空が青ければそれでいい

空series second1


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「風間どこ行ってん」
ハルが囁く様に言う。それを聞いて、俺は笑った。
「秋山威乃なんか知らんのんちゃうん、話しかけてるやん」
「やかましいわ、ボケ」
ボケはないやろ…。でも、確かにハルからしたらボケよな…俺は。
「彰信、パシリに使うなよ」
「アホか、彰信にこんな話聞かしたらショック死しよるわ」
せやんなぁ。風間の名前だけで卒倒しよるよな。
彰信のヘタレは折紙付きやな。ま、そこが彰信のエエとこでもあるけど。
「龍大は…関東」
溜め息と一緒に言えば、ハルの眉間に皺が寄った。
「関東?」
「おかんが、あっちの組に捕まってるとかで…。あっちの鬼塚組となんか…するみたい」
「鬼塚組!?」
「しーっ!声デカイて!」
思わず押し入り強盗のように、ハルの口を押さえた。
素行ばっかり一丁前に悪い奴等の集まる学校の教室で、鬼塚組の名前なんか出すな!!
「鬼塚組て、俺らの何個か上の先輩が入りたいて言うてた組やんけ!組長がかなりヤバイて」
ハルが俺の掌を押し退けて言うけど、ヤバイ?アホか、そんな言葉で片付くか。
この平成の時代に、戦国武将みたいに刀振り回すイタイ兄ちゃんが大将してる組や。
俺と龍大をバッサリ切り捨てようとした、アホがおるんや。ヤバイなんて軽い言葉で片付くか!
「ほんで、愛さん、巻き込まれてんか?」
ハルが頭を掻きながら言う。ハルなりに気ぃ使ってくれてるみたいやけど、ぶっちゃけ俺も訳分からん。
俺の力じゃ、どうにもならんとこまで来てる話。
次元が違う。世界が違う。痛い位に、思い知らされてる。
「うん、多分。サツも言うてたし。あのアホ、巻き込まれてるて」
「サツに任した方がエエんちゃうんか」
「だって、組のこと掴むんは組のが早いやん」
同じ穴の狢。俺等かてクソガキ情報は誰よりも先に的確に掴んでる。
まぁ、ヤーさんとは規模ちゃうけど。
「サツが掴んでへんのか?ヤーさん絡んでるけど、どこの奴か分からんのか?サツは…。いっそ、たれ込め」
お前がしろ。俺は鬼塚 心を敵に回すなんて、命知らずなことしたない。今、手と足とがあるんが不思議なくらいの恐怖味わってんぞ。
それに、龍大を裏切るんはイヤや。
「風間、ほんまに動いてんのか」
ハルの言葉に頷く。
俺みたいな奴のために、風間 龍大は名の通り”鬼”の鬼塚 心に頭下げて、イケメン顔をフランケンシュタインにしてくれたんや。まだ組員でもない龍大は、高校生のくせにヤクザの世界に踏み込んだんや。
「ほんまは…ガッコ来たくなかってん」
「はあ?」
胸にある渦。不安。闇。恐怖。目に見えへんそれらが一気に襲ってくる。
「ガッコでも来とかな、吐きそうやってん」
平気で人を傷つける連中。そんな中に、龍大は飛び込んだ。
それも自分が言い出したことのせいで。
「………」
「龍大…死んだらどないしょ」
椅子の上で、膝を抱えて足の間に頭を埋める。情けないことに食いしばっても食いしばっても、ボロボロと涙は溢れた。
行かすんやなかった。
ヤクザの世界なんか鬼塚 心みたいなんが当たり前におって、明日なんかどうでもええ奴等の集まりなんや。
鬼塚組や風間組みたいなデカイ組が仕掛けてきたって知ったら、おかん攫った組は自暴自棄になるかもしらん。
龍大や鬼塚組や風間組が酒井組に話し合いに行ったんか、戦争しに行ったんか、さっぱり分からん。
龍大も、言うてくれへんかった。戦争しに行ったとしたら…?
「龍大が…、人殺しなるんもイヤや…」
刑務所なんか入って逢われへんのも、俺のおかんが原因で人殺しなんかするんもイヤや。
肌なんか、重ねるんやなかった。龍大の身体がどんだけ熱いか知ってもうて、俺は一人残されて氷河期の気分。
寒くて寒くて。それが、恐くて、悲しくて。ただただ、龍大に逢いたい。
シクシクと情けないくらいに泣く俺を、ハルは周りが気が付かんように自分のシャツを俺の頭から被せた。
脂臭い…でも、温かいシャツ。ハルの忠告シカトしまくりの、俺やのに。
「お待たせ!コーヒー!…あれ、威乃、寝たん?」
彰信の声が聞こえたけど、俺は知らん振りをした。
きっと俺が泣いてると知れば彰信は俺の何百倍も、周りの目とか関係なく泣き喚くんや。
俺って世界一ツレに恵まれてると思いながら、泣きすぎて赤くなった目を休ませるべく目を閉じた。

学校終わって、どんだけぶりの塒に向かう。足取りは重たい。誰もおらん塒。
かと言って龍大のおらん龍大の部屋に行く気はなかった。龍大がおらんのを思い知らされるんだけは、イヤやった。
龍大に絆され甘やかされ、今の俺はただのヘタレや。
「あー。ひっさびさ?威乃ちゃん」
かけられた声に顔を上げれば、チャラい格好の篠田さん。
ああ、忘れてた…。あんたの存在…。
「…どうも」
錆び付いた柵に凭れて…。急に外れて怪我しても、俺のせいちゃうで。
「俺も忙しいてなぁ。ようやく威乃ちゃんに会えた」
「仕事は?」
「さっきあがれてん。今は一般市民やで」
「刑事って休みあるんや」
カンカン靴音鳴らしながら、錆び付いた階段を上る。
刑事って年がら年中刑事や思ってた。24時間戦えますかみたいなん。
「休みやけど休みやないな。携帯鳴れば、女の股座に顔突っ込んでても飛んで行かなあかん。因果な商売やでな」
「今日は何?おかんのこと?」
ドアの前。鍵を開けるべきか否か。
篠田さんの気配を窺いながら、学生服のポケットの中で鍵を弄ぶ。部屋の中で、刑事と二人になる趣味は無い。
「風間の倅は」
ホストみたいな甘い笑顔がスッと消えて、途端に刑事の顔になる。刑事はやっぱり年がら年中刑事や。
「…知らん」
声が震えた。
誰かに嘘つくなら、もっとマシや。女に嘘つくのなんか、俳優顔負け。
でも、目の前におるんは刑事や。嘘を見抜く天才や。
「威乃ちゃん、ほんまのこと言いや。風間の倅は関東に飛んだな?威乃ちゃんのおかんに関係あるんやろ?」
「し、知らんて」
心臓がドキドキ…ズクズク…。
篠田さんの顔も見れんで、唇噛んだ。やっぱり刑事の威圧感は凄まじい。
「鬼塚組のガキと、何ぞやらかすってほんまなんやな」
「え…!?」
バッと顔をあげれば、厳しい顔した篠田さん。なんで?なんで知ってるん。言いかけて、慌てて息を飲んだ。
「俺、こんなんでも刑事やで。警視庁からも情報はもらえる。鬼塚組に風間が出入りしてる、一新一家も絡んでなんや不穏な空気醸し出しとるて」
「……」
「俺は捜一やから、マル暴絡みに手ぇ出されん。今回かてヤクザ絡んでるって聞いて、マル暴が出刃ってきたくらいや。しかも、それが風間組みたいな莫大な組織だけやなく、関東の鬼塚まで絡んでるってなったら、ほんまに俺ら捜一はお役御免なる。あいつら、風間と鬼塚ぶち込むためだけに生きとる。でも、今はあかん」
「あかん?」
ってか、捜一とかマル暴とか、あんたらの内部事情に俺は興味ないで?
こないだからリアルVシネ勉強中で頭いっぱいや。そこにリアルポリはいらんわ。
俺の脳みそ、ほんまにどないかなってまう。
「裏には裏の事情あんねん…威乃、龍大は死ぬで」
「は?な…なに…」
何言うてんの?何言うてんの?何言うてんの、この人。
「鬼塚組の今の組長は、ある日いきなり現れたガキや。俺よりも若い正真正銘のガキや。嫡子がおらんとされてた先代の子らしいけど、いきなりそないなこと言われて、元からおる組員がそうですかって引き下がるわけあらへん。奴等はヤクザや。しかも、組長の鬼塚心は時期組長やったはずの男を破門にしよった。この男が厄介や」
「そんなん、おかんに…おかんの件には」
関係あらへん。そんな話は聞いてへん。
酒井組と佐渡、で、一新一家。聞いてるんはそれだけや。
「そいつが今回のんに便乗してきて、風間の倅見つけたら、威乃ならどないする?」
「……え?」
「アイツは仁流会会長の息子で、いずれは風間組組長やなぁ。俺なら芽が出る前に摘んでまう」
ズキンと、痛いくらい心臓が跳ね上がった。
篠田さんが言うたこと、もし俺がそいつなら…俺も、芽が出る前に摘んでまう。
「ガキの喧嘩や、ちょっとした大人の喧嘩とは訳ちゃうで。アイツらは暴力団や。名の通り暴力でもの言わす。司法なんか糞食らえ、俺らサツは犬や言うて噛みついてきよる。言うてる意味分かる?」
「……」
頭、ぐるぐるぐらぐらぐちゃぐちゃ。
きっと龍大はそんなこと百も承知で行ったんや。ただ、おかんを助けるために。
その男気を俺が裏切るわけいかん。
「龍大は…龍大は死なん」
「威乃!」
篠田さんが俺の腕を掴んだけど、俺はそれを力一杯振り払った。
何で、何でそんなん言うねん!
「約束した!帰ってくるて!龍大が、俺を一人にするわけあらへん!」
叫んだ言葉と同時に、ボロボロ涙が溢れた。絶対、絶対に龍大は帰ってくる。俺を一人にする訳ないんや!
「龍大は、帰って来る!!!」
沈みかけた夕陽が、空を不気味な程オレンジに染め上げる。
俺の叫び声が、その空にゴクリ。呑み込まれた。