windfall

花series spin-off


- 2 -

相川のキャパからしたら、たらふく酒を飲んで酩酊している状態で激しい運動をして入浴する。これ、自殺行為だろと、ベッドに気怠い身体を転がせた。
部屋の壁にかかった時計を見ると、そろそろ夜も明ける頃。何してるんだろうなーと反省してるフリをして、そそくさと布団を被って寝る準備。
「もう少し、横いってくださいよ」
「え、ちょっと、入ってくんの?」
「俺のベッドなんだから、当たり前でしょ。それが嫌なら、うち、客用の布団とかないんで寝るなら床でどーぞ」
「お持ち帰りしたくせに!」
「だから、一緒に寝るんでしょ」
あ、そっかと馬鹿な相川は納得して、渋々、ベッドの隣を空けた。巴はTシャツを着て相川の隣に入り込み、あくびをした。
「腕枕とか、します?」
「お前、マジで俺を殺したい系?心の抹殺とか企んでる?」
「心の抹殺って何?まぁいいや。蹴飛ばさないでくださいね」
巴は言うと目を閉じた。つうか、何これ。どうしてこれ。つうか、色々となに。
ナチュラルに巴のTシャツとか着てる自分もキモい!!と悶えながら、襲いくる睡魔に勝てるわけもなく、相川も気がつくと夢の中にダイブしていた。

足を拡げ、その奥で恥じらう襞を指で拡げながら、早く入れてと懇願する赤い唇を濡らして笑う美女。
垂れる愛液を指で掬って、ゆっくりと指を入れてみると中で何かが蠢いでいる。それに首を傾げると「捕まえた…」と女は笑い、中からタコが…。
「ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!」
相川は悲鳴を上げ、飛び起きた。そして指を見ると、大きく嘆息した。
「タコ…」
ホラーじゃんと頭を掻いて、隣に視線を移す。布団を頭のてっぺんまで被りスヤスヤ眠る巴を見て、また嘆息。
タコは夢だったけど、昨日のことは夢ではなかったってことねとガックリ肩を落として、そっとベッドから抜け出した。
綺麗にハンガーに掛けられていたスーツに着替えて部屋を見渡すと、本当に妙な作りの家だ。
ワンフロアで壁も何もない。一人用にしては大き過ぎるキッチンカウンターの上にはノートパソコン。壁にある扉は多分、クローゼット。人が住むには殺風景で面白みがない。
相川はカウンターの中に入り、勝手に冷蔵庫を開けて中を覗いた。さすが小料理屋で働いているだけあって食材が豊富だ。だが相川はその食材には目もくれずに、横に並ぶ飲み物の中からりんごジュースを取り出して、蓋を空けた。
シンクに洗われているコップを見つけて、それにジュースを注ぐ。そしてそれを一気に飲むと、ご馳走様でしたと手を合わせた。
そして、昨日のことはなかったことにしようと勝手に決め込んで、眠る巴に手を振って、部屋を後にした。
腰が重く、頭も痛い。この腰の重さは経験したことがないそれで、相川は若干、フラつきながらコンビニでアイスコーヒーを買った。
ところでここはどこだろうねとスマホを取り出し自分の現在地を見る。
事務所に遠いが、幸いなことに家には近かった。ラッキーと思うべきか、うわ!と思うべきか…。相川はとりあえず手を挙げ、タクシーを止めた。

「相川!遅刻やんけ!!!」
マンションの下で怒鳴る成田にヘラっと笑い、助手席に乗り込む。今日は事務所巡回だったようなと思いながら、重い腰を撫でた。
部屋に帰ってからスーツを着替え、髪の毛を整えてぼんやりしていると予定の時刻を過ぎていたのだ。身体が鉛のように重く、経験したことのないそれに順応せずにこのままバックレたいと言い訳を考えていたのだ。
結局、バックレたことが崎山にバレたときの恐怖が勝り、ここにこうして重たい身体を引き摺ってきたことを褒めてほしい。本当に、身体が重い。人ひとり、背負ってる気分。
「成田、俺さ、昨日…」
「は?昨日?ああ、お前、巴に何か礼しとけよ」
成田の口から巴の名前が出て、ぎょっとする。礼ってなんですかと壊れた玩具のように成田の方を向くと、成田は眉間に皺を寄せた。
「お前、酔っ払って寝てもうて。やから、巴に任してんぞ!」
「俺を売ったのはお前かー!!!」
「う、売った!?何が!?」
今にも殴りかからん自分を抑えて、相川はいやいやと首を振る。落ち着け、俺。まずは状況確認でしょ。
「昨日、何があったんでしょう」
「は?何がて、お前がアホほど飲んで、巴に絡み出したんやろうが。おっとこ前のくせに女はおらんのか!紹介しろやーいうて。アホほどひどい絡み酒で崎山の機嫌が悪なってもうて、お開きにしよう思うたら、まさかのお前爆睡。ほんなら巴が面倒見ますいうから置いていってん」
「…か、らんだの、俺」
そんなこと、記憶の全くありませんけど。え?じゃあ、まさかのそれの仕返しにあれ!?と相川は頭を抱えた。
「なんでー!!!」
「うるせぇ!!!」
急に叫んだ相川の頭を、容赦なく成田が叩いたのは言うまでもない。

京極 巴は鬼塚組の舎弟連中の行きつけの小料理屋”ふさ”の店員である。ふさは御年70歳になる京極ふさが切り盛りしている小さな店で、巴はふさの孫だ。
ふさはおふくろの味を知らない舎弟連中の腹と心を満たしてくれる、とても優しい味をした料理屋で、そもそもそこを見つけたのは相川だった。
女将であるふさにも可愛がってもらい、極道という生業をしていることに偏見も持たずに分け隔てなく接してくれる女将の…。
孫を喰った、いや、あれは喰われた。やるせないよなー、なんか、居た堪れない。
自分が恐らく被害者だが、絡んで何を言ったのか、もしかしたら溜まってるから抜けよーとか言ったかもしれないので、100、自分が被害者である自信がそもそもないのだ。
日頃の行いの悪さと頭の悪さを憎みながら、その自信のなさでふさに行けずにいる。
「きんぴら…金目鯛の煮付け…。だし巻き…」
「お腹減ってるの?」
顔を上げると、熊のように大きな男が首を傾げていた。橘の身体の大きさに合わせて作られたわけではないが、橘がハンドルを握っていても狭さを感じさせないAMG GLA 45S 4MATIC。
もちろんフルチューンをしてフルエアロを組んだオリジナル仕様だ。そうだ、今は移動中だったと、あまりにぼんやりし過ぎててダメだなと首を振る。
「日頃の行いとアホさを反省なう」
「なうって言ってる時点で反省してないだろ」
橘は呆れたように言う。いや、でも結構、反省してるんですよ。さすがにあんな目に遭えば反省しますよ俺でも。なんて思いながら満たされない腹を摩る。
「今日の昼は和食にしようぜー、和。THE日本の心みたいなの」
「なんだそれ」
相川はふと、歩道を歩く人に視線を移し、そこで目にした光景に首を傾げた。そしてそうすることで何も変わらないが、ぎゅーっと目を閉じて、もう一度開けた。
「えええええええ!!!!」
「うわ!!何!?」
急に相川が大声を出したので、橘が驚きブレーキを踏んだ。
そこで信号が赤になったので橘はとりあえずそのまま停車して相川に急に大声出すなと怒ったが、車窓にへばりつくような相川に首を傾げた。
「何見てるの?ああ”ふさ”のお孫さんだね。へー、創世学園の制服だね。あそこの偏差値すごい高いんだよ?」
「こ、こ、こ、こう、こ、高校生…?」
相川が奈落の底へ落とされた瞬間だった。

「たのもー!!!!」
その日の夜、相川はふさの暖簾をくぐり、まるで討入りのようにして格子戸を開けた。閉店作業をしていたふさが驚いてカウンターから顔を出したが、相川を見てホッと息を吐いた。
「驚くじゃないの、相川さん。どうしたの?」
「今日も可愛いねー、ふささん。あのさ、巴居る?」
「巴?巴なら、今、着替えに行って…」
とふさが言うと、タイミングよく奥から巴が出てきた。相川の声を聞いて出てきたという感じだったが、相川は巴を見るや否や中に入るとその腕を掴んだ。
「これ!借ります!!」
「あ、ええ、どうぞ…」
「え?何…あ、ばーちゃん、また明日!戸締りちゃんとしろよ」
じゃあねと手を振るふさに見送られ、巴は相川に引きずられるようにして嵐のように出て行った。

「乗れ!とりあえず!」
「はぁ…」
訳の分からないという感じで巴は相川に車に押し込まれる。どうしたんだ一体という感じだが、相川はハンドルを握ると一気にアクセルを踏んだ。
「あの、身体、平気っすか?」
唐突に繰り出された攻撃に、思わず意味もなくウインカーを出した。
「な、な、何!!」
「いや、何も言わずに帰るから」
「仕事だったんだよ!」
「あー、そうすか。つうか久しぶりっすね」
「まぁ、そうだな。うん、ふささんの料理も恋しくてさー」
と、話し始めてハッとする。
何、世間話しようとしてんの俺!さすが、偏差値高い男は話術も隙がない!と相当、頭の悪いことを思いながら相川は車通りの少ない道に入り、車を停車させた。
「どこっすか、ここ」
「知らん!!つうか、お前!!高校生ってどういうこと!?」
相川が鬼の形相で迫ると巴は眉を上げて嘆息した。
「あー、バレちゃったんですか」
「バレたっていうか!!何してくれてんの!!!」
「あれでしょ、相川さんのポリシーっすよね。でも、それって別にポリシーに反してないでしょ」
「はぁ!?」
「未成年には手を出さないでしょ?」
「そう!どれだけ可愛かろうと、魅力的であろうと、裸で迫られても未成年はダメなの!!手は出しません!」
ドヤ顔で言う相川を巴は笑い、じゃあ、平気でしょと言い切った。
「だって、出してないでしょ」
「は?」
「出された方なんだから」
あ、そっかと言いかけて、そういう問題じゃないー!!と頭を抱えた。
「確かに出したのお前だけど!つうか、そういうんじゃなくて、未成年のくせにお持ち帰りして、何をしてくれてんの!!お前、馬鹿なの!?」
「いや、こないだの全国模試も10位内には入ってたんで、馬鹿ではないでしょ」
「あ、すごいねー。へー、じゃなくて!!何、お前!!つうかさー、そういうーのじゃなくて!!」
心の距離が広がっていってるよなと、相川が途方に暮れているとスーツのポケットに入れていた電話が鳴った。
「ちょっと待って。…はいはい、俺。どうした?あー、うん、え?マジで?ヤベェじゃん。わーった。行くわ」
相川は通話を終えると、ハザードを消してゆっくりと車を発進させた。
「仕事っすか?じゃあ、俺、この辺で降りますよ」
「いやいや、高校生をこんなところで…いやー、まー、巴ならいっか。ちょっと付き合ってよ」
相川がそう言うと巴は不思議そうな顔をしながらも、返事をした。

それから数十分、車を走らせ、とあるビルの前停車した。巴は助手席からそのビルを見上げる。
「ちょっとお待ちあれ」
相川は車を降りると、そのビルに入っていった。
何だろうなと思いながら、シートに身体を埋める。高校生とバレて殴られるかと思ったが、やはり相川はそんな事はしなかった。
「やっぱ、好きだなー」
一目で高級と分かる車は、エンジン音もほぼ聞こえず静かだ。メーターパネルには見憶えのあるメーカーのエンブレムがある。
極道だと分かっても、この気持ちは止められない。寧ろ、初めから極道だと分かっていて、恐怖よりも気持ちが勝ったので今更なのだ。
そもそもあの相川を好きになる時点で相当、趣味が悪いとは思う。相川には悪いが…。
しかし、ここは何だろうなとビルの入り口に目を向けると、ちょうど相川がやたらでかいものを抱えてビルから出てきた。
何か布のようなものでぐるぐる巻きにされているそれに、さすがの巴も焦った。
「なんですか?それ」
ドアを開けて外に出る。相川の職業を思えば、ヤバイ物なんじゃないだろうなと構える。
「あー、巴、運転出来ねぇもんなー。ってか、抱いて後ろ乗って」
「は?抱く??」
はいっと渡されたそれは思ったよりも重量があって、そして温かかった。隙間から覗いてギョッとなる。それは毛布に包まれて子供だったのだ。
「え!?誘拐!?」
「は!?お前、馬鹿なの!?俺よりヤベェよ!その発想!!」
「じゃあ、何これ!」
「え?偉登いくと
「は!?名前とか聞いてないし、何なの?誰!?」
「俺の息子」
「……はぁぁああああ!?」
「ば!大声出すなよ!ほら行くぞ」
放心する巴を後部座席に押し込んで、相川はドアを閉めた。