空が青い。ここ最近、天気が悪てイマイチやった空模様。やけど今日はそれが嘘みたいな快晴。
「天晴れ」
「何が天晴れや、アホかお前」
人の穏やかな気持ちを吹き飛ばすんは言わずと知れたアホ友ハル。屋上でちゅーちゅーと吸血鬼みたいにジュースを吸いよる。
手に握られた良いコのジュース。泣いてるガキに自分の顔を千切って食わす、リアルなら対を許さぬホラーな自称正義の味方。リアルやのうても目の前で顔千切って渡されて食え言われたら、アホか！と言いたなる。
そんな人助けを謳いながら、実は拷問なあのキャラのジュース。それをちゅーちゅー。ハル、今のお前の姿、突っ込みどころ満載よ？マジで。
「ハルはー、機嫌悪いね！」
ハルの横でポッキーを頬張る彰信は、そう言って笑う。確かに最近のハルは触らぬ神に何とかいうやつ。めっちゃカルシウム足りひん子みたい。イライライライライライラ。
まぁ、それも無理もない。俺らはあと少しで高校生ちゅうのを終える。ようは卒業ってこと。
世界一ちゅうくらいにアホ校の学校やから、とりあえず卒業出来んことはあらへん。一定の出席日数さえあれば教師が万歳三唱して花道作って送り出してくれよる。早よう出ていけと。
ま、気持ち分かるけど。やから、ハルは卒業出来んとかでイラついてるわけでも、卒業で淋しいとセンチメンタルになっとるわけでもない。イライラの原因第一位、それは進路や。
ハルは卒業したらバイト先のガススタ行きもて整備士免許を取って、行く行くはバイク屋をやるちゅう夢がある。
夢があるっちゅーんはええことで、ハルのメカニックセンスはピカ一。影の努力家のハルはバイク屋かて易々と実現出来る夢や。
やけど、夢だけでは進まれへんこともあるわけで。その夢の第一歩の整備士学校。アホである前に悪名高い学校の在校生のハルは、三校、面接で落ちた。ってか、落とされた？ってか悪名高い学校にしたんは、先輩後輩であって俺やないと言えんだけ我がらの行いを痛感する時や。
「コネッ！俺もコネが欲しい！」
青い空に向かって雄叫びを上げるハル。珍しく弱気発言やなぁと、彰信と共にハルを眺める。
彰信はこの度めでたく美容学校の進学が決定した。彰信は俺やハルよりもアホで、どないもならんねんけど実はボンボン。
おかんが美容整形の病院とかやってて、おとんは何軒も美容院を経営するほんまもんの
そんな奴が何でこんな悪名高い学校来たんかちゅーと、親も悟ったんや。こいつ、パねぇヘタレ！って。やけど、うちはやり過ぎやと思う。下手したら金蔓やし。
そんなこんなで彰信はおかんのコネで美容師学校へ行く。因みに経営は兄貴らしい。隔世遺伝か？遺伝子の錯乱か？もしくは病院で間違えた？ってくらいに、彰信はあかんたれや。やけど家庭環境は最高。
出来の悪い息子を蔑む事も無く、出来の悪い弟と遠ざける事も無く、沢木家のマスコットとして彰信は溺愛されとる。ええこっちゃ。マジで。
「で？威乃は？どないするん？」
「うーん」
「極妻」
呟いたハルのデコを叩いた。
「何！？喧嘩はやめなよ！」
「アホか、彰信。これはスキンシップや。戯れとんねん」
「やて、お前何も決めてへんやろ。決めたんか？渋澤さん、何や言うてんか」
ハルがデコを擦りながら痛いとこを突いてきた。ああ、なんや雲行きが怪しい。俺の。
「あー、うん。まぁ、金出すから、学校行くならいけやて」
「あ、威乃のおとん？俺、まだ会ったことないわ」
やめとけ。お前は一瞬にして気絶するわと、ハルと二人思う。
渋澤さんは誰もが感心するほどにおかんに献身的に尽くしてくれて、再起不可能やって言われてたおかんは、まさに奇跡と言うべく退院出来ることになった。
とはいえ俺のことは相変わらず分からんし、男ちゅう生き物に怯えてもうてる状態。やから身の回りの世話やなんやは渋澤さんが仕事でおらんときは、看護師経験のあるヘルパーさんが通ってやってくれてる。
やけど、たまに不安定になった時は渋澤さんしか受付へんのが痛い話。あの強面がOKで息子の俺がアウトとか意味分からん。でもこれは渋澤さんの努力と愛情の賜物。渋澤さんかて１から１０まで受け入れて貰えてたわけやない。
パニックなったおかんが渋澤さんに花瓶投げ付けて、発狂したときもある。病室に閉じ籠って逢いたがらん時かてあった。
やけど渋澤さんは毎日病院通て、おかんに話しかけた。ぶっちゃけ俺はガキやから、ペットボトル投げ付けられた時は心折れて一週間くらい病院に行けんかった。
手当たり次第に物投げつけるんは昔からやけど、来ないでなんて叫声あげてビビられて泣かれたんは初めてで、もう無理やと思った。そんな時も顔を見せろ、おかんが寂しがってると迎えに来たんは渋澤さんや。
「やりたいこととか、何かあるやろ」
出た、この言い方は世話焼きハルが顔出しとる証拠や。あー、雲行きが最悪な方向。一気に雨雲。俺の上だけ。
「やて…なぁ」
と、ガーガー音の悪い校内放送の間抜けな音。ピンポンパ…で終わる、根性ない放送。たまにピポパブー。耳を澄ましてみると…。
「彰信、呼ばれてへん？」
何となく、そんな感じの名前が雑音ばっかりのそこに聞こえた。
「あ！学校に出す書類！今日までや」
彰信は慌て立ち上がると、縺れる足を動かし屋上を出ていった。
「忙しないのぉ。で？風間はなんやて？」
「龍大も、好きなことしたらええて」
龍大、風間組の時期後継者の肩書きを持つ龍大は、学校を中退して目下、ヤーさん修行に励んどる。朝から晩まで楽しい楽しい悪の道や。学ランを脱ぎ捨てて高級なスーツ着て、朝も早から出て行って帰ってくるんは夜中。
極道ってそないに勉強する事あるんかと持ち帰る書類を盗み見してみたけど、正直、１割も分からんってか読めんかった。
疲労困憊な龍大を見ると悪やろうがなんやろうが、何かを極めるっちゅーんは半端ない努力が要るんやなと、極めたいもんも見つからん俺は他人事の様に思った。
「なんや、何か不満か」
「やてさぁ、あいつ、毎日なんやワケわからん書類見て、スーツ着て…。最近はまともな時間に帰ってきとらへん」
「風間が遠いーってか」
「あぁ！？」
「お前のは妬みやぞ。自分には何もあらへんのに、風間にはあって、やからて自分にはやりたいことも見つからん。贅沢な悩みや」
ハルはそう言うと、俺によいこのジュースの空を投げて屋上から出ていった。
「そんなん、分かっとるわ…」
天晴れ。空は青く澄み渡るんに、俺の中は曇天。何やろうなぁ、これ。
「お疲れっす」
蚊が鳴くような声で呟いて、いかにもの車に乗り込む。学校から離れたとこに停まる黒塗りベンツ。停まってる時はおかんとこに行く合図。
不倫真っただ中の中年か。運転席にはもちろん、渋澤さん。戸籍上、”おとん”なこの人を俺は今もまだ、おとんと呼べんでいる。
「学校どうや？」
「あ、うん。普通…」
お、重っ！空気がっ！難しい年頃の俺とヤクザな渋澤さんの溝はデカイ。それこそ奈落の底並みに深い。
必死の会話が、どないすることも出来ん学校話。そらこないにデカイ息子持ったら…接し方に困るやんなぁ。俺なら無理や。
「ああ、ちょっと寄り道ええか？」
「あ、うん…」
珍しい。思うてたら、車はいつもと違う道を走って、ちょっと賑やかな街で停まった。
最近、色んな新しい店がオープンして並ぶそこは、たまにハルと彰信と遊びに来てたとこで、俺らみたいな学校帰りの奴等がよおさんおる。
「え？なに？」
ここになにか？
「あそこ、見えるか？ケーキ屋」
「ああ、あっこめっちゃ人気やて彰信に聞いたわ。作ってるんがどっかの国の人気な…シェフ？」
「パティシエ」
「…高いんやて」
「買うてきてくれ」
「は？」
「愛がケーキ食いたいみたいや。せやけど、俺が行くと…」
言い澱む渋澤さんに苦笑い。ですよねー。ここは組事務所やありませんよってなるよねぇ。うん。下手したら通報されてまう。
「俺はあいつのケーキの好み、分からんさかい」
渋澤さんはそう言って俺に諭吉さんを渡してきた。いやいや、何でも食いよんで。甘いのに目がない女やもん。
子供の誕生日ケーキを横取りするような、びっくり女やし。そういえば長いこと甘いもんなんか食ってんの見てへんような気ぃする。喋らへんから何が欲しいとか分からんし。
ってことは渋澤さんはどないしてケーキ食いたいって知ったんや？車を降りてからそんな事を考えて歩いてたら、あっちゅう間に店の前。俺はその店を目の前にため息をついた。
「えー」
呟く。ってか、マジで？みたいなん。
あんたもそうかもしれんけど、俺の格好もたいがいよ？どっからどう見ても品行方正の坊ちゃんにも、少しだけ悪ぶった坊ちゃんにも見えへん。ガチ、ヤンキー。
「えー、ないわぁ」
俺は一見、ログハウスにも見える店の前に立った。周りの店とは外観からして別世界。職人技の光る店の看板ももちろん木製で、店名らしき名前が彫り込まれとるけど、日本語以外は覚える必要ありません！っちゅう俺にはさっぱり読まれへん。
あー、あかん、敷居高い。俺みたいな、見るからにヤンキーで素行悪そうなんが入れるとこやない。
自動ドアやなく、キンキラ光る金のノブがついたドアを開けて入る難関な出入口。突破口からして既にボスキャラ倒しにいくくらいの覚悟が要るレベル。
もしものアクシデントで、いや振り絞った勇気で店に入ったとしても白い目で見られる。間違いない！
あー。ハルの気持ちが少し分かる。日頃の行い。身に染み付いた悪ガキの匂い。白い目で見て来る大人達の目。これは無理！！と思うてたら、いきなりドアが開いた。
「うわっ」
自動ドアかい！
「こんにちは」
それは自動ドアでもなんでもない、向こう側から開けられたんや。そのドアからニッコリ、イケメンな兄ちゃんが顔を出し笑う。
優しげな目元が特徴的なイケメン兄ちゃんは、俺を見ても眉一つ動かさんかった。
「あ、こ、こんにちはー」
「どうぞどうぞ。良かったら、入って見ていって？」
白い、コック…やのうてシェフ？やのうてパティシエの格好の兄ちゃんが、俺の難関のラッキーアイテムやったらしい。俺は渋々、そこへ足を踏み入れた。
甘い匂いと共に俺を迎える、曇りの一切ないガラスのショーケース。そこに並べられた色とりどりのケーキ。
「すげっ」
思わず漏らした言葉。すごい。とりあえず、ケーキがその辺のんとは比べもんにならん。
どないして食うねんみたいな、食いつきどころの分からんケーキとか。それはまるで部屋に飾る装飾品みたいやった。
「ふふふ、ケーキ好き？」
イケメン兄ちゃん忘れて興奮してもうた。俺がショーケースにへばりつく勢いやからか、ちょっと大丈夫かみたいな顔。いや、大丈夫。
「すんません」
「そんなにキラキラした目で見られたら、ケーキも喜ぶよ。えっと、自分のかな？」
「あ、おかんに…」
「お母さん？いいね、誕生日かな？」
「あ、いや…。甘いもん食いたがってるみたいやて…お、親父が。おかん、ちょっと、身体悪いから」
渋澤さん、本人に言うたわけやないのに、めっちゃ緊張してまう。言い慣れへん、人生で今まで言った事ない”親父”っちゅう言葉。
何か口の中がむずむずして、小さく舌を噛んだ。