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人を雇う余裕はないが人手が足りているわけではなく、威乃が来たことで奥瀬とロイドの負担は明らかに減り実際、助かっているというのが正直なところのようだ。
だが金銭的余裕があるわけでなないので賃金は威乃の要望通り発生していない。その対価としてロイドから直接、様々なケーキ作りの製法や技術をマンツーマンで教わるという普通ではありえないことをしてもらっている。
それに加えて龍大の卓越したケーキ作りの技術も伝授してもらい、威乃の技術力や手際はクラス1である。
「いらっしゃいませ」
奥瀬の声に顔を向け、威乃は”あれ?”と目を細めた。あの顔、どこかで、いや、あれは…。と考えているとショーウィンドウを覗く男の後ろにボディガードよろしく立つ夏色に気が付き「あ!」と声を出した。
「な、夏にぃ!と初歌くん!」
「あ、いたー、威乃ちゃん」
ヘラっと気の抜けるような朗らかな笑顔で初歌が笑った。
「ここでバイトしてるってハル君に聞いたから来てみたんだよね。お爺さんのとこにケーキ持って行ってあげようって思って」
「そうなんや、元気そうで…夏にぃも」
チラッと見ると夏色が特に何を言うでもなく視線だけ向けきた。いや、この人、凄みが増してない?裏の人間と関わってきた威乃でさえもゾッとするくらいだ。
ハルと似ているか聞かれると、当然、兄弟なので似てはいるものの、ハルのように世渡り上手というようなタイプではない感じだ。威乃と知り合って期間は長いが初歌とは仲良くなれたものの夏色との距離は遥か遠く感じる。
もともと威圧感のすごい男だった。それもあって何か怖いお兄ちゃんというフィルターがかかっていたのも確かだが、母校で大暴れしたときは遂にやったかという感じではあった。
そういう力のある人間と近い位置に居るということは本来なら”俺のバックにはなぁ…”なんていうのに使えるものだが、影響のありすぎる人間は使ってはならない。
言う人間にもそれなりの覚悟が必要だし、言われた人間も”は?大丈夫なの、それ”と反対に心配するほどの男、それが夏色なのだ。存在が劇物。
「元気だった?お母さんのこと、何も知らなくて力になってあげれなくてごめんね」
「いや、そんな、うん、大丈夫」
あの時、夏色がいたら、初歌がいたら、間違いなく二人を頼っていただろう。結果、愛のことは今と同じとしても、もしそうしていたのなら龍大とどうなっていたのか。
そう考えると少し複雑な気持ちになる。
「あー、今回はこっちにずっとおれそうなんやろ?ハルに聞いた。でもちょっと痩せたくない?」
「それ、ハル君にも言われちゃって。そんな目立つ?お爺さんに怒られそうだなぁ」
ねぇ?と夏色を見上げると、夏色は初歌の頭を撫でた。それを見て何だか威乃が擽ったい気持ちになった。人のあれこれ、こんな恥ずかしいのかと実感する。そして、梶原へ申し訳なさも感じた。
「じゃあ、これとこれ、あとこれとー」
初歌が選ぶケーキを取りトレーに載せる。爺さん、こんなに食べられへんやろと思いながらも、ここのケーキは魅力いっぱいだから気持ちは分かるとどこか誇らしげになってしまう。
「夏色は?」
「あれ」
迷わず指をさしたそれを見て、ハルもこれ好きだよーとニッコリと笑う。初歌もそれに微笑んで、頷いた。
「モンブランね。じゃあ、それで」
「はい、ありがとう。保冷剤入れる?」
「うん、一応、お願い」
「はーい」
箱に商品を詰めていると正面入り口からロイドが入ってきた。客が居るのを確認せずに入ったせいで、しまったという顔をして”sorry"と言ったが夏色の顔を見て互いに「あ…」と声を上げた。
「ロイドか?」
「Oh my god!No waay!Natsuki!?」
普段、あまり表情を出さないロイドが両手を上げて顔を覆ってから夏色の顔を両手で掴んだ。威乃には宇宙語となる英語での会話が繰り広げられ、覆わず瞠目する。
そうだった、この人、初歌と海外にずっといたんだ。英語が出来て当然かと兄弟の大きな差をここで実感する。ハルも威乃と同じで日本語しか受け付けませんタイプだからだ。
ロイドがカウンターに置いた紙袋をそっと取って後ろの作業台に移す。そうだ、金平糖を買いに行ったんだった。奥瀬との共同作品で金平糖を使うとかで買い出しに行ってたんだ。
「初歌くん、知り合い?」
「僕は知らないなぁ。誰だろうね?」
言って、会計をする。夏色のことで初歌が知らないことなんであるんだと意外だった。でも多分、その反対はあり得ないんだろうな。
だが、一流パティシエと一流…劇物。交わることがないと思うんだけどなと横目で見ると、盛り上がる二人と目があった。
「あっちで知り合った奴や。お前の店の人間やってんな」
「あっち…?」
「戦場」
何を言ってるの?と威乃はゆっくりと、時間を掛けて首を傾げた。人間、本当に意味が分からないと動きは完全にブリキ人形になる。
「ロイドは軍に居たんだよ。あっちでは入隊は珍しくもないからね」
休憩中、一息入れにきた奥瀬に言われ、更に顔が引き攣った。あの筋肉は菓子作りで得た筋肉ではなかったということか。
「軍人さんやったんですか」
「そうだね、僕と知り合った頃は除隊してすぐかな。元々、家が有名なパティシエの一家でね。跡を継ぐために除隊したんだよ」
「そうなん、や」
チーズ増し増しのバーガーとピザ、それと炭酸飲料。それであの体格は自然と作られると思っていたが、でも同じように訓練なんてものではないが日々喧嘩に明け暮れた威乃の腕はか細いままだ。
いや、喧嘩ではつかない筋肉が付いたような気がするが、ロイドの腕には遠く及ばない。結局、DNAの違いだなと思う。
「彼も軍人なの?え?日本人だよね?」
「夏にぃは傭兵ってやつやったみたいで、俺はそんな詳しくないけど」
「傭兵?wow…」
時々、出てしまう英語が素の奥瀬のような感じがするなと最近、感じている。ロイドと話す時は英語で、ずっと一緒にいるとわかるが恐らく二人は付き合っているか何かじゃないかと思っている。
公にするようなことでもないので聞かないが、自分がそうだと結構、分かるものだなと最近は感じる。
「もう一人の人は?」
「ああ、あれは幼馴染で極楽院初歌っていう人」
「は?」
「え?」
「極楽院って、極楽院なの?」
「えーと、極楽院」
最近もあったな、このやり取り。あまりに近い関係でいると初歌の家名の偉大さを忘れそうになる。そもそも初歌は育ちは良さそうではあるが、いや、実際に良いのだが日本にいる時はハルの家に転がり込んでるいるので、とりあえず冬はコタツで転がっている。
そして夏はエアコンの効いた部屋で転がっているので、ピシッと決めているところは見たことがないし極楽院ではあるが威乃は極楽院家に行ったことはない。
ハルは行ったことはあるようだが、感想を聞いた時に言われたことは「行くもんじゃない」だった。
映画やTVで観るようなスケールの更に上をいくものらしく、豪邸なんていう言葉がチープに思える規模だそうだ。という聞き齧った情報だけなので、やはり極楽院というネームバリューしか威乃にとってはないのだ。
「ロイドさんの家、パティシエ一家なんすか?」
「そうだよ。クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリーでも賞をいただいている人ばかりだ。お爺さんもお父さんも、兄弟みんなね」
「サラブレットやん」
極楽院よりもこっちの方に恐れ入る。クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー。パティシエがパティスリーの技術を競う国際大会でパティシエであれば誰もが憧れる大会だ。
威乃はそこを目指すなんて大きなことは言わずに、とりあえず自分の腕を磨くことだけに集中しているところだ。無冠の帝王でもいい。愛が笑ってくれるまでやるのみだ。
「何となく、ただ者やないやろなって」
思ってたの!?と口にする前にあえかな声が漏れた。龍大にロイドが元軍人だったというのを言うタイミングが絶妙に拙い時で、龍大の育った雄を迎え入れた瞬間だったからだ。
そういう時にどうしてそんなことを口にするかな!?と思ったものの、思い出したものは仕方がない。
龍大とロイドが逢ったのは一度だけ。奥瀬に事情を話して店で雇ってもらえるようになった時に、龍大が挨拶に来た。そういう常識的なコミニケーションを身に付けた男は無害ですよと顔で言いながら手を出して握手をする術まで覚えていて、威乃が思わず「誰!?」と言ったくらいだ。
「あ、ああ…っ!ま、まって、龍大、あかん、これ」
久々に迎え入れるそれを身体に馴染むまで堪えていると龍大も察したのか、ふーっと息を吐いて肩に乗せた威乃の足にキスを落とした。
「目が、違ったな。ロイド」
「え、目…?」
とろんとした表情で龍大を見上げる。目、目は宝石のエメラルドに近い。この間、奥瀬がケーキに施した飴細工も同じような色をしていた。金の飴とエメラルドグリーンの飴が絡み合って、ライトに当てるとキラキラと輝いて美しかった。
「あ、目つきか…、んっ」
動かなくても中にいる龍大を締め付けてしまい、もどかしさから少し腰を揺らした。龍大を迎え入れても萎えることのない威乃のペニスを龍大が緩く握って扱く。威乃はそれに合わせて腰を揺らした。
緩いもどかしい動きのせいで中途半端に思える快感に頭を振る。
「名取の兄貴は知らんけど」
「似てる、よ」
あー、こういうことしてる時に幼馴染の話は無理だなと思う。萎える。非常に萎える。威乃が両手を広げると龍大が身体を落として威乃を抱きしめた。
密着することでお互いの心臓の音がシンクロして混ざり合うみたいな、そんな感じが好きだ。
「動いて」
耳朶にやんわり噛みついて言うと、龍大が少しづつ腰を動かし抽出を始める。ぐちゅぐちゅ鳴く音を聞きながら中を犯されブルっと震える。
慣れてしまえば龍大のものは違和感よりも快感が勝るそれになり、威乃の息は上がり始める。
「あ、ああ…」
激しさもなくただ混ざり合うみたいにくっ付いて龍大を受け入れるだけ。それだけでもすぐに達しそうになる。ドロドロに溶けて一つになれればいいのにとさえ思う。
「りゅ、龍大」
ギシギシとベッドを揺らしながら淫猥な音色を生み出し、今まさに快感の坩堝へと落ちそうになっている。トロトロとペニスから蜜を垂らして龍大と自分の腹を汚しながら足を腰に巻きつけ奥へと誘う。
ぐーっと最奥に押し込まれると息が詰まりそうになるが、それよりも脳にダイレクトにくる快感の方が上回り足が痙攣する。
「ひ…いぃっ!、あぁっあぁ……、ああ……!」
「威乃、威乃…」
魘されるように名前を呼ばれ口付ける。舌を絡ませ、わざとそうするよういぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らす。ずんっと腹の奥が痺れて目の奥がチカチカする。
軽い射精感を感じるがもうそれだけじゃ、全然足りなくなっている。
「龍大、あー、ねぇ、もっと突いて、突いて」
腰に巻きつけた足を揺らすと龍大が身体を離して威乃の細い腰を掴んで容赦無く腰を打ちつけた。威乃は思わず仰け反ったが、ぴゅっと吐き出す蜜から愉悦に震えるそれと判断した龍大は止まることなく威乃を犯し続けた。
「あ……、あぁ…い、気…持…ち…い…っ!あ…ああ!」
快感で尖る胸の飾りを指先で撫でられると身体に電気が走ったように痺れた。声にならない声は蜜壺を犯す音で消されて威乃はただ喘いだ。
ぞわぞわと身体を這うように込み上がるものを感じ威乃は歯を鳴らした。パンパンに腫れたペニスも限界を訴え、龍大もそれを感じ取ったのか威乃の中にある快楽の芽をゴリゴリと硬いペニスで転がるように愛撫する。
「あ、だめ…っ、だあだめ、いく…っ!、いっ…いく、出る…!!」
逃げを打つ身体を押さえつけられ痛いくらいに腰を打ちつけられる。ドロドロになった腹に溜まる愛液がツーッと流れ、威乃は自分でぐちゃぐちゃになったペニスを扱き出した。
「すご…っ!いいっ、あぁ…、出る…、出る…、出ちゃっ…!イクっ…!!」
熱く籠っていた欲望が爆発するように吐き出され、収縮しながら龍大を締め付けると限界を迎えた龍大が薄いゴムの中に己の欲望を吐き出した。
全身が心臓になったようにドクドクと血液の流れを感じる。肩で息をしながら緩くなった龍大がズルッと抜けるだけで、小さく声をあげた。
「好き、龍大…大好き」
言うと、答えるように龍大が口付けを落とした。
「若頭補佐、お時間よろしいですか?」
風間組のビル、梶原の部屋を訪れた神木はにこやかに笑った。梶原は顔を上げると同じような笑顔を見せた。
「何か用ですかね」
「はい、組長がお呼びで」
「電話したらええのに、わざわざ」
梶原が肩を竦めて立ち上がり渋澤を見る。渋澤はすでに梶原のスーツのジャケットを準備していて、それに腕を通した。
「まだビルの中は知らない場所ばかりなので、少しは覚えておかないとと思って」
「散歩のついでですか」
神木が歩き出す後ろに梶原、渋澤が続く。あれからどれだけ探っても神木の情報は出てこなかった。梶原程度では限界ということかと感じていたところだ。
この目の前の人畜無害のように装う男は、確実に梶原達とは違う、恐らく来生側にいるような人間。正体を隠す上手さは神童に似ている。
そういうのは梶原はあまり得意ではない。しかも今は獅龍の件もあって神木だけに集中できない。
厄介だなぁ、このまま死んでくれないかなコロっと、と馬鹿なことさえ思う。疲れているな、確実に。ハルのことも抱いてないし、多分、それだなと思う。
「若頭補佐は恋人はいるんですか?」
「ああ?」
今、考えていたことを読んだのかと言わんばかりのタイミングだ。
「俺のことはええわ。お前は?さぞモテるんやろうな」
「僕ですか?まさか、全然です。裏社会では僕のようなのは胡散臭いと思われるようです」
わざとかコイツと背中を睨む。媚びを売る必要もないので、そんなことないでしょうと言わずに鼻で笑った。