空が青ければそれでいい

空series second1


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ひくひくと、しゃくりあげる俺の背中をリズムよく叩く。子供をあやすみたいに、トントンと。
そうされながら、ぎゅーっと龍大の身体にしがみついて、龍大の名前を呼び続けた。
不安で恐怖で真っ暗で、身体を引き千切られそうな痛み。それを打ち消す様に、名前を呼び続けた。
「りゅ、りゅー、うぅ」
「ごめんな、威乃」
”龍大”と、きちんと言えん俺に答える様に、龍大が俺の名前を呼ぶ。
夢やない、幻やない。思ってても何か消えそうで。何か、おらん様になりそうで。夢やったとかになりそうで。必死に龍大のシャツを掴んだ。
「威乃、ごめん」
力一杯抱き締められる。俺は龍大の首元に鼻を付けて、大好きな龍大の香りを目一杯吸い込んだ。
ああ、龍大や…。俺はそれに安心して、ようやく泣き止んだ。

「なに?間違いなん?」
ソファに座って疲労感いっぱいのハルが頭を抱える。そして、はーっと息を吐いて身体を起こし、煙草を銜えた。
「ちょっとー、オマエんとこさー。報連相ってないの?連絡網グタグタか?」
ジロリ、ベッドの上でコアラよろしくの威乃を抱えたままの龍大を睨みつける。
誤報のせいで、どえらい目遭うたやんけ!!そのコアラのせいで!!!
そんなとこ。
「いや、間違いやない」
「いやいや、お前、ピンピンしてるやん。何、オマエ、実はターミネーター?そんなネタ、今は笑われへん」
いくら鍛え上げられた肉体でも、刺されたとなれば話は別。やけど見る限り、怪我らしい怪我もない。
服の下に隠された傷でもあるのかと思いきや、そこを庇う仕草も痛みに顔を歪める事もあらへん。
こうなったら出てくるんが、あの撃たれようが脚が千切れようが骨格だけになっても追っかけて来たターミネーター。
そんなアホなと笑いながら、刺されたっていうのが腹に1ミリくらい刃先が当たったやないやろうな!と思ったりする。
「あ、もしかして影武者、風間龍大が刺されたとか!」
何か昔の武将によくある影武者。でも、オマエがようさんおるんは、何や…嫌やな。
そんな訳の分からん事を次々言うハルに、龍大は片眉を上げた。
「俺は大丈夫なだけ。梶原…うちの幹部が、俺を庇って刺された」
「ええ!?マジか!!刺されてるやん!」
「だから刺されたって。まぁ、大したことはない。死ぬような…そんなんやない」
「うわー、お前、モノホンやん。改めて感じるわ」
そういうの、高校生には無縁よ?ドンパチとか、抗争とか。あって、タイマン。
リアル龍が如く!!なんかプレイしてんの、オマエだけよ?
ハルは頭をガシガシ掻くと、煙草の煙を一気に吐き出した。
「あー、キャパオーバー。幹部って、俺らは小沢さんレベルで止めといてよ」
「小沢が威乃を連れてきてて助かった」
「え?」
「威乃?」
ハルと龍大のふざけた会話の中、ぼんやりする意識。
会話の内容もあんまり頭に入らん俺は、龍大に抱っこされたまんまその逞しい胸に顔埋めてた。
泣きすぎて頭痛いし、眠たい。つうか、半分、寝かけ…。
「威乃に限らず、同じ年の男があんな泣くん初めて見たわ。寝かしたれや、なんや疲れ果てとる」
ハルの笑い声が聞こえた。うるさい、俺かてちょっと思い起こせば引くくらい泣いたなーって思うてねんから。
龍大が俺の身体を寝やすい様に抱き変える。龍大の膝の上で横抱き。それでも、俺は龍大の服を掴んで離さんかった。
「しっかし、威乃、涙枯れたんちゃうか?」
「また泣かなあかん」
「は?あ!!愛さん見付かったんかっ!?まさか…」
「生きてる…けど、あれじゃあ」
龍大の声が遠なる。あれじゃあってなに?なぁ、あれじゃあって…。
声に出したいのに、俺の意識はそこで途絶えた。

ホカホカする。頭のてっぺんから足の先まで、あったかい。ふんわり、包まれとるみたい。
うつらうつらする中、目を開ける。
「りゅ、だい」
そこには、おんなじようにスヤスヤ寝る龍大の顔。そうか、龍大にがっつりホールドされて寝てたから、暖かかったんや。
ぼんやり、目の前を顔を見つめる。キリッとした眉と、彫りの深い顔。男前っていうより何かの芸術作品みたいなそれ。
ってか、ここどこよ?目だけを動かして周りを見るけど、暗くてよく分からん。俺は龍大の手から、そろりと抜け出した。
「どこやここ」
また知らん間に連れてこられたんか、俺らがおった部屋とは明らかに違う。広さとか置いてるもんとか、フワフワの絨毯とか。
真っ暗な部屋の中、柔らかい光が溢れる場所があった。何の部屋かと近付いてドアをゆっくり開けて覗けば、そこはバスルームやった。中に足を踏み入れると、でっかい鏡のついたパウダールームがある。鏡に映る俺。それを見て、ハハッと笑った。
「ううん、最悪」
泣きすぎた。目が腫れてる。ってか顔、浮腫んでない?
「ブサッ!」
百年の恋も冷めるわ。何か、こう、シューって。あー、これはないやろ。ないないわー。
とりあえず、泣きすぎて腫れた目を冷やしながら顔を洗ってると、ドアがいきなり開いて驚いた。バッと振り返れば、龍大が立ってた。
「あ、りゅ…」
「…なんや」
龍大はそう言うと、また戻っていく。何やとはなんや。
顔洗ってさっぱりして部屋に戻る。部屋は相変わらず暗いまま。ベッドを見れば、龍大が転がっとる。
疲れてるんやなぁとベッドに腰掛けたら、伸びてきた長い腕が俺を身体ごとベッドに押し倒した。
「うわっ」
腕一本で倒すなよ、何か悲しいやんけ。
「…威乃」
ギューッて抱き締められて、キューってなる。
切ないような、嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったいような…。
これが誰かに愛されるっていう気持ちなんかなぁとか、恥ずかしいこと感じたり…。
「…威乃」
「…ん?」
「抱いてええ?」
耳に流れ込む少し掠れたエロい声に、ぞくりとした。それだけで身体が熱なる。
「あほか、何言うてんねん。ってか、この部屋何なん?」
「何か、威乃らがおったホテルの最上階の部屋」
「さ、最上階!?」
「しか空いてへんかった」
「いや、ちゃうやん!梶原さんは!?」
確か、庇って梶原さんが刺されてんやろーが!ぐわんぐわんの頭やったけど、それは聞き逃してへんぞ!
その刺された経緯とか、今の状況とか何も聞いてないのにそっちかよ!!
「平気」
「はぁ?平気なわけないやろ!あ、おい、ハルは?ハルどこ?」
「名取…さんは、梶原とこ」
「…は?」
「小沢が様子見に行く言うたら、着いて行く言うから」
いやいや、アイツあほ?様子見にって?相手、極道ですから!!着いて行くって、あいつらはツレか!?確かに意気投合してたけど!!でも、一番連れになったらあかん人種やろ!!
なに?就職先決めたん?仁流会風間組。いやいやいや、ないないない。
「ないやろ」
「なにが」
「ハルのアホめ」
ぶつぶつ文句たれる俺の身体を、龍大のでっかい手が弄ってくる。いやいや、お前…。
「龍大っ」
「抱きたい」
熱の籠った、欲情した声。反則やろ。ブーッと唇を尖らすと、龍大が軽くキスしてきて笑う。
「…もう」
俺もそれに少し怒りながら返した。ただ触れるだけのバードキス。
少し顔を出した舌を軽く噛まれて、開いた口に龍大の舌が入り込んでくる。くちゅっと漏れる音がたまらん。
俺は龍大の首に蛇みたいに腕を巻き付けて、もっとと強請る。
龍大とのキスは、ほんまに甘い。いつまでも食べたい果物みたいに、甘美に俺を誘う。まるで禁断の果実。
「りゅう、」
龍大の俺の腰に回った腕に力が籠る。互いに止まらんくて、キスしながら互いの服を剥いでく。
はあはあとアホみたいに息荒らして貪るみたいなキス。キスしながら全裸になって、肌と肌が触れ合う。
ようやく、まどろっこしい作業が終わったと龍大のくれるキスを味わう。
「あっ!」
いきなり乳首を掴むみたいに抓られて、唇が離れた。
「…痛い?」
龍大は俺を抱えて身体を起こすと、膝の上に俺を座らせる。向き合う形のそのスタイルは、全裸の俺らには危険なそれ。
キスだけで完勃ちの雄が触れ合い、ピリピリとした感覚が襲う。
「…痛いっ」
「うそつき」
龍大がニヤリと笑い、自分の指を舐めあげる。その姿に俺の腰は震え、雄が跳ね上がった。
龍大は、そのてらてらになった指先を俺の乳首に塗りつける。滑るそれに息が荒なる。
「…あ、あ、やっ」
「威乃、痛い?…気持ち良いんやない?」
「あ…ぅ。あ…痛いっ」
こんなとこ気持ち良いとか、絶対嫌や。
「気持ち良いって認めたら」
“舐めたる”龍大が耳許で妖しく囁いた。俺は雄はその声に反応して、ツーっと涙を垂らした。