空が青ければそれでいい

空series second1


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誰かおったら寝られへん。相手の呼吸が雑音に聞こえて、全然寝られへん。
だから、女ともホテルの休憩限定。お泊まりなんて拷問やし、家に入れたら一回寝て彼女気取りなったアホな女が入り浸るん、目に見えてわかる。
ウザイ…。
長い付き合いのハルでさえ、俺が弱ってる時しか無理。これが俺。
今までずっとそうやったのに、俺は一昨日逢ったばかりの年下の男の腕の中、グッスリしっかり眠った。
ギューッと抱き締められたまま深い眠りで、目覚めた今もまた寝そう。呑気にチュンチュンと鳴く雀の声が、あほーあほー言うてる気がする。
流されてもうてるやん、俺。
何やのこれ…。
コイツ何者?
何か、飲まれてる自分が怖なって、抱き締めてる腕解いてベッドから這い出た。
「…威乃?」
空虚感に目覚めたみたいな声出して、長い手がベッドに腰掛ける俺の腰に回る。
何これ、マジで何これ。付き合いたての恋人同士みたいな甘ったるいそれ。
「起きぃ風間、俺行くで。制服どこやねん」
う〜って気怠そうに起き上がった獣は、タバコを銜えて時計を睨む。時間確認してんのやろけど、時計が人やったら死んでんで。
ショック死。
目、怖いねん。
「…飯食う?」
「いらん。慣れんことしたら、胃がびっくりして痛なる」
嘘。ハルの作った焼き飯、朝からガッツリいったもん。
ただ、お前とそないなことしたら、とんでもないことなりそうや…。
俺のチンケな思考回路。
「…却下。すぐ作るから顔洗って用意しろ。制服、乾燥機ん中や」
そう言って、部屋から出て行くお前は何様やねん!?俺様か!?却下ってなに?ってか年上誰!俺やろ、俺!
「あかん…俺ガッツリ振り回されてる」
ゴーイングマイウェイ、風間龍大。嫌いや…。

結局、焼き魚と味噌汁とご飯という朝飯の基本!みたいな飯をその顔で作るから、何や滑稽。
「うまいか」
「不味かったら食うてへん」
絶品です。
手作りの味噌汁なんか食うたことないから知らんけど、絶品。無言になる美味さで、味噌汁おかわり。
上手いからなんて絶対思われたあらへんから、寒いねんとか理由つけた。
寒い訳あらへん。
夏、目の前や。
胃がびっくりするとか言い訳してたくせに、がっつり綺麗に食うて先に行くからと早々に家を出た。
同伴だけは死んでもイヤ。
風間の豪華マンションを出て、学校までの道のりを一人歩きながら周りをやたら警戒。
だって風間の家は、俺の家と反対方向。そして、この近くにハルの家がある。
ハルと逢ったら、絶対、なんでこないな場所におるんか根掘り葉掘り尋問されるに決まっとる。
”人殺した”ふと、ハルの言葉がよぎった。
あの風間が、マジで人なんか殺せるんか?
確かに強いし誰も敵わんし、目だけで人なんか殺せるかも。でも、そんな奴があんな飯作んの?
縋るみたいな目で人に執着して、散々エロいことして…。
いや、エロいことは関係ないか。
でも、俺は風間のこと何も知らん。親はどうしてんのか、兄弟はおるんか。
風間が聞くなって顔するから、何や聞けんようなって、知ってるんは名前と家だけ。
あと美味い飯を作る。それくらい。
アイツなんか、俺の名前しか知らんやろな。訳分からん事ぬかして、名前さえ聞こうとせんかったくらいやし。
何やろ…モヤモヤする。

「あー!威乃!?」
モヤモヤが、グニャッて潰れるみたいな場違いな声。朝から気ぃ抜ける。
ゆっくり振り返り、大きく息を吐いた。
「…彰信」
昨日、ヘタレ全開の彰信が、あり得へんもん見た様な顔して立ってた。
散々な目に遭うたから、可哀想に、顔に痣がある。
「何で?威乃、家逆やし」
バタバタ騒々しく駆け寄り、“何で”を連呼。
絶対有り得ん事が起こったら疑問に思うんかもしらんけど、当事者から言わせてもろたら喧しいだけ。
「朝からうっさい。お前、大丈夫なんか?昨日…」
「ごめんな、俺ヘタレで。威乃の役立てんかった」
犬がヘコんだみたいに、頭の上の耳がシュンッてなった様に見えた。さっきまで、はち切れんばかりに尻尾振ってたくせに。
「あほぅ。お前に助けてもらうようなったら終わりじゃ」
彰信のデコを指先で弾いて、何度目かの嘆息。
オマエはそんなん気にせんで良いねん。いっつも何も考えんとアホ言うて、俺とハルに着いて来たらええ。
喧嘩なったら、誰かに守ってもろたらええ。守ったる。
そんなオマエを役に立たんとか、ヘタレとか俺は全く思わん。
それを言葉にせんで彰信の頭をガシガシと撫でたら、安心した様にニヤッと笑いよった。
「なぁ、昨日、斎藤ちゃんが威乃と一緒に、ちゃう奴が俺を運んできたって言うんやけど?誰なん?」
斉藤め、余計な事を…。
風間やなんて言うてもうたら、ハルに知れて取り返しつかんやんけ。
「威乃?」
なかなか言い出さん俺に、彰信が心配そうに眉間に皺寄せて顔覗きこんでくる。
そないな顔すんなよ…。
「俺、肋やられてるやろ。だから、その辺のん捕まえて運ばしたんや。気にすんな」
風間や言うたら、オマエはどうする?ビビって腰ぬかすかもな。知らん方がええ事あんねん。
「そうか…あ!昨日、威乃どこおったん?ハルからずっと電話あってんで。携帯通じひんし、家おらんて。めちゃ怒っとったし」
それ聞いて、学校行きたなくなってきた。
ハルに逢うん怖い。烈火の如く、俺を尋問するんやわ。
でも、俺も言わんで。
誰が言うねん。扱かれ、ケツの穴に指入れられて、気持ちよーなってたなんか。
「あー、わかった。女やな」
彰信がニヒヒと笑った。
「そんなええもんやない」
「嘘付け、首に何個もマークつけてるやん」
首をグニッと押され、愕然。
「…嘘」
「え?」
「マジか」
「無数…何や、こないつける女て、珍しない?男ならまだしも…」
風間の野郎!知らん間に何ちゅー事を!しかも彰信、大正解やし!
所有物を意味する、マーキングの意味を込めたキスマーク。首に一個あればまだ可愛らしいもんを、何個もあったら変な病気みたいや。
「ハルの電話に、そりゃ出られへんよな〜」
ニヤリと笑う彰信を、睨みつけ短く息を吐く。確かに電話鳴ってること事態知らんかったし、朝見たら充電切れてた。
どうないしょうかとハルへの言い訳考えるんに、俺はただただ頭をフル回転。
でも、元々使ってへん左脳やから、今更使おう思っても活動する気配なし。それに、言い訳も嘘も昔から苦手や。
彰信みたいに素直で単純なら、俺の嘘かて見破られへん。
でもハルはあかん。
昔から、嘘つけた試しない。俺が、誰かの家で寝るなんか絶対せんの知ってるし、肋のせいで女捕まえてどうのこうのなんて、そないな元気ないんも知ってる。
だからって、風間のとこおったなんか言うたら、烈火の如く怒りよるんやで、アイツ。
近付くな、知らんで良い。そう警告してた。やのに、急接近や。
自分で触ることないとこまで、指入れられて掻き回されてきた。
「どないしてん?威乃」
何も知らん彰信は、平和な顔して俺を見よる。
ちょっとムカついて、ケツ蹴り上げた。俺の気持ちとは反対に、澄み切った青空に彰信の悲鳴が響いた。

教室入ったら机にドカリと座ったハルが、周りがどん引きするくらいの鬼の形相で俺を睨み付けた。彰信なんか、ヒィッて情けない声出して俺の後ろ隠れる始末。
「お、おはよ…えらい機嫌悪いな、ハル」
「昨日、どこおってん?」
話なんかはぐらかせる訳ない顔で、ハルが聞いてくる。
あかん…キレてる。
「あ〜えっと」
「女な訳ないよな、肋痛い言うてた奴が、女となんや出来る訳ないよな」
そう。女とは何もしてへん。相手は男。しかも風間龍大。絶対言われへん。
「…逆ナンされて、ちょっと遊んでた」
「はい、嘘」
お前は容赦無しか。ってか、俺、目泳いでた?嘘バレバレやった?
「いわすぞ、威乃」
「はあ?ってか、何でお前にそこまでキレられなあかんねん」
一気に険悪モード。真ん中におる彰信が怯えながらも、俺らの一触即発の状態を阻止しようとしとる。
でも、だってそうやろ?お前は俺の何やねんってなるやん。女かって。
どこおったん、誰とおったん、何してたん。
一番ウザいわ、面倒やわ。それをハルが俺にしてんのはおかしい。
火花散らす俺らに、教室におる連中が生唾飲む。
二年の頭張ってるハルと連んで影の頭とか言われてる俺がやりやったら、誰が止めんねんみたいな空気。
「…お前が何か隠しとるんが、俺は気に入らん」
ポツリと言うたハルの言葉に、チクッと胸痛んだ。
俺の隠し事いうたら、風間の事や。あのボケ疫病神や、絶対。
「隠してへん」
「嘘くらい、マシにつかれへんのか」
「嘘やない言うてるやろ」
「ナメてんのか、威乃」
段々とハルの眉間の皺が深くなる。
ハルは心配して言うてくれてるんやろけど、俺ももう後に引けん。ぐっと拳を握って、構えたら教室のドアが乱暴に開けられた。
「秋山威乃、ちょっと来い」
生活指導の稲村が、俺を見て手招きする。呼び出される覚えが山ほどあるだけに、何の呼び出しかさっぱりや。
「何やねん…行ってくる」
ちょっと助かった。ハルと今やりやったら、ダメージデカすぎ。

「何やねん、俺、何かやった?」
「…お前、お母さんどこおんねん」
前歩く稲村に聞いたら、思いもよらん質問。
おかん?何でババアが出てくんねん。
「男とバカンスやけど?」
「相手の人の名前知らんのか」
「知るか、そんなもん…あ」
稲村の訳わからん質問に段々イライラしてきたら、前から見慣れた男。
イヤでも目立つ、長身で嫌味なくらい整った顔の風間。こっちに気がついてんのかついてないんか、思わず顔逸らす。
変な居心地の悪さ。
ふわり、すれ違う瞬間、風間の香りが鼻を掠めた。
「入れ、秋山」
生活指導室に促されて入り、ちょっと引いた。
いかにも悪そうな、イカチィおっさんと兄ちゃんがこっち見据えてた。

誰?

「秋山威乃_?」
オッサンが、確認するみたいに聞いてくる。
何やそれ。誰やコイツ。
「誰やおっさん」
「秋山!」
稲村が慌てたように制してくるけど、上からもの言う奴は好かん。
「秋山愛さんの事で聞きたいことあるんや」
「おかん?」
そいつらの口から出た名前は、紛れもなく俺をほったらかして男とバカンスに出てる、おかんの名前やった。