いちごのきせき Miracle de la fraise

空series EVENT


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「そうなんだね。優しいお父さんと息子さんだ。これとかどう?ベリーを上にコーティングして、中には生クリーム。下はクッキーの生地でお薦めだよ。あと、これはチョコベースだけど、中にフルーツをジャムにして挟みこんであって、生チョコっぽいんだよ?」
「へぇ…」
ケーキなんてどれも同じかと思ってたら、全然違うもんやねんなぁ。ケーキの上に鎮座するフルーツ。どれもこれもスーパーで見るフルーツやのに輝きが違う。
威風堂々とキラキラ輝いてる感じで、まるで宝石。
「あれ、あのイチゴとクリームのんって…ない?」
「あ、ショートケーキ?それはこれ。うちのショートケーキは形が変わってるんだよ。モンブランみたいでしょ?」
イケメン店員が指差したケーキは確かにモンブランみたいな形しとって、てっぺんのイチゴがクリームにドンッと埋もれとる。そのイチゴも桃太郎ならぬイチゴ太郎が出るんちゃうかっていう感じに割れとって、そこにまた生クリームがポンと乗せられとる。
まん丸のイチゴショートはその側面を黄金のキラキラしたレースみたいなんが飾ってて、ちょっと王冠みたい。
「あれ、黄色のん」
「あ、あれはね。水飴」
「え?そうなん?へぇ、食えるんや」
「そうだよ」
「あ、ほな、そのイチゴショートのんと、ベリーのんとチョコレート。あと、チーズケーキと…」
俺はイケメン店員がお薦めしてくれたケーキに加えて、見た目豪華でおかんが好きそうなケーキをチョイスした。そこに飾られた値段のプレートは敢えて見ん振り。渋澤さんが何でも買うてこい言うたし。
イケメン店員が商品を包んでる間、店をぐるりと見渡す。そないにデカくない。でっかいショーケースとクッキーとか置いてある少しの棚。あとは至ってシンプル。
木目の柔らかい床と横から光の差し込む大きい窓。それも木枠で出来てて全体的に柔らかい店。
多分、奥が厨房なんかなと思って首を伸ばすと、見慣れた偽者とは比べもんにならんくらいキラキラしたブロンドが目に飛び込んできた。彰信が言ってた、どっかの国の有名なシェフ!ブロンド圏!
じーっと見てたせいで、透き通るような緑の瞳と目が合う。うわ!全部自前!目も髪も自前や!!ひーっとなってると、それに気が付いたイケメン店員が笑った。
「彼が作ってるんだよ。ロイド・アーロン。あ、僕は奥瀬壱吾」
「は?い、いちご?」
「発音間違えないでね。ストロベリーになっちゃうから」
ふふふっと柔らかく笑うイケメン店員、基、ストロベリー君は笑いながら言う。うわー、これ絶対モテるわ。奥におる外人もハリウッドスターみたいに男前。イケメンケーキ店に認定。
「あ、あの、俺、し、渋澤威乃です」
「いの?可愛い名前だなぁ。苗字と合ってて、強そう」
いや、最近頂いた苗字なんでなんとも言えませんけど。
談笑していると奥から黄金シェフが登場してきて、小さな箱をストロベリーさんに渡した。ストロベリーさんがTVで聞くような流暢な英語で黄金パティシエと話す。
そんな中にぽつんとおる俺は、まるで異国に放り込まれたクソガキのようで挙動不審に目を泳がした。
「あ、ごめんね。これ、ロイドから。特別なケーキだって。お母さん、身体良くないんでしょ?早く良くなりますようにって。甘い物って人を幸せにするだろ?」
「え!?いや、そんなん」
「いいのいいの。ロイドも僕も、君みたいにキラキラした目で作ったケーキを見てもらえると幸せだよ。二人で作った甲斐がある」
「え?二人?」
「ああ、そう。僕は和菓子職人なんだ。だから、和洋折衷のケーキ目指してて。だから水飴とかで装飾するんだよ」
「…すげぇ」
思わず感動した声をあげると、ストロベリーさんはにっこり笑った。
高価なケーキは値段以上の感動と興奮を俺にくれた。たかがケーキや思うてたのに、全然そうやあらへん。
ストロベリーさんは、どこぞの国のジェントルマンみたいにドアを開けて俺を送り出してくれた。もちろん女やったら瞬殺される笑顔付き。あの人のカノジョとか、絶対不幸。気苦労耐えへん。
そんな下世話な事を思いながらも、右手に持った金の文字で店名が入った黒い洒落た袋がなんや嬉してほくほくした。

「どうやった?」
車に乗ると渋澤さんが聞いてきて、俺はただ頷いた。
「いちごと和菓子と、外人」
訳のわからん俺の台詞に渋澤さんが一瞬困ったような顔をしたが、放心状態の俺をどうも出来んと思ったんかそのまま家へ向かった。

閑静な場所に軒を連ねる新興住宅街は、最近開発が進んでるらしい場所で新しい家が次々と建つ。そこの一角に渋澤さんがおかんのために建てた家がある。
高い門で周りからもあんまり見られへん作り。その門も通りに面してない場所に設置しとって、始めて家に来る人は入り口がどこにあるんか分からんで迷う。
このおかしな造りにしたんは自分が堅気やあらへんから。そのせいで家に出入りするヘルパーさんまでもが変な目で見られへんようにする、渋澤さんの過ぎる配慮。
茶色の屋根と白い壁の家は庭付きで、この辺では一番大きい。その家を守る様に夜は留守がちな渋澤さんが、これまたおかんのためにと防犯のためにつけた高い壁。
セキュリティは万全。やて不審者の通報はどこよりも早く、セキュリティ会社やのうて風間組に通達されるんやもん。恐ろしいったりゃあらせぇへん。
せやけど、俺からすればありがたい話や。
「ただいまー」
「ああ、お帰りなさい。威乃さん。愛さん、今日は機嫌が良くてお庭に居ますよ」
迎え出てくれたんはヘルパーの村山さん。初め渋澤さんの職業を聞いて、どこもかしこもが派遣を断ってきた。それはもう、しゃーないこと。
根気よー探さなあかんと思ってたとき、おかんが入院してた病院の看護師さんが元同僚に声をかけてくれた。それが村山さん。
村山さんは渋澤さんの職業を聞いても、おかんの状態を優先してやると言うてくれたありがたい人や。おかんは別に寝たきりの病人やあらへんから村山さんがやることは家政婦みたいなことやけども、おかんが体調悪かったりするとすぐに気が付いてくれる。さすが看護婦。俺や渋澤さんには出来ん業や。
村山さんは家も近くて、わりかし遅い時間までおってくれる。子供も独立してるとかで時間の融通もかなり利く、なんともありがたい人。世の中捨てたもんやないと、この人を見るといつも思う。
リビングを抜けて、和室へと入るとぼんやり庭を眺めるおかんがおった。そこには村山さんと、仰天やけど渋澤さんが植えた花が植わってて、おかんはそれを見るのが好きなようで結構ここにおる。
「おかん。ケーキあんで」
声をかけても無反応。まぁ、これもいつものこと。俺は座卓にケーキの箱を置いて、黄金パティシエがくれた箱を開けてみた。
そこにはプリンにお花の形に作られた色とりどりのチョコが飾られてて、その花に止まるみたいに飴細工で作られた蝶が止まってた。
「うわっ!すげぇ!!」
俺が大声を出したからおかんがびくっとしてもうて、俺は慌てて謝った。
「ごめんごめん、ちゃうんね。ほら見てみ?これ、キレイやろ」
箱から取り出すと、表情のないおかんが俺でも分かるくらいにハッとした顔を見せた。
「あらあら、キレイねぇ」
そこへ村山さんがコーヒーを持ってきて、その後から渋澤さんが顔を出した。おかんはそれにも気がつかんと、穴が開くほどにそのプリンを眺めてる。
「あら、この袋。最近出来たmèlangeってとこのでしょう?」
「知ってるん?」
ってか、そんな名前なんや。
「男前のお兄ちゃんが二人でやってるって。ええ値段するんでしょう?せやけど、美味しいって。いやー、これはほんまに綺麗やねぇ」
「あの二人だけなんや。外人やったで、一人」
「せやせや、いっぱい賞取ってるスゴい人やて。せやけど取材嫌いであんまり外に出てきはれへんらしいよ」
ああ、っぽい。外受けええんはストロベリー君や。あの黄金パティシエは無理っぽい。何となく。
「あ、村山さんも食うて」
「え?よろしいの?」
「ああ、食うてくれ」
渋澤さんはどっかり腰を下ろすと、村山さんの用意したコーヒーに手をつけた。
「ほな、お皿に装ってきましょうね。愛さんはプリンが気に入ったんやねぇ」
村山さんはそう言って、ケーキの箱を持って部屋を出て行った。村山さんの言う通り、おかんは黄金パティシエがくれたプリンを瞬きも忘れるくらいにじーっと見とる。
「そないに気に入ったんかなぁ」
「甘いもん、やっぱり好きなんか」
「あ?うん、好きやで。コンビニとかで、よーケーキとか買ってきて食うてたもん。何で食いたそうにしてるって分かったん?」
「テレビ、ケーキ出るとずっと見よったから」
「そうなんや」
ちょっと、何その愛情。何やくすぐったいような、むず痒いような、そんな何とも言えん感覚に俺は笑った。
それから村山さんが皿に装ったケーキを皆で食うた。おかんは相変わらず、プリンを眺めて動かんかったけど、村山さんが食べてあげな悪なって捨てなあかんのよーと説得して、ようやく口をつけた。
ケーキはどれも絶品で、フォークを入れて潰れるのが何とも勿体なかった。せやけど、おかんはいつもよりも少しご機嫌に見えた気がした。
次の日も晴れ渡る空。昨日までとは違ごうて、俺の中も少しだけ晴れの兆しが見えかけとった。俺は学校へ着くや否や職員室へ走った。途中でハルとか彰信に逢うたけど、挨拶そこそこ。
職員室とか3年間通った学校で自ずから行く事なんかあらへん。あるとすれば大喧嘩の呼び出しとか、連行。やけども今日は俺からご挨拶。
職員室のドアを勢い良く開けると、朝ののんびりする時間を楽しんどる教師達が一斉に俺に注目してきた。照れるやん…やのうて!
「え…どないした、秋山」
一番近いとこにおる教師、確か小泉、が飲んでたお茶を置いて俺に近付いてくる。少し焦ってるように見えるんは喧嘩かなんかと思うてるみたいな感じ。
「あー、日野おる?」
「日野先生やろうが」
小泉は呆れた顔で言うと職員室の中を振り返った。日野ちゅうんは俺らの担任。柔道で鍛え上げた身体は押しても何してもビクリともせん。
ぶっちゃけ、こんなろくでなし学校にはそういう教師が派遣されて来る。指導に自信有りとかの前に格闘技に自信有り。
「何や、秋山。どないした」
ぬっと現われた日野は片手にスポーツ新聞を持って片手にコーヒー。ここは己の家か!ってくらいの寛ぎスタイル。
俺はそんな日野に呆れながらも頭を掻く。なんや言い難そうな俺の顔を見て何かを察したんか、日野は近くにおった小泉にスポーツ新聞を渡して俺を手招きした。
連れてこられたんは進路相談室。こんな学校やのに、お飾りみたいにある進路相談室。まさか自分が入ることになるとはなと苦笑い。
「ほれ、入れ」
日野に促されて、俺は深呼吸して進路指導室に足を踏み入れた。