- 1 -
ベッドがギシギシと、今までに出した事もない音を奏でる。漏れ出る吐息は忙しなく、グチュグチュと淫靡な音色が部屋に響く。
「あぁ…っ!!」
跳ね上がる身体と絶え間なく漏れる声。両足を相馬の肩に担がれ、台所にあったオリーブオイルを痛みが和らぐからと塗りたくられ、秘部を弄られる。
グチュグチュと耳を塞ぎたくなる音と、自分のくぐもった声。それが全部、自分の醸し出しているものだと思うと逃げ出したくなった。
もうイヤと何度懇願しても、キスで宥められる。ポロポロ涙が自然に流れて、泣いてる錯覚に陥った。
「分かりますか?今、二本入ってます」
分かるか!と言いたくても、言葉が紡ぎ出せなくて、ただただ首を振る。
「…っも、やっ!」
腰にダイレクトにくる痺れと、時折、背骨から脳に突き上げるような強烈な衝撃。それが怖くてたまらなかった。
自分が自分でなくなりそうな、それが快感であるのか何であるのか女性との経験も少ない暁には分からなくて、段々と恐怖さえ感じる。
ぐっとシーツを握れば、その手を相馬の手が包んだ。
「痛い?」
ぼんやりした視界。きっと酷い顔をしているはずだけど、そんなことを気にしている余裕はない。
「相馬、さ」
弱々しく声を上げ、暁は目の前の相馬に縋り付いた。止めてと言いたいし、続けてと言いたい…。
何が何だか、極端に言えば上か下かも分からないような、そんな状況の中「北斗ですよ」鼓膜を声でざわりと撫で上げられる。それだけで暁の身体は震えた。
ズルリと中に入り込んでいた異物、相馬の指が抜ける。思わず、ほう…っと息を吐くとクスリと笑われた。
「目、開けてこっちを見て」
「…え」
息がかかる位置に顔を寄せられ、額を合わせる。そこで初めて、相馬も汗をかいていることを知った。
「手を握りましょう」
指を絡めて手を繋ぐ。恋人同士の繋ぎ方の様なそれに、グッと力を籠めた。鼓動も息も乱れたまま、言葉を紡ぎ出すことも出来ない。
自分をこんな風に乱しているは相馬だ。それを”幸せ”だと感じるのは、おかしな事なんだろうか?
「相馬さん」
「北斗ですよ」
額を合わせたまま、暗示をかけるように言われる。部屋が暗闇で暁の視力が悪くても、そこまで近づくと相馬の優しげな双眸がハッキリ見えた。
見つめていると、”北斗ですよ”と暁にしか聞こえないくらいの声で囁かれる。
「北斗…」
暁が呟く様に呼べば、相馬は満足したような顔でフフッと笑った。そして触れるか触れないか、そんなキスをすると相馬は深い深呼吸をした。
「辛かったら、噛みついていいから」
どこに?なにが?問いかけようとしたら、繋いだ手が離され、その手で口を塞がれた。
「ん!?…んんっ!!!!」
愛を囁き合う様な雰囲気から一転、まるで押し入り強盗の様なその行動に、暁が口を塞ぐ相馬の手を掴んだ。
瞬間、身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みと衝撃に、身体が反り返った。声をあげたくても口は相馬に塞がれ、くぐもった声が出るだけ。
熱い杭が確実にゆっくりと身体の中に入り込んできていて、暁の目尻からボロボロ涙が溢れた。
散々、解したといえど指とは比べものにならない質量が、ジワジワと入り込んでくる。無理だ!やめて!と訴える様に、掴んだ相馬の腕をグッと握った。
「…ごめん、痛い?」
かけられた声に薄ら目を開ければ、辛そうな顔をした相馬の顔が見えた。
その顔を見て、暁は掴んでいた相馬の腕を放した。すると相馬は暁の口から手を離し、暁の瞳から零れ落ちた涙を拭った。
「相馬、さ…んっ」
少しの振動だけで、背筋がゾッとした。そして、同時に経験した事のない痛みが走る。
「北斗だよ、ね」
今はそんなこと言ってる場合ではないと思いながらも、どうやらそこは譲れないんだなと感じた暁は小さく頷いた。
「力抜ける?痛い?」
「わかんない…っ」
力の抜きかたなんて解らないし、痛いのかも解らない。痛いとかそんなレベルなのかとも思うし、痛みだけというわけでもない。
どちらかと言えば、その痛みではない感覚の方が怖くて仕方がなかった。
「わかんないっ!」
抗議に似た言い方で言えば、相馬はフフッと笑い軽く口づけてきた。
「動く?やめる?」
「へ?なに?」
「このまま続けるか、やめるか」
そんな選択を今更させるのか!?あまりの衝撃に、暁は酸素を必死に取り入れ様とする金魚のように口をパクパクと開閉させた。
しっかり抱き合い、それこそ一部分は繋がってるのに距離がガッと開いた感じ。どこか意地が悪くて暁は眉尻を下げた。
「ちょっと、性格が違う」
それだ。紳士の相馬は何処へ?今まではそんな究極の選択なんかしたことなかったくせに、今、この状況でこれかっ!
「こんな状況で冷静に居れるほど、人間が出来てないんでね…?動こうか。さすがに限界」
相馬は上体を起こすと、暁の手を握った。
「っああ!!!!」
何かを言うことも出来ずに、そのまま腰を進められ暁は喉を反らした。痛みで萎えた暁の熱は、暁の中を擦り続ける相馬の熱に反応するようにゆっくりと頭を擡げ始めた。
その熱を相馬がゆっくりと扱き始めると、あっという間に相馬の手を濡らすほどの蜜を垂れ流す。クチュクチュと淫猥な音が荒い息と同調するように響く。
「ああ、あ、は…、や、やだ!北斗!」
痛いのか気持ちいいのか、何が何だか判らない状況が怖くて思わず名前を呼べば、中に入り込んでいる相馬の熱が体積を増し暁はまた声をあげた。
「ああ!あ、う…っ!」
「声、出すなって」
呟かれ、乱暴に口づけられ、身体の中をかき混ぜられる。たまにあの脳天まで直撃される場所を抉られ、身体が震え上がる。
浅いところを執拗に刺激されていたかと思えば、ぐっといきなり奥底まで入り込んでくる。そして、再奥をぐっと突き上げられると、悲鳴にも似た声が漏れた。
内壁を堪能するように、ゆっくりと抜き出ては入り込む。そうしながら、暁の一番感じるその場所を器用に抉り擦りあげてくるのだ。
声に出して言わなくても、暁のそこがどれだけ感じるのか分かっているような動き。腰に負担がかからない様に緩やかな動きなのに、中の動きは巧みで暁の身体の震えは止まる事はない。
「ん!んっ!…あっあぁ…っ!」
口づけられたままのそこからは、時折、暁の快感に染まった声が漏れる。それは相馬の腰にダイレクトに伝わり、繋いだ手の力を籠めた。
思わず穿つ様に強く腰を進めると、肉と肉がぶつかる音が部屋支配する。そうなればもう止まらない。グングンと腰を進めて、ストロークを激しくする。
それに堪らないのは暁だ。息をすることさえままならないほどの突き上げ。初心者ですけど!!なんて訴える余裕も、考える余裕もない。
感じた事もない快感が、身体の奥底からぐんぐん昇ってくる。もうとっくに痛みなんてなくなった後孔は、相馬のペニスを美味しそうに飲み込んでいた。
それを知ってか知らずか、相馬が雁首を暁のシコリに引っ掛ける様にしてくる。暁はもう、快感を追う事しか頭になかった。
ザワザワと肌が粟立ち、鳥肌が止まらない。きゅうっと自然に相馬の身体に足を巻き付けて、もっとっと強請る。
「はぁぁぁ…、あ、っうあ…。ああ…っ!」
漏れ出た声が、気持ちいい。頭が白くなり、内腿が震える。
沸騰した熱が身体の奥底から溢れ出て来て、それが怖くて暁は相馬にギュッとしがみつく。濡れた背中に指を強く食い込ませて、快感に溺れて消えそうな意識を必死に繋いだ。
「北斗…、う、ぁ…あ、あああ!」
一瞬離れた唇をまた塞がれ、深くなる口づけに自らも舌を絡ませた。口の端からだらしなく涎が垂れても、気にする余裕なんて微塵もなかった。
腹に溜まった蜜が垂れる、僅かな感覚でさえ快感に代わり暁はブルっと震えた。
「んっ!…ん!!!」
すると、ゾワッと今までとは比べ物にならない快感が一気に駆け抜け、暁は堪らず口づけから離れた。
「あっ!!!待って、まって、ダメ…。これ、い、イクっ!…んっ!」
叫びそうな声をまた相馬に口づけで塞がれ、暁は涙を流しながら身体を跳ねさせる。
それでも、イクにイけない状態。感覚ではイッててもおかしくはないのに、イけていない。ボロボロと涙だけが流れる。
刹那、相馬と暁の間で蜜を垂らし、緩く扱かれていたペニスを力強く握られ、暁の身体が飛び跳ねた。
「ああ、あ…、ああっ!は…ぁあ…、ああ、あ…」
一瞬、擦られただけ。それだけで暁のペニスからは押し出されるように、熱がドロッと溢れた。
自分でする自慰では経験したことがない、総毛立つ様な快感。最後は悲鳴なんてあげれないくらい、声だけがただ漏れてジッとしてられなくて身体を捩った。
少しして、体内に拡がる熱。それを感じながら、暁は闇に堕ちた。
指先から足の先までが、とてつもなく重たかった。身体全体に鉛を乗せられたような、そんな感じ。
なぜ?と思いながら目を開ければ、アプリコットカラーの髪が目に入る。シャツを羽織り、ベッドに凭れて座り立てられた片膝には見慣れた蔵書が載っていた。
「あ…」
「起きましたか?」
相馬は暁に気がつくとパタンと本を閉じ、積まれた蔵書の場所に戻す。そしてゆっくりと振り返ると、額にかかった前髪を指先で避けるようにして顔を覗き込む。
暁はそれに顔を赤く染めて、口を開いた。
「相馬さ…。え?」
声を出して驚いた。誰の声だと言いたいくらいに掠れた声。グッと押し黙った暁に、相馬が小さく笑った。
「なにか飲みます?」
「相馬さん」
「北斗」
間違いは即訂正。名前で呼ぶのはもう、絶対なんだなと暁はコクリと頷いた。
「あの…北斗、エロイ」
訂正されてから言うことでもないが、本当にエロイ。というより、別人。
いつでも紳士的で、いつでも上品な相馬は姿形がないくらいに、エロ。
「私も男ですからね。人並みにエロいですよ」
シーツにくるまる暁をシーツごと抱きしめて頬にキス。フフッと笑う顔が、シロップと蜂蜜を掛け合わせたくらいに甘い。
それに、綺麗でカッコいい。こんな素敵な人と、あんな事をしたなんてと今更ながら羞恥心が巨大なマグマになって襲いかかってきて、暁は相馬の胸に顔を埋めた。
これは、相馬の顔を直視するのは辛い…。
「身体、大丈夫ですか?」
身体と言われ、ハッとなる。色んなものでグチャグチャだった身体は、やけにすべすべする。これは…。
「綺麗にしましたが、まだ気持ち悪いとこはありますか?中にも出して…」
「だ、大丈夫!!」
いやー!!!と叫びたくなった。だがそれをどうにか耐えて、まだ何かを言おうとする相馬の口を手で塞いだ。
この快適さは何もかも綺麗にされた証拠だが、それに全く気が付かないなんて…。そこまで深く、気を失っていたのか。
「明日…もう、今日か。今日は大学を休んでください。今日と明日の食材は買っておいたので」
「え!?うわっ!」
ガバッと起き上がると、下半身に激痛が走った。あまりの衝撃にまたベッドに突っ伏す。
下半身というか腰というか股関節というか…。とにかく痛い上に気怠い。倦怠感が凄まじい。
「ね、動けないでしょ?」
爽やかな笑顔を向けられたが、元はと言えば誰のせいだ。抗議の目で訴えてみるが、最終的にそれで善がったのも自分だ。
「北斗、買い出しに行ったの?」
「ええ、車を見に行くついでに」
「大丈夫だった?車」
「大丈夫ですよ。あ、それとこれ」
相馬は暁の身体を抱きしめたまま、何やら小さな箱のようなものをベッドの下から取り出してきた。暁はそれを視力の悪い目を細めて見た。
「…携帯」
こういう事になった、きっかけというか引き金というか…。
「壊しちゃったから、使ってください。私が以前、私用で使ってたのですが今は使っていないから」
「そうなの?え?これも取ってきたの?」
「車に置きっ放しにしてたんです。でもこれの契約は生きてるんで、携帯番号とか変わりますが料金を気にしないでいけるでしょ」
え?どういうこと?としばらく考えたのち、暁はバッと顔を上げて首を振った。
「ダメ、ダメだよ!俺、自分で…」
「私がそうしてほしいんです」
相馬は暁の唇に指を当てて、いつになく惚けるような笑顔で言うので暁は思わず押し黙った。
すると相馬は暁をぎゅっと抱きしめて、言い聞かせるように話を始めた。
「私は残念ながら、あまり時間の取れる方ではありません。でも、なるべく連絡はこまめに取りたいんです。今までよりももっと、君のことを知っておきたい私のエゴでもあるんです」
「でも…」
「それに同じ契約者なら電話も無料でしょ」
頬をさらりと撫でられ、暁は渋々ながら頷いた。それに相馬は良かったと、暁の額に口付けた。
「時間があれば、まだ抱きたいくらいなんだけど」
「む、無理、もう無理!」
青くなって相馬から離れる暁に、思わず吹き出す。その顔に暁は、冗談かと胸を撫で下ろした。
「いや、でも本心だよ。それくらいに君が素敵で」
「からかわないで…」
「からかってないよ。でも、時間がないのは本当なんです」
相馬は残念と呟いて、暁の唇に唇を重ねた。そして、触れるようなキスを繰り返していると、腕を捕まれ相馬の首に回される。
暁は促されるまま相馬の首に腕を回して、深くなる口付けに応えた。
塞いだ歯を舌でノックされ、ゆっくりと開くと無遠慮に舌が入り込んでくる。その舌に舌を絡めると、深くなる口付けに身体にまた火が灯るような気がした。
ぐっと腰に腕を回され、暁が相馬の足に足を絡める。身体は清められているが、全裸のままの暁はすっかり甘美な宵に酔わされた娼婦のように相馬の身体に自身の熱を当てた。
「こら…」
相馬が唇を離して、いたずらっ子を怒るように言うと暁は相馬の胸に顔を埋めた。
「北斗のせい…」
「ふふ…そうだね。じゃあ少しだけ」
相馬はそう言うと暁の包まっているラグを剥ぎ取って、頭を擡げた熱を見ると満足気な笑みを浮かべた。そしてゆっくりとそれに近づくと、先端に口付け、まるで飲み込むように口に含んだ。
「ひ…、あああ…っ!」
じゅるっと音を立てて飲み込まれ、暁は背を丸めて相馬の頭を抱えた。すぐに快感の坩堝に落ちた暁は、熱を吐き出すために自らも腰を振って、淫らに喘ぎ始めた。
「北斗、あ、あああっ!」
先端に舌が捩じ込まれる。それにブルっと震え、歯を鳴らした。
怖いくらいの快感にすぐ襲われ、自分の淫猥さが恐くなった。だがそれよりも快感が勝り、すぐに絶頂を追い求めた。
巧みな舌に翻弄され、両手で顔を覆って首を振る。
「だめ、だめ…だ、めぇ…もう、イく…っ」
ガクガクと震えだす内腿と身体。こんな浅はかな自分に嫌気が差すのではないだろうか、そんな一抹の不安に襲われたが相馬の満足そうな顔にそんな思いは払拭され、ブルっと震えて相馬の口に熱を吐き出した。
「じゃあ、今度こそ帰ります。何かあれば電話してください」
ようやく熱の引いた二人は、とは言っても相馬は暁を果てさせて身体に負担をかけたくないと言って、それ以上のことは何もせずにただ抱き合っていただけだが。
それでもやはり、名残惜しさにどちらともなく手を繋いで指を絡めた。
「気をつけて、帰ってくださいね」
「うん。あ、ここの鍵は?」
「大丈夫です。俺、締めるから」
「だめですよ。まだ動けないでしょ。無理しちゃったし。鍵はドアポケットに入れておくから」
「そこに」
暁が指を差した先のコルクボードに、飾りの何もついていない鍵が一つあった。相馬は腕を伸ばすとそれを取り、ベッドに寝転んだままの暁をギュッと抱きしめた。
「じゃあ、おやすみ」
軽く顎を持ち上げられ、軽いキスをされる。ついでにと額にもキスを落とされ、頬を撫でられた。
「おやすみ、なさい」
相馬がゆっくりと立ち上がる。ふっと部屋の明かりが消え、ドアが閉まり鍵が締まる音とドアポケットに鍵の滑る音。それを聞いて、暁はハーッと息を吐いた。
「嘘みたい」
身体を開いたことも受け入れたことも、何よりも相馬の気持ちが嘘みたいな話に思えた。だが、いい加減なことをする人間ではない。
「嘘みたい」
呟きながら、暁は目を閉じ眠りについた。