どれくらい走っただろう。そう思った頃、車は停まった。
後部座席から覗いてみると、十階建てほどのビルの前だった。そこは何かの会社のように思えた。
「着いたぞ」
山瀬に言われて、久志は車を降りた。ビルの入り口には鬼塚建設と書かれた看板があった。
「おら、来い」
山瀬に呼ばれて、久志は後に続いてビルに入り込んだ。中に入るとデスクや応接セットが並べられていて、本当に会社の様に見える。
ヤクザだなんだと言いながら、結構真っ当な仕事をしているのかもしれないなんて久志は思った。
「お疲れさんです!!!!」
途端、大きな声が響き、久志は驚いた。そして、当たり前の会社でないことを認識する。
山瀬に挨拶をする面々どれを見ても、街で肩がぶつかろうものならとんでもない目に遭わされそうな厳めしい顔をした人間ばかりで、それこそ任侠映画に出てきそうな者が顔を並べていた。
自分もいつかああなるのではないだろうかと、少しばかり危惧してしまう。
「雅!」
山瀬はそんな組員達に手を挙げると、すぐに声を上げた。
雅…さっき聞いた名だ。
程なくして奥の解放されたドアから、Tシャツにジーンズ姿のラフな格好をした男が現れた。
なるほど、綾子が言っていた通り綺麗な男だった。厳めしい顔ばかりが居る中にとんでもなく場違いな男だと思いつつも、その容姿には目を奪われる。
長い睫毛がくっきり彫りこまれた二重を縁取り、目の下に泣き黒子が二つ並んでいて、それがとても特徴的だった。高めの華奢な鼻は形が整って綺麗だ。
だが、濡れた様な烏の羽を思い浮かべる瞳だけは、どこか影を落としたように暗かった。
「久志だ。お前と同じ年だってよ。コイツ、家なしだって言うからよ、お前んとこ入れてやれ」
山瀬が簡単な説明をすると、雅は頷き久志を手招きした。
「行け、気ぃつけろ。かなり手強い奴だからなぁ。ここに居る奴等は全員、雅に口だけで叩き潰されたんだぜ」
山瀬は久志に耳打ちすると、背中を押した。
久志はそのまま、雅に招き入れられるようにドアを潜った。ドアの向こうは少し薄暗い廊下が続き、奥に光が見えた。
そこは、大きな駐車場だった。駐車場といっても屋内で、とても広い。
そこに並べられた車は、どれも高級車と呼ばれる物ばかりだった。
「洗車、出来る?」
「え、うん」
雅は床に蛇の様に居るホースを手に取ると、手元のレバーを引いた。
ホースの先端には、水圧調整出来る様な器具が付けられていた。勢い良く出た水は、そのまま雅の前にあるSLKを容赦なく濡らしていった。
「あと三台あるから。ジャガーとベンツ二台。車内も掃除がてらチェックして。仕込みがないか」
「…?」
「盗聴器とかだよ。やり方が分からなかったら聞いて」
「ああ…」
久志はSLKの隣にある、ジャガーに近づく。黒のジャガーはボンネットに飾られた銀のジャガーの飾り同様、艶やかに輝いていた。
洗う方が汚れてしまうのではないかと思ったものの、そういえばジャガーのエンジンは見た事がないなと久志はボンネットを開けた。
洗えと言ったのに、別の事をしだす久志に雅は大して何も言わなかった。
一通り車を洗い終えると、雅は先に終わったようで片付けを始めていた。
洗車は思ったよりも時間がかかった。車体を洗い、ホイールを磨き、車内を点検する。車内の点検が一番時間がかかった様な気がした。
道具一式を倉庫に片付けると、雅は久志を連れ”お先です”と、強面の組員達に頭を下げ事務所を後にした。
雅は寡黙な男で、帰りの道のりでも何一つ話さなかった。
久志はそれは別に苦にもならず、黙って雅の後に続いた。
ここ、と言われ案内されたのは、事務所から歩いて20分ほどにあるマンションだった。
エレベーターで指定された階は五階。単身用にしては立派なマンションに思えた。
角部屋。赤茶色のドアの鍵を雅が開ける。表札には名前が無かった。
「ちょっと待ってて。少し片付ける」
雅はそれだけ言うと、部屋に入っていた。
町並みの見渡せる共同通路。じっと見ても見覚えのある建物も風景も一切無い。
知らない土地、知らない人、何時間前に降り立った街。
何時間前に知り合ったヤクザ。何時間前に知り合った同居人。
人生、何とでもなるもんだと久志は思った。
「入れよ」
ドアが開けられ、招き入れられる。部屋に入ると少し驚いた。リビングと洋室が二つ。
一人では広いであろう部屋は、殺風景で家具がなかった。
テレビと小さなテーブル。そのテーブルの近くに積み上げられた雑誌。それ以外に何もない部屋だった。
「うわ、何もあらへん」
口にした言葉に、雅の身体がピクッと動いた。
気に障ったのかと焦る久志を余所に、雅はじっと久志を見つめた。
「悪い。いや、何もあらへんからつい言うてもうた」
「関西弁じゃない」
厭味の一つでも言われるかと思った雅の口から出たのは、久志の関西弁を指摘するものだった。
「え?ああ、まあ…せやけど」
「風間組の人?」
「風間組?いや、ちゃうけど…」
「なんだ、またあのおっさんの拾い物かと思った」
「拾い物っちゃー拾い物やけど…」
久志はそのままフローリングの上に座り、近くの雑誌を手に取った。
雑誌は経済もので、書かれている単語どれをとってみても、久志には理解不能のものだった。
「お試し期間ってほんまなん?」
「ああ、そうだな」
「自分は似合うとらんな。俺が言うんもあれやけど、ヤクザにはならんでも他になれそうやん?止めといた方がええんやないの?」
「父を殺した」
自分のことを言われたのか、久志は顔をあげた。
雅はカウンターキッチンのカウンターに凭れ掛かり、意味ありげに微笑み「…父を殺したんだ、俺」と言った。
「…さよか」
久志はそう言って、雑誌に目を戻した。
「ほな、同じ穴の狢やな。俺もそやから」
相変わらず訳の解らない言葉がページに犇めく。それを流すように見ながら、久志は思った。
雅は殺しはしていないと。
「どうして殺したんだ?」
雅は久志から雑誌を奪うと、その膝の上に車雑誌を載せた。
久志は、おおっ!と声をあげると1ページ1ページ、舐めるように見出した。
「どうして殺したんだ?」
再度、雅が尋ねてくる。どうしてって…。
「そりゃ、ヤク中でどないもならん奴やったから」
久志は簡潔に答えると、雑誌に没頭しはじめた。そんな久志の額を、雅がパシッと叩いた。
「イタッ!!!」
「人と話すときは目を見ろ。相手の感情も読めないんじゃ、いつまでもチンピラだぞ」
真っ直ぐ久志を見る雅に、久志は雑誌を閉じた。
間近で見てみると、本当に綺麗な顔だ。色が陶器の様に白い。こういうのを白皙というのだろう。
だが、女だと言うには無理がある。無理はあるが、妙な色香があって強い目力せいもあるのか、変な気分になりそうで久志は思わず目を逸らした。
「…話したやん、ヤク中でどないもならん奴やったからって。あんたは?」
久志が聞けば、雅はどこか考える風に視線を泳がした。
「…どうしてだろうな。気が付けば血の海だったから。それしかなかったのかもな」
雅の言葉に、やっぱり雅は殺しなどしていないとはっきり解った。
殺しに理由のないものなどない。何かしら理由はあるのだ。
それがムカついたから、嫌な事を言われたから、嫌いだったから。極端な事を言えば、人を殺してみたかったからでもいい。
常人には理解出来なくても、人を殺す人間にはそれなりの理由があるのだ。
どうしてなんて言葉は、人を本当に殺した人間からは出ない。
もし、本当に気が付いたら血の海だったのなら、雅が多重人格者か精神異常者だろう。見た目はさることながら話した感じでも、それは無い様に思えた。
”どうして”と誰に問いかけているかは知らないが、雅は誰も殺してはいないはずだ。
顔が顔なだけに、虚勢を張っているのだろうか。そんな事を考えていると、部屋の違和感に気が付いた。
広い間取りの部屋は、どの部屋も孤立する様な作りになっているのに、ドアが全て外されていたのだ。
「関東って…ドアはオプションなん?」
久志が指を指して聞くと、雅は首を振った。
「そんな訳ないだろ。ドアがあると…狭いから。付けたければ付ければ?奥にあるから。その代わり自分が使う部屋だけにして、共同スペースにはつけないでくれ…」
ドアを付けても十分広いだろうとは思ったが、何か余計な事を言って、これからの関係がギクシャクするのは本望ではない。
久志はリビングの隣の部屋を首を伸ばして覗いた。六畳程の何も無い洋室に綺麗に布団が畳まれていて、それが少年院での生活を思い出させた。
「まぁ、えっか。で、あんたは親父殺ったからヤクザになろー!って?」
久志が部屋から雅に視線を戻すと、からかう様に言った。
「いや…拾われたって言ったろ?お節介なおっさんが俺を拾って極道斡旋、お試し期間中」
肩を竦めて言う雅に、久志はククッと笑った。
「よぉ考えてみたら変な話よな。ヤクザのお試し期間ってなぁ」
どんな仕事にも見習い期間はあるが、お試し期間だなんて何かの新製品の発売の様だと久志は思った。
だが、この場合、もれなく人生を狂わせる可能性もある商品。果たして何人が試すだろうか?
とりあえず、現時点で二名。特典は美人との同居か。
「合わなけりゃ辞めていいってさ。期間は二ヶ月だから…あと三週間かな」
「ふーん、しかし、なんや変な組に入ってもうたわ」
「そう?一応はデカイ組みたいだけどね。派閥が二つに分かれてるから、あれがモメると厄介だけど。まあ組長さんも現役だし、力もあるから大丈夫なんじゃない?もしヒットマンにやられちゃって死んだら、組は別れちゃうかもしれないけどね。組長跡継ぎ居ないらしいし」
「詳しいやん」
驚いた顔をしている久志を流すような瞳で見ると、雅は溜め息をついた。
「お前さ、チンピラで終わっちゃいたいの?この民主国家の国で、極道の世界だけは独裁世界なんだぜ?付く人間を間違えれば、それこそ訳の分からない当て馬にされて何十年も塀の中。上に上がれる奴だけが金も車も自由に出来るんだから、どうせならそっちだろ?」
「ちょっと…」
一体、この男は何者なのか。こんな飄々としていて、とてもではないが喧嘩三昧の日々には縁遠いタイプだ。
そう、どちからと言うと、机に向かっていている姿の方がしっくりくる。
もし久志と同じクラスだったとしても、絶対に口を聞かない優等生の部類の人間だ。
それを証拠に、何もないリビングに置かれた数多くの雑誌は経済雑誌やパソコンの専門誌。その雑誌に埋め尽くされる様に、下の方には大検の本まで見える。
まかり間違えても半裸の女が意味ありげな微笑みを浮かべ、不埒な格好で表紙を飾るような雑誌はない。久志に渡した車雑誌のみが、大衆雑誌と言えるのかもしれない。
「お前、何者?拾われたってどこで?」
「俺さ…男に身体売ってた。ウリってやつ」
「え!」
久志は思わず勢い良く頭をあげ、凭れていた壁でゴツンと頭を打った。
「安心しろ、お前は趣味じゃない」
その慌てた様子の久志に冷たい視線を送ると、雅はそう言い捨てた。
「さよか。まあな、ほら、人それぞれやしな…」
久志の必死のフォローに雅はプッと吹き出した。
「中に入ってたなら、経験あるだろ?」
「へ?いや、いやいやいや、ない。いや、知らんだけやったかも…俺は」
実際、同じ房の人間が何をしているのかなんて、久志にはどうでも良かった。
中の連中と馴れ合うつもりはなかったし、少ない自由時間は車の雑誌を読む事に明け暮れていた。
「ね、男も身体売れるんだぜ?それは知ってた?」
「お、女が客…?」
「バカか。性欲を金で買う生き物は男だけだよ。男が男を買うの」
「あ、ああ…そうやんな」
「試してみるか?」
艶麗な笑みを浮かべ囁くように言う雅に、久志は必死に首を振った。
「残念」
雅はそれだけ言うと、久志から取り上げた経済雑誌を手に取り捲り出した。
久志も車雑誌に目を戻し色々な記事を読みながら、ドアを付けようと心に決めた。
極道とはいえど、やることは山の様にある。久志の仕事は専ら洗車や掃除などの雑用全般だ。
コンピューターに詳しい雅は事務所で何やらパソコンと睨めっこしている事が多いが、何をしているのか久志は説明を受けた所で分からないだろうし、あえてそれを聞こうとは思わなかった。
「おい、ヒサ」
洗車をしていると、スーツ姿のガタイの良い男が声をかけてきた。
佐藤 秀彦という40手前の男は、舎弟でこの世界は長いのだろう。感じ取られる空気が重かった。
それでも、下っ端の久志や雅を食事に連れて行ったりと面倒見の良い兄貴分だった。
「お疲れさまです。佐藤さんの車出来あがってますけど、どっか行くんですか?」
「いや、まだ行かねぇけど、どうだ?雅との生活は」
佐藤は近くのパイプ椅子に腰掛けると、煙草を銜えた。
久志はすかさず、吸い殻入れに使っている水の張ったバケツを佐藤の足下に置いた。
「上手い事やってますよ。たまに手厳しいけど」
「もうヤッたのか?」
「………は?」
佐藤の言葉に、久志は間の抜けた声を上げた。
「お前、こっち来て間ぁないし、女買う金もねぇだろ。でも、雅はその辺の女よりも上玉じゃねぇか。ウリやってたっていうし、男のケツも良いらしいぞ」
「いやいや、勘弁してくださいって。アイツとはそんなんちゃうし」
一体、何を言い出すのか。
ウリをやっていたから味見をするだなんて、まるでそこに穴があるからだという男の馬鹿な発想をそのまま実行する様なものだ。
実行すれば最後、とんでもなく雅との間柄が居心地の悪いものになるのは目に見えて分かっている。
噂通りというより常識通り、久志に居るこの土地の物価は高い。
今のマンションを出なければならない羽目になれば、ホームレスヤクザという何とも恰好の悪い現実が待っているのだ。
「うちに出入りしてる瀬川ってガキがな、男もイケるとかで雅に手ぇ出してな。雅は初めは相手にしなかったんだが、瀬川ってのは自意識過剰な男だから、そんな雅の態度が気に入らなかったんだろうな。ここで、洗車してる雅に襲いかかりやがってなぁ」
佐藤は鼻で笑うと、バケツに煙草を投げ捨てた。煙草はジュッと鳴いて沈んだ。
確かにここには普段は人は来ないし、事務所から離れた所にあるので叫んだとしても誰にも聞こえないだろうが…。
「え?まさか、ここで…ヤッ…」
「雅と組んだことあるか?」
久志の邪な疑問に答えることなく、佐藤は拳を久志に見せる様に聞いて来た。
どうしていきなりそこ?まさか、そんな事をする訳がない。まず、やり合う理由が無い。
久志は首を振った。
「一回組んでみろ」
「見た目通り、弱いんですか?」
「いや、強い」
「強いんや」
意外と言うべきかやはりと言うべきか。雅の身体つきが華奢なのは、見た目からはっきり分かる。
風呂上がりに見るTシャツから出た雅の腕はただの肉と骨ではなく、骨にしっかりと筋肉が付いたもので華奢とはまた違った細さだった。
「しかも非道やな」
「非道?まぁ、アイツちょっとそんなとこあるかもしれへんわ。まさか
「それに近いかもしらんな。俺等が異変に気ぃついて駆けつけた時にはCL500のフロントガラスが割られて、瀬川は血塗れ。その上、腕の骨は外されて関節は反対に折れ曲がってやがって。それでも雅は息も絶え絶えの瀬川に、エンジンオイルぶっかけて火ぃ点けようとしてたからな」
久志はその光景を想像して、ゾッとした。
見た目からして、そんな事をしそうなタイプではない。見た目に反してとは言うが、それは掟破りなほどの反し方だ。
「でも、ちょっとまぁヤラれかけてそんなんて、アイツ短気すぎません?」
もしかしたら自分を抑えれないタイプの人間か。それならば父親を殺した理由が分からないと言った、雅の言葉にも納得がいく。
もしかしたら、本当に雅は久志と同じ様に父親を殺したのだろうか?
「瀬川が雅の爆弾踏んだみてぇだな。アイツの素性は組で知ってる者は居ねぇから、その爆弾が何だったのか瀬川も怯えて口割らねぇし。瀬川も一応、族の頭はってたのに、ああもやられちゃぁな」
「もちろん入院ですよねぇ?」
久志が問いかけると、佐藤は頷いた。
「瀬川も馬鹿な男だぜ。入院の上、ぶっ潰した車の代金請求されて。まぁ、あれでアイツも更生してまともな人生歩むかもしれねぇな」
「アイツに過失はないんですか?その瀬川に非があるにしても、車ぶっ潰して」
聞いただけではあるが、誰がどう見ても暴行を受けたのは明らかだろう。
病院に連れて行ったのなら色々と始末も大変だっただろうし、潰した車もただの外車とは訳が違う。理由はどうあれ下っ端の雑用係の起こした不始末を、組が片付ける必要があるのだろうか。
「まぁ、雅が来てすぐの事で、雅を拾ったのが風間組の幹部の梶原って人でなぁ。連絡したら関西から、すっ飛んで来てな。車は弁償するから、雅のことは不問にしてくれって言われてよ。雅のことを不問にするのはいいにしても、車を兄貴分に弁償させるっていうのは不味いってなってな。そんな事されちゃぁ、オヤジに叱られちまうから、じゃあ瀬川に背負わそうって事になったんだ。梶原が雅に灸据えてたけど、雅は聞いちゃいなかったなぁ。だから俺には合わないって言ったのに、無理矢理連れて来たのはあんただろなんて、涼しい顔して言っちゃって。本当に不思議な男だぜ」
そう言って笑う佐藤に、久志はその猛獣と暮らす俺はどうなるんだと一人思った。
だが、瀬川の踏んだ爆弾というのが気にはなる。
飄々と何事にも動じずに、そして父親を殺したと嘘か本当か怪しい話をする雅。他人の過去に興味はないが、同居人となればそれは別の話だ。
「アイツ、あと二週間でしょ?」
「ああ、お試し期間な。そうだな、どうするのかは知らねぇが、雅に抜けられるのはイテェな。俺等は幹部って言っても、今時のハイテクなコンピューターには疎いし、経済も分からねぇ。かといって、法スレスレのしのぎ削ってちゃぁ、もう生き残れないとこまで来てやがる。嫌われたもんだぜ、極道も。その点、雅はコンピューターを巧みに使い、システムを作り上げうちの顧客管理までしてやがる。法律にも強くて裏で貸してる闇金業も、そのうち潰すって話だ」
「潰すんですか?」
「回収屋に一気に回収させてな。そのうち、店からのみかじめ料も取り締まられる日が来るって言うんだ。なら、店ごと買い上げてしまえば良いって抜かしやがって、山瀬の兄貴は雅に興味津々よ。オマエも兄貴に拾われたんだろ」
「ああ、はい。ちょっと事情あって一新一家に行こうとしとったんすよ。でも、何かうちに来いみたいなって」
「一新一家は昔気質の極道だ。傘下ももたねぇし兄弟組も持たねぇ。それでも昭和の初めには関東で一番デカイ組になってやがった。まぁ、今ではうちも変わらねぇがな。大きすぎる組は自分で破滅しちまう事が多い。中に居るのは猛獣と同じだ」
佐藤はそう言って立ち上がり、車庫を出て行った。
佐藤の言っていたのはきっと若頭の対立の事だろう。組に来て日が経つにつれ、その不協和音は久志でも解る様になっていた。
久志は洗車の終えた車を綺麗に並べると、道具を洗い出した。