愛す人

- Nocturne of Phantasm -

花series spin-off


- 2 -

「相馬さん!」
突然のことに頭がついていかない。何がどうなっているのか、訳がわからなかった。
暁がパニックに陥っている間に、相馬が暁の眼鏡をスッと外す。シングルベッドのスプリングが、二人の体重に驚いたような音を出した。
両手を一纏めにされ、頭上で相馬の手で拘束される。抵抗しようにも、相馬の鍛え上げられた腕から逃れられる訳がなかった。
「そ、相馬さん!」
戸惑いからかそれとも恐怖からか、暁の声が掠れた。だが相馬は構うことなく暁のシャツのボタンに手を掛けた。
プチプチとシャツのボタンが外され、薄い胸板が曝される。男同士ならば何ら恥ずかしいことはないのに、思わず顔を背けた暁の首筋に相馬が舌を這わした。
「あっ!」
ゾクリとした感覚が腰を跳ね上がらせた。それに気を良くして、相馬は暁の首に吸い付く。
ちゅっと軽く吸い付くと、薄紅色の花弁が咲いた。そこにまた舌を這わして、細い首に口付けを落とす。それがくすぐったいような、何とも言えない感覚に暁は震えた。
徐々に上がる息を悟られまいとギュッと目を閉じていると、相馬は暁の首への愛撫をしながら露わになった胸元を掌で撫で回す。
相馬の掌に吸い付くような肌質は気持ちが良く、相馬の劣情を更に駆り立てた。そして、そこにある小さな果実が指先に触れると、ゆるりと撫でた。
「あっ!ん…!」
自分の声に思わずギョッとして口を閉じた。こんな声、出したくないのにと目尻に涙が溜まった。
「気持ちが良いですか?」
相馬に問われて、暁は頭を振った。
「ぞわぞわするから…。お願い、やめて…」
目を力一杯瞑り、馬鹿正直に答える暁の唇に軽く口づけると、相馬は暁の手を離した。
ようやく自由になった手に肩の力を抜くと、その手を取られ、まるでお姫様にキスでもするように手の甲に口付けられた。
「抵抗してはいけませんよ?」
いつもと変わらぬ笑顔でいつもと変わらぬ優しい口調で相馬はそう言うと立ち上がり、部屋の電気を消した。
そしてライダーズジャケットを脱ぎ捨てると、ゆっくり暁に覆い被さった。
「あの…」
暗闇の中でも、暁の目に現れる戸惑いがよく分かる。相馬はそれに目を細くして、暁の頬を指で撫でた。
「怖いですか?」
「怖くないって言ったら、嘘になる。どうして…?こんな…こと」
「好きですよ」
「…?」
相馬の言葉の意味が分からずに、暁は思わず黙りこくった。
「君が、好きです」
囁くように奏でるように言われ、暁は一気に顔が赤くなるのが分かった。
「好きって、」
俺、男だよ?相馬さんも男だよ?思いながら、相馬ならば老若男女、関係なくモテるだろうと思った。それほどに、相馬は男の暁から見て魅力的なのだ。
とても素敵な人だと思ったし、とても好きだと思ったが、それが恋愛のそれだとは考えたこともなかった。
「私を嫌いなら、もう止めましょう。私を嫌いですか?」
「そんな…聞き方。相馬さん、ズルい」
小さく唇を噛む暁の頬を、慈しむ様に相馬が再度、スルリと撫でる。
「嫌い?」
フフッと笑われ、暁は唇を尖らした。
「…嫌いじゃない」
消え入りそうな声で言うと、暁は暗闇の中、相馬の顔をじっと見つめた。
「俺も…相馬さん、好きです」
言い終わるや否や、相馬の唇が暁のそれを塞いだ。深い口づけに自然と口を開けると、相馬の舌が当たり前のように入り込んできた。
鼓動が高鳴り、身体が羞恥に染まるのを感じながらも、暁は相馬の口づけを必死で受け入れた。
歯列を舐めあげられ、上顎を舌で撫でられると小さな声が漏れた。息継ぎの仕方も分からず頭がぼんやりしてきたころ、相馬の口づけが離された。
息も絶え絶えで身体だけが異様に熱く火照る。淫靡にてらてらと光る暁の唇を、相馬がペロリと舐め上げた。
それだけで暁の身体がブルリと震えた。そして、はぁ…と小さく息を吐いた。
これから、何をされるのか。自分がする事を考えた事はあっても、自分がされる事なんて考えた事もなかった暁は、薄暗い部屋を意味もなく見渡した。
すると中途半端にはだけられた服を脱がされ、今まで存在を気にも止めていなかった乳首に吸い付かれ、暁は声をあげた。
「相馬さん…!」
「はい?」
「そんなとこ…!」
「感じませんか?ここはとても気持ちが良さそうに、堅くなってますが?」
何ら問題がないような説明をされ、暁は押し黙った。それを良いように解釈して、相馬はまた暁の乳首に吸い付いた。
妙な感じだった。腰の辺りがざわざわして、鳥肌が立つ。
それが嫌悪感や気持ち悪さからではないことは、忙しない呼吸が証明していた。執拗に乳首ばかり攻められ、ぎゅっと瞑った瞳に涙が滲む。
どうされたいのか、どうしたいのか、どうなるのか…。
こういう事に淡白な暁には、何が何だか解らない状態だった。キャパ満杯。煙を上げそうな頭と、自分の意志に反してビクビク跳ね上がる身体。
グッと息を飲んでも漏れるそれ。卑猥な音色、荒い吐息。全てが自分の思い通りにならなくて、身体が強張った。
「緊張しないで。我慢せずに声を上げて…。ん…?」
暁の気持ちを知って知らずか、相馬はそう言ってコンッとベッドの横の壁を叩いた。
「壁が薄そうだ。声は我慢ですね、君の声を他に聞かすのはね」
フフッと笑って、相馬はまた暁の胸元に沈む。また乳首を執拗に舐められるのかと、暁は泣きそうになった。
だが相馬の舌を感じたのは乳首ではなく、もっと下…。
「あっ…?!」
「くすぐったい?」
聞かれて必死に頷く。相馬が囁く様に言いながら、腰を撫でるように舐める。それに暁の身体はビクビクと痙攣を起こした。
「わか…わかりません」
くすぐったいような、むず痒いような言い様のない感覚。
ざわざわと身体の奥から何かが溢れてきそうな、そんな言いようのない感覚に思わず目頭が熱くなる。
「大丈夫ですよ」
なにが!?と叫びたくなる言葉を残し、相馬は再び腰のあたりに舌を這わす。舌を這わし、時に軽く噛みつかれ、暁はパニックだった。
女性とも数える程しか経験がない暁は、今、同じ男に身体を撫で回されている。それに嫌悪感を微塵も感じずに、息をあげて…。どうかしている。
自分は同姓愛者だったのだろうか?いや、それよりも相馬は同姓愛者なのか。
こんな容姿端麗という言葉ががっつり見合う男が、地位も権力もある男が?まさか…。
「うっ、あ!?」
ガブリ、音がしそうなほど噛み付かれ飛び上がる。腰に痛みが走ったのを考えると、噛み付かれたんだと冷静に思った。
「余所見はいけませんよ」
相馬に静かに言われる。混乱する暁を他所に、相馬は暁のズボンに手をかけた。
「ま、待って!」
さすがに暁はズボンを掴んで声をあげた。
「ん?どうしました?」
「変…だからっ」
ズボンの下がどうなっているのかくらい、自分がよく分かる。それを相馬に曝すのには、抵抗があった。
「ああ、勃起してると?」
「相馬さん!」
言われればそうだが、サラリと言われると羞恥が増す。こんなにも息があがって、こんなにも混乱している自分に比べ、何事もないくらいに冷静な相馬。
温度差が、怖くなる。
「私も変わりませんよ」
フフッと笑われ、暁の手を退けようとするが暁は頭を振った。言葉にされたところで、言いようのない不安は消えない。
「そ、相馬さんも上、脱いでっ」
自分だけ上半身を曝し、今はズボンまで剥かれそうな状態。自分だけが何もかも剥がされ、居心地だけがどんどん悪くなる。
これはフェアじゃない。
「わかりました」
にこやかに微笑み、シャツを脱ぎ捨てた相馬の身体に暁は感嘆を漏らした。スーツの上からも、鍛えているのは分かった。
だが相馬の身体は鍛えているというのとは、またなにか違った。細い身体に無駄なくついた筋肉は肉体のフォルムを描き、芸術の何かのようだ。
「…綺麗」
それの言葉がしっくりくる。暁の吐息と一緒に漏れた言葉に、相馬が小さく笑った。
「綺麗と言われたのは初めてですね」
「相馬さん、本当に弁護士?」
「ん?」
「鍛えるのが趣味なの?」
弁護士で、こんなにも整った体躯は必要なのだろうか?高級車は納得が出来る。暁の大学にも法学部はあるし、それなりにレベルも高い。
遊びにくるOBが学校に乗り付ける車は、相馬ほどではないが外国産の高級車と呼ばれるものが多い。
そのアクセサリーに憧れを抱き、悪を許さぬだなんていう志よりも、将来、高い年収を得るために遊びにかまけずに猛勉強をして居る学生は多い。
猛勉強をしている者は見ても、筋トレに励む者を見るのは少ない。それこそアメフト部か、柔道部か…空手同好会。ようは身体資本という連中ばかりだ。
「私の事を気になってくれるのは多いに歓迎だし、出来る限りの事は答えましょう。あなたの事も、私はもっと知りたいしね」
答えになっていないことを言いながら、相馬は暁に軽くキスすると、ズボンを握りしめる暁の手をやんわり退けた。

「んんんっ!!」
溢れ出る声が止まらない。それが漏れ出ない様に、暁は必死に両手で口を押さえ込んだ。
だが跳ね上がる腰を押さえつけられ、更に昂りを吸い上げられる。暁にとっては、拷問にも近いそれ。
ズボンと下着を剥ぎ取られると、やはりと言うべきか、蜜を滴らせた分身が目に入り泣きそうになった。
相馬はそんな暁を他所に、前置きもなく躊躇うこともなくいきなりそれを銜え、舐めあげた。
初めてされたフェラチオに呆気なく達してしまい、挙げ句に相馬の口の中。死んでしまいたいと慌てる暁を、可愛いと場違いな台詞で相馬は慰めた。
これで終わりと思ったのに、相馬はそれこそしつこいくらいに暁のペニスを愛撫する。達したあとの愛撫は敏感になった分、痛みすら伴う。
なのに若さからか、そこは萎えることなく相馬を歓迎するように勃ち上がり、浅ましいくらい先走りを溢れさせていた。
女の子にそういうことをさせるのは気が引けてした事がなかったが、同じ男だからか的確に刺激を与えてくるうえに双嚢を手で揉みしだかれると腰が抜けそうな快感に襲われる。
じゅぶじゅぶと濡れた音色が鼓膜を刺激し、更なる快感のスパイスとなっていた。
「あ、あああっ…、そ、相馬さ…っ!」
経験したことのない快感に、身体が逃げを打つ。腹の奥底が痛くなり、涙が止めどなく流れた。
快感よりも恐怖が追い抜かしそうになり、思わず嗚咽が漏れた。それに気が付いた相馬が、ようやく暁のペニスから口を離した。
「…大丈夫ですか?」
ようやく止められた愛撫に息を吐き、暁は呼吸を整えた。だが空気さえもが刺激になり、自分の感覚を無視して身体が跳ねる。
それをどうにか止めようと身体を丸め、目に入った相馬の手をそっと握った。すると、目尻から流れた涙を相馬が指で拭った。
「君を、どうしても手に入れたいんです」
切な気な瞳で見つめられ、暁は蛾眉を顰めた。どうしてこんな全てにおいて完璧な人が自分みたいな、というよりも男に執着するのか。なぜ自分なのか。
静のように中性的で綺麗というわけでもない。相馬ほどでもないが長身だし、身体も骨組みはガッチリ男だ。そんな自分に、どうしてそこまで?
「俺…相馬さんを好きだよ。でも、俺みたいなのを相馬さんが…」
「君はとても素敵です」
惚けるような笑顔を見せられたら、グズグズの内部もどうでも良くなる。
暁は相馬の首に腕を回し、相馬さんのが素敵ですと頼りなさげに笑った。