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「2,576円です。あ、小鉢代はサービスって、ばぁちゃんが」
「ええのに、おおきにな。ほなこれ」
レジで千円札を3枚と一緒に名刺を渡す。巴がそれに気が付くと成田は名刺を指差した。
「裏に俺のプライベート番号書いてるから。あいつのことでどないもならへんようになったら連絡してき。あいつと同期なんは俺と崎山だけや」
「崎山さん…」
鬼塚組の中で異色を放つずば抜けの美人だ。少し近寄り難く巴もあまり喋ったことがない。あの人と同期なのか…。
「ありがとうございます」
「いやぁ、言いたいことは山々あるけど…。ええか。ほな、ごちそうさんー!」
カウンターの中まで聞こえる声で成田が言うと、ふさが顔を出し手を振った。成田はそれに手を振りかえして店を出ていった。
「人の彼氏、誘惑しないでくださいー」
車を店の前に回してきた相川が唇を尖らせて言うと、成田はその唇を指で弾いた。小さな痛みはかなりのものだったようで、一人悶絶する。
「お前、巴のこと言いふらすなよ」
「言うわけー。お前だけー」
こいつ、やっぱり俺の性格を利用しやがったなと思ったが、思い悩んだ少年の悩み相談に成田が乗らないわけがない。相川がどう考えて行動したとしても、結局、行き着く先はそこなのだ。
「崎山に…」
「言わないで!言わないで!!マジで俺、地獄へ落とされる!go to heven!!」
それ天国だよと思いながら本気で懇願してくる相川を見て、ことの重大さは理解しているようだなぁと思いながら巴の先ほどの言葉を反芻し、声に出して息を吐く。
レイプしたということは、こいつをやってるわけ?と、しがみつく相川を見ながら”えー?”と思わず声を出した。
ぐっと力を込められて奥まで突き入れられる。相川は巴の腕を思わず掴んで顔を背けた。
「ば、きつ…」
「奥、好きでしょ」
それ以上、入らないところまで突き入れられて最奥を突かれて犬のように口を開けて空気を求めた。苦しさと快感が入り混じって、まだ慣れない行為に少し身体が拒絶している。
だが快楽が徐々に勝り、自らも腰を振る。それに巴は笑って相川の腰を掴むと強く穿った。
「あ!ちょ、ま…うっ!!あぁっ、はぁっ…うぁ…!」
流石に声を出すのが抵抗があるのか、最中に声を我慢しているなと巴は相川に口付けた。腰を回して雁高で抉るように腸壁に当てると、相川の身体が大きく弾んだ。
前立腺を抉ったかと巴はそこを重点的に攻める。中の煽動が激しさを増し、入口の締め付けがきつくなった。
「あー、気持ちぃ」
思わず声に出して言うと相川はそれどころじゃないのか手で口を塞いで、ぐっと目を瞑って快感に抗っていた。
「声出して、されるがままになるほうが楽じゃない?」
「あっ、萎えるっ!俺が、俺の声に!!」
「じゃあ、そんな余裕なくせばいいってことっすね」
え?と言う相川を無視して片足を肩に掛けて腰を進めれば、繋がった部分も見えなくなるくらいに身体をくっつけるとばんばんと腕を叩かれた。
「無理だって!あ、ちょ、腹、裂ける…っ!」
涙目で言われてもなぁと、奥を突くように動くと相川の中が変わった気がした。ぐにゅっと巴自身に中が絡みつくような、ものすごい動きだ。ふと見ると相川も自分の勃ち上がる雄をゆるゆると扱き始めた。
こういうとこは快感に順応だなと、必死に声を出すことを耐えるように閉められた唇を舐めて、腰の動きと同じようにゆったりと口付ける。そして平い胸を掌で撫でて指先に当たった尖った果実を弄ると相川の手を汚す蜜が増えた。
中に居る巴を締め付けて扇動も激しさを増す。その波に乗るように巴も動きを激しくし、相川の手を退けて膨れ上がった雄を腰の動きに合わせて扱き始めた。
「あぁ…!ま…、ま…って、イ…ク!これっ、無理…!ああ!巴、無理だって…!」
咄嗟にシーツを掴んで波に抗う相川を追い詰めていけば、一際大きく身体を震わせた。
「ひ…あっ!イクっ…!!」
巴の手にどろどろと白濁したものを勢いよく放つと同時に、巴は相川の中から限界を迎えた熱棒を引き出すとゴムを外して相川の身体に熱をぶち撒けた。
「毎回…なぜ、俺にぶっかける」
動くのが気怠い相川は巴に好きなように身体を拭かせるとベッドに転がった。セックスは好きだが、事後がここまで辛いのは受ける側の宿命かと考える。
「汚したくなるから、かな。相川さんを」
「ひっど!」
互いの家に行き来する仲になった。巴の家よりも相川の家の方が多いが、身体を重ねるのも両手では足りないだけになった。
それでもこの虚無感は消えないかと巴は相川の隣に寝転がると、うつらうつらする相川の頬に手を置いた。
「冷たいー」
「相川さんって、俺のどこが好きなんですか?」
言った自分も驚いたが、相川はうっすら目を開けると口元だけで笑みを作った。
「巴…お前って意外と邪魔くさいキャラじゃん」
「そうですね、俺も初めて知りました。でも、人って欲が出てくるでしょ。一つ叶えば次、また一つ叶えば…底なしなんですよ」
「すごい難しい話してる?」
「見てるだけで良かったのに、こんな関係になっちゃって」
「え?なに、お持ち帰りして食い散らかしといてそんな被害者ぶっちゃう?」
「欲の話ですよ」
「難しいこと考えんね?でも大丈夫じゃね?巴も俺に嫌気が差してバイバイするかもしれないでしょ」
「は…?」
「俺のどこをどう見てそんな気に入ってくれたのかねぇ」
チュッと軽いキスをして相川は笑うと、もう一度キスをした。
「フェラしてやろうか?今ならできそう」
「ちょ、ちょっと待って」
ゴソゴソとベットの上で移動して巴の足元へ行ってみるが、アンダーウェアの上から触ってみても成長する様子がない。起き上がってその様子を見る巴の顔は、色んな意味で困惑しているようだった。
「あれ、元気にならねぇ。俺、お前の年頃のときはいつでも戦闘体制だったぜ」
「病気かよ、じゃなくて、どうして俺が相川さんに嫌気刺すんですか」
「えー、だってそうでしょ。俺とずっと居たいって思うような…キトク?な人間はいないよ」
「奇特?俺が?」
「んー、とりあえずさ、深く考えないでいいじゃん。俺はお前との付き合い好きよ」
使い物にならないならダメだななんてふざけたことを言って、相川は巴に抱きついて勢いつけてベッドに引き倒した。
「もっと早うに呼び出されるかなーって思ったわ」
成田はカフェで目の前に座る巴を笑って見る。何で悩んでいるのか想像はつくが、あの相川相手にこうなるなんて本当に”奇特”な奴だなと思った。
「忙しいとこ、すんません」
ラフな格好の成田と、名門校の制服のままの巴。こうして見ると高校生だなとは思う。どこか達観しているように見えていたが、まだ未成年なのだ。
「そんで?」
「俺、どんだけ言っても信用されてないっぽいんです」
「信用って?」
成田は、やっぱりそれかとコーヒーに口をつけた。相川は女の子に対しては、とんでもなく優しい男だ。褒めちぎるし、10人中10人が蔑ろにするような子でも相川は差別することなく笑顔を向けて接する。
そのせいで勘違いからのトラブルも多いし、生業がそうでなければ警察沙汰になるようなことも何度もあった。
だが、どれだけ無下にされても裏切られても絶対に声を荒らげて怒ったりしないし、自分が悪いから仕方ないと反対に謝るような、そんな男だ。
結局、それに物足りなさや不安を感じて相川の元から皆んな、去っていくのだ。
「俺が相川さんから去っていくって、俺が絶対にないって言っても笑うだけで、あの顔、絶対に信用してねぇ」
「あー、あんな、それって巴やからってわけちゃうから。って言うたところで納得せんよなぁ」
巴は強い目で成田を見た。まるで縋るようだなぁと成田は巴を見ながら、目尻に並ぶ二つの黒子を見つけた。小さい黒子だが、これがあるのに付き合ってるのかと相川の地雷とも呼べる男を思い出した。
「相川が棄児なんは知ってる?」
「店でそんな話をしているのを聞いたことあります」
「本人も特段、隠してるわけやないしな。自分が棄児やからか、ヘラヘラ笑いながら自分を蔑ろにして生きてる節がある。振られても、自分は生まれた時からそないやから仕方ないてな」
「仕方ないて…」
「来るもの拒まず去るもの追わずや。自分を愛してくれる人は奇特な人、精一杯、それを味わうけど生まれた時から必要とされる資格がないもんで、去っていくのもしゃーないし、取られたとしても自分よりも幸せにしてくれる相手やからええ。あいつの考えは常にそう。愛もなく金目的で近づいてくる女も、寂しさだけで近づいてくる女も、自分が何か出来るならええっていう考え」
「そんな…!」
ムカつくやろ?と成田はコーヒーに口をつけた。一度、成田は相川のこの考えに激怒して大喧嘩をしたことがある。兄貴分であった山瀬も、相川のこれだけはどうしようもないと寂しそうに笑っていた。
「やから、崎山は相川に当たりが強い」
「それは自分を大切にしないからですか」
「まぁ、それも一理あるけどアホやないのにアホのふりしてるんが、完璧主義の崎山からしたら許されへんのやろうな」
「でも、家族も持って子供もいるし、相川さんだってそん時は考えが変わったからでしょ!?」
「相川の子やあらへん」
「…え?」
巴の視線がゆらっと揺れた。未成年に話すことじゃないよなぁと思いながら、自分も同じように困惑して相川と大喧嘩になった”理由”なのだ。
「巴はアホやないし、相川は死んでも言わへんやろうから教えたるけど、偉登は相川の子やあらへん。生まれた時に父親の欄が埋まってへんのは可哀想やいうて籍入れただけや」
「え?まって、え、いや、でも、本居さんとは付き合ってたでしょ」
「相川と付き合ってたんはちょっとの間だけ。その後に彩歌に男が出来て、相川は本命隠すための隠れ蓑や」
「え?」
「相手がちょっと名のある男で妻帯者。そっちが本命。相川も承知で彩歌が幸せになるならって、何も言わずに行儀良く隠れ蓑になってたわけ」
「そんな、だってすげぇ可愛がってるし…そんなの」
「アホな男やろ。崎山がブチギレたトップ1。そりゃさすがにキレるわ。俺もブチギレ。ええように使われて子供出来たて籍入れて抜いて。自分は棄児やし戸籍とかどうでもええって。そういう問題かいって感じやろ。偉登は可愛いし俺も好き。相川とも付き合い長いし悪いやつやない、ええ奴やけど、俺もあいつのああいうとこは嫌いやわ」
どこか寂しげに言う成田の顔を見て、巴は偉登と相川の二人が戯れ合う姿を思い出していた。
店が終わり、連絡を入れると家に居るからおいでと言われたので、制服姿のまま相川の家に向かった。行き慣れた道を自転車で走りながら、成田との会話を思い出す。
成田が相川と付き合う人間の救済所を買って出てるのかと思ったが、こうやって連絡を取って相川の話を聞くのは初めてだそうだ。それだけ思い入れが違うのか、勝手が違うのかどっちかだろうと言われたが巴も同感だ。
特別な存在とかではなく、巴が未成年であること、同性であること、知り合いの孫であること。そこが特別枠なだけで感情が特別とかではない。そこまで自惚れるつもりもない。
「偉登、相川さんの子じゃないって聞きました」
部屋に入りリビングのソファで寛ぐ相川に言うと、驚く顔を見せることもなく笑った。
「成田だなー、おしゃべりめ」
「そこまでしてあげなきゃいけなかったんですか?」
「言うね、巴も。うーん、だってさ、父親のとこ空欄の戸籍って寂しいじゃん。俺さー、捨て子なの。両親ともに空欄って切ないもんよー。宇宙人みたい」
「宇宙人?」
「普通、どっちかの名前があって、この人から生まれたんだぞーって分かるわけじゃん?俺の場合、ロッカーから出て来たっていうのが何とも。どうせなら、母親の名前のとこにロッカーって書いて欲しいわ」
「相川さん…」
何と言葉をかけていいのか分からずに、巴は相川の隣に腰を下ろした。
「偉登が生まれた時に俺もこうやって誰かから生まれたのかなって思ったんだけど、実感がないんだよな。花子でも何でも名前があれば、ああ、花子さんから生まれたんかーって思えるけど、空欄だから透明人間から生まれた感じがして俺っていう人間の実感がないわけ」
「両親がいるから幸せとは限らないでしょ」
「ほら、それ」
「え?」
パチンと指を鳴らされ相川を見た。
「今、頭の中に親の顔出てきたろ?嫌いだ、ムカつく、うぜぇ!みたいな、何でもいいけど、親の顔」
「……」
「俺にはそれもない。怨む対象も憎む対象も、文句を言いたい相手の顔も存在も分かんないのー。俺さー、付き合ってた子でちょっと頭いい子がいてさ、相川さんってニヒリズムだねって言われて調べたもん」
「物事の意義や価値は存在しない、自分自身の存在を含めてすべてが無価値だ」
「そこまでじゃないけど、そうかもなって思うときがある」
巴は顔を伏せて自分の指を見つめながら少し考えると、顔を上げた。
「相川さん、今まで、付き合ってきた人と俺との違いってありますか?」
「えー、うーん、ああ、重い!」
言うに事欠いてそれかと信じられないと言わんばかりの顔で相川を見た。相川はその顔に笑ったが、よりによって重いなんてマイナスポイントだろ。
確かに重い自覚はあるが…。
「俺、いつも振られちゃうんだよねぇ。巴も俺を罵って振るんだわ」
「罵ってって…。でもそれって相川さんが心開いてないからでしょ」
「開きっぱなしですけど?」
「本気で、全部見せてないでしょ。どこか諦めてる節がある。だから相手からニヒリズムっていうふうに見えるんですよ」
「偏差値70超えるとそんなことも分かっちゃうの?」
「どこで調べたの?そういうの興味ないでしょ」
「顔面偏差値も高いじゃん」
「ほら、すぐにそうやって戯けるじゃん」
「あー、あはは」
「信用されていないっつうか、心ねぇつうか、前に愛情をくれるなら自分もとか言ってたけど本気で渡したことないでしょ」
相川はさすがにムッとした顔を見せた。ここ最近で初めて見た相川が確信を突かれた顔だ。
「そんなことねぇよ、俺は全部渡してるし見せてるもんねー」
「見せ方わかんないんじゃないですか。壁作るから」
「壁ぇ?」
「愛情見せて消えるのが怖いんでしょ。自分が歩み寄った瞬間に消えるのが怖いとか、自分の見せた愛情を疑われるのが怖い。ああ、多分そうだ。自分を信じてもらえないのが怖いんだ」
行った瞬間、頬を打たれた。軽くだがじんわりと熱が篭る。目の前の相川の顔は見たこともない顔で、巴がじっとその顔を見るとすぐにハッとした顔をした。
「やべ、叩いちゃった。悪い悪い。巴、すげぇ何か変なこと言うもん。焦るわ、マジで」
「俺がどんだけ真剣に言っても、相川さんって俺の言葉を茶化すでしょ。そんなに怖い?裏切られるのが前提なの?」
「やめろって、巴」
「自分が信じてもらえないって、俺のこと信じてくれなきゃ相川さんのことも信じられねぇよ!」
「巴!!」
睨み合う二人の間の長い沈黙に耐えきれなくなったのは巴だ。巴は立ち上がるとそのまま何も言わずに玄関へ向かい、部屋を出ていった。
一人部屋に残された相川はソファに寝転がると、金魚のように口をぱくぱくと動かした。そうやってダメージを吐き出すのだ。未成年のくせに、子供のくせに言いやがるな。
「あーあ、またダメかぁ」
女でも男でも最後に言われるのは、ちゃんと好きなの?だ。100%でないことにああも敏感なのは、皆エスパーなのか?それくらいに相川の気持ちに勘付く。
いつでも逃げれるように構えている、そんな逃げ腰の相川にすぐに気が付いてしまうのだ。
「こういうの、しんど…」
相川は呟いて目を閉じた。