空が青ければそれでいい

空series second1


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おかんの事で…って。
「…ってか誰?あんたら」
見ず知らずの人間に、何でおかんの事話さなあかんねん。
学校に来るって事は怪しい奴らやないかもしらんけど、見てくれがかなり怪しい。
「あぁ…俺は篠田、こっちが向田、こういう者や」
そう言ってニヤリと笑う。篠田いう兄ちゃんは思ったよりも若めやった。つうか、遊び人風のイケメン。
背も高いし、そういう店におってもおかしないような感じ。ただ、目つきだけがやたら鋭い。
向田いうんは、マジおっさん。ガッチリ体型で、いかにも格闘家ですみたいな…。
ってか、マジでドラマみたいに“こういう者や”って手帳見せるんか…警察の奴って。
「ばばあ、遂に何かやらかしたんか」
溜め息ついて、一番近くにあった机に腰掛ける。
おかん絡みの警察沙汰なんか有りそうで今までなかったからな、遂に…。って思った。
「いやな…お母さん、何か事件に巻き込まれたみたいや。麻生貴子さんて知っとるか?」
「おかんの幼なじみや」
スナック経営してるママさんで、おかんの幼馴染み。だから、よく店に手伝い出とった。
賑やかな人で、飯に困った時はそこ行けば飯食わせてくれた。
「その人宛に、届いた手紙や」
篠田いうんが、えらい小汚い手紙を俺に差し出した。
見ろってことか?とそれを受け取ると、表には乱れきった読みづらい宛名。
麻生貴子宛。裏を見ると、秋山とだけ書かれとった。すでに封は開けられていて、中を覗くと何かのチラシ。
引っ張り出して広げてみたとき、背中に冷たいもんが通った。

『助けて。殺される。威乃にあいたい』

乱れきった字は焦って書いたんか、チラシは皺々やった。文字もいびつに曲がってて、チラシは所々、汚れ取った。
俺はそれをただただ、じっと見ていた。
「お母さんの字か?」
恐らく顔面蒼白なんやろう俺の肩を、篠田がポンっと叩いた。俺はそれにハッとして、その手を払い除けると手紙を突き返した。
「あいつの字なんか知らん」
「せやかて、おかんの字くらいわかるやろ。麻生貴子さんは、お母さんの字や言うたし」
「知らん!」
俺の頑なな態度に、篠田っていう刑事も向田いうんも肩を竦めた。
「お母さん、おらんようなったんいつや?」
向田が無精髭を撫でながら、俺に聞いてくる。
あかん…心臓がドクドク言うてる。
意味なく速い運動始めてて、息苦しい。
「…2ヶ月くらい前や。誰となんか知らん。男出来て、向こうの親に挨拶行く言うてた」
やめとけ言うたんや。一度だけ逢った時のソイツの笑いが嫌な感じして、騙されてる言うたのに。
「名前も顔も知らんのか」
「…知らん」
「まあええわ、何かあったら電話して」
篠田いうんが名刺を俺に渡して、軽く髪を撫でた。俯いたままの俺からは、篠田の顔は見えん。
篠田たちが帰ってから、俺はフラフラ生活指導室を抜け出した。

父親の顔は知らん。
物心ついた時から、おかんと二人やった。
アホで教養もないくせに、絶対高校行かしたるから!と必死に働いてた。
お水が大概の職業やけど。それしか取り得ないねんと、胸張って言うとった。
たまに彼氏やねんと、男紹介された。でも、どいつもこいつも顔ばっかりのろくでなし。
借金まみれやったり、アル中やったり、たまに、おかんと俺を殴るドアホウ。
おかんは俺を殴ったソイツを、掃除機で殴りつけた。

『猪鹿蝶からつけてん。あたしの一番札。一番やで威乃』

何やあったら、何が嬉しいんか満面の笑みでそれ言うてきた。
だから何やねんと、俺のいつものセリフ。
俺が自分にとって一番やっていう事を言いたいんやろうけど、そんなん言われても、何て言っていいんか分からんかった。

『幸せになるときは威乃もやで!だって、威乃はアタシの唯一の家族なんやから』

家族に飢えてたおかんは、男が出来る度、幸せな普通の家庭を夢見とった。
見る目ないくせに、いつまでも夢見るアホな女。
最後、出て行くときは何て言ったっけ?

『威乃、絶対迎えに来るから、ええ子で待っといてな』

おかんの笑顔は輝いとった。

おかしいのは感じとった。
おかんが男と家出るんは、初めてやない。でも、いっつもうるさいくらい、俺の携帯が鳴ってた。
声聞きたかってんと。夜中でも構わず電話してきよった。それが一切ない。
ちょっと、ほんの少し…捨てられたんかなぁとか思ってた。
あほオカン。お前には俺しか家族おらんかもしらんけど、俺にもお前しかおらんねんぞ。
フラフラと、眩暈まで襲いかかってくる。足元が真っ暗みたいな。

『威乃にあいたい』

乱れきった切羽詰まったおかんの字。右上がりの癖ある字。
「何やねん…」
廊下がぐにゃぐにゃ歪んで、自分が立ってれてるんかさえ分からん。鳥の声も何も、全部聞こえんようになってグッと息を止めた。
息止めたら最後、前に進むっていうその一歩が動けんと、その場にしゃがみ込んだ。
孤独感が、一気に闇みたいになって覆い被さってくる。ブワッと闇が伸し掛かって、声も出ん。
一気に、訳の分からん恐怖に襲われて、身体中の毛穴から汗がドバッと溢れて来た。

恐い……。

「…威乃?」
頭上に聞き慣れた声。ふっと顔あげたら、心配そうに顔を覗き込む風間の顔があった。
きっと、俺はめちゃくちゃ情けない顔しとったんやろう。
風間が正面にしゃがんで、頭撫でてくる。
「………」
「………」
「………」
「風間…何で何も話さんの」
聞きたいみたいな顔。やのに何も言わん。
またあれか?知ったらもっと知りたなるとかか。
「聞いたら言うんか」
「…言うたら…言うたら助けてくれるんか」
俺の孤独感、取り除いて救ってくれるんか。
「オマエに何が出来んねん」
「……」
「何が出来んねん!」
噛みついてもしゃーないのに。こんなんただの八つ当たり。
分かってる。分かってるけど、どうも出来ん。
「話してみろ。助けたるから…」
「は…」
「何があってん…」
風間の声が優しくて、スッと風間のゴツゴツした手を握りしめた。

どこまでも広がる、どんよりした雲。朝はあんな青空やったのに。
重たさの感じられる雲は、だいぶ低いとこにあって手延ばしたら届きそう。
「…青空やないんやな」
ポツリと呟いた俺の声を拾って、風間も空を見上げる。
何を話す訳でもなく、ヘタレになった俺の手引いて風間は屋上にやってきた。
「オマエ、ほんま変わってるわ」
「…そうか?」
頭ボサボサでも、顔つきはその辺のモデルなんかより断然良い。人殺せそうな双眸は、同時に人の目を惹く。
女なんか、頼まんでも股開いてくれそうやで。やのに、コイツは俺がええんやて。
顔ええのに、頭おかしいなんてなぁ。
「……俺、一人っ子やねん」
「うん」
「オヤジ知らんねん。気がついたら出来とったんやて」
「うん」
ポツリポツリ話す自分の事。色々整理するために、声に出してみる。
それを何もいらん言葉挟まんと、風間は“うん”と話を聞いた。
「…おかんから連絡ないんは、今までなかったんや。2ヶ月、なくて…遂に捨てられた思ったけど、おかんは俺を殴った男を掃除機で殴って…俺をずっと守ってきた。捨てる訳ないねん」
ジンッと目の奥が熱くなる。“助けて”の文字が、脳裏に焼き付いて離れん。
きっと、言ってる事は支離滅裂やのに、風間は何も言わん。
「何があったんか分からん。でもかなりヤバいはずや。男の親に会いに行くって、顔綻ばしとったくせに…助けてって何やねん」
「…お母さんの相手、特徴なんや覚えてないんか」
風間が煙草取り出して口に銜える。俺はただ頭を振った。
「そう…」
「…あ、せや。ここに傷あんねん」
風間に、目の横を指してみせる。
そんな目立つ大きな傷やなかった。でも、なんや目について…。
事故でやったんやてなんて、おかんは言うてたけど悪どさを際立たせて、ほんま嫌いやった。
目尻から、10センチくらいの切り傷。そこばっか見てたからか、顔がはっきり分からん。
「…傷」
「うん。おかんはそいつを純ちゃんって呼んどったけど、本名かどうかなんか…知らん」
「…そうか…ほな行こうか」
風間はタバコを地面に押しつけると、立ち上がった。
どこに行くねんという俺の顔に、風間は早よう立てと言わんばかりの顔で俺を見下ろした。
風間の後ろについて、どこに行くんかと思ってたら、学校を出てどんどん歩く。
今更授業がどうのとは言わんけど、三年になれるんかちょっと不安。
そんな俺の心情なんか知らんと、風間は、風間の家の方でも俺の家の方でもない方向をただ歩いた。
「どこ行くねん」
「…ええから黙ってついてこい」
出たよ、俺様風間様。
俺の意見無視。
ってか人権無視。
どこ行くかも分からんまま、俺も情けなく後をついて行く。
ハルと微妙な空気のまま教室も出てもうて、マジで最悪。何もかも最悪。
気がつくと、何故か駅。何で駅?一体、どこ行くの。
「はい」
風間に渡された切符。結構遠くまで行くらしい料金。
聞いても言わんねんやろ…。どこに行くんか。
「…電車、久々」
ポツリと呟いて、ホームに風間と並ぶ。
めちゃくちゃ感じる違和感。
逢うて間ない奴に…色々させて、おかんの事話して…。俺…どんだけコイツにオープンなん。
年下やで、老け顔やけど、一個下やで風間龍大。
何か…もう。
情けない。
けたたましい音と共に、ホームに流れ込む電車。時間が時間なだけにホームにも電車にも人はまばらで、それがちょっとホッとした。
「風間ぁ…どっか遊びに行くとかやないやろうなぁ」
それどころやないねんでと付け足して言ってみても、風間は何も言わん。
お得意の片眉あげて、俺をチラリと見ただけ。
長い足組んでみせて車窓からの景色眺めとる姿は、腹立つくらい様になる。
どこで行くんかも解らんで、何かむかついて、でもどうにもならんくて仕方なく瞳瞑った。
風間とおったら、何でかすぐ眠たなる。
でも今は、程よい電車の揺れも手伝ってるんや…。