windfall

花series spin-off


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「育児に疲れた?」
よく冷えたミネラルウォーターを渡され、それを一気に飲む。喉が潤されて息を吐いた。
「飯やっただけですよ。若いんで暇あれば寝れるんです」
「年齢でマウント取るなよ。おっさんに手ぇ出したくせに」
ケラケラ笑った相川とは対照的に笑わない、どちらかといえば暗い巴に相川は首を傾げた。
「何、元気ないじゃん」
「相川さん、もう一回、やらしてくれません?」
「……は?」
巴の思いもよらない言葉に、何を言い出してんだと相川は口を開けて固まった。
「だって、どうやっても嫌いになれねぇし、離婚してても子供いるし、何か訳わかんね」
そこでやらしてくれっていう結論に至るって、どこまで追い詰められてんだ、それも俺ごときのことでと相川は肩を竦めた。ぐっと形が変わるくらいの力でペットボトルを握っている。必死だなぁと相川は他人事のように思った。
「うーん、あのさぁ…。マジでゲイなの?こう、ちょっとしたー、何つうの?お年頃的なのじゃなく」
「相川さんの言う俺の年頃の時に、男も相手にしてたんですか」
「いいえ、しておりませんよ」
巴は溜息を吐いて、ベッドに寝転がった。
「俺、両親が医者なんすよね。兄弟も医大生だし。それで…俺、ゲイバレして。高校1年の時なんですけど、それで親が俺を病院に連れて行って。親は医者っていっても二人とも外科医で心療系って分かんねぇみたいで、治してくれって」
「えー。それってさ、治す治さないとかじゃなくね?」
「まぁ、そういうの分かんない人らなんで。心療内科の先生とも話したけど同性愛を病気って捉える人は少なくなくて、それも自分の子供とかっていう当事者になるとパニくるみたいで。今の状態じゃあ俺も親も互いを罵り合うしかなくって、だからもし可能であれば少し距離を置いて月に一度面談するとかしていこうってなって…」
「だから、ふささんのとこにいんの?」
「ばあちゃん、爺さんの後妻さんなんす。爺ちゃんも医者だったんだけど、あの店にフラッと入ったときにばあちゃんに一目惚れして。でも財産目当てって親父も全然ばあちゃんと爺さんのこと認めなくて。爺さんの病気が分かって余命短いって時にようやく籍入れれたけど、ばあちゃん財産放棄の書類にサインしちゃってたから爺さん逝っても何も…」
「あー、だからあれね」
「あの年の人って、同じ苗字になって家族っていうのにっていうのが強いじゃん?今は色々とあるけど、でも京極になれたって喜んでました。俺がゲイバレした時も一番親身になってくれたし、ばあちゃんのとこに居るのも血なんて繋がってないのに、すげぇ喜んでくれて…」
「え、わかんね。それて一発やらせろってどういうこと?」
俺が馬鹿なんじゃなく、この話に脈絡はないよねと相川は考えるような仕草を見せた。今の会話のどこかに秀才ならではのヒントでも隠したのかと、馬鹿なことを考えたのだ。
「だって、嫌いにもなれねぇし、あんたそんなんだし!」
「俺のせいなの!?酔っ払いお持ち帰りして了承なく食い散らかしておいて!?」
「酒飲んで暑いって脱ぎだしたらいただくでしょ!?」
「正論ぶってるけど、全然間違ってるだろそれ!」
何て実のない会話だと相川も巴の隣に寝転がり天井を眺めた。色んな子を相手にしてきたけど、こういうのは初めてだなと思った。
そもそも喰われた時点で初めてだ。お酒で正体不明の子を美味しく頂きましたという経験もないので、結局は何もかも初めてだ。
「面会してる?」
「してるわけねぇでしょ。忙しいで終わりっすよ。兄貴が研修医なるし、もう一人医大生いるから厄介者を排除出来て良かったんじゃないすか」
ひねてんなぁと相川はゴロッと巴の方を向いた。高い鼻梁と少し丸みはあるがシミひとつない額。彫り込まれた二重が切長の鋭い目に柔和さを上乗せしている。よく見ると目尻に黒子がある。
しかも、二つ並んでいる。
「目のとこの黒子が二つの人間は…地雷なんだけど、お前も地雷なのかなー。そうだな、じゃあ巴、俺と付き合うか」
「……は?」
巴がガバッと起き上がり、相川を見下ろした。
「未成年、高校生はポリシーに反するけど、やっちゃたしそこはグタグタ言っても仕方ないし。過ぎたことをどうこう出来るほど俺は賢くないし。それに俺、巴の顔好きだし、いいじゃん」
「付き合ってくれんの?」
「付き合うよ。そこまで愛されたら良いじゃん。あ、でもフェラは待って、荷が重い。こう、壁が高い。未知の領域。異星人との遭遇っぽい。でもセックスは気持ちよかった。あ、中出しは厳禁」
真剣な顔で言うそれの内容が相川らしいと言えばそうだが、巴は半信半疑のままで「待って」とか「いや」とかを繰り返した。
「え、本気っすか」
「え?遊びなの、俺の事」
「イラっとすんな…。本当に付き合ってくれるんですか」
「いいよー。俺みたいなので良ければね。ヤクザ屋さんだしー、女好きだしっていう、まぁ噂に違わぬ下衆ですけどー」
相川は起き上がり巴の顔を覗きこんだ。そして唇に軽く触れて吸い付く。
「俺、お前とのキスは好きだな」
ヘラっと笑われて顔が赤くなり思わず手で隠した。それに相川は笑った。

「あ、俺さー、彼氏できた」
車内で発した言葉に成田は思わずブレーキを踏んだ。信号は赤でもなんでもないので、何もないところで急にだ。
後ろから突っ込まれても仕方ないような、そんなミス。
「事故ってまうやろうが!!」
キレて言ってみるが、相川は急ブレーキのせいでシートベルトに締め上げられ、成田を睨んでいた。
「安全運転してよ!」
「出来ひんようなこと言うな!」
理不尽だなと唇を尖らせる。成田は舌を鳴らしてアクセルを踏んだ。締め上げられたシートベルを心なし緩めながら、痛いわぁとぶつぶつ言う。
「ほんで、彼氏ってなんやねん」
「え、彼氏」
「彼女やろ」
「いや、何かー、俺のこと愛してくれてる彼氏。俺のこと、超好きなんだって。キトクだろ」
成田は信号で車を停めて相川を見た。
「お前さぁ…」
相川は自分を犠牲にする節がある。自分を踏み台にして相手が成長できるのであれば、それで構わないという生き方をしている。
過去のことを話したがらないのは組に居る連中のほとんどがそうだが、相川もまた然り。棄児だったこととボクシングで幻のチャンピョンだったことくらいしか成田も知らない。
なぜ幻なのか、なぜそこから裏社会に生きることになったのか誰も知らない。その過去のせいで自分をあまり大切にしないのかは分からないが、他人に対しては自分を犠牲にしても幸せを見つけようとするのに自分の事はおざなりなのだ。
「お前は?」
「え?俺?」
「お前は好きなわけ?お前って、前の何とかちゃんの時もそうやったけど、お前の気持ちってあらへんやん」
「あるよぉ、失礼な。俺は俺を愛してくれる子に愛をもらうの。自分を愛してくれる人なんて無害だもの。栄養素にしかならないじゃん。愛してくれる子には俺の愛をあげる」
「売れへんホストのセリフか」
「いや、そこは売れとけ!」
ゲラゲラ笑う相川だが、結局、自分に対して本当の愛を返してくれないことを気がついてみんな去っていく。相川はそれを追うことはしないし、愛しているつもりでいてそれを気がついてもらえないことは仕方ないなと捉える節がある。
結局、相川には誰も残らないのだ。それをずっと見てきた成田は不貞腐れたような、そんな表情をした。
「俺、お前のそういうとこ好かんわ」
「すかん、とは」
「何もあらへん」
隣で喚く相川を無視して成田はアクセルを踏んだ。

「あら、いらっしゃい、成田さんも」
ちょっと早いけど夕飯にしようと相川に誘われてきた”ふさ”の暖簾を二人で潜る。店の前に立っただけで空きっ腹に沁みる良い匂いがしていて、店内に入ればそれは直接腹の虫を鳴らすほどだった。
「ふさちゃん、今日も可愛いね。何か作って。腹減っちゃった」
「お前、ふささんに失礼やろうが」
「いいのよぉ。こんなおばあちゃんでも相川さんはいつも褒めてくれるんだもの」
「超可愛いじゃんねー」
こいつ、本当にどうしようもないなとカウンターに座ると、後ろからお茶を持った手が伸びてきた。二人して振り返ると巴だった。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様です」
相変わらずイケメン、相変わらず無愛想。接客業でこれって致命的でしょと成田はお茶を口にした。少し温めのほうじ茶。優しい味だなと喉を潤した。
「成田、成田」
「何やねん、騒がしい。少しは落ち着けや。お前と1日行動してたら頭おかしなりそうやわ」
テンション下がることってないの?と本気で聞きたくなる。元ボクサーにしても年月が経っているので、スタミナお化けは元々なのかもしれない。
「まぁまぁ、こちら京極巴」
「はぁ?知っとるわ」
「俺の彼氏」
「…は?」
今日一番というか、いつも爆弾発言ばかりの相川のここ最近の戯言で史上最強に意味の分からないことを言われた気がする。成田はゆっくりと後ろに立つ巴を見上げた。
切長で気怠そうな瞳がゆらっと揺れたが、すぐにそれは真っ直ぐ成田を見た。
「あー、どうも」
「はぁあああああ!?」
店内に成田の大声が響き、さすがにふさが声を落としてねと笑った。

「お、おまえ!!!ば!ば、ばか!?」
「すげぇ吃るじゃん、何よ、どうした?あ、ふさちゃん、今日の小鉢、超美味い」
出された定食を食べながら相川はふさに感想を述べる余裕を見せて、白身魚のフライに齧り付いた。放心状態になった成田の定食は和風おろしハンバーグ定食。
ふさ特性の和風ソースが絶品の一品だが、そうじゃない!!
「巴、高校生やぞ」
「そうなの!マジでヤバみ。え、知ってたんだー。俺、あとから知った」
「お前のポリシーはどこいった」
「うんうん、本当にそれね。まぁ、臨機応変にいこうかなって」
「お前なぁ…」
そういう問題かと頭を抱える。これ、誰が知ってるんだ?広めていいネタじゃないけど、相川に言っていい相手と言ってはダメだという相手の選択が出来るのだろうか。
「あ、やべ、電話。ちょっと出るわ」
相川はそう言ってスマホを持つと店の外に出ていった。ハンバーグ見るたびに当分、妙な気分になりそうだなと思っていると視線を感じて顔を上げると巴が成田を見ていた。
成田は手招きをして巴を呼ぶと、相川の席に促した。
「大丈夫か、今」
「客が引けてる時間なんで。俺も成田さんと話したかったし」
「こんなん聞くんもあれやけど、本気で付き合ってんの?」
「そうですね」
「お前、俺ら…いや、相川やぞ」
極道というのは言うまでもないし、同性だぞなんて口が裂けても言えない。そこは立ち入るべきではないが、問題は相手だ。あの、相川だ。
「俺も、趣味悪いなぁって思います」
「うん!」
「即答っすね」
「いや、そうやな。うん、でもほら、あいつ気まぐれやしそういうことに好奇心だけで突っ走るから、もし無理やりとか…」
「やっぱり言ってないんだ、あの人」
巴は少しだけ寂しそうに笑った。成田は思わず生唾を吞み込んだ。
「え、何を?おいおい、やっぱりあいつが何かしたやつ?」
「俺が、相川さんを無理やり襲ったんです」
「………え?」
成田は思わず箸を置いて、巴を手で制して頭を整理するよに瞠目した。そしてもう一度、巴を見て首を傾げた。
「え?」
「ずっと好きだったんです。酒飲んで寝てる相川さんをレイプしま…!」
情報過多かよ!と成田は巴の口を手で塞いだ。思ったよりも複雑だった!と成田は項垂れた。
「好きなの?」
聞けば、頷く。いや、あれよ、あれ。相川ですよ…。何度も言うけど、外見に惚れたとしても後悔するような、あの中身ですよ?
「でも…」
巴は成田の手をそっと退けると、店の前に立つ相川を見た。
「俺の気持ちが100なら相川さんの気持ちって多分、気を遣った50とかなんです」
「お前、そういう達観したとこあるよね」
「付き合おうって言ってくれたのは相川さんです。俺、偉登のこと知っちゃって」
「え!?マジで!?」
「組では有名なんすか?俺、知らなくて」
「いや、知ってる連中は数人。相川だから10人くらい居ても驚かないっていうキャラやけど、あいつ意外と真面目やから」
それこそ、同期の数名ほどしか知らない天使だ。舌足らずに名前を呼んでくるところなんて、何でもしてやるよと言いたくなるようなそれだ。だが女も子供も弱点にしかならない。なので相川はそこは普段使わない頭をフルに使って誰に言うか誰に言わないかを選別しているが…。
「手ぇ出したけど、あとから子供いるって知って、何かやばいことしたって思って。でも相川さんが付き合おうって。そん時に”俺みたいなので良ければね”って言われたのが、今でも引っかかってるんです」
「あいつ、年中無休で自分の安売りセールするからな。さすがに男は初めてやけど、お前さ…」
「趣味悪いって思いますよ。でも、」
「やだ!浮気!?」
相川の言葉に二人して白けた視線を送る。本当に趣味悪いよ、お前と成田は巴を見た。
「成田さんが相川さんはやめとけって」
「せやせや、説得をしてるとこ」
「え、ひどくね?人の初彼だぞ。ほら、仕事しなさい。成田、彪鷹さんがこないだの件で事務所来いってー」
相川が巴を手で追い払い席に着く。巴は少しだけ名残惜しそうにして仕事に戻った。