windfall

花series spin-off


- 6 -

「待て!逃げんな!!!」
相川が叫んでも男は振り返ることなく、それどころか関係のない通行人の腕を引っ張り転ばすという暴挙に出た。
そうやって、相川達の足止めをしようとしたのだろう。案の定、相川は巻き込まれ転びそうになった女子高生を受け止めた。
転ぶリーマンは放置だが、女性は別!そして、そんな弱者を自分が逃げるための餌食にするのは一番許せないと、相川は走る速度を上げた。
すると、逃げる男の前に出てきたコンビニから客が出てきた。それにハッとして、相川は声を荒らげた。
「逃げろ!!」
何というバッドタイミング。そこから出てきたのは巴だった。コンビニの袋を持って制服姿。学校からの帰りなのか、逃げる男と相川の怒声に少しだけ驚いた顔をした。
巴に向かって男が退けぇ!と叫んだ。だが巴は何を血迷ったのか、男の前に立ちはだかった。
「ば…っ!!巴!!」
相川がギョッとしたその先で巴はファイティングポーズを作り、大振りで殴りかかってきた男の拳を避けると、そのまま右ストレートを炸裂させた。元プロでありチャンピョンである相川が見ても、見事なパンチだった。
「えー、っと?」
男は巴のパンチを受けて、そのままコンビニの前のゴミ箱に身体ごと吹っ飛ばされ伸びていた。それを相川の舎弟が両腕を掴んで持ち上げ、連れて行く。
「どーいうこと?」
唖然とする相川を他所に、巴が連れて行かれる男の後ろ姿を見ていた。
「あの人、殺るんすか?」
「は?なわけねーっしょ。あいつ、店の女の子を態度悪ぃとか言って殴ったのー。とりあえず、それ相応の詫びはしてもらわないと」
「女の子、殴ったんすか?」
「そうそう、ひどいでしょー。つうか、お前、良いスタイルしてるじゃん」
「あー、ボクシング、習ってるんで」
「………は?」
「相川さん!」
舎弟に呼ばれて相川は手を上げた。この間、こじれた状態のまま連絡もせずだ。こういうのちゃんとして関係も解消しないとなぁと相川は眉尻を下げた。
「今日さ、家に行くわ。ちょっと時間わかんねぇけど」
「23時以降ならいますよ。返り血浴びたまま来ないでくださいね」
「ねぇわ」
相川は笑ってその場を去っていった。巴は自分の手が僅かに震えていることに気がついた。また逢える、それに歓喜してしまっていた。

「返り血はないですけど、どうしてそれ?」
口の横を青くした相川は巴を押し退けて部屋に入ると台所に向かいコップを手にした。そして軽く口を濯ぐと冷蔵庫を指差した。
「この間、りんごジュースあったじゃん。あれ、超美味かった」
「ありますよ。どうぞ」
「暴君の機嫌が悪くてね。ひどいよね、俺、サンドバッグじゃねぇし」
暴君って誰だろと思っていると、リンゴジュースを手にした相川がカウンターに置かれた教科書をペラペラ捲った。
「呪文か。もしかして勉強中?」
「試験近いんで、ちょっと予習しとこうかなって」
「試験勉強?」
「いや、普段、予習してたら試験勉強っていらないでしょ」
さも当然という顔でそう言う巴の顔を、相川が露骨に顔を歪めて見た。
「秀才の言葉って棘だらけなんですけど。俺、サボテンじゃん」
それって自分に刺さらないよと思いながら、まぁいいかと思っていると相川がカウンターに座る巴の隣に腰を下ろした。
「この間のことさ、色々と俺なりに考えてみたわけ」
「この間?」
「壁とかそういうの」
「あれは俺も言いすぎたし」
「うーん、あのさ、壁じゃねぇよ。でも俺的には100%のつもりなんだけど、みんな違うって言うの。それじゃねぇみたいな。最後はみんな怒るか泣くかでさぁ、何が足りないのか俺には全然わかんねぇし、何を見せたら喜んでくれるわけってなるの。最早、骨を見たいのか?的な」
「骨じゃねぇだろ…」
「それくらいに見せるもんねぇよってこと。結局、みんな俺に嫌気が差すわけ」
「俺は嫌気差してませんよ」
巴が言うと、相川は目を剥いて驚いた顔をした。
「え!?あれ、別れ話でしょ!?」
「なわけねぇし。何で別れなきゃなんねぇの。逃す気ねぇって言ったじゃん。ただ、俺が強欲だっただけですよ。俺は絶対にあんたを嫌いにならねぇし逃さないって言ってんのに、はなから俺は去る人間って決めつけてんじゃん?それがちょっと頭きただけ」
「チキンだからね、俺」
「チキンて…」
相川の生業の人間が言う言葉じゃないだろと思ったが、虚勢を張るのはそこにある恐怖の裏返しと聞いたことがある。なので、一理、あるのかもしれない。
「そもそも男が初めてだから分からんかったけど、今までの女の子ってさ、こう、俺のこと好きなんだなって分かるの」
「喧嘩売ってんのか。自分の男の前で何を言い始めてんの」
別れ話ではないけど、喧嘩は売ってるのかと怒りをあらわにした顔で相川を見たが、その表情に覚えがあるのか相川は慌てて手を振った。
「いやいや、じゃなくてー、こう毎日褒めてあげてたら好かれてたとか、女の子って小さな変化に気が付いてあげるとすげぇ喜んでくれるでしょ?女の子は笑顔が一番だし」
「何これ、マジで喧嘩売られてんの?」
「まって、聞いて。俺さ、巴と逢っても褒めたことないよ?」
「は?」
「イケメンですねーとかは言ったけど、巴が喜ぶようなことしたことないし、好かれる要素が自分で言ってなんだけどないもの」
「確かに」
「いや、同意すんな」
「相川さん、初めて逢ったときのこと覚えてます?」
「巴と?あー、そうね、2、3年前?」
「俺がゲイバレして、ばあちゃんのとこに転がり込んだときです。遺産ももらってないばあちゃんが店の立ち退きで嫌な連中に目ぇつけられてて」
「そうそう、国北だ。あいつね、北陽会ってとこの幹部なの。今は…ムショか。ざまぁ」
前々から立ち退きを迫られてはいたようだが、祖父の威厳もあり大きく出てきてなかった連中が祖父の死と共に立ち退きを強く迫ってきた。
祖父との僅かな思い出が残る店を手放したくないと祖母であるふさは抵抗を続けていたが、嫌がらせは日に日に増し子供である巴はただ見ていることしか出来なかった。
そして台風が迫るある日、国北が舎弟を大勢連れて店にやって来たのだ。立ち退くか、巴の親に金を払わすか。
祖父の家が資産家であると知ったヤクザ者のやりそうなことだ。ふさがそれを承諾するわけもなく、ましてや赤の他人であるふさに巴の両親が金を出すわけもなく、これ以上は抵抗を続けても無駄かと思ったその時、雨でずぶ濡れの相川が店に入って来たのだ。
『嵐じゃん、やべぇ!ふさちゃん、来たよー』
緊迫した状況下の中、底抜けに場違いのテンションだった。強面の男どもに囲まれるふさと巴を見て、相川は近くのテーブル席に腰を下ろした。
『今日は団体客なんだー。いいね、繁盛じゃん。嵐なのに』
相川は頬付ついて男たちを見ると、余裕の笑みを浮かべた。男たちは声を荒らげて相川に近づくと、その胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
だがそれをひらりと交わし立ち上がると、隙をついて後ろから拳を上げた男の攻撃も避けた。まるで背中に目があるようで、その軽やかな動きに巴は目が釘付けになった。
『あー、これってもしや!噂の地上げ屋!しかも、二足なんとかにもならないくらいのー、何だっけ、とにかくめっちゃ金もケチるやつ!』
『誰だ、貴様』
カウンターに座って勝手にビールを飲んでいた国北が立ち上がると、相川は指を鳴らして”大将お出まし”と良い笑顔で言った。
『でも残念、俺、あんた知らないかも。俺のこと知ってる?』
『ああ?』
『初めましてー、仁流会鬼塚組の相川ですー』
軽い口調で挨拶する相川に周りの連中が一歩、後ろに引いたのが分かった。仁流会ってあの仁流会か!?と巴も驚いたのを覚えている。
結局、国北達はその名前を聞いただけで、また来るとだけ言い残して、それから来なくなったのだ。次は仁流会が相手なのか!?と怯える二人に相川はスマホを取り出すとふさに向けた。
『団体、今からいける?』
鬼塚組、御用達になった瞬間だった。
「俺、マジで終わったって思ったんですよ、仁流会って聞いた時は」
「失礼な、俺は台風でビルの電気飛んだから食うところ探してこいって言われて、ふさちゃんのこと思い出しただけだもん。たまたま入ったんだけど、ふさちゃんめっちゃ可愛いし飯はバカ美味いし安いし!あれ、値段上げた方が良いってマジで。憩いの場がなくなるのは、ふさを利用している全ての人が飢え死にするから」
「歴代の彼女も連れて来てくれてありがとうございます」
「は、ははは。え、何、俺のあの格好良さに惚れたの!?」
「なわけ…。まぁ、そうか。ブルってた俺に相川さんが、ばあちゃん守って偉いねって言ってくれたんすよ」
「そんなん言ったっけ?」
「言った。チョロいですからね、俺も。それで堕ちたんすよ」
「マジでチョロ…」
本当は、もう心配ないよと頭を撫でて笑ってくれた、その顔にやられたのだ。泣きそうになっていた顔をふさに悟られまいとして強がる巴に、偉いぞと褒めてくれた、あの笑顔だ。
それで全部、持っていかれたのはさすがにチョロいなとは思ったが、もし相川がいなければふさは無くなっていただろうし、そうなれば自分はどこにやられていたか分からない。それこそ血縁関係のないふさとは離れ離れだ。全部、相川のおかげなのだ。
「でも、ボクシング習ってるとは知らなかったんですけど」
「相川さんが幻の王者って聞いて、護身も兼ねてあの頃から始めました」
「筋がいいよ、マジで、立って」
相川は巴を立たせるとスーツのジャケットを脱いでネクタイも外した。
「え、やるんすか?」
「ミットもなしにか。違うよ、構えて」
言われるまま構えるとグルッと巴の周りを一周、歩くと、構えた腕を少しだけ高くされた。いつになく真剣な顔に緊張してしまう。
「こっちの腕はこの位置で。癖があるな。一発打って」
シュッと空を切ると、伸ばした腕をぐっと掴まれた。
「ほら、下がる。下げるな。ここ、肘んとこに変な癖がある。見て」
相川はシャツを脱ぐと上半身裸になり構えると、シュッと一発、腕を伸ばした。それだけで違うと分かる。巴はゾクっと背が寒くなるのを感じた。
「ここで少し下がると、相手の視線から外れる。ここに隙ができる」
言って、巴に向かい合って立つと巴の腕を掴んで、伸ばした腕とクロスさせるように腕を伸ばした。
「ここな、ここに隙」
「カウンター、よく食らいます」
「だろうね、俺も巴のその隙を狙うもの。ここを下げずに突っ切ったところで、ボディ」
反対の腕を巴の脇腹に当てる。毎回、やられる場所だ。この1分もしない僅かな時間でそこまで見抜くとは…。
「相川さんはカウント取られたことないって」
「まぁね、俺の場合はズルだから」
相川は両手を広げて笑った。
「ズル?」
「聴覚が異常なの。試合になると相手の筋肉の音まで聞こえる。骨と筋肉が伸びる音と足の踏み込み、呼吸。全部聞こえるんだよね」
「ズルじゃないじゃん」
「なんで」
「聞こえても俺、避けれないし攻撃も出来ないですよ。あ、って思ったらぶん殴られてる。そんなんズルって言うなら、相手の癖を丸暗記して備える俺もズルですよ」
「は、ははは!!」
相川は思わず笑い、巴に飛びついた。危ねぇと叫ぶ巴の頬にキスをして、最高だなと叫んだ。ボクサーの時に相川の耳を知っているクラブの連中に”ズル”と言われ続けてきた、それが全否定された。
「セックスしようぜ」
「はぁ?」
「しないの?」
「いや、するけど…」
巴は相川を抱えたままベットに転がると、困ったような顔を見せた。
「相川さんは好きだけど、謎テンションにたまに困惑する。いきなりそれなの?」
「愛してるって言えるよ?」
「誰にでも言ってんだろ、あんた」
「今日は出来そう、フェラしよ!」
「もう、マジで…萎えるわ」
そういうノリでするやつじゃないじゃん…。巴の困惑を他所に相川は巴のスウェットを脱がすとアンダーウェアの上から舌を這わした。
「いけるいける。あ、待って、いや、流石に照明」
煌々と光る照明の下でするもんじゃないと相川は言って照明を落とすと、巴にキスをしてそそくさと足元に降りていく。