空、雨、涕

空series second2


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「いやー、今日ほどお前を尊敬したことはない」
「ああ?なんやねん」
会場で珍しく絡んで来る万里に心は鬱陶しそうな顔を見せる。その隣に眞澄までいるものだから、周りはいつ何時どうなるか分からない3人にヒヤヒヤしていた。
通常運転であれば、数分もしないうちに殴り合いか一触即発の罵り合いが始まるのだ。
「お前がノックダウンしてくれて、すっきりやて」
「ノックダウン?ああ、あいつ。…あいつ、誰?」
「お前、獅龍が喋ってる最中に殴るから」
人の話を聞いてから殴りましょうというのもおかしな話ではあるが、せめて名前ぐらい聞いてやれと思う。
あの心の拳を受けてしまったからには、数週間は食事が辛いぞと過去に受けたことがある眞澄は気の毒に思った。
「獅龍?誰やねん?」
万里は聞いたことない名前やと言うが、それもそのはず。眞澄も驚いた登場だったのだから。
「あいつは風間 獅龍。龍大の兄貴や」
「ふーん」
いや、そこは驚けよと眞澄は呆れた。その隣では万里が目を剝かんばかりに驚いた顔をしていたのだ。
そうそう。これが普通。まさか風間組組長である風間龍一にもう一人、息子が居ただなんてなというところだ。
「待ってぇな。え?龍大の兄貴?あれ、兄貴おったん!?ハッ!そう言われれば激似!」
「クソな兄貴な」
「いやいや、初耳。まさか息子が二人おったやなんて、親父にも聞いたことあらへん」
「そりゃ出来損ないの子やからや。言うなれば欠陥品。心の親父が風間組長から愚息が手に余るて相談持ちかけられとってな、わしの親父に心の親父が話して、ほんの一ヶ月ほどうちで面倒みとったさかいな」
「ほな、眞澄は顔見知りか」
そういえば名前呼んでたなと言われるが、昔を思い出しても何の成長もない獅龍には眞澄は呆れた。何もかも昔のままだ。外見こそ大人びても中身は全然成長してない。
「ほんまは1年くらい面倒を言われとったけどな。あの通りクソや。最後は御園に手ぇ出そうとしよったさかいに、追い出した」
お前は、そんな時から御園かと心と万里で顔を見合わせた。
「癇癪持ちでワレの思い通りならへんかたら我慢出来ひんねん。まぁ、お前らも気ぃ付けぇよ。こっちに戻って来とる間に何を仕出かしよるか、わからんぞ」
眞澄は厄介ごとが増える一方やなと、息を吐いた。

部屋のソファに寝転がり、獅龍は何度も自分の腹を抉った心の顔を思い出していた。その部屋にあるクッションやカーテンは無残にも切り裂かれ、そのナイフは獅龍が握っている。
部屋に入った梶原は散々たる状況の部屋の有様に嘆息した。
「物に当たらんといてください。親父さんに怒られますよ」
「秀治、俺は宗方やいうても風間龍一の息子やぞ」
「そうですよ、それが?ああ、聞きましたよ。心に喧嘩売ったらしいですね」
「あんなクソガキが鬼塚組継いでるって、どないなっとんねん!!」
獅龍は起き上がると、テーブルにナイフを突き立てた。美しい彫刻が施された天板にナイフが突き刺さり、梶原は眉を下げた。
「獅龍さん、仁流会は…」
「じゃかましい!!親である風間組の組長の息子やぞ!!俺に手ぇ上げた時点で、あいつは破門やぞ!!」
「獅龍さん!!!」
ダンッと梶原がテーブルを叩くと、獅龍が梶原を睨みつけた。
「あの頃とは違うんです。もう、俺を幻滅させんといてください」
梶原はそう言うと頭を下げて部屋を出ていった。獅龍はドアが閉まると同時に目の前のテーブルを薙ぎ倒し、ソファーを切り裂き暴れた。
「うぁあああああ!クソが!クソが!!Damn it!!」
何度も何度も何度も侮蔑したような梶原の目と言葉が頭に繰り返し流れ、獅龍はそれを打ち消すように叫んで暴れた。最早、癇癪だ。
ようやく落ち着いた頃、獅龍の部下が恐る恐る部屋に入ってきた。
「獅龍さん、梶原の兄貴がよぉ使ってるガススタが分かりました」
その言葉に獅龍は深呼吸をして、口角を上げて笑った。

「男も女もおんなじなの、可愛い子ってこう、仕草が可愛い!!めっちゃ愛したくなるやん?やのにさー、どっちかって選べる?」
バイト仲間の三島のどうでもいい自論は名取春一を心底、疲弊させる。休憩時間なのに休憩が全く出来ないというほどにだ。
全く、バカにつける薬はないとは言うが、そのしわ寄せが自分にまで来るのは解せない。あー、面倒だと思っていると、ただならぬ雰囲気を感じ立ち上がった。
散々、バカなことを言っていた三島も押し黙り、ドアの方に目を向けた。
「え…?ハル?」
ハルは休憩室のドアを乱暴に開けて外に飛び出すと、グッと拳を握った。
そこには店長である西村が転がっていて、それを足蹴にする獅龍が立っていたのだ。周りを見渡せば人相の悪いスーツ姿の男が数人立っている。
「え?風間…?いや、違う。おい、お前、何しよんねん!警察呼ぶぞ!」
「呼んだらええやんけ」
獅龍はそう言うと、給油ノズルを徐に手に取ると西村にガソリンを浴びせ出した。
「おい!!」
風に乗りガソリン臭が漂う。西村は身体を丸めて「やめてくれ」と小さく言うが、獅龍はハルから視線を外さずにガソリンを浴びせ続けた。
一体、誰なんだと唇を噛む。見覚えはないし店に因縁を付けにきたとしても度が過ぎる。もしかして自分への報復かと考えたが、こんな上等な連中と絡んだ覚えはない。
自分への攻撃ではなく、ここへの攻撃となると、まさか風間組関連かと思っていると後ろから思いっきり殴りつけられた。不意を突かれ地面に転がると、その顔目掛けて獅龍の足が飛んでくるのが見え、咄嗟に腕でガードした。
「へぇ、やるなぁ」
獅龍はハルの髪を掴むと顔を覗き込んできた。その顔はあまりにも幼馴染の恋人である龍大に似ていて、ハルは混乱した。
「へぇ、可愛い顔しとるやん。名取くん」
「てめ…」
「ええとこよな、ここ。地域密着みたいな感じのこじんまりとした店で、お客様は顔馴染みってやつやろ?」
「誰やんねん…」
「俺か?俺は宗方獅龍」
全く聞き覚えがない。風間でもない。本当に一体誰なんだと蛾眉を顰めていると、獅龍はスーツのポケットからバタフライナイフを取り出し、ハルの耳に付いたピアスに刃先を掛けた。
「あれ?よぉさん開けた痕あるんに、一個しか付けてへんの?」
「……」
「なんや、よぉ分からんって顔しよるね。無理もあらへんか」
「何やんねん、ほんまに」
獅龍の後ろ見ると、三島がスーツ姿の男に掴まり跪いている。この雰囲気、この感じ。
「どこの組やねん…」
「組かぁ、組には今は属してへんなぁ」
獅龍は刃先をハルの唇に当てると、少しだけ動かした。すると鮮血が垂れ、口の中に血の味が広がった。
だがそれに怯むことなくハルは獅龍を睨みつける。それに獅龍は笑った。
「あら?根性座ってんなぁ。なんで?怖くあらへんの?怖いよりも、困惑しとるん?」
「確かに、困惑しとるな。あんたが誰か…宗方さんやいうんが分かっても、俺には覚えないし」
「俺も、お前は初めて見たよ、名取くん」
名前まで知ってるのかと更に困惑する。だがこの状況は非常に拙い。どうすればと思っていると、背後に居たスーツ姿の男が次々と倒れていくのが見えた。
「うわ…!」とか「誰だ!」とかの叫び声はするが、あっという間にその身体は吹き飛ぶように殴られる。あ…っと思った瞬間、獅龍も感じ取ったようですぐに右腕でガードを作った。だがそのガードごと蹴り飛ばされると、見事に地面を転がった。
「え…」
そこに居たのは長身で体格の良い男だった。全体的に長い黒髪はウルフカットにしていて襟足は長め。前髪は右側が長いアシメントリーだ。
冴えた双眸に高い鼻、寡黙そうな唇には黒子がある。その男に見覚えのあるハルは、ハッとして獅龍を見た。
獅龍はすぐにナイフを構えたが、男は近くにあった灰捨て用の一斗缶を獅龍に投げつけると同時に、箒を手にして獅龍の横っ腹に叩きつけた。
そして倒れた獅龍に箒を掲げたので、ハルが慌てて獅龍の前に飛び出したのだ。
「な、夏色なつき!!もう、いい!!」
夏色と呼ばれた男は箒を捨てると、ハルの頬を軽く叩いて手を出した。
「家の鍵、ちょうだい。なくなった」
まるで何事もなかったかのように言う男、名取夏色。男はハルの兄貴だった。

夏色が消えて数分もしないうちに、黒の高級車が次々と店に雪崩れ込んできた。そして昏倒している男たちを回収し、最後に獅龍も車に乗せて去ってしまった。
そのすぐ後に見慣れたAMGがやってきて、車から降りてきた梶原の顔は心なしか青褪めているように見えた。
そして次々と黒塗りの高級車が流れ込んでくる。店長の西村は酷い目に遭ったと肩を落としていた。
「怪我は?」
梶原はハルの顎に手を掛けると上を向かせ、切れた唇を指で拭った。そして肩や腕を確認するように擦った。
三島も半べそで西村に駆け寄っている。
「俺は全然、やけど店長の方が悲惨かな。ガソリンって浴びせられたら大変やねんで」
「賠償はするから、とりあえず一緒に来てくれ」
ぐっと手を引かれ、三島にとりあえず後は頼むと簡単に言うと引き摺られるようにして車に乗せられた。
車内では静かだが、梶原の顔には焦りの色が見えた。あの獅龍とかいう男はやはり風間組関連か。だがなぜそれでうちの店が狙われたんだという疑問が同時に湧いてくる。
どこに行くのかと思っていると梶原のマンションが見えてきた。車を降りて手を引かれるまま梶原に付いていき、来なれた部屋に入るやいなや唇を奪われた。
獅龍に切られた傷が沁みたが、そんなこと気にすることなくハルも梶原に応えた。深い口付けをされながら、シャツの下から手を入れられ細い背中を撫でられる。
そうされながらハルも梶原のズボンのベルトを外し、聳り立つ雄を引っ張り出すと自分も我慢できないとばかりに急いでズボンを脱いで、熱棒を合わせ持った。
グチュっとどちらともない蜜で濡れた音がして、ハルは必死にそれを扱いた。
「あ、…は…あッ」
口付けの合間に吐息が漏れるが、それすらも漏らさないように深く口付けられる。ガクガクと震えるハルの身体を支えて、梶原は溢れる蜜を掬い取ると濡れた指先をハルの慎ましやかな蜜壷にねじ込んだ。
「う、ああッ…ま、待って、ここ、じゃ無理」
玄関でおっ始めてしまったものの、最後までするには抵抗がある。だが梶原はそんなハルの懇願を無視して、蕾を押し開いていく。
内側から撫でられて、ハルの雄からドンドンと蜜が溢れる。快感で立ち上がる胸の果実を舌で嬲られ、ハルは我慢の限界と壁に手をついて梶原を顧みた。
「早く、はやく…」
言うと、梶原の剛直がハルの体内に捩じ込まれる。その衝撃で壁に額を打ち付けたが、梶原は構わずどんどん中に押し入って来た。
そして最後まで飲み込ませると、乱暴に腰を穿った。
「う、あああ!あ、ああ、早ッ…あ、ん…ダメだって!すぐ、出ちゃ…あああ!!」
中のイイところばかりを固い肉棒で擦られ、ハルは自身の雄を必死に扱いた。達してもないのにドロドロと蜜は溢れ、締まりのない唇からは涎が垂れた。
ずるっと倒れそうになると腹に手を回される。何とか壁に手をついて後ろから叩きつけるように梶原が腰をぶつけてくるのを受け入れる。
「ひっ、うぁ…う…、あああ…ああぁ…ああ…!!」
ざわざわと肌が粟立つ。いつもとは全然違う形で乱暴に抱かれているのに、いつもよりも快感が強い。後ろから回ってきた手が胸の尖を見つけ出すと、ぎゅっと摘むように指先で弄び出した。
それに応えるように抽出を繰り返す梶原を締め付け、梶原が息を吐くのがわかった。
「秀治さ、あ、ぁ…っ!だめ、イキそ、秀治…!」
ハルの声に中にいる梶原の熱棒が体積を増した。そのせいでハルのシコリを更に強く刺激してハルは声も出せずに全身で震えた。
名前も呼ばれず後ろからただ突き上げられる。まるで犯されているくらいに乱暴にされ、ハルが壁に蜜を飛ばす頃、体内に梶原の熱を感じた。
崩れ落ちそうな身体を後ろから抱きしめられ、ハルはようやく大きく息を吐いた。