ハルの頭はあれこれと考える。ジーッと顔を見てみるがやはり覚えはない。いや、自慢じゃないが記憶力が良い方ではない。
あの学校に通っているくらいだ。記憶力、学力共に今時の小学生の方が勝る。訳が分からないと言わんばかりの顔のハルを見て、男はまた、フフッと笑った。
「秋山威乃やで」
あいつかー!!ハルはグッと唇を噛んだ。アホの幼馴染みを持つと苦労する。秋山威乃然り、沢木彰信然り。
「ん?待てよ。威乃絡みってことは、あんた…」
「風間組若頭補佐の、梶原秀治っちゅうねん。よろしゅう」
いや、よろしゅうしたあらへん。アホの幼馴染みは関西では知らん人間はおらんという、仁流会風間組組長の嫡男に喰われ、人の忠告にも泣く始末。
まるでこっちが悪いみたいになってるやんけと思いつつ、それを放っとかれへん自分もまたアホやと思う。
しかし人の幼馴染み誑かした嫡男が、自分達よりも年下なんが、またアホな話。いずれはリアル仁義なき戦いかとか思うけど、それに幼馴染みは何処まで付いて行けるんか…。
あれ?リアル仁義なき戦いということは、この男はさしずめ菅原文太か。ハルがあれこれ考えているのを梶原は黙って待っている。その顔はどこか楽しそうで、ハルは眉を顰めた。
「威乃のアホが、何かやった?」
ハルはSLS AMGのボディフォルムを撫でる様に指を滑らせた。ひっかかりもざらつきも一切ない。さすがだなと思う。
「一緒に来てもろたら分かるで?」
梶原の言葉に、また、ハルは笑った。
「あんた、Vシネ見た事ある?」
「Vシネ?いや、俺はああいうのん興味あらへんから」
「リアル極道やもんな。でもな、Vシネでは一緒に来てもろたら分かる言われて一緒に行ったら、大抵ボコられて見るも無惨な姿なって捨てられるんがオチやねんけど?まぁ、俺が埋められる理由は分からんけど」
三流映画の決め!みたいな。ホラー映画で、どうして別々で行動するかな!みたいな現実なら有り得ないでしょという話の流れ。
まさにそれと同じで、誰がどう見ても悪い人間に”一緒に来てもらおう”と言われ、ヒョイヒョイついて行ってボコられる脇役。海にゴミと一緒にプカプカ浮いて、それを主人公が見て、俺が仇取ったるみたいな。そんな流れの状態になってるよね?今。
だがハルが脇役なら主人公はやはりアホな幼馴染み、秋山威乃。絶対に!仇なんか取ってくれへん!!おろおろ泣いて、挙げ句、水死体なってブヨブヨなった身体の自分を見て吐いてる。ああ、有り得る!それ!!だけど埋められる理由も沈められる理由も、ハルには皆目見当がつかない。
「アホがなんかしたか」
「アホ?いや、ただのクリスマスパーティやん。まぁ、君が無理なら、沢木くんを誘うけど?」
あ、そこも調べちゃってる?天下の風間組には、高校生の個人情報なんて調べるのは容易いと。ハルは、あー、と声を出し、天井を見上げた。
「あんたが登場した途端、彰信はショック死しよるわ。アイツ、のび太以上にヘタれやから」
ショック死じゃあ、立件も何も出来ないのは確実。連れを守るのは連れの仕事か。ハルは梶原を見た。
「ほな、来てくれる?」
また笑顔を見せられる。いや、脅迫やんけ。ハルは思いながらも事務所に戻る。何をやらかしたと心配する店長に、今日は早退させてくれと頼んだ。
アホな幼馴染み。アイツ、ほんまに一回殺る。聖なる夜の前日にリアル極道とガチ勝負。
「風間、疫病神やな。ほんま」
バサッと制服を脱ぎながら、ハルは舌打ちした。

「パねぇな、SLS AMG」
一生、乗る機会なんてないであろう車。ガススタなんかでバイトをしているのは、結局、車が好きだから。
整備士免許も何もないので、やれることは灰皿交換や窓拭きやガソリンの注入。それでも良い車の洗車に当たった時は、ご機嫌になる。そんなレベルから、いきなり最高峰のSLS AMG。
とりあえず着替えたものの、身体はガソリン独特の匂いを放っている。いいの?と思いつつ、余計な事は言うまいとサッサと車に乗った。
「これって、あんたの車?それとも組の車?」
「俺の。知り合いのクソガキが同じの持ってて、ええなぁって思うて」
クソガキが持てる様な車なの?そもそも、ヤーさんってそんなに儲かるの?聞こうかなと思ったが、そのまま口を噤んだ。
極悪非道で極道。その対価が金とその世界での地位か。小さい学校という世界でそれなりの地位を持つハルは、自分は小せぇなぁとシートに身体を沈ます。
「クリスマスパーティって明日やろ」
「明日は龍大さん、用事で出来ひんから」
「龍大さんって」
思わず笑う。”風間”とか呼び捨てしちゃってるよ、俺。でもきっと、梶原はそんな事では怒らないと思う。何故?と聞かれても分からないが、何となくだ。
強いて言うなら器のデカさ。少しの会話で分かる男の余裕。ハルごときに構える必要もないだろうが、嫌味に感じない余裕を持っている。
もしハルの学校で一個上のちょいイキがってる先輩を呼び捨てすれば、”誰を呼び捨てしとんねん!”とそれは烈火の如く怒るだろう。結局、ハルの居る世界は、その程度なのだ。
「用事って、ヤーさんのクリスマスパーティ?」
「察しええなぁ。せやで。仁流会のクリスマスパーティ」
絶対に招待された無い、そんなパーティ。サンタも震え上がってまうで。
「あいつ、まだ組員やないのに行くん?それとも組員なん?」
こんな裏の世界の事を知って、どないする?と思いつつも、やはり根がヤンキー気質。悪い世界に興味が湧いてしまうのも、ヤンキーの性。
しかも幼馴染みとそういう仲なのであれば尚更、知っておく必要があるというもの。
「まだ組には関係あらへんけどな。龍大さんの懐いとる男が来るから、顔出すみたい。そいつもなかなかああいう集まりに顔出さんけど、今回は親父に強制的に呼ばれてなぁ。機嫌悪なかったらええなぁとか思うんやけど」
聞いといて、まさか答えてもらえるとは思ってもおらず、ハルは目を丸くした。だが、風間が崇拝しちゃう男って何?それ人間??何か、そっちの世界も色々と大変ですねーと、心の中で笑ってみた。

15分くらい走ると見慣れた景色。もしかして送迎してくれてるの?というくらい、ハルの家に近い場所をSLS AMGはひた走る。
しかしマフラーから唸るような排気音を出して停まったマンションは、ハルのマンションではなかった。最近出来た高級マンション。デキる男の象徴の様なマンションには、高そうなスーツをビシッと着た男やスタイルの良い女が出入りする。
「まさか、ここ?」
最上階のベランダから俺の家が見えちゃうんじゃないの?というくらいに近いんですけど?と言いたげに梶原の顔を見ると、梶原はここと澄ました顔で言う。
こんな近くにおったんか!風間龍大!チッと舌打ちして、車を降りる。ガルウィングのドアは、ハッチバックの様にグンと開く。
重たさはないが降りたときにドアを閉めるのに必死な姿がやはり滑稽だと、ガルウィングのドアを閉めながらハルは思った。
「ほんまにクリスマスパーティ?」
今更ながら聞くと、やはり今更?と言わんばかりの顔で梶原がハルを見た。
「俺、サプライズプレゼントあらへんよ。着の身着のままやし」
「ええねん。俺が一緒に来て欲しいだけやから」
俺が?威乃やのうて、風間でものうて、初対面のあんたが俺に来て欲しいってどういうこと?思いながら梶原の後に続いた。

「ほら、威乃、溢れる」
バクバクあほ面晒してチョコレートケーキを貪る威乃を甲斐甲斐しく世話する風間組の跡取り。ハルはそれをソファに座りビールを飲みながら見ていた。
初め部屋に入った時は威乃はそれはそれは驚いていた。それもそうだろう。ハルを知るはずが無い梶原がハルと二人で現れたのだから。
ハルの顔を見て面白くなさそうな龍大を横目に笑い広い部屋で寛ぐ。初めは色々と弁解をしていた威乃だったが、現実がある中の弁解はなんの効力も持たずに終わった。
するとそれに開き直ったのか投げ出したのか、威乃は弁解する事無く龍大の世話を甘んじて受けていた。その光景に口に入れたビールが喉を通らずに流れ出そう。口から魂出そう。
「あんた、これやから俺を呼んだんか」
隣で同じ様にビールを飲む梶原を睨む。梶原はそんなハルにケタケタ笑った。
こんな、言ってしまえばくだらない事で個人情報調べ上げられて、挙げ句、バイト先迄の派手なお迎え。何?俺のバイト先での地位や存在を、どうしてくれようとしてるわけ?遂にヤクザの迎えが来た名取春一。とか思われちゃってるよ?
「一人でこんな新婚家庭におられへんやん。俺、これでも何回か堪えてんで。食事会とか」
初めて二人して居るのを目の当たりにしたが、何これ?今時の付き合って三ヶ月の中学生ですら、もう少し落ち着いてる。
テーブルに並ぶ料理は威乃の好物ばかりで、ガッつく威乃をそれはそれは蕩けそうな顔で見る龍大に、こっちが恥ずかしなる。そこまで魅力的か!?この男が!?と聞きたなる。
「兄弟のいちゃこらは見たあらへん言うけど、幼馴染みのいちゃこらも見たあらへんわ」
しかも野郎同士。俺の寛大な心がなかったら、今ごろ血ぃ見てんぞとハルは思う。
「俺はなぁ、この事がいつ心に知れるか気が気で無い」
「心?」
さっきから色々と、どちらさん?ってか、もう知れてしまえ。皆に、このアホ面曝け出せ。今、学校でモメにモメてる連中にも見せたい。
「まぁ、お互い気苦労が絶えへんよなってこと。ほれ、メリークリスマス」
「なんや、それ」
ブツブツ言いながら、ハルは梶原の差し出したグラスにグラスをぶつけた。
「ハル!ケーキ食う?めっちゃ美味いで、龍大が作ったん!」
満面の笑みで言う威乃をハルは酷く冷めた目で見た。長年、幼馴染みをしているから分かっていた。分かっていたが、やはり、この男には羞恥心の欠片がミクロサイズ程もないらしい。
あー、クソマジで幼馴染みやめたい。だがハルがサンタに願った願いは、やはり叶うことはなかった。

Merry X'mas!!!!