落花流水

空series spin-off


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「ハル君!」
学校に着くや否や半ベソ状態の沙奈が駆け寄ってきて、その後ろには小山田と伏間の心配顔が見えた。
そういえば、連絡を何もしないままだったなと思いつつ、連絡出来る状態でもなかったしなと梶原のことを思い出した。
「あー、悪い」
何となく謝ると紗奈がボロッと大粒の涙を流してギョッとした。すぐに沙奈の身体を抱き寄せてコーヒー飲むか!と周りから見えないようにして4人でラウンジへ向かった。
授業も始まるが今は3人ともそれどころではないという顔をしているので仕方ない。ハルが何かを言って収まるような感じでもないので、優先すべきはこっちかと思った。
やはりというかラウンジは人もおらず静かで、ハルは自販機で適当にドリンクを買うとテーブルに置いた。
「ごめんなさい、私が…」
ハルが席に着くと同時に紗奈に嗚咽を漏らしながら泣かれ、えーっと小山田を見る。どうやら自分が絡まれたせいでハルが大変なことになったと責任を感じているようだが、そもそも絡んでくる人間が悪い。
それに拗れたのは自分の過去の罪の代償だ。ハルはうーんと天井を仰ぎ見ると指を鳴らした。
「沙奈、もしかしてあいつらに石でも投げた?」
「ええ!?そんなことせんよ!座ってたら急に…」
ギョッとした顔をする紗奈に笑う。そりゃそうだろう。紗奈がそんなことをする人間ではないのは分かっている。分かっていて聞いたのだ。
「な、悪いんはあいつら。ほんで覚えてへんけどそいつらがたまたま俺の知り合いやっただけ。ここは因果応報やからええねん」
「マジで叔父さんに沙奈が逢わなかったらヤバかったやつ?」
伏間が言うと小山田が“おい”と脇を突いた。ハルは沙奈を横目に見て、言ってないのかと思った。
どう考えても堅気じゃないのは見てわかる。梶原が最近、少しラフな格好をしているだけで周りは極道のそれだ。
ハルは頭を掻くと、テーブルに並べた飲み物から缶コーヒーを手にした。
「ヤクザさんやから、紗奈が逢った俺の知り合い」
「は、ハル君」
「ええねん。前に言ってた関係のあるヤクザ者ってのが、叔父さんって言うてる人。ぶっちゃけ叔父さんやあらへん。前にたまたま紗奈とおるときに逢うて、叔父さんやて紹介したから紗奈も知ってて、それがほんまタイミング良く近くにおった」
「マジで?タイミング良すぎじゃん」
伏間が言うが、本当にタイミングは最高だった。あれで紗奈が捕まってでもしたらと、想像するだけで寒心に堪えない。
学生でも何者でもなくなった者の振り幅は大きくなりがちだ。何か犯罪めいたことを犯すことで株が上がると本気で思っているので、厄介なのだ。
「紗奈を送ってくれたんも、その知り合い?」
小山田に聞かれ紗奈がハルを見た。どこまで何を言っていいのかという感じなので、ハルは小さく頷いた。
「それは前に言ってた俺のツレの親父。こっちの人の方が見た目ガチって感じやけど、めっちゃええ人…ヤクザにええ人って変やな」
「は、は、ハルくん…」
急に紗奈が青い顔をしてハルを見た。え、次は何だと紗奈を3人で見ると、小さくどうしようと呟いた。
「あの、送ってくれた渋澤さん、途中で同乗ええかなって人乗せてん…」
「え…」
「私、あの時、色々ありすぎてパニックやったけど、乗ってきた人、前にハル君が言うてた幼馴染みの人やわ。どっかで見たことあるなぁって思ったけど、ものすごい可愛い顔の…あのグループに流れてた一緒に写ってた人…」
「は?」
「大丈夫かて、話聞いてくれて…話してしもうてるわ。ここ数ヶ月のこと。あ、でもハル君やて言うてへんよ!クラスの子がいうて話してん!」
いや、それ匿名の意味をなし得てない俺のこととハルは苦笑いをした。何よりも面倒な人間にバレた。

威乃は逢えない間も実習で作った菓子や、クラスメイトとの写真を色々と送ってくる。基本的に面倒で返すことはしていないし、たまに返しても返事もこない。
ただ自分が見せたいだけ言いたいだけ、そして知っておいて欲しいだけ。寂しがりの威乃の癖だ。風間だけでなくハルにもちゃんと知っておいてほしいのだ。
高校から付き合いのある彰信と3人で話すグループでは彰信と威乃の他愛無い会話が繰り広げられているが、やはりそこでもハルは極力話すことはない。
その二つがあの日からずっと静かだ。おかしいなとは思ったが、そうか、そのせいか。
授業を受けながら色々と考えてはみたものの、威乃に言い訳するのも何かをはぐらかすのもした事がない。する必要もなかったし、言い訳しないといけないような関係ではなかったからだ。
何でも包み隠さず言えたし、まぁ、威乃は風間と知り合ってから言い訳が一時は増えたが、ハルは特にそういうことはない。
「ガラでもないしなー」
一人呟いて新しくしたスマホを取り出すと、通話履歴の1番上の男に連絡をした。

何でここ?ハルは風間のマンションを見上げて息を吐いた。呼び出されたのが風間のマンション。しかも最上階の屋上。もしかして投げ落とす気か?
そんなことを考えたが、威乃はそこまで異常者ではない。それにハル同様、威乃もかなり丸くなった。角が全部取れて今やツルツルだ。ハル以上に。
威乃が送ってきた手順でマンションに入り、エレベーターに乗り込むと屋上のボタンを押す。そういえば、ここの屋上ってどうなってるんだろう。学校の屋上みたいな感じか?と考えていると、あっという間に屋上に着いた。
さすが億ション。エレベーターも高速だ。ドアが開くとエントランスがあって、ベンチと観葉植物が置かれている。その真っ直ぐ正面にガラス戸が見え、ハルはそこへ向かった。
ガラス戸から見えるのは芝生とプランターに植る植物だ。屋上が今流行りの屋上庭園になっているのだ。ガラス戸を開いて奥へ進む。花壇には色とりどりの花が植えられていて、一箇所だけ大きく円を描くようにデッキが敷き詰められている。
お洒落の極みだなとその中央に立つ威乃を見て笑った。後ろのガーデンベンチには梶原と風間が座っていた。
「すごいなぁ、ここ。風もそこまできつないし快適」
「そうやな、お前が俺に隠し事してなかったらまた違う景色やったかもな」
逆光で威乃の顔がよく見えない。ハルは鞄を地面に置くと肩を竦めた。何だかリング場みたいだなと首を鳴らす。
「隠し事か…」
「あの日、親父が自分やったら怖がらせてまうからって俺を呼んでん。女の子が怖い目遭うて助けたけどって。俺が行ったらガンガンに泣きじゃくってて、親父にビビるよりも自分のせいやてな。で、親父が言うには梶原さんの知り合いやて話やったけど学校聞いたらハルの学校やし、ハル君が言うて泣きよるし、よくよく聞いてったらもっと悲惨な話なっていくしで驚いたわ」
いや、紗奈、名前言うてるやん。それどころやなかったってことか。前を見ると振り返った威乃の顔はどこか寂しそうではあったものの、だが怒りの方が強い表情だった。ああ、久々見るわ、この顔。
「何で言うてくれへんかってん。お前がしんどい時に俺は何も出来んかった」
「自分で処理出来ることは自分でするやろ、お前かて。そもそもガキやあるまいし」
「それでも言ってくれたら、話てくれたら良かったやん。何も知らへんとか…」
「落ち着いたら話そうかなとは思った」
「落ち着いてからじゃあ、意味あらへんやん!結局、全部終わってもうてて後から知ることなるやん!そんなん、俺はお前のなんやねん!」
「じゃあお前は俺が助けてくれって言ったら助けれたんか!?いつからそんな偉なった!俺が話したら風間に口利きでもしたんか!」
ハルの挑発が合図のように威乃がハルの胸倉を掴んだ。ハルがそれを弾くと威乃がハルの顔に肘を当て、それが合図のように殴り合いが始まった。
「え、止めませんの」
後ろで傍観者を決め込んでいた梶原が”うわー”と思って止めようと腰を上げたものの、龍大が動こうとしない。これはやらしておけということかと龍大を見ると、呑気に煙草を咥えた。
「威乃は名取のことになると俺の話は聞いてくれへんし、多分、これが二人にとっての正解なんやろ」
ガンガンに殴り合う二人を見るが、まぁ、確かに楽しそうではある。どこか覚えのある状況に梶原も煙草を咥えた。
それに龍大が火を向けると、梶原は小さく笑って煙草に灯した。
「しかし…素人にするには惜しいくらい強いっすねぇ」
さすが悪名高い学校のトップ2の二人。下手したら風間組のチンピラでも一撃で終わりそうな強さだ。

「痛い!!」
散々、殴り合い体力が尽きた頃、二人してデッキに転がり空を見上げた。何だかこういうの懐かしいなぁと二人して笑い出し、最後は腹を抱えて笑った。
龍大と梶原はそれを見て、ようやく終わったかと二人を部屋に連れてきて互いの傷を手当てしているのだが…。
「そりゃ痛いやろうな、ここまで派手にやりゃあ」
梶原は呆れたようにハルの口の横に軟膏を塗ると、それを今度は威乃の番と龍大に手渡した。
「お前さ、腕鈍ったやろ」
「はぁ?鈍ってへんし。痛い!!てかハルも受け身が弱なってるし。弛んでるんちゃうん」
また言い合いを始めそうなハルの唇を梶原が指で摘んだ。
「終わりや。ガキども」
やれやれと息を吐いた梶原を、何を一人だけ大人ぶってるんだとハルはニヤリと笑った。
「威乃、風間」
呼べば二人してハルの方を見た。梶原もまた何を言うんだという顔をしながら、店屋物でも頼みますかとスマホを弄り出した。
「俺、彼氏出来た。ちなみに彼氏、この人」
突然のハルの告白に、威乃が声を上げるのと梶原がスマホを落とすのは同時だった。

「喧嘩やのうて…じゃれ合いやから」
教室に入ると派手な顔になったハルに紗奈達は目を丸くした。集中的に顔を殴りにきやがったな、威乃の野郎と思ったが言っても仕方がない。
ハルも同様に集中的に顔を殴った記憶がある。というか、顔だけじゃなく身体もだがお互いに喧嘩の仕方を熟知しているので、ボディを守った瞬間に出来る顔のノーガードを狙ってしまうのだ。
拳を向ける時の癖もガードの癖も自分のことのように分かってしまう、一番、喧嘩のし難い相手だ。
「だ、大丈夫なん」
「平気。見た目ほど痛くはない」
「いや、それ痛いやろ。見てるだけで俺が痛い」
小山田に同意するように伏間が頷くが、その伏間が首を傾げてハルに合図をした。ハルは何だと後ろを見ると槇原が思い詰めたような顔で立っていた。
「あの、ちょっとええかな」
忘れてたとハルは口走りそうになったが、それを飲み込んで頷いた。

このラウンジ、監視カメラとついてないだろうなと思うほどにハルはここ最近、色んな人間と妙な会話をしている。ハルがいつものように飲み物を買って槇原の前に置くと、槇原が怯えたような顔を見せた。
「えっと、何やろ?」
そういえば勢い余ってキスしたな、それを責められるかなと思いながら槇原の向かいに腰を下ろした。
「あの、俺、その…。あの!色々とほんまにごめん!こんなつもりなかったのに、ちょっと混乱して相談したらあんな広まって」
がくがく震える槇原にハルは何も言わなかった。それどころか「あ、そっちね」と槇原に分からないくらいの声で呟いたくらいだ。
ハルからすれば過ぎたことは正直もうどうでもいいのだが槇原はあれを起こしてしまった張本人なので罪の意識に苛まれ、押し潰されそうになっている。よく見るまで気が付かなかったが、少し痩せたように見えた。
確かにあれはイジメでもある。ハルだから別に何ともなかったことでも、それに加担してしまった槇原は後悔の日々だったんだろう。
「あー、まぁ…お前が悪いんやないし、誰も悪ない。そういうことをしてきた俺が、どうしようもなく悪いってこと」
「でも…」
「幼馴染、どうなん?」
「え…あ、元気。あ、名取のこととか全然、恨んでないよ…。言いがかり付けたん、あいつやったみたいやし」
「さぁな、覚えてへんわ」
申し訳ないが本気で覚えていない。喧嘩した相手誰一人として覚えていないのだから、本当に質が悪いものだ。
「俺さ、高校の時は喧嘩だけしに学校行ってた感じで、今、この年になって初めて学生生活味わってんの」
「え?」
「これからもっとチーム課題増えていくと思うわけ。あれ、俺、結構好きやから。まぁ、この件はこれで終わりで変なわだかまりなくいかへん?」
「名取がいいなら…」
ハルは柔かく笑うと拳を槇原に向けた。槙原もそれに軽く拳を当てた。
「拳、潰れてるやん…」
槇原の指摘に二人して笑った。

「クラスでいじめられてた俺も和解して平和な日々」
「いじめられてたって…そんなん何とも思ってへんやろ」
ベッドに寝転がる梶原の上に身体を合わせたハルに、梶原は呆れたように言った。
「風間、何か言うてた?」
あのハルの爆弾発言の後、ハルが男と、しかも梶原と付き合っていることに思考の追いつかない威乃と居心地の悪そうな梶原と、何を考えているか分からない風間との食事は愉快だった。
愉快だったのはハルだけだで、威乃と梶原は置いておいて風間はいつものポーカーフェイスで何をどう思っているのかさっぱり。
「龍大さんは特に何も言わん。まぁ、意外やなとは言ってたな」
「そりゃそうやろ。いきなり男かってな。でもそれってあいつにも言えるやん」
「龍大さんは龍大さんやから」
何その特別枠とハルはムッとして梶原の唇を噛んだ。膨れっ面のハルに梶原は笑ってぐっと身体を引き上げると、軽く口付けて頬にも口付ける。
そんなことで絆されないぞという顔をしていると、また笑われた。
「まさか龍大さんに妬いてる?」
「なわけ」
「俺はお前だけで手一杯ですよ」
「風間から親父さんに言うたりせんし、何かあったときのこと考えたら知ってもらってた方がええやん」
いつ何時、何があるのかわからないような生業をしている人間だ。もしもの時に何も知らされないまま終わることだってあるかもしれない。
それだけは絶対に嫌だと思った。
ハルの考えを読んでか梶原が額にキスを落とした。それにまたムッとした顔を見せたが、すぐに二人して笑った。
「明日、飯行こうよ」
「外に?珍しい」 
「デートしよう、うまいもん食わせてよ」
警戒が解けるととことん甘えただなと、梶原は眉を上げるとハルを抱きしめた。
「何が食いたいか考えとけ」
梶原はハルの服の下から身体を弄りながら首筋に舌を這わせた。すぐに甘い吐息を吐くハルに身体の芯が熱くなる。
ここまでがっつくタイプじゃなかったのになと思いながらも、不埒な手を止めることもせずにハルと身体を入れ替えて唇を合わせると舌を絡める。
今夜も長い夜になりそうだと梶原は部屋の明かりを消した。