落花流水

空series spin-off


- 3 -

「締めに雑炊とか、無謀やった」
梶原は腹を擦りながらソファに転がった。スーツは堅苦しいとジャージにTシャツ姿は、TVでよく見る父親スタイルと被るくらい違和感がない。
「メタボんなるで、おっさん」
「おっさん言うなー」
ハルは鍋や食器を片付けながら笑った。
極道ってこんなフランクなのか?しかも若頭補佐。何だか不思議だなと思いながら、ここ最近で一番リラックス出来たような感じがした。
「あ、小沢さん元気?」
キッチンから顔を出すと、ようやく起き上がった梶原が煙草を咥えて火を点けていた。
「相変わらず、渋澤をキレさしとるわ」
「渋澤さんって、キレんの?」
「いや、見たまんまやろ」
「ですよね」
「渋澤も、所帯持ってから大人しいわ。ええこっちゃ」
「…梶原さんは?バツイチ?」
「痛い腹探んなや、ガキ」
「バツイチなんや」
梶原はククッと喉を鳴らして笑うだけだった。
「お前、時間いけんのか?親とか」
「あの学校通っとた俺に、親のこと言う?」
「何や、放任か」
「知らんの?俺のこと探ってへんの?風間に近づいたりしたんに」
「あ?何がや」
「俺、親おらんで」
「…お、おお、そりゃすまん。えーっと、じゃあ、今どないして生活してるねん」
「おらんちゅうか、まぁおるんやけどー。てかそんなダークな話やあらへん。フィリピン人のホステスに入れ込んで一緒に女の祖国に帰ってもうたボンクラ親父と、喧嘩に明け暮れる俺らに嫌気がさして実家に帰ったおかんちゅうだけの話や」
「ヘビーやんけ」
「そう?まぁ、夏生がおってくれたから別に何も。おかんも音信不通って訳やないし」
「夏生?女か?」
「何でもそこに直結すんなや。俺の兄貴。自由奔放というか…傍若無人というか」
あれはなんて表現するんだろう。自由ではあるけども、少し違う。傍若無人というか…語彙力の無さがここで出てくるな。
「難しい言葉知ってるな」
「これくらいは知ってるわ。威乃やあるまいし」
「そりゃ失敬。じゃあ、今は兄貴とか」
「いや、今は一人。夏色は海外に…今、どこらへんやろ。幼馴染と回っとるわ。何か…人助け的なことしながら」
「慈善事業か。俺らとは程遠く縁のない話やな」
梶原はそう言って笑った。

「梶原さん、コーヒー飲んでもええ?」
ステンレスの流しを拭いて、初めて来た時とは別人の様に生まれ変わったキッチンに満足。ハルは主の返事を聞く前にあちこち漁りだした。
「何でも好きにしたらええ。ああ、今年の選抜はこいつらかー」
勝手に漁るハルに何も言わず、梶原はスポーツニュースに夢中だ。ハルはキッチンの後ろに備え付けられた棚から、コーヒーカップを取り出した。
思ったとおり、棚の下の引き戸を開けるとドリップ式のコーヒーが山ほど出てきた。種類もメーカーも様々で、やはり物は良い物だ。買ったというよりは貰ったんだろうなと、やはり勝手に整理する。
「梶原さん」
適当なメーカーのコーヒーを入れ、それを梶原の前のテーブルに置いてソファを背もたれに絨毯に腰を下ろす。
すっかり寛ぎモードの梶原は煙草とビールと、買い物の時に買ったハルのピーナッツで晩酌。もう親父モード全開だ。
「俺さ、また来てもええ?」
「は?」
「あかん?」
「かまへん、来たらええわ」
梶原は懐かれたとばかりに笑った。
昔の自分を知っていて、違和感に息苦しくならない人間が極道とはなと思ったものの、ここ最近の何とも言い難い違和感が消えた瞬間だった。

「春一」
学校の廊下で呼び止められ、振り返ると小山内が手を振っていた。ハルは片手だけあげ、小山内が追いつくようにゆっくり歩き出した。
名前で呼ばれるのは新鮮だが馴れないなと、どこかむず痒さに意味なく肩を回す。
「お疲れ、畠先生さぁ、授業眠くね?」
「そうか?畠先生丁寧やんけ。つか、お前は誰でもそれやろ?小山内」
「いやー、俺は実習向きですから。そうや、今日バイト?」
「いや」
「ほな、飲み会するねん。来いや」
「あ、今日は無理」
ハルの返事に小山内がじっとりとした視線を向ける。
「なんよ?」
黙りこんでハルの顔をじっと見る小山内に、ハルが怪訝な顔をする。それに小山内がうーんと唸った。
「いや、ぶっちゃけ沙奈やねん」
「は?」
「お前、沙奈の気持ち知ってんのやろー。最近付き合い悪いんは、女か!」
ガッと肩に腕を回される。
背の高い小山内にされると押さえつけられている気がして、イラっとしたハルはそれをやんわり解いた。
「いきなりなんやねん」
「年上か!」
「は?ああ、うん」
面倒とばかりに適当な返事をする。だが相手は男ですが。付き合ってるとかそういうのではなく、あれはギブアンドテイク。
寛げる場所を提供する梶原と、部屋の掃除や洗濯、家事など身の回りのことをするハル。利害一致の関係だ。
「マジで!うわー!お前!年上のお姉様からのご奉仕とか!」
いや、極道やし。奉仕してんのかて、どっちかっていうと俺やし。
「美人?」
「え?いや、美人とかやのうて…」
「うわ!美人とかー!!」
「人の話聞けよ」
大丈夫か、お前と言いたくなる。小山田の悪いところは、早合点と人の話を聞かないとこだ。
いちいち反論するのも馬鹿馬鹿しくて、ハルは小山田に手を振った。背後で俺にも彼女の連れを紹介しろと喚く声が聞こえたが、本当に紹介したら失神するぞとほくそ笑んだ。
スマホを取り出して、散々ごねて貰ったメルアドを引っ張り出す。今はもっと便利なアプリもあるが、それだけはしないと謎の抵抗を受けた。
そしてあの年頃はメールより電話らしいが、ハルからすれば電話の方が煩わしい。電話メインのせいか、梶原はメルアドも初期設定のままだったから呆れた。
それを勝手に設定して、ハルと、序でに梶原の指示通りに物騒な登録名の連中に送信した。
“今日の飯は?”そう打ちながら、嫁かと笑う。
すると、仕事してんのかと思うほど早く返信が来た。元々、頭の回転の早い男なのだろう。順応力が早いのは感心する。
「…魚」
返信を見ながら献立を考えるとこは、がっちり主婦だと思っていたら肩を叩かれた。振り返れば槇原だった。
「おお、どないした」
今日はやたらと呼び止められるなととりあえず立ち止まる。
「あの、ちょっとええ?」
神妙なその顔に、ハルはスマホを鞄に入れて学校内のラウンジへ誘った。
夕方ということもあり、そこは人も疎らだった。ハルは缶コーヒーを槇原の前に滑らし、丸テーブルに乱雑にセットされた椅子に腰を下ろした。
「どないした?」
「いや、その」
言い難そうなそれに眉を上げる。なんだ、面倒ごとか?
訝しむが急かしても仕方ないとハルは自分のコーヒーを飲みながらラウンジを見渡す。近くの席に人は居ない。聞き耳を立てても、ハル達の声は聞こえないだろう。
といっても、何の相談事だろう。全く”普通”の相談事を受けた経験がないだけに、ハルは少し身構えた。
「あの、な、名取って…沙奈と付き合うの?」
「…はぁ?」
お前までそれかと言いたくなる。まさか、その神妙な顔の原因はそれじゃないだろうなと思わず舌打ちしてしまい、槇原が身体を震わせた。
「ないから。マジで。あ、お前、沙奈好きなんか?」
「え!ちゃうし!あ、いや、あの…名取は彼女おる?」
「…は?」
「あの、俺、いや、気持ち悪いかもしれないけど、その、名取のこと、その、」
言い淀むそれにハッとした。
「…え?ちょっと」
「好きなんだ!名取のこと!」
声がでけぇ!と、慌てて槇原の口を手で塞いだ。
「落ち着け」
俺。と、息を吐く。
槇原とは、あの花見の一見で懐かれてはいた。やたらと連絡もくるし、実習では必ず同じ班に入ってきた。だが、それだけだ。
ハルは特別に槇原に優しくしたりはしていないし、メールだって何だってすべてに返信したりしない。バイト中と梶原と居る間はスルーだし、どうでもいい内容は流す程度。
そもそも男同士だ。まさか自分がそういう対象になってるなんて、夢にも思わなかった。
というか、モテ期到来か。いや、今は求めてない…。色々と手一杯なのだ。
「な、名取?」
捨てられた子犬のような目をされても困る。悪友に似ているだけに無下にも出来ず、ハルは頭を掻いた。
「俺さ…」
「へ、返事は今やのうて!!」
槇原は壊れたおもちゃのように頭を振った。
「き、気持ち悪い?」
「は?いや?別に」
何か、周り多いし。例えば悪友とか、バイト先のアホとか。
まさか、自分がそういう告白を受けるとは思ってもなかったけど。
「参考までに聞くけど、俺をオンナとしての告白?」
「お、オンナ?」
「突っ込みたい的な」
「まさか!!なんで!」
「いや、ビジュアル的にはお前のがオンナやろけど、背丈とか柄は変わらんしなぁと思って」
「いや、そうなんかも。いや、そうかな、多分」
「…は?」
多分ってなに?ハルが首を傾げると、槇原はハルに渡された缶コーヒーを手の中で弄び始めた。
「俺…今まで女の子しか付き合ったことないし、好きになったことないもん」
「はぁ?ほな気の迷いやろ」
「ちゃうもん!名取で抜けたもん!」
思わぬ告白に、ハルは手に持っていた缶コーヒーを落とした。
キャパオーバー。ハルはとりあえず今日は帰ると、槇原に別れを告げた。