余所者

空series short


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「…い、痛い」
「え?どこがですん?」
「…胃?…腹?」
風間組組長の嫡男、風間龍大の部屋で若頭補佐である梶原は、その龍大が愛して止まない威乃の顔を覗き込んだ。
腹を押さえ、ソファで”うーん”と唸る威乃。ああ、これはまさに食い過ぎ。梶原は半ば飽きれた。
カツカレーが食べたい!夏はカレー!と喚く威乃に、龍大は本格カレーを作り上げた。
数多くのスパイスを混ぜ合わせた、言うなれば龍大カレー。勿論、数時間で出来る代物ではなく、2日を費やした。
市販のルーで作れよ…。思ったが、口に出す訳にはいかない。
だが、味はまさに天下一品。極道の跡取りよりも、店を始めた方が良いんじゃないかと思う程だ。
それに舌鼓を打った威乃は、どんどんカレーを平らげた。食べ盛りの年齢と言えどもあまり恰幅が良い方ではなく、明らかに容量オーバーだろうという量を平らげた。
まぁ、成るべくして成ったということだ。
「食べ過ぎちゃいます?威乃さん、だいぶ食べはったし」
「だって、めっちゃ美味かったもんー」
そら、愛があるからちゃいます?なんて思いつつ、龍大に胃薬を貰おうと振り返るとすでに両手に何かを持った龍大が側まで来ていた。
「威乃?ホットミルク飲むか?薬飲むか?」
台所で片付けをしながら、威乃の変化に気が付いていたのだろう。急いで作りましたというわけではなさそうなホットミルクと、序でにとばかりの水と胃薬を手に持った龍大。
いやいや、何事も先手必勝。お見事ですよと、梶原は飲みかけのビールに口をつけた。
「うー…、薬ヤダー」
「ほら、威乃」
ヒョイっと威乃を抱いてソファに座り、丸まる威乃の背中を擦る。何だか恋人同士というよりも、おかんと子みたい…。
しかし、この光景を組長が見れば、多分、心臓止まらはるな。心になんか見せてみぃ、殺されるぞ。
眞澄は…眞澄も対して変わらんからなぁ。あれも御園を前にしてもうたら、どないもならん。
あれ?もしかして仁流会の後継者でまともなの、性格とか考え方とか諸々問題はあるとは言えども、もしかして心だけ?
いやいや、ヤバイじゃん、ダメでしょ…。そんなことを一人煙草を燻らしながら、梶原は思う。
とはいえ、3人が3人ともストッパーが外れると何を仕出かすか分からない暴君共。そう思えば、やはり暴君にはブレーキも必要なんかなぁ… 。
「うー、苦いー」
「ほら、ミルク」
龍大の膝の上で、猫の様に丸まりながらミルクを飲む威乃。威乃を慈しむように見る龍大の眼差しなんて、親でも見たことがないだろう。
ああ、本当に…どないもならんな。見てるこっちが恥ずかしいわ。だがこれでも、いずれは極道の頂点に立つ男。
いやいや、こないな姿見たら他所の極道が怒ってきよんで。
「大丈夫か?」
唸る威乃を、ひどく心配した顔で見る龍大。
いやいやいや、ただの食い過ぎやし… 。ちゅーか、俺の存在忘れてるな…。
作りすぎたから来いと招待されたのだが、まるで新婚家庭にお邪魔した余所者。ちょっと、寂しくなってしまった梶原だった。